爵位の違い
侯爵家内の私室で、ザガロは一人不貞腐れてベッドに寝転がっていた。
先ほど父に打たれた両頬がジンジンと痛む。
使用人に水で濡らしたタオルを持ってくるよう命じたが、誰一人としてザガロの部屋を訪れる者はいなかった。
自分はこの家の大事な後継だというのに、どうして使用人達は言うことを聞かないのか。
父に怒られたことも相まって、ザガロの胸の内に怒りの感情が湧き上がってくる。
「あいつら覚えてろよ……。部屋から出られたら、即父上に言いつけてやるからな……」
まったく、どいつもこいつも気の利かない使用人ばかりだ。
高い給金を支払ってやっているというのに、満足に仕事もできないとは。
「……そうだ! ミディアと結婚したら、あいつの家の金で使用人を総入れ替えしてやろうかな……」
妙案を思いついた──といわんばかりの表情でブツブツと呟くザガロは、まさに今、彼とミディアの婚約破棄の話し合いが行われていることを知らない。
ただ父に打たれたことと、使用人達が自分の命令を聞かなかったことに怒りを感じ、小言を並べているだけだ。
「僕が婚約を台無しにしたって父上は仰ってたけど……まだ婚約破棄されたわけじゃないし、これからミディアの機嫌を取るようにすれば、挽回できる話だろう?」
なのにどうして父はあんなに怒っていたのだろうか。虫の居どころでも悪かったのか? とザガロは独りごちる。
もう既に挽回できる段階はとっくに過ぎてしまっているし、あと数時間以内に婚約破棄されてしまうのはほぼ確実なわけなのだが、お気楽な彼は微塵もそんな考えには至らない。
「大体ミディアもノスタリス子爵も大袈裟なんだよな。ジェニーと揃いのアクセサリーを、ミディアが作ったものよりちょっと先に身につけただけで、宝飾品の代金を払えだとか、払えないなら婚約破棄しろだなんて言い出して……」
そんな申し出、自分が受け入れるわけないのに。
そもそもの話、宝飾品を買うほどのお金があったらミディアに支払いなど頼んでいないし、自分の家が困窮などしていなければ、子爵家なんかと縁を結ぶ必要もなかった。
たかが子爵家──しかも成り上がり──の娘であるミディアが、高位貴族である侯爵夫人になれる理由……それを考えれば、婚約破棄など受け入れられるはずがないと分からなかったのだろうか?
「考えが浅いんだよな……」
そこが侯爵子息である自分と、子爵令嬢であるミディアとの差なのだろう。
いくら支援を受けているのが此方だとはいえ、爵位の違いを考えれば、ミディアの家が気を遣うべきなのは当然だ。本来ならばあの宝飾品の代金だって、『喜んで支払わせていただきます』とミディアの方から言うべきだった。
必要な気遣いをせず、此方が少しでも意に沿わぬことをした途端、婚約破棄を盾に騒ぎ立てるなど、下品な低位貴族らしい行いだ。




