ノスタリス子爵の思考
一方、メラニン侯爵家では──。
メラニン侯爵夫妻とノスタリス子爵夫妻の四人が、張り詰めた空気の漂う応接室内で向かい合って座っていた。
背筋をピンと伸ばし、威厳ある態度で座るノスタリス子爵に対し、メラニン侯爵は前屈みの体勢で、俯きがちにしている。
隣に座る妻も対照的で、優雅な仕草で紅茶に口をつけるノスタリス子爵夫人に比べ、メラニン侯爵夫人はおどおどして、居心地悪そうにモゾモゾと動いていた。
「こら、大人しく座っていないか」
メラニン侯爵が小声で妻を諌めるも、つい最近まで平民であった妻は「だ、だって、こんな緊張するような場面、慣れていないんだもの……」と泣きそうな顔をする。
いくら家同士の話し合いの場だとはいえ、このような妻を共に居させなくとも──とノスタリス子爵はつい口に出しそうになったが、実際は隣に座る自分の妻に目配せするだけに留めた。
これ以上余計な行動──及び言動──をすれば、『処罰に巻き込まれたくないから』という理由で離縁されてしまう。
それはメラニン侯爵家へと向かう馬車の道すがら、妻によって耳にタコができるほど言い聞かされたことだった。
魅力的すぎる彼の妻は、結婚してから既に十年以上経ち子供がいるのにも拘らず、未だ狙ってくる輩が後を絶たない。そういう自分も、結婚して何年経とうが妻を愛する気持ちは年々減っていくどころか増えているため、妻を狙う男達の気持ちが理解できてしまう。
だからこそ、どんな理由であれ、たとえ一時的なものであったとしても、妻と離縁するなど考えたくもなかった。
ヒルダに会えなくなったら、寂しくて死んでしまう……。
毎日会えないだけでも耐えられないのに、離縁した途端に他の高位貴族に無理やり掻っ攫われでもしたら、確実に殺人を犯す自信がある。自分以外の男が妻に触れるなど、絶対に許せることではない。
これまで何度か、金に糸目はつけないからヒルダ夫人を譲ってくれ──という申し出が何件もあった。爵位の高いところでは、王弟である公爵家からも申し込みがあったぐらいだ。
だがノスタリス子爵は頑なに首を縦に振らず、全ての申し出をすげなく断ってきた。
確かに金は大好物だが、お金などいくらあっても、妻がいなければ意味がないのだ。
そもそもお金と人間を比べること自体間違っているのだが、ノスタリス子爵はそのことに気づかず、悶々と考え続ける。
どう話を切り出せば、不敬にならずに済むだろうか。
そしてどう話せば、穏便に婚約を破棄できるだろうか。
らしくもなく情に絆され、この婚約を受け入れてしまった過去の愚かな自分の行動が悔やまれる。しかし、まだ手遅れになったわけではない。今ならまだ巻き返すことができる。
ここでビシッと婚約破棄して、ヒルダに良いところを見せたいが……。
いかんせん、相手は侯爵だ。張り切ったばかりに空回りして、離縁される未来しか見えない。
もし離縁されてしまったら、当然ミディアも連れて行かれてしまうのだろうな……。
刹那、子爵の脳裏にふと、貴族学園入学初日のミディアの姿が過ぎった。




