渦巻く不安
父と母が食堂から姿を消し、半刻ほど経った頃──。
突然食堂のドアが開いたかと思ったら、おとなしめの外出着に着替えた母が姿を現した。
部屋着ではなく外出着ということは、これからメラニン侯爵家にでも行くつもりなのだろう。おそらく……父がやらかしたことに対する謝罪をするために。
だとしたら私も無関係ではない。共に連れて行ってもらおうと、ナプキンで口元を拭うと、慌てて席を立った。けれど──。
「ミディアちゃん、ごめんなさいね。今日は“大人の話”をしに行くから、あなたは連れて行ってあげられないの」
母にそう悲しげに首を振られた。
着替える前に声をかけられなかったことから、母が私を連れていくつもりがないことは最初から分かっていた。けれどザガロとの婚約破棄の話を謝罪とともにするのだとしたら、私だって当事者だ。置いて行かれるのは納得がいかない。
「ちゃんと大人しくしてるから……余計な口は挟まないって誓うから……どうか連れて行ってはもらえませんか?」
何とかして連れて行ってもらおうと、母の良心に訴えかけるかのように泣きそうな顔をして言ってみる。けれど母はそんな私の芝居に騙されてはくれなかった。
「駄目よ。大人同士の汚い話でミディアちゃんの耳を汚したくないの。だから……ね? どうかお母様の言うことを聞いてちょうだい」
顔を覗き込むようにして懇願され、仕方なく頷く。
どうせここで私が嫌だと言ったところで、母が駄目だと言えば受け入れられることはない。表面上の当主は父であったとしても、我が家で一番の発言力を持っているのは母なのだから。
「だったら私は大人しく待ってますけど……できればザガロと婚約破棄する方向で話をすすめてきてくださいね」
これだけは譲れない。今後の私の平和のためにも──。
そう思って母に伝えれば、母は頼もしく、こっくりと頷いてくれた。
「ええ。そこはお母様に任せてもらえれば大丈夫よ」
そう言って私の頭を撫で、にっこりと笑い母は食堂から出ていく。
その後ろを、威厳を取り繕った父が偉そうな態度で歩いていくのが見えたけれど、先ほど母に食堂から連れ出された時の姿を思い出して、つい口の端が緩んだ。
お父様も……頑張ってね。
家以外の場所──と、家人以外の人がいる場所──では、当主として父が前面に出て話す必要があるため、侯爵家では書状を送りつけた時のような無礼な態度は許されない。
今はまだ、やらかしたのが書状だけであるため、こうして謝罪に赴けばなんとかなる可能性はあるけれど。侯爵を前にした状態でやらかせば、大きな揉め事として公になる可能性があるし、最悪商売にも支障をきたすことになる。
父はお金の有無で人を判断するようなところがあるから、メラニン侯爵に強気な態度で接することが多く、だからこそ今回の訪問に不安を覚えずにはいられないのだ。
多分、お母様が一緒にいるから大丈夫だとは思うけれど……。
門から出ていく我が家の馬車を見送りながら、私は胸の内に不安が大きく渦巻いていくのを感じていた。




