ザガロの脅し
その日のザガロは、学園から家へと向かう馬車の中で、珍しく上機嫌だった。
普段は煩わしいと思える車輪の軋む音さえ、今日は愛おしい。
窓から見える外の景色も、薔薇色に輝いているかのようだ。
そう思える原因は、全てジェニーが隣に座っているからだった。
暫くの間ずっと彼女に帰宅を共にすることを断られていたが、なんと今日は彼女の方から「たまには一緒に帰りませんか?」とザガロを誘ってきた。たまにと言わず毎日でもジェニーと一緒に帰りたいザガロはもちろんそれを二つ返事で了承し、二人仲良くメラニン侯爵家の馬車へと乗り込んだ。
それから対面で座ろうとするジェニーを必死になって説得し、見事隣同士で座ることに了承してもらった今──ザガロは幸せに包まれていた。
行きは毎日一緒に通っているものの、ジェニーは絶対隣には座ってくれない。
それは何故かと尋ねた時、彼女は「学園に着いて馬車の扉が開けられた時、たとえ義兄妹でも隣に座っていたら変な誤解を受けるかもしれないから」だと言った。
ザガロとしては、そういった誤解をされる方が他の令息にジェニーを盗られる心配がなくなるため好都合であるのだが、本人が嫌がるのならば強制はできない。故に大人しく対面に座って学園に通う毎日を送っていたが──今は帰り道である。扉を開けるのは使用人だけであるため、言い訳などいくらでもし放題だ。否、言い訳どころか命令をして無理やり彼らを納得させることもできる。
そう言ってジェニーを説得し、加えて最近全く一緒に帰ってくれなかったことを付け加えたが、それでも彼女は首を縦に振らず、仕方なくザガロはそこで最後の手段として高級菓子の話を持ち出した。
ある日、屋敷内のゴミを集めていたメイドが持つ袋の中に見慣れた高級菓子の箱を見つけ、どこの部屋のゴミか尋ねたところ、ジェニーの部屋のものであったこと。それから似たような菓子の箱がここ何日か、毎日のようにジェニーの部屋のゴミ箱に捨てられていることなども。
「小遣いらしい小遣いを貰っていないお前が、あんな高級な菓子をどうやって毎日のように買って帰れると言うんだ? このことを告げ口したら、父上は一体どう思うんだろうな?」
「……っ、私を脅すの……?」
泣きそうな顔で、ジェニーが目を潤ませる。
学園に入学した頃のザガロであれば、彼女がそんな顔をした途端、問答無用で全てを許してしまっていたことだろう。
だが、今は違った。
散々無下に扱われ、高級菓子のお裾分けもなく、自分を平気で蚊帳の外に置くジェニーに、ザガロは初めて怒りの感情を抱いていた。
今までは、ただただ『ジェニーの願いを聞いてやりたい』『ジェニーに優しくしてやりたい』『ジェニーのためなら何でもする』と思うだけだったのに。
「脅されていると感じるということは、自分でも良くないことをやっている自覚があるということだろう。そうでなければ、そんな風に感じることはないはずだからな。……さあ、高級菓子のことを父上にバラされたくなければ僕の隣に座れ。早く!」
キツめの声で急かすと、対面に座っていたジェニーは慌ててザガロの隣へと移動した。
その際、一瞬彼女はものすごい目でザガロを睨んだが、彼はそれに気づかなかった。
「ちゃんと言うことを聞いてあげたんだから、これでお義父様には言わないでよね……」
囁くように言ってきた彼女の言葉に頷きながら、ザガロはジェニーに言うことを聞かせた優越感にうっとりと浸っていた。




