奮い起こした勇気
「それじゃあ、申し訳ないけど私はこの辺で失礼するわね」
いつものように、どこからともなく現れた令息達と楽しげに喋り始めたジェニーさんを一瞥し、私はスッと席を立つ。
これこそが、クロニエ様がハイエナ達を撃退するため、私に教えてくれた方法だ。
毎回毎回私を置いて先に帰ってしまう彼女達に付き合う義理などそもそもないため、彼女らが全ての料理に手をつける前に私が退店するという──あまりにも簡単なやり方である。
これまでの私は、馬鹿の一つ覚えのようにジェニーさん達が食べ終わるまで律儀に付き合い、その度に置いて行かれて全員分の支払いをさせられていた。
何故かというと、食事の最中に席を立つのはマナー違反であり、それをひたすら遵守していたからだ。
けれどそのせいで置いて行かれて嫌な目に遭うのなら、いっそ先に帰ってしまえばいい──とクロニエ様に言われた。
「それではマナーを破ることになります」
と言ったものの、彼は「そんな平民街のカフェでマナーを律儀に守る必要はない」と言い、その一言で私は目から鱗が落ちたような気がしたのだ。
マナーを守ることは確かに大切だけれども、時と場合を考えて、たまには破ることがあってもいい。そこまで頭を凝り固める必要はないとクロニエ様は言ってくれた。
それでも小心者の私は、マナー違反を犯すことに若干躊躇いを覚えずにはいられなかったけれど、それでも勇気を奮い起こして席を立つことにした。ここで支払いを拒否しなければ、学園に在学している間中、ジェニーさんに粘着されるであろうことが分かりきっていたから──。
突然の私の行動に、焦りを見せる彼女達。
「ちょっ、ちょっと待ってミディアさん! どうして急に帰るなんて──」
「そ、そうですよ! ご令嬢を一人で帰らせるなんて、貴族令息としてできるわけが──」
「気にしないで」
言い募る彼らを一言で黙らせ、私はそこにいる全員に冷たい目を向ける。
「いつも私一人だけ置いて先に帰ってしまうくせに、今更何を言ってるの? それに、注文したものがまだ全て揃っていないでしょう? 注文だけしておいて手もつけずに帰るなんて、お店に対して失礼よ」
言うが早いか、私は立ち上がりかけていたジェニーさんの肩に手を置き、彼女を椅子へと座り直させた。
彼女が座った途端、既に立ち上がっていた令息達の何人かも、慌ててまた腰を下ろす。
やっぱりね。どんなにお金を払いたくなくても、ジェニーさんを置いていくという選択肢は、彼らの中にはないみたい。見捨てられなくて良かったわね、ジェニーさん。
そう心の中で呟いて、私はサッと踵を返す。
たくさんの人に愛されているジェニーさんが少しだけ羨ましくなってしまったけれど、私は彼女とは違うのだから、どんなに羨んでも仕方がない。
それに私は、誰に愛されなくてもお金だけは持っているから……。
そう考えた瞬間、不意にクロニエ様の顔が脳裏を掠めた。
今回の作戦を私に授けてくれた人であり、私に自分の“愛”を買って欲しいと言ってきた人。
もしも彼の愛をお金で買ったなら、彼は本当に私だけを想い、大切にしてくれるのだろうか?
残念ながら、それを確かめる術はない。未来のことなんて、誰にも分かりはしないのだから。
けれどこうして親身になって相談に乗ってくれている彼なら、言葉通りに私を大切にしてくれそうな気がした。
「信じて……みようかな」
『愛を買ってほしい』と言った時の、クロニエ様の真剣な表情を思い出す。
父からの評価も悪くないようだし、ザガロと婚約破棄した後の婚約相手は、彼にしてもいいかもしれない。
「うん……、帰ったらお父様に話してみよう」
その日の私は、久しぶりに清々しい気持ちで邸へと帰ったのだった。




