13...女子会
爽やかなラベンダーとネロリを組み合わせた香油の匂い。室内は淡く柔らかいグリーン系の色味で統一された丁度品や家具でまとめられている。ここ最近は滅多に来ることのなかったエリーザの私室のソファに腰掛け、アリエルはお茶をいただきふうっと吐息を吐いた。
「――で、唐突に泊りにくるだなんてどうしたの?」
「・・ごめん。。ちょっと居た堪れなくなって・・」
「それは侯爵様とのことで?」
アリエルは苦々しい表情のまま、エリーザの問いにこくりと頷き俯いた。
初めてアリエルと侯爵の結婚の話を聞いた時、エリーザは他人事のように笑う事しか出来なかった。笑ってあげなければ、アリエルが更に辛い思いをするかと思ったからだ。アリエルは確かに中性的な美貌で男性にも間違えられやすいし、エルになってからはそれこそ他の騎士より男らしい美丈夫だった。でもそれは、彼女が男であろうとするための覚悟故なのだと親友である自分が一番理解していた。それなのに、侯爵はあろうことかエルを好きになり、エルの妹だからとアリエルを娶った。例え結婚したくないと公にしていたからと言って、アリエルをエルの代わりにするなど許せるわけない。そのことを親友であるエリーザが憤慨すれば、一番にアリエルが傷つくことも理解していた。文句も言わず侯爵に嫁いだ彼女は、バレないように討伐でもエルとして振舞っていたのにも拘わらず、侯爵は何も知らずにエルを抱きしめて癒しを求めたとアリエルから聞いた。彼女は女として愛されることを諦め、侯爵とは仮面夫婦として過ごし、討伐ではエルとして共闘する。エリーザはそんなアリエルが不憫で仕方なかった。
昨夜アリエルが突然便りを寄こし、しばらく泊めてほしいと理由もなく頼ってきた。討伐と関係なく理由を告げずという事は間違いなく侯爵と何かあったのだろうと察した。ギリギリと自身の拳を握りしめ必死で侯爵への怒りを堪えつつ、笑顔でアリエルを迎え入れた。
「私たちの仲じゃない。今更畏まらないでちょうだい!話だったら一晩中聞いてあげるわよ。」
強気ににっこりと笑いながら胸を張るエリーザに、アリエルは涙を滲ませながらも「ありがとう。」とかすれた声で返事をした。
やはりエリーザの懸念は間違っていなかった。侯爵はエルと同じ男装をしたアリエルがリンと会っていたことに嫉妬したらしい。普段のアリエルの姿の時には嫉妬などしていないという。本当に意味が分からない。
(気色悪い男色がっ!!〇ねばいいのにっ!!)
エリーザの心の中では侯爵を何度も何度も罵倒し捻りつぶした。それでもアリエルの悲しみを前に、自身の怒りを露わにするわけにはいかないと自分を戒め、エリーザはそっと立ち上がりアリエルの横に腰掛けると優しく抱きしめた。
「アリエル。貴女は誰より心が美しく、容貌だって中性的な美しさは誇れるものよ。私が男だったら絶対に他の男になんて渡さない。その位貴女は魅力的な女性よ。それなのに侯爵様の心無い言葉に耐えた貴女は強く美しい。本当によく我慢したわね」
子どもをあやすようにポンポンと背中を優しく叩くとアリエルはぽろぽろと堪えきれずに涙を溢した。
「私が・・我慢したら・・きっとっ・・良いのよね・・そうすればアルは・・幸せなんだわ・」
「貴女も幸せじゃなきゃそんなのは意味ないわよ。」
「――でもっ・・私はアルを騙しているし・・アルが好きなのはエルだし・・・アリエルは・・エルのフリを・・しなきゃ・・うぅっ」
「貴女は女性として生まれたのよ!男性として生きる必要なんて本当はないの!帝国だろうが、侯爵だろうが・・実の家族であろうが・・貴女に無理強いするならそれは全て私にとって敵でしかないわ!!」
「エリーザ・・」
ぎゅっと強くアリエルを抱きしめながらエリーザは怒りを滲ませた声音で吐き捨てる。
「アリエル。お願い。わかって頂戴。貴方が幸せになれなかったら、私はずっと貴女が心配で嫁になっていけないわ!!」
「・・・・・それは・・・ただエリーザがお嫁に行きたくないだけじゃ・・ 」
「おだまりっ!!」
アリエルの突っ込みにエリーザはすぐに睨みつけるが、数秒見つめ合うと二人はクスっと微笑み笑い合った。
「――まぁ私の結婚はどうでも良いのよ!冗談は置いておいたとしても、アリエルに幸せになってほしいと思うのは、友人として当然のことよ。」
「ありがとう・・エリーザが友達でいてくれて私は本当に嬉しいよ。」
「私もよ!――それにしてもリンがこっちに来ていたとは知らなかったわ。確かにエルスワラ王国からも使節団は来るとお父様からも聞いてはいたけれど、もしかしたらアリエルが結婚したからリンもこっちに来れたのかもしれないわね!」
「うん。そんな気がするよ。リンには悪いことをしてしまった。」
「リンからしてみたらそりゃ寂しかったかもしれないけど、王族なんだから結婚相手を伯爵の娘ってわけにもいかないしねぇ。下手に会わせられないとは思うのは当然でしょ。しかも酷評の令嬢なんて尚更でしょ。学生のまま皆で仲良くとはいられないのよ。」
「うん。」
「リンは仕方ないと思うよ。あいつはしんどかったかもしれないけど、アリエルの幸せを考えたら連絡が途絶えても仕方なかったと私は思うわ。」
「友達なのにそんな言い方だめだよ。」
「友達だろうと、リンは王族なんだから。もしアリエルがリンのことが好きなんだったら私だって応援はするけど、今の状況で二人が仲良くし続けて良い事はないと思う!それとも久々にリンに会って恋しちゃった?」
「え?!恋?!リンと?――それはないよ。だって私が好きなのは・・アルだって気づいちゃったから・・」
にやっと笑うエリーゼは、アリエルの反応がかわいくて仕方ない。学生のころから黄色い声を女生徒たちから浴びていたアリエルではあったが色恋には全く頓着せず、恋話は全くしてなかったのだ。頬を染めてドキドキわくわくするような語り合いなど二人には皆無だった。
慌てふためくアリエルがアルへの想いを言葉にするのは腹が立っても、彼女の初めての恋を応援してあげたいという気持ちもエリーザの中では芽生えていた。
「アリエル。貴女は侯爵様とどうなりたいの?」
「・・どうって言われても・・私は好かれているわけじゃないし・・」
すっかり落ち込み女としての自信喪失をしたアリエルは、どう答えたら良いかわからなかった。
「あんまり難しく考える必要はないと思うわよ?確かに色んな事が重なってはいるけれど、侯爵様の想いと、アリエルの想いは別なのよ。例え侯爵様がエルを好いていて、エルと過ごしたいと思っていたとしても、アリエルがどうしたいかはアリエルが決めて良いことなの。エルとして愛されるのも良いと思うし、アリエルとして女として愛されないなら、離縁するっていうのも良いと思うわ。」
「・・今は・・まだ答えが出せないわ・・でもエルだからとか・・アリエルだからとか・・私は一人なのに一人二役でアルと向き合うのは苦しい・・」
言葉にしてアリエルは自分の中の答えの出ない原因を理解した。そもそも自分は自分なのに生涯を共にする相手に秘密にし続けるからややこしくなるのだと。
例えエルがアリエルと同一人物だと明かしたところで、エルとしても生きていくことは変わらない。エリーザは憤ってくれたが、自分は家族を守れることに誇りを持っていたし、戦うこと自体はむしろ好きなのだ。
ただ、自分の正体を明かした後、彼の反応に自分が耐えられるのか?それは正直全く分からない。もっと苦しむかもしれない。その不安は大きいけれど、今の現状維持はもっと辛い。アリエルはそのことに気づくことができた。
「そうね。いきなり全てを解決は難しいでしょう。7年も侯爵様はエルと築いた絆があるのだもの。口でどうこう言うよりも、まずは現実を知ってもらうべきね。結婚継続できるかはその後でしょ!」
「うん。私もそう思う!」
二人は顔を見合わせるとスッキリしたように笑い合った。
流石にすぐに帰りたくなかったアリエルは、レキアラント侯爵邸にそのまま二泊し、久方ぶりに友人との楽しいひと時を過ごした。
***
「アリエル!もう起きた方が良いわよ!」
連日エリーザの屋敷で夜遅くまでガールズトークを楽しんでいた二人は、貴族とは思えない時間まで寝てしまっていた。
「え?・・おはよぅ。今・・何時?」
「もう10時を回っているわ。今日は侯爵が迎えに来るわよ!」
エリーザの言葉にアリエルはガバっとベッドから起き上がった。
「えっ?!アルが?!アルが来るの?!」
いつかは帰らねばならないとは頭では理解していたが、寝起きで現実を突きつけられてアリエルの顔は真っ青で変な汗が流れている。
「仕方ないじゃない!明後日はもう皇太子殿下の生誕を祝う夜会なのよ?いつまでもここにいるわけにもいかないし、ちゃんと1日かけて侯爵様と話した方が良いと思うわ。気まずいまま夜会になんて参加したくないでしょう?」
「それはそうだけど・・・いきなり朝知らせるなんて・・昨日にはわかってたんでしょう?なんで教えてくれないのよ・・」
「逃げるかなって思って。」
「・・・」
確かに今の自分では逃げ出してもおかしくない精神状況だと思う。エリーザがにこっとしてやったりな笑顔で言う。なんだか毒気が抜かれたような気分になって気持ち的に救われた気がする。
「折角なんだから、どうせ正体を明かすんだったら、私に案があるんだけど乗ってみる?」
にやっと不敵に微笑むエリーザは、わくわくしながらアリエルにその案を告げるのだった。




