14...再会
連絡の通りアルはアリエルを馬車で迎えにきた。エリーザは敵視するようにアルを睨みつけたが、全く気にする素振りも見せずアリエルを馬車へと誘った。
二人は言葉を交わすことなく馬車に揺られていたが、アリエルは覚悟を決めて話を切り出した。
「あの・・お話したいことがあるのですが良いでしょうか。」
「構わない。何だい?」
「実はレキアラント侯爵邸にお世話になっている時に、兄と会って話をしたのです。」
「エルとか?」
「はい。兄がアルと話をしたいと申しております。私と共にスワント伯爵邸に、明日の14時以降に来てくれないかと伝言を頼まれました。お時間いただくことは可能でしょうか?」
「必ず都合をつけよう。」
(エルからの頼みだとこんなに笑顔になるのかしら・・・)
アルはぱあっと顔を綻ばせた。その微笑がエルに対してのものであると思えば思う程、アリエルの胸の中には黒い靄が広がるような苦しい気持ちに支配されそうになるのだった。
アリエルは苦しい胸の内を知られぬよう笑顔を必死で作り「よかったですわ。兄も喜びます・・」と消え入りそうな声音で告げたのだった。
***
翌日、約束通りアルは仕事をしっかりと終わらせて、アリエルと共に馬車でスワント伯爵邸を訪問した。
馬車の中、アリエルは何度か会話を試みたが、話をしたいと思っても緊張から声がどもってしまい苦しくなる。時折アルが話しかけてはくれたものの、簡単な受け答えしかできず、途中からは二人とも静かに窓の外を眺めた。
久方ぶりに訪れたスワント伯爵邸には、エリーザがアリエルの代わりに訪問の連絡をしてくれていたので、使用人たちがしっかりと出迎えてくれた。父も「エルはもうすぐ来るけれど、アリエルが迎えに行ってほしい。」と気を回してくれた。アルは談話室へと父に案内され、その間に急いでアリエルは自室へと向かった。
久しぶりに戻った自室は、使用人たちが綺麗にしてくれているのか、以前と変わりなく綺麗なままだった。急ぎエルの着る装いに見合う服に着替えると、指輪をはめてエルに変装し、談話室へと向かった。
談話室では父がアルを接待し、場をつないでくれてはいたが、入ってきたエルを見て父は安堵の吐息を吐いていた。
父が部屋を去った後、アルの座るソファの向かいに腰掛けるとすぐにアルが声をかけてきた。
「久しぶりだな。エル。アリエルはどうした?」
「妹には自室で休ませている。」
「何故?」
アルは怪訝そうにこちらを見つめた。
「俺が話し終わるまで会わせたくないからに決まってんだろ。今日は俺がお前に話があって呼んだんだ」
あくまでエルらしく乱暴な言葉使いのままアルに話を続ける。
「そうか・・。何かあったのか?」
エルを気遣うようなアルの声音にイラっとする感情が昂り、我慢できない自分にアリエルは心の中で天を仰いだ。
「何かあったじゃねーよ。アリエルがお前のせいで悲しんでいるのがわかんねーのか?」
「・・・俺の・・せい?・・・どういうことだ?」
「アル。お前俺への気持ちをアリエルで代用しようと思ってんだろ。」
「なっ?!何を言い出すんだエル!!」
突然のエルの言葉に愕然としたアルは思わずエルを睨みつける。鋭い眼光にエルの姿のアリエルですら一瞬逃げ出したくなるほど、彼は怒りを隠さなかった。しかし、アリエルは怯むわけにはいかない。覚悟を決めて話を続ける。
「アリエルの男装を見て俺に似てるって言ったんだろ。あいつはお前が俺のことを好きだから愛せないって言ったお前の言葉を覚えいる。なんで傷つかないと思うんだ。」
「・・それは・・・そんな・・」
エルの言葉に思い至ったアルは、怒りなど吹き飛び真っ青な顔色で震えだした。
「お前には本当にガッカリだ。お前だったらと思ってアリエルを託したのに・・。俺はお前とどうこうなるつもりはないとは言ったが、アリエルを身代わりにしていいなんて一言も言ってねーんだよ!」
「違うんだ!!誤解だ!・・確かに・・・確かに誤解させるような言葉を、私はアリエルに伝えてしまった。それは認める!だが身代わりにだなんて!そんな事考えてない」
「だったらなんでアリエルと夫婦としての関係を構築しようと努めなかったんだよ!!」
「務めたさ・・お互いを知るために・・会話も多く・・」
「会話の話をしてんじゃねぇ。・・・スキンシップを避けたのは知ってるんだ。夫婦になろうとしている人間が、俺には抱きつく癖にアリエルのことは抱きしめもしないなんておかしいだろ!何が夫婦だ!」
「違うんだ・・・エル・・私の話聞いてくれないか!」
懇願するようなアルの瞳をキッと睨みつけたが、嘆息すると「話せ!」と呆れたように言葉を吐き捨てエルはアルの話に耳を傾けた。
「私は本当にアリエルを愛しているんだ。それはエル。お前に討伐中に告げた時から気持ちは大きくなる一方だった。確かにエルが好きだとは告げたが、エルからもらった癒しが自分の初恋だと当時は思ったんだ。だがアリエルと過ごすうちに感じる思いは、初恋だと感じた想いとは全く違った。癒しも確かに感じたが、それだけじゃない。気を抜けば抱きしめて、アリエルの全てを自分の者にしたい・・そんな浅ましい欲望がどんどん強くなった。そんな感情のまま彼女とスキンシップを取ったら、強引に押し倒してしまう気がして怖かったんだ。
それなのに男装をしたアリエルは本当に美しかった・・確かにエルにそっくりだと思った。でもそれだけじゃない。凛々しくも女性らしい体のライン。抱きしめた時の柔らかい感触。優しい微笑み。潤んだ悲し気な表情まで・・全てが眩しかった。そんな彼女が他の男にも見られていたかと思ったら、いてもたってもいられなかった・・
私が悪いことは理解している。でも・・私は絶対にもうアリエルを手放せない。例えエル・・お前の頼みだって聞けない!!」
アルの欲望が詰まった言葉を急に浴びせられたエルは、顔が急激に熱くなるのを感じた。間違いなく首まで真っ赤に染まっていることだろう。
(アルが・・私を押し倒したいと思ってくれていたの?!手放したくないの?!愛してくれているの?!)
顔を朱に染めながらもエルは呆然とアルを見つめ部屋の中は静まり返った。
ずっと黙り続けるエルに居た堪れなくなったアルは口火を切った。
「・・・エル・・何か言ってくれないか・・」
「――本当に・・・アリエルを愛していると誓えるか?」
「誓える」
「アリエルは隠し事をしている。それを打ち明けても、共に助け合い愛し合いたいと思えるか?」
「・・・何を隠しているのかはわからないが・・俺に出来る事ならなんでも受け入れよう。」
「・・・・・わかった。」
すくっと立ち上がるとエルは静かに対面に座るアルをじっと見降ろしてから「お前を信じるよ」と告げて指輪を二つ指から抜き取った。
アルは自分の目が信じられないかのように目を瞬かせている。
先ほどまで明るいアッシュクレーだった髪色はダークブロンドに変わったのだ。そしてその容貌のままエルはアルに話しかけた。
「戻りました。」
短くそう告げるエルの声音はまさしくエルではなくアリエルの声だった。
「アリエル・・・君は・・エルだったのか・・」
「そうです。・・7年だまし続けて申し訳ございませんでした。」
アリエルは深く首を垂れ謝罪する。
「・・それじゃ・・・さっきまでの・・私の・・え?・・あ・・その・・」
アルは顔を真っ赤に染め上げ動揺しうまく言葉を紡げない。
「アルは・・・嘘をつき続けた私を・・妻として傍に置き続けられますか?」
「私はアリエルのいない生活はもう考えられない!例え今までが嘘であったとしてもだ!」
「私は理由あって男として討伐に参加してきました。それは今後も変わりません。男のように乱暴な口調で振舞う妻でも良いのですか?」
「そ・・・それは・・できれば・・危険な目にあってほしくはないが・・理由があるのなら・・俺がアリエルを守ろう!」
「私は男じゃありません。エルの代わりにもなるつもりはありませんよ?」
「エルのことは好きだが、私が愛しているのはアリエル。君だけだ。」
アルとの押し問答にアリエルの頬からは一筋の涙が伝った。伝う涙は自然に大粒の涙に変わり、アリエルは堪えきれず俯き嗚咽を漏らす。
ふわっとラベンダーの香りが香ったかと思うとアリエルの体はアルの胸に抱かれていた。
「すまなかった・・ずっと・・ずっと・・我慢させていたんだな・・私の言葉のせいで・・すまない。」
優しい声音がアリエルの心に澄み渡った。自分がアルに受け入れてほしかったのだと。【自分】を見て欲しかったのだと。絶え間ない涙を溢しながらアリエルは、アルへの深い愛情をこの身に宿していたことを思い知った。
アリエルの鳴き声は伯爵邸に響き渡り、父親もノエルも、皆涙した。アリエルが今、やっとスファルティス家に真の意味で嫁ぐことができたのだ。




