12...妻のもう一つの姿と確信
ーコンコンコン
「旦那様。奥様がお戻りになりました。」
「アリエルはどこに?」
「馬に乗ってお戻りになりましたので、まだ外にいらっしゃるようです。
「わかった。」
即座に立ち上がると部屋を颯爽と後にする主人の姿をロバートは見送った。
護衛を引連れて颯爽と馬を走らせるアリエルは美しく、出迎えた使用人たちも頬を朱に染めて見惚れている。
玄関前で馬から降りると、ギイィィっと玄関が開かれた。アリエルが振り返るとそこには少し息を切らせたアルがこちらに歩み寄っていた。
「アル!ただいま戻りました。」
にっこり微笑んで声をかけたが、アルは無表情のままこちらをじっと見つめている。どうしたのだろうかとアリエルが見つめ続けていると、アルはグイっとアリエルの腕を掴み邸の中に足早に入っていく。
「えっ?アル?どうしたのですか?」
慌てて少し引きずられるような勢いで掴まれた腕に鈍い痛みを感じながらも、アルの行動の意図がわからず不安げに問うしかなかった。
「ロバート。私は私室に戻る。半刻程誰も近づけないでくれ。」
「承知いたしました。」
冷淡なアルの声音にも動揺することなく恭しく首を垂れながらロバートは返事を返した。
連れ込まれた2階のアルの私室は、すっきりとしており、必要最低限の調度品が飾られているだけにも拘わらず、センスの良さが滲み出ている。
部屋に入るなりアリエルの腕を離すと、体勢を崩しアリエルはその場に倒れこみそうになった。
(だめっ!転んじゃうっ!)
思わず瞼をぎゅっと閉じて転倒を覚悟するが、痛みは訪れなかった。その代わりグイっと引き寄せられたかと思うと、アルの胸に閉じ込められた。
「-何故・・そんな恰好をしているんだ」
その言葉は疑問というより追及されているように感じる。着飾ったわけでもなく、どちらかというと特に気に留められるような格好でもないはずなのに、何故アルが怒っているかのような声音なのかとアリエルは動揺する。
「あの・・今日は乗馬を友人と楽しみながら話をしたかったので・・何か問題だったでしょうか?」
「・・・・・」
恐る恐る尋ねるアリエルにアルは黙ったままじっとアリエルを見つめ続ける。その瞳がアリエルを丸裸にしようとしているような視線に感じて頬がどんどん紅潮していくのがわかる。
(アルが私を抱きしめてくれている・・怒られているのかもしれないのに・・胸が苦しいっ!)
アリエルは自分に触れる彼の逞しい胸板や包み込む腕にエルの時とは違う胸の苦しさを感じていた。苦しいのにもっとしてほしい。もっと強く抱きしめられたい。そんな想いがこみ上げてきてそんな自分に恥ずかしくなったアリエルは視線を逸らそうと横をむく。
「だめだ。こっちを見て。アリエル。」
強制的に顔を大きなアルの両手で挟まれ視線を戻される。
「あ・・アル・・恥ずかしいです。」
恥ずかしくて絞り出すように出した声音は微かに震えを帯びていた。
「こんな・・・・こんな姿で他の男と一緒に出掛けるなんて・・」
苦しそうに言葉を絞り出すアルは耐えがたいという想いが強く伝わってくる。
アリエルははっと気が付いた。自分が夫人なのにも拘わらず、こんなはしたない男装をしているから、恥をかいたと言いたいのかと。
「申し訳ございません。学生の頃のような格好で気楽に話したいと誘われたので、侯爵家の品位を顧みずこんな格好で出かけてしまいました。」
アリエルは両手で顔を抑えられたまま真剣にアルを見つめ謝罪する。
「――違う。侯爵家の品位なんてどうでもいい。私には君のそんな姿見せてくれたことなかったじゃないか・・馬から降りた時の揺れる一括りに結んだ美しい髪の毛。中性的で美しい君の顔に似合う淡いピンクのクラバットと純白のシミューズ・・そして長く美しい足を魅せる細身のトラウザース・・すべてがアリエルにとても似合いすぎている・・それなのにそれを最初に見たのが私ではなくて他の男だなんて・・」
「――え?」
彼の言い方だとアリエルの姿を他の男に魅せたことに嫉妬しているかのように聞こえる。しかもこれまで自分にほぼ触れなかったアルがほぼゼロ距離でアリエルを見つめている。
「あの・・アルはもしかして・・嫉妬されているんですか?」
嬉しさがこみ上げ顔が綻びそうになるのを堪え冷静を装って聞いてみた。
「――している・・」
「え?」
ぼそぼそと話す声は小さくてアリエルには聞き取れない。
「嫉妬している・・アリエル。君は私の妻なのに・・他の男を誘惑しないでくれ」
ぎゅっとアリエルをもう一度胸に閉じ込めると、耳元で苦し気にアルは気持ちを吐き出した。
「アル・・」
彼の紡ぐ言葉が甘い砂糖菓子のようにアリエルの心の中に優しく甘く広がっていく。
(アルは・・私を本当に好きなの・・かな)
アリエルはあるから告白された後、確かに会話が増えて夫婦らしい過ごし方ができるようになってきた気はしていた。しかし、スキンシップの少なさから夫婦の営みをする気が本当にあるのだろうか?という疑問はぬぐえずにいた。でも今のアルは明らかに自分を強く抱きしめ甘い言葉を囁き、このまま進展すれば本当に自分を愛してくれるのではないかとさえ感じられたのだ。
「私は――アルしか誘惑しません。貴方だけです。」
恥ずかしさを堪えながらも顔を胸に押し付けながら告げる。
ビクッと体を震わせたアルも更に抱きしめる腕の力を強め、しばらく静寂の中二人は抱きしめ合った。
どのくらい時間がたったのか。アルが腕の力を緩めるとアリエルを優しく見つめ微笑む。アリエルもそんなアルが愛おしく感じ微笑みかえすと、衝撃的な言葉が降ってきた。
「まさかアリエルが男装するとこんなにもエルにそっくりだなんて思いもしなかったよ。」
「!!!!!」
(エルにそっくり?・・・まさか・・まさか私が男装してエルにそっくりだったから・・嫉妬するほど・・抱きしめたいと思う程・・)
アルはきっと素直な感想を述べているのだろう。しかし、そこにはアリエルだから好きという感情はあるのだろうか?これまで約1か月どんなにお洒落で素敵なイブニングドレスを纏い他の男性に見られたとしてもこんなに熱い想いをぶつけられたことなど一度たりともなかった。
(アルが本当に愛しているのは私じゃない?!)
愕然と真実を悟ってしまったアリエルは顔面蒼白で言葉を絞り出すことすらできない。
(ダメよ・・アルがエルの事を元々好きなこと位わかっていたこと・・今更・・驚くようなことじゃないじゃない!!)
心の中で必死に自分を宥めようと思っても、アリエルはエルの代わりにされているという現実を受け入れることができない。
エルは自分なのに自分の代わりにアリエルが愛される事実はどう受け止めて良いのかわからなかった。もしアルと本当の夫婦になったら・・アリエルがエルだと知られたら・・アルはどう思うの?同じだったなら良かったとホッとするの?それとも自分をだましていたことを嫌悪する?
アリエルは思考が全くまとまらず思考を放棄したくなったが、一つだけ確信してしまった。
「・・・嫌」
涙をぽろぽろと溢したアリエルは思わず身体強化を自身にかけアルを突き飛ばし、無我夢中で自室に戻っていった。
「・・・・アリエル???」
突然何が起こったのかわからなかったアルは、突き飛ばされ背中をソファに打ち付け痛みを堪えつつも、
走り去るアリエルを呆然と見つめるしかなかった。




