11...かけがえのない友人
空は澄み渡り、心地よい風が吹き昼食を終えたアリエルは軽装に着替えていた。
美しいダークブロンドのサラサラの長髪は高い位置で一括りにリボンで結び、真っ白なシミューズに薄いピンクのクラバットを緩く結び、淡いヘベージュの細身のトラウザースを履いた姿は美しい貴公子のよう。着替えを手伝った侍女たちは頬を染め自分の仕える主人とは思えないようだ。
「奥様・・・お召し物とてもお似合いです。こんなにお似合いになるだなって存じ上げませんでした。」
褒めたたえる侍女は目の中にハートが浮かび上がっているかのように肌を蒸気させてうっとりとアリエルに告げた。
「ふふ。ありがとう。こんな格好をしたのは学生の時以来だからなんだか照れるよ。」
中性的な容姿のアリエルは、装いが違うだけで雰囲気がガラッと変わり、照れる姿すらも侍女たちを高揚させた。
「今日は身軽で動きたいから馬に乗っていくとしよう。護衛は4名あとからついてくるように。」
普段は女性らしい物言いを心掛けているが、今日は男装の為自然と貴公子のように立ち振る舞う。エルのような口調にするとアルにすぐにバレてしまうので、あくまで今日は学生の頃の貴公子のような振る舞いに徹底している。
侯爵邸の使用人たちは自分たちの女主人の別の顔に動揺は隠せなかったが、その格好で異性と会うことに対しては少し安堵の表情が見て取れた。
もし令嬢のように着飾って出かけようものなら夫であるアルがどう感じるかは想像できたのだろうから。
***
帝都ファルムスの商店街の一角で護衛たちに一度馬を預けると、待ち合わせの噴水の広場に向かった。街は賑やかで、多くの平民が買い物を楽しんだり憩いの場としてベンチに座って談笑したりして過ごしている。噴水の広場の一角のベンチに、アリエルは腰を掛けると周りをのんびりと見渡した。
近くには時計塔が見える。待ち合わせの14時より30分も前に到着したので気持ちの余裕があり、出店の賑わいや道行く人々の表情を興味深く観察できた。もう少し早ければもっと食べ物の匂いが充満し、アリエルの食欲を誘ったかもしれない。
「アリエル!」
声をしたほうを振り向くと、同じような軽装のリンがにこにこしながらこちらに向かって小走りでやってきた。
「リン!まだ14時前なんだから慌てなくてよかったんだよ?」
リンに優しく話しかけるその姿は学生の頃のアリエルそのものだった。まるで王子様のような振る舞いに男のリンでさえドキッとしてしまう。
「アリエルのその姿・・本当にいつみてもカッコいいし美しいな。先日の貴婦人の装いも素敵だったが、俺にはこの姿がすごく眩しいよ。」
「褒めすぎだろ?さぁ。時間もそんなにないのだし行こう。お茶をする?」
「いや。今日は折角だから公園で乗馬でもしないか?」
「いいね。私も馬に乗ってきたから丁度良いよ。じゃあ行こうか。」
アリエルは思っていた通りのリンの誘いに、待ってましたとばかりににやりと不敵に笑い、立ち上がるとリンの傍に歩み寄り、彼の肩をポンポンと軽く叩くと馬を預けた場所に指をさしてリードした。
二人の歩く姿はとても目を惹くもので、通り過ぎる老若男女問わず皆振り返った。アリエルはその光景が懐かしく、横を歩くリンの背丈が昔より更に高くなったことに気づいた。懐かしい思い出と今をじわじわと実感していた。
リンも近くに馬を預けていたらしく、馬にまたがると二人はゆっくりと公園に向かった。護衛がついてきてはいたが、二人の護衛は合わせると10人以上になってしまったので、目立たないように気を使ってくれているようだ。それでもアリエルの探知できる範囲内から見守ってくれているのはわかるので、侯爵家の護衛の優秀さを実感する。
公園は以前アルと散歩をしたフォルムスの区画内にある大きな公園だった。散歩を楽しめる遊歩道だけでなく、馬を走らせることのできる道もある。
時折颯爽と馬を走らせ風を感じたり、ゆっくりと馬に乗りながら話を楽しんだりする。カフェは密着して話を楽しむことはできるが、その分他の客にも話が聞こえてしまうので、リンも気を使ってくれたことがよくわかる。
芝生の広がるピクニックにピッタリな場所で二人は休憩をした。
「やっぱりアリエルと馬を走らせるのは楽しいな!」
「私も楽しかったよ。こんな風に馬を走らせたのは久方ぶりだ。」
アリエルは学園を卒業してからほぼ休むことなく剣の鍛錬と魔術の訓練。社交界からなるべく離れるための噂造りなど気を休める時間はほとんど持つことができなかった。恐らく唯一癒されたのは、討伐でアルと過ごしていた休息の時間位だろう。そう思い返すと、自分が決めて歩んだ道なのに、自分と向き合うゆっくりとした時間は持つことを諦めていた自分に気づいた。
「俺は祖国に戻って公務をしながらも、アリエルからの便りを楽しみにしてたんだ。それなのに全く便りは届かないし、アリエルが自分勝手で我儘な奔放な令嬢で社交界のつま弾き者だと噂がこちらにまで届くし・・俺がレイガダルド帝国をまた訪れたいと王に願っても、仲が良かった友人がアリエルとエリーザだけだったことを周りは知っていたから、遊びに来ることさえ許されなかった。・・この7年は俺にとっては長すぎたよ。気づいたらアリエルは人妻だし・・。」
リンが自分の便りを楽しみに待ってくれていたこと。アリエルの故意に流した噂のせいでリンが帝国に来ることさえ叶わなかった事実に胸が苦しくなった。
「すまない。私にも事情があったんだ。」
「俺に・・教えてくれないか?ずっとアリエルの事が心配でたまらなかったんだ。」
懇願するかのように自分を見つめるリンの瞳は心から自分の身を案じてくれていたことが分かった。
ふぅーっと溜息を吐くと、観念したようにアリエルは自身の事情をリンに話した。
自分が男として討伐に参加しなければならず、7年討伐に参加し続けていること。一人二役しなければならなかったこと。アリエルとしての社交活動を最低限度にするために、わざとつま弾きにされるような噂を自分ででっちあげたこと。そして、討伐で自分の信頼していた上官がアルであり、アリエルの事を冗談半分で離したら真に受けられて求婚されたことまで。全て話した。
「私は秘密を抱えた時から結婚も諦めていたし、家の為に努めるために自分をあえて悪く見せるようにもした。リンは王族だったから、中途半端にこのことを手紙で伝えることは危険だと判断したんだ。それがきっかけでリンに辛い思いをさせてしまってすまなかったと思うよ。」
「俺に全部話してくれて・・嬉しいよ。会えなかったのも、音信不通だったのもかなり堪えたけど・・アリエルも耐えていたんだなってわかったら、俺の悩みなんて大したものじゃなかったな。」
「そんなことないさ。私にとっては数少ない大切な友人だったからね。申し訳なかったと思っている。だが、これからもエルとしても私は生きていかなくてはならないんだ。だから他言無用で頼むよ。」
「わかったよ。俺はアリエルの味方だ。・・ただ」
「なんだ?」
「ただ家の為に今後も帝都の犬でいるつもりか?」
「犬って・・その言い方ひどいな」
リンの物言いにアリエルは苦笑するが、間違ってもいない表現だったので反論はしなかった。
「俺はアリエルには幸せになってほしい。男装したいならしたらいい。でも、家の為に自分を犠牲にすることは・・俺は納得できない・・」
「リン・・」
「しかも【白い結婚】のことだってそうだ。俺が効く限り、スファルティス侯爵はアリエルよりエルを大切にしているように感じる。そんな状態でアリエルとしての幸せは得られるのか? 」
「んーそうだな。【白い結婚】の件は今すぐには私も判断はできないさ。だけど、これから向き合っていくって決めたからさ。まだ先のことは私にもわからないよ。家の事も、犠牲ってゆうのはそんなに感じてはいない。家族を守れるのは私は幸せだと思っているからね。ノエルも家の為に家に引きこもりながらも商会を成長させてくれているし、父も私の事をいつも気遣ってくれる。大切な家族だからこそ私は守りたいって思えるんだよ。」
「アリエル・・俺は君を尊敬しているよ。」
「リン・・。」
「だからこそ俺もアリエルに関わっていきたい。頼ってほしい。だからこれからは音信を途絶えさせないでくれ。いつかアリエルが自分自身の幸せを掴めるように俺も寄り添いたい。」
「ありがとう。私は幸せ者だよ。友人は少なかったけれど、リンもエリーザも私にとってはかけがえのない友人だ。私もリンに寄り添いたいと思っているよ。」
「アリエル・・・」
アリエルはリンに敬愛していたからこその言葉だったが、リンの瞳は熱を持ちアリエルを求めるような情欲を感じられた。その違和感をアリエルは感じつつも、素直にリンの想いを受け取りたいと思った。
「--抱きしめても良いか?」
「え?」
さきほどまでの友情の語らいが突如リンの言葉で吹き飛んでしまった。
「アリエル・・君を抱きしめたいんだ・・だめか?」
「すまない。私は侯爵夫人だ。例え白い結婚であろうと、侯爵夫人としての責務を放棄するつもりはないんだ。」
「・・・」
二人の間に決まづい空気が流れたのをお互い感じ取っていることだろう。しかし、アリエルはごまかしたりすべきではないと思った。大切な友人だからこそ、踏み外してはならない一線があるし、貴族が守るべき責務は放棄したくはなかったのだから。
二人の間にはひと時思い空気が漂っていたが、リンは強張らせていた表情を崩し、少し心は苦しかったがあえて微笑んだ。
「アリエルのキモチはわかったよ。色々な話を聞いたから気持ちが昂ってしまったようだ。それでもまた友人として連絡を取り合えるのは嬉しいよ。夜会も楽しみにしている。」
「リン。ありがとう。私も夜会で会えるのを楽しみにしているよ。」
二人はにこやかに微笑み立ち上がるとお互い帰路についた。




