暑苦しい青春
俺は柳木優一。高校3年生、生徒会長をやっており、医学部を受験する受験生である。
このお話は、俺の慌ただしい1年を綴ったものである。
――4月初旬――
『大事な話があるので、放課後に校舎の裏で待ってます 2年 相曽 ユキ』
朝8時の学校の玄関。優一の下駄箱に入っていた手紙にはそう書かれていた。
手紙に描かれている可愛らしいキャラクター。差出人の氏名。極めつけは敢えて読みづらくしているような丸っこい文字。間違いなく女子生徒からの手紙である。
2年、相曽ユキ……だれだ? まったく知らん。
――放課後――
春の夕方はまだ冷える。
校舎の裏にたどり着いた俺は辺りを見渡すと、校舎の影になっている場所でウロウロしている人物が目に入る。
人物の正体はパッと見普通の女子生徒であった。
肩まで伸びた黒髪、白肌に差した赤い頬。ふっくらした全身がとても可愛らしい。
この女が『相曽 ユキ』か? 俺は女子生徒に近づく。
「あ、柳木先輩!」
「俺の下駄箱に手紙を入れたのは君か?」
「はい! あの、私は……2年の相曽ユキと言います」
「それで相曽さん。大事な話ってなんだ?」
俺が要件を尋ねると、女子生徒は顔を赤らめ、瞳をウルっと輝かせる。
この反応は……まさか……
「ずっと好きでした! だからその……私と付き合ってください!」
相曽は顔を真っ赤にしたまま、目をギュっと瞑った。
「俺は好きじゃない。得体の知れない人間と付き合うなんてお断りだ」
大事な話の内容は予想通りだった。だから俺は即答した。
返事を返した俺は振り返ると――
「待って! お友達から! お友達からでいいから! 付き合ってください!」
女子生徒が俺の足にしがみついてきた。
またか。好きじゃないつってお断りされたんだから、諦めろ。
「あのな。俺は受験生だぞ。お友達になったところで、遊ぶ暇なんてないぞ」
「それなら、一緒に勉強を……」
「他人と一緒に勉強しても気が散るだけだし、邪魔だ」
「わからない事があったら教え合えるし、いいじゃない!」
「わからない事があったら、先生に聞きに行け。何のために先生がいると思ってんだ」
ぐぐぐ……ああ言えばこう言う……なんてめんどくさいんだ。
俺は好きな女なんていないし、誰とも付き合う気はない。
このやり取り――高校入学してからコイツで何人目だ!?
大体、俺のことを何も知らない赤の他人が俺を『ずっと好きでした』って――気味が悪い!
「こら! 誰かいるの?」
俺の耳に入っただけで安心するこの声……まさか!
「柊先生!」
香澄が来た。
くりっとした丸い目と小さな鼻と口。胸の辺りまで真っ直ぐに伸びた、少し明るい髪は後ろに束ねられている。スーツ姿がサマになっていないのは、小さく線の細い体つきのせいだ。
なんてことだ。得体の知れない女子生徒に足をしがみつかれている姿を香澄に見られるなんて……
クソ! 相曽とやらがいつまでもギャーギャーと喚くから……
「まあ! こんなところで何してたの? もうすぐ日が暮れるから早くお家に帰りなさい」
「せ、せんせー! あーーーん! ふぎゃーーー!」
泣きっ面の相曽が香澄に抱きついた。相曽め! 香澄に気軽に抱きつくとは……俺もアバラが折れるくらい、香澄に抱きつきたいというのに!
「きゃっ! どうしたの? ……柳木くん。また女子生徒にひどい事を言ったんじゃないでしょうね?」
「俺はその女子生徒の告白を普通に断っただけですが?」
「……はあ。柳木くんに振られた女子生徒は、どうしていつも大泣きするのかしら……」
香澄は女子生徒の頭に手をのせる。
「おーよしよし。さあさ。男の子は柳木くんだけじゃないんだから――めいっぱい泣いたあとは、柳木くんを忘れて次の恋に頑張んなさい」
「はい。せんせー。ぐすっ!」
香澄は女子生徒の頭をよしよししながら連れて行った。
いいなあ。俺も香澄に頭をよしよしされたい――って、俺は何を考えてるんだ!
――翌日
本日は学校の会議室で生徒総会の日である。議題は部活動の部費の割り当てだ。
机は口の形で配置されており、俺は黒板の前の机の中心に座る。
「さて。各部の部費は配布したプリントの通りだ。意見のある人は挙手してください」
「はい! はいはいはいはい! はーい!」
アホみたいな返事とともに元気よく挙手したのは――俺から見て左側の机の前席に座る男子生徒。
コイツは文芸部部長の青倉 ミナトである。
「はい、文芸部部長の青倉くん」
俺に指名された青倉は、鬼気迫るような勢いで立ち上がる。
「なんで文芸部の部費が去年より少ないんだよ! どういう事!? 生徒会長の柳木くん!」
青倉が訴えたあと、更に2人の部長が鬼気迫るような勢いで立ち上がった。
「パスタ部の部費もよ! 納得できないわ! 生徒会長の柳木くん!」
「ヒヨコ蔵部もだぞ! ちゃんと説明して! 生徒会長の柳木くん!」
文芸部部長の青倉ミナト、パスタ部部長の板利 杏、ヒヨコ蔵部部長の日横 豆蔵。
部費を減らされた3部長は俺に説明を求めてきた。俺は細身の眼鏡をクイっと上げる。
「ああ。それはだな――野球部が甲子園に行くために機材を揃えたいから、どうにか部費を上げてほしいと何度も熱いお願いをされてな――」
「それと俺たち3部の部費になんの関係が!?」
「――ここ数年の部費の返金額を分析したところ、返金額が多かったのが上から順に文芸部、パスタ部、ヒヨコ蔵部だ。だから、この上位3部の今年の部費を少し減らしてその分を野球部に上乗せした――といったところだ」
「「「そ、そんなあ!」」」
「今年は出版社を社会見学する計画を立てていたのにぃ!」
「今年は究極のパスタを作るためにイタリア修行する計画を立てていたのにぃ!」
「今年は捨てヒヨコを保護するためのヒヨコ蔵を校舎の空き地に建てる計画を立てていたのにぃ!」
部費を減らされた部長たちの取り乱し様を見ると、計画を台無しにされてひどくショックを受けたようだ。
……なんだか申し訳ない事をしてしまったな。
「ぶはっ! 残念だったな。青倉」
ゴツイ声が会議室に響き渡る。声の主は、青倉の向かい側の席に座っている野球部部長黒崎 ワタルである。
ショックから立ち直った青倉は黒崎を睨み、机をバンバンと叩く。
こら! 青倉! 机を叩くな!
「黒崎ぃ! 甲子園を目指すのは結構だけど、お前たちに機材なんか必要ないだろ!」
「何言ってんだよ! 怪物投手畠山の剛速球対策のためにもピッチングマシーンを高性能のものに変えるんだよ!」
「だーかーらー! 何度も言ったじゃん! 甲子園行って全国ベスト8以上を本気で目指すのであれば、まず守備を徹底的に改善しないとダメだって! 俺が提案した肩の強化メニューと個人の守備改善メニュー――真面目にやってなかったでしょ? 改善する気がないなら、機材なんか何の役にも立たないし、趣味で野球を楽しんでいればいいだろ!」
「青倉くんの言うとおりよ! 役に立たない機材に使われるくらいなら、パスタの美味しい茹で方をイタリアで教わったほうが役に立つに決まってるわぁぁぁ!」
「そうだ! 可愛いヒヨコの未来のために負けるな! 青倉ぁぁぁ!」
青倉と黒崎。かつて同じ野球部だったこの2人。
1年の頃は仲の良い雰囲気で練習をしていたように見えたが、2年になってから雰囲気が変わったように感じた。
「やってみなければわからないのに何でわかるんだよ! ちょっと野球上手いからって調子に乗るなよ! あと、パスタとヒヨコの未来は心底どうでもいいだろうが!」
「あのな! 今の野球部は機材以前の問題なの! それに俺たちが1年の頃に甲子園に行けたのだって、部の実力じゃなくてただの幸運だってば! 畠山の調子が悪かったからだよ! あと、パスタとヒヨコの未来に命を賭けているコイツらをバカにすんじゃねーよ!」
2人の言う畠山とは――『畠山カツミ』である。彼は青倉と少年野球時代からのライバルらしく、周囲からは『怪物』と呼ばれている。しかも、野球名門高校のエースであり、去年の甲子園で優勝した実績持ちだ。
そんな畠山の長年のライバルでいられる青倉。どうしてコイツはこんな弱小野球部に?
最悪な事に去年の夏、金田に足を折られて野球をやめてしまった。本当にもったいない。
「青倉! てめえ! 人をバカにするのも大概にしろよ!」
「バカにしてるんじゃなくて、現実を言ったんだよ! いい加減、目覚ませよ! この石頭め! 部費を返せ!!」
野球部部長と部費を減らされた3部長がヒートアップしてきた。はあ……
「ストップ。ここで喧嘩はよせ」
黒崎と青倉、板利と日横は俺に視線を向けた。
「野球部と文芸部――と、パスタ部にヒヨコ蔵部。各々の言い分はわかった。いっそ、部費を賭けて勝負したらどうだ? 特に黒崎と青倉の性格からして、勝負で決めたほうが納得するだろ?」
「しょ、勝負……?」
青倉は『はあ?』と言いたげな表情である。
「そうだ。勝負の内容はまかせる」
俺がそう言うと、黒崎は暑苦しいオーラを放ち、青倉に指をさす。
「よし! 青倉! バッティング勝負だ!」
青倉は黒崎を冷静な目で見つめる。
「ええ――イヤだよ」
「はあ? お前! 俺に負けるのが怖いのか!?」
「当然だい! あのな、俺が野球部を辞めたって事を忘れるなよ! いくらなんでも現役野球部員の黒崎に勝てるワケないだろうが!」
青倉のごもっともな言葉に、黒崎の熱が冷めたようだ。
「……青倉。じゃ、じゃあ、どうやって勝負したらいいんだよ……」
「次の数学Bの小テストで点数高いほうが勝ちというのはどうだ? 単純でいいだろ?」
「す、数学Bの小テスト……――ってお前、大丈夫か? 小テストなら俺は80点くらいだぞ」
「はあっ!? 80点も取ってんのか!? 黒崎ぃ! お前……頭良かったんだな! 俺は10点で精いっぱいだ!」
「小テストで10点しか取れない青倉の頭が悪いだけだろうが。お前よく試験で高校合格したな」
熱の冷めた2人の話の内容がだんだん低レベルになってきた。
俺は深いため息とともに、パスタ部部長とヒヨコ蔵部部長に顔を向けた。
「お前たちの小テストの平均は?」
「わ、私は――8点よ。究極のパスタのレシピで頭が一杯だもの……!」
「ぼ、僕は――1点だ。ヒヨコの愛くるしい姿をいつも思い出してしまうんだ……! ヒヨコが憎い!」
だめだ。こいつら……どうでもいい事に己の能力を全て注ぎこんでしまっている。
テストの点数勝負を提案したのは青倉だ。内容も比較的単純だし――まあ、いっか。
俺は指を絡ませた。
「はあ、仕方ない。部費の件は、今度の数学Bの小テストの点数で決めよう。黒崎の点数と、3バカ部長の内の一番高い点数で比較して、点数が高いヤツを勝ちとする。立ち合い人は俺でいいな?」
「「「「意義なーし!」」」」
燃え上がっている4人の暑苦しい声が教室中に響き渡った。
――
翌日の放課後。
俺は文芸部の部室の前を通りかかった。
黒崎と小テストで勝負すると啖呵を切った青倉が少し気になった。
「柊先生! 数学Bの採点をお願いします!」
「俺も!」
「私も!」
「僕も!」
「はいはい」
やったら元気な声が部室のドアから漏れている。
この熱気の帯びた声は青倉を含めた3バカ部長だな。
俺は文芸部室のドアの窓からこっそり中を確認する。
部室には、青倉を含めた3バカ部長と香澄と――あとは、副部長の佐々本だったか……5人が残っていた。
各自、口の字状態に配置された机に座っている。
それにしても香澄が数学Bの採点って……香澄の担当は国語だろうが。
まあ、採点くらいなら誰でもできるか。
「はい。佐々本くんは50点」
「うわ! 今まででいい点数!」
「はい。青倉くんは15点」
「うわ! 今まででいい点数!」
「はい。板利さんは9点」
「うわ! 今まででいい点数!」
「はい。日横くんは2点」
「うわ! 今まででいい点数!」
……
俺は絶句した。その程度で瞳を光らせて喜ぶなんて。
3バカ部長が力を合わせたところで、平均80点を維持している黒崎と勝負にならないんじゃ……
不安しかない。
「ふふ。その調子よ。部費を野球部から勝ち取るのよ!」
「おう! 見てろよ! 黒崎ぃ! 野球部に出版社の社会見学の有意義さを教えてやるううう!」
「そうよ! 野球部に究極のパスタのすばらしさを教えてあげるんだから!」
「そうだそうだ! ヒヨコ蔵はヒヨコの希望だ! 野球部にそれを思い知らせてやる!」
そういえば、香澄は文芸部の顧問だ。当然、出版社の社会見学には……香澄も一緒についてくるんだよな。
いいなあ。俺も文芸部に入部して、香澄と一緒に社会見学したい――って、俺は何を考えてるんだ!
――2日後
「……あの、柳木?」
「なんだ? 青倉」
「どうしてお前が文芸部室にいるんだ?」
ある日の放課後。俺は文芸部室にいる。
青倉を含めた3バカ部長と佐々本は口の字状態に配置された机に座っており、俺はその机のそばにあるパイプ椅子に足を組んで座っている。
そもそもなぜ俺が文芸部室にいるのか? それは……
「柊先生が過労で倒れたらしくてな。3日間入院するそうだ」
「「「「えええええ!」」」」
青倉を含めた3バカ部長と佐々本が奇声を発した。
「そんなあ! こんな所で勉強している場合じゃないよ! 大地! 柊先生のお見舞いに行かなきゃ!」
「おう! そうだな! ミナト! 柊先生の一大事だ!!」
4人は物凄い剣幕でガターン!と立ち上がった。
「待たんか。お前たち」
俺に引き止められた3バカ部長と佐々本は、俺を見る。
「もうすぐ数学Bの小テストだろう? 青倉の最高得点は?」
「えっと……55点」
「板利は?」
「30点」
「日横は?」
「10点」
「ついでに――佐々本は?」
「えっと……75点」
ほお。だいぶ伸びたな。コイツらのオツムを考えると、かなり努力したんだろう。
だが、黒崎に追いつくにはまだ足りない。
「このままだと3バカ部長の惨敗だぞ。黒崎に対抗するには、要領よくハイペースで詰め込まないと間に合わない」
「「「うぐあ!」」」
3人は心臓を抑えるポーズを取った。
「仕方ないから、俺がお前たちの数学Bの勉強をまとめて見てやる。柊先生はただの過労だし、心配するな」
「や……柳木いぃ! 柳木って冷めた見た目に反して、中身は暑苦しい男だったんだな! 見直したぜ!」
「暑苦しい――青倉にだけは言われたくない」
暑苦しいって……なんだその言い回しは! 俺は深いため息をついた。
「まあ、勝負にならない勝負はあまりにも可哀相だからな」
3バカ部長の勉強を見てわかった。
3バカ部長はやっぱりバカだ……香澄の苦労は相当なものかもしれない。はあ……
やっぱり、誰かと一緒に勉強するのは、邪魔だし気が散る。
――
――201号室 柊香澄――
俺は柳木病院に入院中の香澄の個室の前に立っていた。
ふん。お、俺は別に心配して来てるわけじゃ……
それにしても、香澄が過労で入院とか……
人は少々無茶したくらいで倒れる事はない。倒れて入院するってのは相当だぞ。
去年、桜田が不登校になった時期もかなり危うかったし……まったく――これだから香澄は。
香澄の個室のドアを開けようかどうしようか――俺がそんな風にモヤモヤと悩んでいると――
「体の具合は大丈夫ですか?」
ドアの隙間から話し声が漏れた。
ん? 誰か香澄のお見舞いに来てるのか? 相手は――男の声だ。もしかして、おじさんかな?
「少し安静にしていれば退院できると言ってました。忙しい中ありがとうございます。種元先生」
種元先生……種元だと!? う、嘘だろ……
俺はドアの隙間から個室をこっそり覗く。
香澄のベッドのそばには種元先生が座っていた。
『種元 誠二』30歳。数学教師だ。
肌は色白で中肉中背。パッと見は普通のサラリーマンだろう。
黒い短髪で清潔感を出しているつもりだろうが、くたびれたスーツが全てを台無しにしている。
「あの、柊先生――もし、よろしければ今度……一緒に食事でも行きませんか? パスタの美味しいお店を見つけまして……」
「え?」
種元は香澄を食事に誘った。しかもパスタの美味しい店とか――一瞬だけ板利を思い出してしまったではないか!
いや、パスタはこの際どうでもいい! 香澄。そいつの誘いにのってはダメだぞ。断れ!
「はい。ぜひ」
香澄は笑顔で返事をした。
香澄ぃ! 種元はダメだあああ!
「あ、柊先生。そういえば、髪を下ろしてるの初めて見ました。いつもと雰囲気が違ってドキドキしますね」
「まあ――恥ずかしいです」
クワアっ! 気安く香澄の髪型の話をするなーっ!!
――種元。俺は知ってるぞ。
種元は女子生徒に手を出す、とんでもないろくでなしクソ野郎だ。
俺は見た。
先月、種元が女子生徒と視聴覚室でキャッキャウフフしていたところをな。
俺は思わず通学バッグに潜ませていた隠しカメラで写真を撮ってしまった。
種元め! そこいらの女子生徒に手を出すのはいいとして――いや、本当は良くないが……男の人とキスすらした事のない香澄に汚らわしい触手を伸ばそうというのか……
それだけは! 俺が! 許さん!
香澄に手を出そうしている種元に、俺は暑苦しい気持ちがみなぎった。




