柊先生
「香澄!」
「ゆうちゃん」
香澄の個室に戻った俺は、目を見開かせた。
へその緒のついた赤ん坊が、香澄の胸の上で眠っている。
「まさか、子供が生まれたのか……」
「うん。最初、陣痛が来た時はどうしようかと思ったけど、カケルくんがどこかに電話して、指示をもらいながら……カケルくんの助けもあって、無事に生まれたの」
俺は香澄の胸の上で眠っている赤ん坊を見つめる。
生まれた赤ん坊は男の子だ。どっちに似てるんだろう? 今はカエルに似ているな。
何にせよ、この子は俺と香澄の子供だ。俺は赤ん坊を見て、不思議な気持ちになった。
「あ、柳木くん。感動の再開の邪魔をして悪いけどさ、早くへその緒切ってきなよ。へその緒はきちんと消毒したハサミで切らないとダメだって」
「あぁ、そうだったな。すまなかった。それなら俺がやろう」
俺は香澄を分娩室へ連れて行き、へその緒を切り取った。香澄は出産の処置を施されたあと、しばらく分娩室で休み、赤ん坊は検査のため、一晩中別室へ寝かせることになった。
――夕方6時30分――
分娩室から個室に戻った香澄は、ベッドに横たわっている。
「柳木くんに柊先生。僕たちはそろそろ行きますね。しばらく日本には戻れないかもしれないけど、何かあったら連絡ちょうだい。すぐ日本に戻ってくるよ」
桜田弟は俺と香澄に別れの挨拶を告げた。
桜田弟の本来の目的は大地のお迎えだ。早くホテルに戻って情報機関に報告したいのだろう。
「桜田弟。本当に助かった。ありがとう。……まあ、桜田弟を必要とする状況はもうたくさんだけどな」
「カケルくん。久しぶりに会えて良かったわ。そうね、今度会う時は何でもない時がいいわね」
とうとう、大地は香澄の個室に入って来なかった。
大地は香澄を愛していたし、しかも香澄を誘拐して目に傷を負わせた。どの面下げて会えばいいのかわからないのだろう。無理もないか……
「じゃあ、香澄。俺は桜田弟と大地を見送りに……」
「ゆうちゃん。佐々本くんと2人きりで話してもいいかな?」
俺は香澄の言葉に少々驚いたが、香澄の言う通りにしようと思った。俺は軽くうなずいたあと、大地を呼びに廊下へ向かう。
――
香澄に呼ばれた大地は、香澄のベッドのそばの椅子に座る。
出産直後の香澄は、白い顔をしている。裸眼のままなのか、どこか遠くを見ているような視線だ。そして、目の周りには痛々しい傷跡が残っている。
「……香澄」
「久しぶりね。大地が元気そうで良かったわ」
今、大地と呼んだか? 香澄は何を思っているのだろうか。俺は香澄を見ると、香澄は穏やかな表情であった。その表情は『柊先生』と呼んでいた頃からちっとも変わらない。俺は懐かしさで胸が熱くなった。
「ゆうちゃんを心配してここに来てくれたのね。また、大地に助けてもらったね。本当にありがとう」
「いや、俺アイツの心配なんか……」
香澄までそんな事を言うか。まったく、どいつもこいつも……誰があんな変態陰湿ストーカー野郎の心配なんかするか!
「昔の大地が戻ってきて本当に良かった。友達思いで優しい大地に」
香澄は涙を流していた。
「……ずっと香澄に謝りたかった。今までごめん。俺、香澄の気持ちをずっと無視してた」
「いいの、いいのよ」
香澄は涙を流しながら笑顔になると、俺もつられて笑顔がこぼれた。
――
「大地」
俺とカケルが病院の正面入り口を出ようとすると、優一に呼び止められる。優一は少し寂しそうに見える。今度こそ会えないのかも、とか考えているのかもしれないな。
「優一。俺は呪いがとけたんだ。香澄に会うのはさすがに辛いが、気が向いたら優一に連絡するよ」
優一は一瞬、表情をほころばせた。
俺は香澄に頼まれたんだ。香澄とは会わなくてもいいから、優一とは友達でいて欲しいってな。
「……わかった。バカな話ならいつでも聞いてやる」
コイツ……結局そうなるのかよ。
――
「大地と柳木くんってなんだかんだ言って仲いいんだね」
俺とカケルは車に乗ると、カケルはそう呟いた。
「あんな変態陰湿ストーカー野郎と俺が仲いいワケねぇだろ……」
カケルはニヤニヤしながら『へー』と言う。ニヤニヤするな! まったくどいつもこいつも……!!
カケルはしばらくニヤニヤしたあと、『ふう』と一呼吸すると……
「大地。病院で見たレーザー光みたいなヤツ、何か心当たりある?」
「あ、そういえば……あの光どこかで見た事あると思ったら、呪いで腕や脚に浮かび上がった光と同じ感じだったんだよな」
俺がそう言うと、カケルは目を丸くする。
「呪いかぁ……ますますわかんないね。はぁ」
カケルはため息を漏らしながら、車のエンジンをかけた。




