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友情の形は色々ある

――午後1時――


「田中さん。検査の結果、食中毒ですね」

「はあ、食中毒ですか……」


 優一()はカルテに情報を記入したあと、老人患者に笑顔を向ける。


「まずは整腸剤を出しますので、それで様子を見てみましょう。あと、解熱剤も出しておきます。熱が出たら飲んでください」

「わかりました。今後は古い卵で半熟オムライスを作るのはやめます……」

「是非そうしてくださいね。卵は生ものです。古ければ古いほど、細菌だらけですからね」


 そのとき。


 ――パァン!!


 脳に響くような破裂音が病院中に響き渡った後、診察室の外から大勢の悲鳴が聞こえる。

 何が起こったのだろうか……? 様子を見に行かなくては。


「ひぃっ! 柳木先生! 今のは一体……」

「田中さん。ここから動かないでください。あと、看護師さんたちも」


 俺は診察室のドアを開け、病院の受付に向かう。


――


 俺は、廊下から受付の様子を見る。なぜなら、受付の空気が穏やかでない事がすぐにわかったからだ。


「ひぃぃぃっ! ひぃ!」

「なああああ、お姉さん。俺はここの院長を呼べっつったんだよぉ? 頭に穴開けられたいかぁ?」

「も、もももも申し訳ありません……院長は本日出張でして……戻りは明日なんですぅ……うぐっ!」

「じゃあ、今すぐ戻って来いって連絡しろやぁああ!」

「はひぃ!」


 受付の女性が大きな涙をこぼしながら、電話の受話器を取る。おじさんに電話をしているのかもしれない。そして、その隣には――額に小さな穴の空いた受付の女性が目を開いたまま微動だにしていない。即死だ。


 受付の女性に銃を向けている男。そいつは、俺の父さんだった。

 父さんは警察官に連行されたあと、警察官の銃を奪い、逃走した。


「柳木院長は今すぐ戻るそうですが、病院に到着するのは午後3時くらいだと……」


 受付は顔を真っ赤にしながら、鼻をすすりながら涙をボロボロこぼしている。涙で化粧が落ちたのか、目の下と頬は真っ黒である。


「どうして、そんなに時間がかかるのかなぁ?」

「ひ! 出張先がF県なんで……」


 父さんはしばらく黙り込む。


「まあ、いいか。午後3時まで待ってやる。もしお姉さんが嘘ついたり、院長が逃げたりしたら……お姉さんの頭に穴を空けてやろうかなぁ」

「ひぁ! ひあぃぁ!!」


 俺はそっと診察室に戻る。


――


「柳木先生、何があったんですか?」


 俺は診察室に戻ると、1人の看護師が俺に声をかけてきた。その看護師の名は戸田さんと言い、ベテランの看護師である。父さんが院長を務めていた頃から働いていたこともあり、俺とそれなりに面識がある。


「俺の父さんが、銃を持って今の院長を出せと受付を脅している」

「前院長が? 一体……何の目的で?」


 何もかも父さんの思い通りにならなかったからだ。

 俺が院長を継がないと言ったから。俺が香澄と結婚すると言ったから。

 だから、父さんはおじさんを殺すつもりだ。おじさんを殺して、俺を院長にさせたいのだろう。

 まるで子供だ。


「戸田さんはここにいる患者と看護師を連れて、東口から逃げて警察を呼んできてください。父さんは今、正面口にいるから、今ならまだ逃げられるはずです」


「柳木先生はどうするんですか?」

「俺は残ります。父さんが変な気を起こさないか……心配ですから」

「そんな……危険ですよ! 柳木先生1人でどうにかできるもんじゃないでしょう!」


 戸田さんは俺に詰め寄る。戸田さんの言うことは最もだ。だが……


「戸田さん。出産を控えた妻がこの病院で入院しているんです。父さんは俺の妻を殺したと思い込んでいる。しかし、香澄が生きていると知ったら……今度こそ、香澄とお腹の子供が殺される」


 香澄はお腹の子供を守る事で精いっぱいのはずだ。俺は香澄を置いて逃げるワケにはいかなかった。


「……わかりました。すぐに警察に連絡しますから――どうか、無茶だけはしないでくださいね」


 戸田さんは手際よく患者と他の看護師を連れて、東口から病院を出た。



――午後2時――


「ゆうちゃん、この病院はどうなるの? おじさん、どうしちゃったの?」

「香澄は何も心配するな。お腹の子供のことだけ考えてればいい」


 産婦人科の病棟にある個室のベッドに横たわっている香澄は、とても不安そうにしている。大きなお腹を大事そうに抱えながら。

 香澄はもうすぐ出産だ。過度のストレスは香澄やお腹の子供に良くないのはわかってはいるが、今の俺にできることは香澄を慰めることだけだ。


 しかし、困ったな。出産を控えた香澄に狂犬と化した父さん。

 病院は今、混乱の渦中にいる。この状況で冷静を保っている人は見当たらない。

 本音を言うと、誰か信用できる人に香澄をまかせて、父さんのもとに行きたいのだが……都合の良い展開はそうそう起こらないか……


 俺が途方に暮れていると、個室のドアからノック音が聞こえる。誰だ? 俺は個室の鍵を開けず、呼びかける。


「どちら様でしょうか?」

「やっぱりここだ。柳木くん、僕のこと覚えてる?」


 この声は……! 俺はすぐに鍵を開ける。


「桜田弟! どうしてここに?」

「あー……とある人がさ、柳木くんの事、心配で心配でしょうがないって顔してたから思わず来ちゃったんだよ。どこもかしこも警察や機動隊に囲まれて、病院に侵入するの大変だったんだよ」


 とある人が俺を心配? 誰だろう……? しかし、俺の疑問はすぐに解消された。


「うるさい! 誰がこんな変態陰湿ストーカー野郎の心配なんかするかよ!」


 大地が横からひょっこり姿を現した。


――


 俺たち3人は香澄の個室を出て、廊下にいる。


「桜田弟。その……万が一、香澄が陣痛を起こしたら、対処できそうか?」

「ああ、大丈夫だよ。本部に産婦人科のドクターをやってた人がいるからね。彼女と連絡取りながらになるけど、対処はできるよ」

「それなら、香澄をまかせてもいいか?」

「OK。まかせてよ」


 桜田弟が来てくれたのは本当に幸運だ。


「なあ、カケルにおっさんをやっつけさせればいいんじゃねぇか? 優一はこのまま香澄のそばにいてやった方が……」


「俺もそうしたいが、ここは人が多い。拳銃を持った父さんを人目のつかない場所に移動させるか、拳銃を奪わないとダメだな」


「柳木くんの言う通りだよ。物騒なおじさんとの交渉役は、息子である柳木くんの方が適任だね。僕は自分の身は守れるけど、大勢の人を守れる自信はないね」


「そういうもんなのか」


「そうそう。見ず知らずの僕が交渉したところで話がややこしくなるだけだよ」


 桜田弟は笑顔だった。



――


「父さん!」


 病院の受付にて、俺は銃を構えている父さんを呼ぶと、父さんは俺のいる方に視線を向ける。

 受付にいる患者を人質にしているかのように、父さんは正面口から遠い場所にいる。これでは、迂闊に機動隊は入れない。

 受付にいる患者の様子を見ると、かなり疲弊している。ただでさえ体が弱っているのに……この緊迫感だ。かなり辛いだろう、といった言葉だけでは済まないのかもしれない。


「何だ、優一か」


 俺の姿を見ても父さんは警戒を怠らない。まずは父さんの警戒をとかないといけない。だから、俺は嘘をつくことにした。


「父さん。俺、やっぱり柳木病院の院長を継ぐよ」


 俺の言葉を聞いた父さんは一瞬、目を見開いた。俺は今まで院長をやらないと駄々をこねてきたんだ。驚くのも無理はない。

 しばらくして、父さんの顔が緩み始めた。


「ゆーいちぃ。今言ったことは本当か? 嘘じゃないよな!?」

「俺、しばらく考えたんだ。確かに俺は院長には向いていないかもしれない。ひい爺さんの考えている医師の在り方――それをよく知っているのは、俺と叔父さんだけだ。柳木病院の経営理念はひい爺さんの考えがベースだからな」


 ここで素直に『嘘じゃないよ』と断言すると、より警戒される可能性が高くなる。『嘘じゃない証拠を見せろ』と言われるのがオチだ。

 嘘を信じさせるには、嘘を真実だと錯覚させるための事実を述べる必要がある。それらしく言っとけばほとんどのヤツは信じる。


「うんうん。心配するな。優一は出来がいいから、いい院長になれるぞ」


 父さんの警戒はとけたように見える。


「父さん。まず、その銃を俺に渡してくれ。そんな物を持ってたら、患者さんが怯えるだろ。弱っている患者さんに余計なストレスを与えてしまったら、ひい爺さんに怒られるよ」

「いいや。俺はこの銃で修二の頭を撃ち抜いてやるから、渡せないな。修二さえ死ねば、お前はすぐ院長になれるんだ。ひい爺さんに怒られる役は父さんにまかせろ」


 はあ……まだ詰めが甘いか……俺が院長になろうが、なるまいが、父さんは叔父さんを殺すつもりらしい。

 ここは人が多い。とりあえず人のいない場所に移動しなくては。


「父さん。院長室に行かないか? 親子2人きりで話がしたい」


 ちょっと無理やりだろうか……

 しかし、こんなヤツと俺をまとめて親子と呼ぶのは虫唾が走る。


「おお、いいぞ。前祝いに院長室の椅子に座らせてやろう。座り心地は抜群だ」


 あっさりのってくれた。これで父さんを院長室に移動させれば、病院にいる人質たちを外に逃がせる。

 俺は受付にいる患者や事務員さんの様子を見ると、安堵しているように見えた。


「おっと。その前に、人質を逃がさないようにしないとな」


 人質を逃がさないように? 病院にそんな仕掛けがあったか?

 父さんはポケットから、小さなリモコンを取り出し、ボタンを押す。

 

 『ヴンッ』と音が鳴ったあと、正面出入り口に赤いレーザーのような光が現れる。

 映画で見た事があるヤツだ。

 俺は赤いレーザーに近づき、白衣のポケットに入っているペンをレーザに投げると、ペンは刺身のようにバラバラになった。


 受付の空気は一瞬にして固まった。


「何だこれは……いつの間にこんな仕掛けを……」

「洋子ちゃんがぁ、知り合いに頼んでぇ、暇つぶしに改築したんだってさ。面白いだろ? ここから出ようとすると……今投げたペンのようにスッパーンだ!」


 なんだそりゃ! 洋子さんを知れば知るほど、怒りが込みあげてくる。俺たちをおちょくるのも大概にしろ!!


――産婦人科の個室――


「あのおじさん、やってくれるね」

「何かしら? この赤いレーザー……まるで映画みたいね」


 さきほど、香澄()の個室の窓からレーザーのような赤い光が『ヴン』と音とともに現れた。

 カケルくんは赤いレーザーのような光をジーっと観察したあと、お見舞いでもらったリンゴを赤いレーザーのような光に投げる。すると……


「バラバラになっちゃった! カケルくん、これって……レーザー?」

「リンゴの切り口を見ると、多分そうだと思う」

「多分……? 思う?」

「レーザー光は、光のエネルギーを小さいレンズに集めて放つものなんだけど……そのレンズがどこにも見当たらないんだよ。特別な仕掛けがあるのか……それとも、これはレーザー光じゃないのか……」


 カケルくんはスマホを取り出し、レーザーの写真を撮り始めた。そして、写真をある程度撮り終えるとスマホを操作する。

 どこかへ送信しているのかしら?


「まったく……この世には不可解な事が多すぎるよ。大地の故郷の事だってまだわからない事が多いってのにさ」

「そういえば、カケルくんは佐々本くんの故郷の事を調べてるの?」

「そうだよ。悟兄さんの依頼でちょこちょこ調べてるんだ」


 私とカケルくんは当たり障りのない会話を続けた。


 ……


 しばらくして。


「あ……あ、カケルくん……お腹が……陣痛の間隔が……」

「先生? まさか……生まれそう!?」


 私は間隔が狭くなる陣痛を抑えようとお腹を抱えているが、そんな事をしても無駄である。

 私のお腹から新しい命が外に出ようとしているのがわかる。苦しい、苦しい。


「ちょっと待ってて。まずはナースコールで誰か呼んでみるよ」


 カケルくんは個室に設置されている電話を取ると……


「あの、柊香澄さんですが、赤ちゃんが生まれそうなんです。個室に来ていただけませんか――って。はあ、切られちゃった……」

「カケルくん……」

「ごめんね、柊先生。こういうのは分娩室まで運んでもらって、産婦人科の先生にやってもらった方がいいと思って電話したんだけど『殺人鬼がうろついている間は動きたくない!』て言われちゃった。それに、何人かレーザー光で手が吹っ飛んだらしい。まあ、この状況で怖くないと思う方がおかしいか」

「……そうね」


 どうしよう。新しい命が私の体内で暴れているようだ。どうしたらいいのかしら……

 冷や汗が止まらない。呼吸のリズムが徐々に崩れる。


「……しょうがない。柊先生、もうここで生むしかないよ。僕がお手伝いするから」


 カケルくんはそう言うと、スマホで誰かに電話をかけた。



――


 はあ、困ったな。

 優一()は病院の廊下をゆっくりと歩いている。父さんは銃を構えながら、俺のあとをついて来る。

早く拳銃をなんとかしなければ……俺はあれこれと考えていた。


「優一。お前はどうしてそんなに平然としているんだ?」


 父さんの言葉に俺はドキリとする。


「なぁんか、おかしくねぇか? 優一はあれだけ香澄と結婚すると言ってたのに――香澄がいなくなったにもかかわらず、お前はいつも通り仕事してるな」


 ……まずい! 今の父さんの頭の中では、香澄は亡き者になっているはずだ。父さんの拳銃ばかりに集中して、その事をすっかり忘れていた。


「優一、どうなんだ?」


 香澄が生きてるとバレたら、先に香澄を殺しに行くだろう。しかも、もし陣痛がひどくなっていたら最悪だ。どうする? こうなったら、イチかバチか……


 俺は父さんと向かいあうと、父さんは警戒の眼差しを俺に向ける。


「父さん」


 俺は父さんを呼んだあと、父さんに近づき、ひざまずく。


「何言ってんだよぉぉぉ! 香澄がいなくなって悲しくないワケないだろおぉぉ! 今日仕事してんのだって、香澄を思い出したくないからなんだよぉぉぉ! うわーーーー!」


 俺は鼻をすすり、大粒の涙をこぼしながら、父さんの服にしがみついた。俺の情けない姿を見て、父さんは呆然としている。そして、手に持っている拳銃をボトっと落とす。


「ゆ、優一ぃ。ごめんなぁ。だがな、これもお前のためだ。許せ。お前にはいい子を紹介してやるから、いつまでも泣くな」


 父さんはそう言いながら、俺の頭を優しく撫でる。チッ! 気安く俺の頭を撫でるな! 俺は大学卒業と同時に香澄と籍を入れたんだから、紹介なんかいらんわ!


「うぇぇええ! 父さん、父さぁぁん!」


 父さんは拳銃を離した。今がチャンスだ。


「おお、よしよし。ゆうい……がっ! ……は……」


 父さんは突然、変な奇声とともに前方に倒れた。

 父さんの顔を確認すると、意識がなくなっている。どうやら、成功したようだ。


「はあ、なかなか拳銃を離さないから、どうするのかと思ったぜ」


 父さんが立っていた位置を確認すると、そこには空の注射器を持っている大地が立っていた。

 父さんが拳銃を離したあと、後ろから父さんの首に麻酔の注射を打つよう、大地に指示していたのだ。


「ヤケクソの演技がうまくいったな」


 涙を引っ込めた俺はすっと立ち上がったあと、父さんのズボンのポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押す。


「迫真の演技すぎて、俺もビビったわ」


 大地からロープを受け取った俺は、父さんをロープで縛り、肩にかつぐ。


「優一。お前、ロープの縛り方上手だな」

「まあな。事あるごとに香澄を縛っているから慣れている」

「……お、お前はやっぱり変態陰湿ストーカー野郎だ……」


 俺の言葉を聞いた大地は、俺に冷めた視線を向ける。


「何を言っている。俺は大地の方が変態だと思ってるぞ。俺はまだマシだな」

「何だと!?」


 俺は正面入り口にいる警察に父さんの身柄を引き渡した。



――午後4時――


 警察の聴取から解放された俺と大地は、香澄の個室に向かっている。あとは院長である叔父さんが対応してくれるそうだ。


「大地。江ノ本(えのもと) 紗英(さえ)って知ってるか?」


 その名前を聞くや否や、大地の顔色が変わる。


「優一。どうして紗英の名前が……?」


 やはり知っていたんだな。俺は大地にある事実を伝える。


「彼女、俺の家で父さんに殺された。首を切り落とされてな」


 大地はますます顔色を変える。


「紗英があのおっさんに殺された? お前の家で? どういうことだよ」


「江ノ本さん、俺の家で待ち伏せしていたらしい。しかも包丁を隠し持ってな。そしたら、たまたま俺の父さんに見つかって、運の悪いことに江ノ本さんを香澄と勘違いしたらしいんだよ」


 大地はふう、とため息を漏らす。


「紗英は香澄の首を落とすつもりだったのかもしれないな……紗英と香澄は面識あるけど、紗英は結局、香澄にいい感情を持てなかったんだ」


 大地は寂しそうな、悲しそうな表情でそう呟いた。

 大地の話から察するに、江ノ本さんは大地に好意を抱いていたのかもしれない。

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