父親の皮を被った廃人
――12月中旬――
「柳木くん。医師免許の勉強の最中にお邪魔して悪いね」
「いい気分転換になるから気にするな」
桜田から電話で大事な話があると言われた優一は、とあるカフェで桜田とお茶をしている。桜田は車椅子の生活を送っているが、穏やかな雰囲気は相変わらずだ。
「それで桜田。俺に大事な話というのは?」
俺はコーヒーを一口飲んだあと、桜田に尋ねた。
「先日、大地と面会してね――それで大地から柳木くん宛てに伝言を頼まれたんだ」
俺はコーヒーカップを口元の前でピタ、と止める。
「大地から俺に?」
大地は俺に二度と会わないと言った。そんな大地から俺に伝えたい事があるとはな。よほどのことなのかもしれない。
俺は桜田を通して、大地からの伝言を聞いた。それは……信じ難い話であった。
夢の中の青倉と姉さんが大地に言った。
俺の父さんが、香澄の首を切り落とすかもしれない、と。
しょせん、それは夢の話だ。だが、俺はただの夢ではないと思った。
理由は2つ。
1つ目。俺も以前、夢を見た。姉さんが出てきて『父さんが香澄の首を切り落とすかもしれない』と。最初は半信半疑だったが、大地も同じ夢を見た。こんな偶然、あり得るか?
そして2つ目。香澄にだけは負けたくないからと、俺は隠れて対戦ゲームの練習をしていた事を、大地は言い当てた。これを知っているのは俺と姉さんだけである。香澄ですら知らない事を大地が知っているのは不思議である。姉さんの亡霊が教えでもしない限りはな。
大地の話によると、父さんは毎晩『ヨウコ』と寝言を呟いていたらしい。父さんをそそのかしたのは、洋子さんの幻かもしれない。
数日後、父さんと面会予定がある。父さんから何でもいいから話を聞かないといけない。
あんなゲスな父親なのに……それでも嘘であってほしいと、俺はまだ願っている。
――数日後――
「優一。病院を継いでくれる気になったか? 結婚は……」
「俺の意志は変わらないよ」
父さんとの面会の日。父さんは相変わらずだ。父さんが何と言おうと、俺は意志を変える気はない。
「やっぱり香澄がお前に悪い影響を与えているんだな。俺が出所したら、香澄を消さないといかん」
俺は父さんの不穏な呟きを聞き逃さなかった。それは、香澄の首を切り落とすという意味だろうか。
「父さん。最近、夢を見てる?」
「夢? そんなものは見ていないが」
シラを切るつもりか、それとも……
「まあ、夢は見ていないが、毎晩、洋子さんが俺のそばにやってくるんだ。そして、俺は洋子さんと愛し合って、お話をするんだよ。グフフ」
父さんは、締まりのない表情だ。やはり、父さんはシラを切っているのではなく、夢と現実の区別がついていないようだ。
はっきり言って気持ち悪かった。
「そうだ、優一。洋子さんが言ってたぞ。香澄は優一をたぶらかす悪い女だって。優一は見た目がいいし、スペックも高いからな。小さい頃から優一を知っているのをいい事に優一と結婚して、俺たちの家や財産を独り占めしようと企んでるに違いない」
俺は洋子さんを優しい人だと思っていた。しかし、洋子さんは俺たち家族を壊した張本人だ。長年、父さんの尻拭いをしてきた母さんよりも、俺たち家族を壊した洋子さんの幻を信じるのか。
「俺が出所したら、優一をたぶらかした悪い女をたくさん痛めつけてやるからな。悪い女がどんなものか楽しみだなぁ」
3年ぐらい前だったか、母さんは父さんを精神病院に入れると言っていた。しかし、以前面会したときの父さんは普通に見えたし、精神病院に入れるまでもないと――俺はそう思っていた。
だが、今の父さんを見て俺は納得した。母さんの言う通りだった。
「大事な家族を守るのが俺の役目さ。洋子ちゃんはそんなボクちんを『大チュキ♡』と言ってくれるんだよぉ。グヒヒヒヒヒヒ」
父さんは廃人である。それを理解した俺は涙が止まらなかった。
――夜8時――
「おかえり。ゆうちゃん……うぷ!」
香澄が笑顔で俺を出迎えると、俺は香澄の小さい体を抱きしめた。香澄の顔を俺の胸に埋めるくらいに強く。
今の俺の顔を香澄に見せたくない。
「どうしたの? ゆうちゃん。おじさんから何か言われた?」
「香澄。俺の父さんはもうこの世にはいない。しばらくこのままでいたい」
香澄は何も言わず、俺の腰に手を回したのであった。




