消えた呪いとおっさんの寝言
――夜9時――
就寝時間になり、俺は布団に横になると、隣の布団で寝ているおっさんを眺める。
このおっさん、柳木病院の前院長――優一の親父だ。
昨夜の寝言で言ってた――ユウイチとカスミってのは、俺の知ってる優一と香澄なんだろうな。
「あの、おじさん起きてますか?」
「……ふん。俺に話しかけるなと言っただろ」
起きてるな。
「おじさん、柳木病院の前院長と聞きました。――という事は、優一の親父で合ってます?」
「……お前、優一の何だ?」
「俺は優一の元友人です。優一とは同じ高校出身でしたが、よく話をするようになったのは大学に入ってからです」
優一が俺の事をどう思っていたかわからないが、まあ、間違ってはいないよな。
「優一にお前みたいな犯罪者の友人がいるとはな。俺が刑務所から出たら、友人はちゃんと選べって優一にキツく注意しとかないとな」
この野郎……少し嫌味言ってやろう。優一も自分の父親の事、あまり良く思ってないみたいだし、いいだろ。
「おじさん。いいですか?」
「何だ?」
「おじさんは俺の事を散々バカにしてますけど、刑務所にぶち込まれた時点で、おじさんも俺と同じですよ?」
「何だと!」
『何だと!』じゃないよ。いい加減に自覚しろよ。どんだけ上から目線なんだよ。そういや、優一も上から目線の性格してるよな。この親父から影響を受けたに違いない。
「ふん……犯罪者が何を言おうと、俺はお前を優一の友人として認めんからな」
はあ、ダメだこりゃ。
「まったく、優一はどうして俺の言う事を聞かないんだか……犯罪者の友人だけじゃなく、オツムの弱そうな香澄と結婚したいなどと……」
優一は香澄と結婚するつもりなんか。香澄は自分を犠牲にしてまで、優一を守ると決めたんだもんな。優一もそれくらいの気持ちを持ってくれなきゃ、俺泣くぜ。
「おじさん」
「何だ? まだなにかあるのか?」
「結婚相手くらい、優一の意思で決めさせてもいいんじゃないですか? アイツ、他人には簡単に心を開かないみたいですし」
「優一の意志なんてどうでもいいんだよ。柳木病院の院長を継いで、俺の認めた相手と結婚してくれれば何も問題ない」
おっさんの言う事を聞いてさえくれりゃ、優一の意志は関係ないってか。
昔、香澄が言ってたな。優一とお姉さんは愛情をまともに受けずに育ったと。おっさんは優一の事……役に立つ道具くらいにしか思ってなさそうだ。
他人事に思われるかもしれないが、そんな親を持つ優一に、俺は同情するぜ。
――
「ぐおーー! ぐおーー!」
おっさんのイビキがうるせぇ……
そういえば、今日は気持ち悪い寝言を言わないな。まあ、イビキの方がまだマシだ。親父のイビキで聞き慣れてるからな。
あと、俺の呪い――1ヶ月くらい前だったかな。急に刻印が消えた。
そんで、おっさんが気持ち悪い寝言を言い始めたのは、刻印が消えた次の日だ。消えた呪いとおっさんの寝言か……いやいやいや、たまたまタイミングが被っただけだと思いたい。
それと――ミナトの筋トレ教室の夢。刻印が消えたのを境に見なくなった。
夢の中のアイツ、俺の呪いが消えるまで夢に出るって言ってたし、呪いが消えて夢に出なくなったんだろうか?
出ないつもりなら、最後に別れの挨拶してからにしろってんだ。ミナトのヤツめ。
俺は、さまざまな考えを張り巡らせながら、眠りについた。
――
「大地! 良かったよ! また会えて!」
「ミナト? どうしたんだよ? 1ヶ月間も夢に出てこなくて……心配したぞ」
1ヶ月ぶりにミナトが俺の夢に現れた。
「俺の呪いが消えたから、もう二度と夢に出ないのかと思ってたわ」
「え! 大地の呪い消えたの? あー、なるほど。『妖怪鬼ばば』は大地の呪いを使ったのか」
「ミナト。なにか知ってるのか? 俺には何が何だか……」
「俺と柳木のお姉さんと妖怪鬼ばばの間に壮絶な闘いがあったんだよ」
鬼ばばってミナトが友達になったってヤツか? 俺はまだ見たことないけど。それにしても、壮絶な闘いって……なんだか話が長くなりそうだな。
「久しぶりね。佐々本くん。ここからは私が話すわ」
いつの間にか、ミナトの隣に中学生くらいの女の子が姿を現した。あ、この女の子、覚えてる。
「柳木さん!?」
俺は女の子の名前を叫ぶと、女の子はニッコリ微笑んだ。
「覚えててくれたのね」
――
俺たちは3人は輪になって座ると、柳木さんが口を開く。
「遡ること1ヶ月前。妖怪鬼ばばがこつぜんと姿を消したのよ。そのことに嫌な予感を感じた私と青倉くんは、鬼ばばを必死で探したの」
へぇ。そんなことがあったのか。
「それから1ヶ月後。私たちはやっと鬼ばばを見つけたのだけれど、鬼ばばは体を取り戻していて、かつ――以前よりもパワーアップしていたのよ。ミナトくんのバット攻撃も効かなかった」
「バットは妖怪を殴るための道具じゃないからな。一瞬の気の迷いのせいで、俺は鬼ばばに負けそうになったんだ」
そうだよな。バットはボールを打つためにあるからな。
「鬼ばばがどうやって体を取り戻したのか、私はその方法を問いただしたら、鬼ばばはこう答えたの。『誰かにかけられた強力な呪いを奪い取った』とね」
もしかして、俺の呪いが消えたのって――鬼ばばに呪いを奪い取られたせいか。何にせよ、俺の呪いが消えて良かった……のか?
「柳木さん。鬼ばばはどうなったんですか? ミナトと柳木さんがこうして俺の夢に現れている、という事は……」
俺は柳木さんに問いかけると、柳木さんはニッコリ笑顔で女性の生首を膝の上に乗せていた。いつの間に!? コイツが鬼ばばか?
俺は、柳木さんの膝の上の鬼ばばの生首を眺める。
「あ! コイツ――俺の夢に出てきたおばさんだ! そうか、おばさんの正体は妖怪鬼ばばだったんだな」
鬼ばばはアヘ顔をしており、口には野球ボールが突っ込まれていた。ちなみにその野球ボールは口に突っ込めるようにサイズを調整してあるようだ。
笑顔の美少女の膝にアヘ顔の妖怪の生首。狂気を感じる……異様な光景に、俺は少し身震いした。
「そうよ。そして、この通り――ミナトくんが鬼ばばの体を吹っ飛ばして、彼女の身も心もズタズタにしてあげたわ」
柳木さんは綺麗な笑顔である。なんか怖すぎる。鬼ばばに何か、恨みでもあるのだろうか?
「結局ミナトが勝ったのか。でも、どうやって?」
「俺は気づいたんだ。バットで妖怪を殴ること自体が間違っていたと。そう、バットはボールを打つためにあるんだと!」
あ、なんか先読めてきたわ。
「俺がそう悟った瞬間、ボールが俺に向かって飛んできたんだ。そして、俺はバットでボールを打つと、そのボールが鬼ばばの体を吹っ飛ばしたんだ。俺、ホームランバッターじゃないから、人生で初めてホームラン打ったぜ」
バットはダメでもボールはいいんだな。まあ実際、ボールが何かに当たったら、それはもうただの事故だもんな。
「ミナトくんのおかげで鬼ばばの暴挙を止める事ができた。そして鬼ばばを覆っていた佐々本くんの呪いの力も完全に消滅したわ」
じゃあ、俺の呪い、完全に消えたんだな。鬼ばばとミナトのおかげ……と言っていいのだろうか。
「なあ。呪いが消えたのは俺だけか? 妹のるりは……」
「残念ながら、呪いが消えたのは佐々本くんだけよ」
だよなぁ。完全に呪いが消えて、都合よくめでたし、とはいかないか。るりの呪いはどこまで進んでいるんだろうか。悟を閉じ込める以外でなんとか呪いを解く方法を探したいんだが……
「考え事の最中で申し訳ないけど、佐々本くん。鬼ばばの話はまだ終わりじゃないのよ」
俺は柳木さんを見る。まだ終わりじゃない? まだ何かあるのか?
「鬼ばばはね、現世の人間の夢に紛れ込んで香澄の首を切り落とすように吹き込んだみたいなのよ」
「香澄を? なぜ?」
「鬼ばばは優一とお母さんの存在が目障りなのよ。だからあの2人を壊すことを考えているの。だけど、その崩壊を阻止しているのが香澄の存在。鬼ばばにとっては香澄が邪魔で仕方がないのよ」
「はあ、なんだそりゃ。完全に自己中のワガママじゃねぇか。俺も人の事言えないけど、そんなアホな理由で殺される香澄がかわいそうだぜ」
「そうね。ホント、アホな理由だと思うわ」
柳木さんは長いまつ毛をふせ、苦笑いを浮かべた。変態陰湿ストーカー野郎の優一に、自己評価満点キモ親父に、自己中妖怪鬼ばばか。香澄の周りはろくでもない連中ばかりだな。かわいそうに……
「そういや、俺の故郷じゃ首を切り落とすのは完全な別れを意味するんだよな。それは呪いで消えるのと同じ意味だと聞いた。手脚を切り落とす場合は手当てをすりゃ、何とかなるが、さすがに首を切り落とされたら死ぬからな」
俺の言葉を聞いたミナトは青ざめた表情で俺を見る。
「大地。何とかして柳木に父親の事を伝えてくれないか? 大地だけが頼りなんだよ」
「俺、優一にもう二度と面会に来るなって言っちまったんだよな。だから、俺にはどうすることもできないぜ。それにさ、一体誰が香澄の首を切り落とすんだよ」
「多分――優一のお父さんよ。お父さんが出所したら、まず自分の家に引き取られるはず。まだ離婚していないから……」
優一の親父が? まさか、おっさんの気持ち悪い寝言って……
「あのさ、そんなに伝えたければ優一の夢に入れば?」
「昨日、優一の夢に入って伝えたわよ。優一はどちらかというと、現実主義な性格だから……優一の反応は半信半疑だったわ。だから、佐々本くんも同じ夢を見たと言えば、優一の半信半疑は消えるかもしれないの。お願いよ」
だろうな。俺の呪いの話、優一はちゃんと聞いてくれたが、実際は優一の目に見えない部分だ。どこまで信じてくれているのかはわからない。
困ったな。優一の親父の話、どうやって優一に伝えたらいいのやら。こんな俺に面会してくれる人なんて、今は悟しかいないもんな。
……ん? 悟か。
「何とか優一に伝えられるかも」
「ホントか!? 大地!」
「ああ、12月に悟と面会する予定なんだ。アイツは優一と面識あるし優一の家も知ってると聞いた。悟に優一の親父の話を伝えれば……」
「良かった! これで何とかなるかもしれないわね」
柳木さんは満面の笑みを浮かべる。
「俺は伝えるだけだからな。あとは優一と香澄次第だぞ」
「十分よ。また助けてもらえるなんて、夢にも思わなかったわ。本当にありがとう。佐々本くん」
はあ。なんで俺が優一と香澄の身を案じなきゃいけないんだか。ホント自分の性格が嫌になるわ。




