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おじさんに挟まれて

 俺は佐々本(ささもと) 大地(だいち)。誘拐、傷害罪として5年の懲役が決まり、現在、刑務所で服役中である。


――8月初旬、夜9時――


「ぐっふっふっ……ふぉー! ふぉ! ふぉ!」


 就寝時間になり、俺は刑務所の寝室の布団で横になっていた。寝室は少し狭いアパートの一室のようになっており、2人1部屋で過ごすことになっている。


 この部屋で寝ているのは俺と……年老いたおっさんだ。年齢はいくつなんだろうな? 70代に見えるけど、その割には受け答えはしっかりしてるようだし、まだ60代なのかな?

 俺の隣で寝てるこのおっさん。1ヶ月くらい前から毎日、気色悪い寝言を言いながら寝てるんだよな。一体、何の夢見てんだよ。気持ちわりぃな。


「はあ、ヨウコちゃん、うっはあ!」


 おっさんはどうやら、ヨウコちゃんとやらとキャッキャウフフしてるみたいだ……はあ、マジでうるさい。俺はおっさんに背を向ける。


「カスミ、ユルサナイ」


 カスミ? 俺はおっさんの寝言に反応した。

 おっさん、カスミに何か恨みでもあるんだろうか? ひどい振られ方でもしたか? まあ、俺には関係ないか。


「ユウイチとの結婚は認めない」


 ユウイチ……優一? どうしてこうも俺の知る名前が出てくるんだ? このおっさんって一体……

 俺は起き上がり、おっさんの顔を覗き込む。

 うわ、ひどい顔してるわ。顔は少し整ってるが、何だろうな……鼻穴ヒクヒクさせて歯をカチカチ鳴らしていて、更には舌をレロレロ動かしている。

 ますます気持ちわりぃ。俺は自分の布団に戻った。


 おっさんと俺が同じ部屋になったのは、3ヶ月くらい前だったかな。最初に俺が自己紹介して挨拶したら、コイツってば上から目線で『犯罪者に名乗る名前はない』とか『お前みたいなバカに話すことはない』とか言いやがった。おっさんが捕まる前、どれだけ偉い人だったのか知らんが、刑務所に入った時点でおっさんも犯罪者だろ。


 他の囚人からの話を聞くと、このおっさん――同じ部屋の囚人とトラブルをよく起こしていて、部屋を転々としているらしい。そんで、今度は俺の部屋に来たっつーわけだ。

 あーあ。カンベンしてくれよ……


――翌日、朝6時――


「おはようございます、おじさん」


「……ふん」


 俺は毎朝、寝起きで不機嫌になっているおっさんに挨拶するんだが、このおっさん、いつもこんな態度である。

 このおっさんがトラブルメーカーと言われているのがわかる気がする。おっさんの態度って結構ストレスたまるんだよな。俺たちはあくまでも犯罪者だ。中にはすぐ頭に血ぃのぼって、手ぇ出すヤツがいるかもな。


「あの、おじさん。何の夢見てるのかわかりませんが、もう少し静かに寝てくれませんか? ここはおじさん1人のための部屋じゃないんですから」


 俺は落ち着いた口調でおっさんに注意してみた。多分、話を聞かないんだろうな……


「バカが俺に意見するな! どう寝ようが、俺の勝手だ!」


 この野郎……なんて自己中心的なヤツなんだ。

 おっさんの態度を見て、俺はふと、優一の――昔にやり取りした事を思い出す。



『大地は今まで、香澄の気持ちを考えた事はあるか?』



 はあ、優一の言葉が俺の心に突き刺さるわ。今思い返すと、俺もこのおっさんと同じだったんだよなぁ。


――朝8時――


 朝食の時間だ。俺は食堂で朝食を取っている。


「おはようございます。お隣、空いてますか?」

「おはようございます。どうぞ」


 俺の隣の席にスラっとした男が座ると、俺は男をチラッと見る。

 男は30代半ばくらいに見える。活発そうな顔をしていて、とても真面目そうな男だ。犯罪をする奴には見えないんだが……


「おじさん、見ない顔ですね。もしかして、来たばかりですか?」

 

 俺はおじさんに質問をすると、おじさんは品のある笑顔を浮かべる。


「そうだよ。僕は水戸(みと) ケンジ。38歳。役職持ちのサラリーマンだよ」

「俺は佐々本 大地。23歳で大学卒業したあと捕まりました」


 38歳の役職持ちサラリーマンかあ。昇進しそうな雰囲気あるもんな。課長とかそんぐらいかな? しかし、水戸さんは一体何をやらかして刑務所に入ったんだ? 気になってしょうがないわ。


「あの、水戸さんは、何をして刑務所なんかに? 犯罪する人にはとても見えませんが……」

「はは。人を見た目で判断してはいけないよ――と言っても、僕はね、女子高生にハメられたんだよ」


 女子高生って。まさか援助交際してたのか? うわ……

 俺は水戸さんに視線を向けると、水戸さんは悲しそうな表情をしている。


「アダルト掲示板で知り合った女性から脱ぎたてストッキングを買い取ろうとしたら、実は女子高生でね……それで捕まったんだよ」


 援助交際どころか、ただの変態だった。

 俺は箸をカラン、と落とした。


「あの、水戸さん。脱ぎたてストッキングを買おうとしてたって――そういう性癖があるんですか?」

「そうとも! 脱ぎたてストッキングはあらゆるロマンが詰まっている。温もりと脚の匂い……そして、履いていた女性の人生が詰まっている。僕はそんな脱ぎたてストッキングを愛でずにはいられない」


 脱ぎたてストッキングに女の子の人生が詰まっているのか? ダメだ。理解できねぇ。年を取れば理解できるようになるのか?


「あの、水戸さんて結婚してるんですか?」


 水戸さんは38歳、役職持ちサラリーマンだ。奥さんと子供がいてもおかしくない……が、水戸さんの性癖を考えるとどうなんだろうか?


「僕は独身だよ」

「もしかして、結婚願望ないんですか?」

「一応あるよ。でも、年も年だし、捕まっちゃったから――結婚は絶望的だね」

「……そんな悲しい事言わないでくださいよ」


 変態趣味のせいで結婚願望無いのかと思ってた。一応、結婚したい気持ちはあったのか。


「うーん、変態趣味があったとしても、水戸さんなら、すぐ結婚できそうな気がするんですけど……」

「はは、よく言われるよ。でも僕、結婚相手のストライクゾーンが狭いんだよ」


 はあん。ひょっとして、若くて可愛い子がいいとか? あとは――モデルみたいな子とか? それなら、相手探すの大変そうだな。


「僕が希望するのは、仕事に真面目な女性だよ」


 あれ? 思った以上に予想外の答えが返ってきた。うーん、仕事に真面目な女性でいいのなら、結構いそうだが?


「大地くん。仕事に真面目な女性って、どんな人だと思う?」

「うーんと、仕事をテキパキとこなす人、とか?」

「うん、テキパキ仕事している女性も素敵だ。だが、僕の考えてる仕事に真面目な女性ってのは、その仕事に夢を抱いている女性だ」


 夢かあ……俺にはよくわかんねぇな。

 水戸さんは味噌汁をすすったあと、恍惚な表情を浮かべる。


「僕はそんな女性がストッキングを脱いでいるところを見たい。そして、脱ぎたてのストッキングに詰まった女性の夢を感じたい」


 行き着く先は脱ぎたてストッキングかよ。


「それで、希望通りの人はいなかったんですか?」

「6年ぐらい前だったかなあ。僕の希望をそのまま体現したような女性が現れた。その人は柊香澄さんと言ってね、高校で国語を教えている先生だったよ」


 俺は飲んでる味噌汁を吹き出しそうになった。

 ゲホ、ゲホ! か、かかかか香澄ぃ!? 6年前って……俺が受験生の時か。その時ってまだ先生と生徒の関係だったな。


「香澄さんとは、学校の先生をしている友人から紹介されて、知り合ったんだよ。それから彼女と何回か食事をして話をするうちに、僕は彼女の脱ぎたてストッキングが欲しくなってしまってね」

「あの、水戸さん。結婚したいんですか? 脱ぎたてストッキングが欲しいんですか?」

「ああ、ごめんごめん。結婚を前提にお付き合いしたいと思うようになったんだよ」


 本当にそうなのか? 真っ先にストッキング欲しいって言ったよな!?


「ところが、ある日の夕方。僕の部屋のポストにおかしな封筒が届いたんだ」


 封筒? 誰か手紙でも送ったのかな?


「その封筒、宛先も送り主も書いてなくてとにかく不気味だったよ。一体何が入っているのか……好奇心に負けた僕は、とりあえず封筒を開けてみることにしたんだ。そして、僕は背筋が凍ったよ」

「何が入ってたんですか?」


「『柊香澄に近づいたら、脱ぎたてストッキングを集めている変態趣味をお前の会社にバラしてやる』て書かれた手紙が入っていた。あと、事務の女の子が、僕の目の前でストッキングを脱いでいるところの写真もセットで入ってたよ」


 おいおいおい。それってまさか……

 香澄絡みでそんな脅しの手紙を送るヤツ――俺の知る限りでは、優一(アイツ)以外に考えられないんだが……


「僕の性癖が会社中に知れ渡ったら――僕は会社に居づらくなってしまう。写真を撮られている事もあって、僕はより不安になってしまったよ」


 会社にバラされたら……まあ、白い目で見られるわな。特に女性から。


「僕は香澄さんに電話したよ。『すまない、もう君には会えない』て。彼女の声はとても悲しそうだったのを覚えているよ。僕は心の中で何度も謝った」


 付き合う前だったとはいえ、水戸さんは香澄の事を心配しなかったんだろうか? 香澄が変な奴に目ぇつけられていないか心配にならないか? 会社に居づらくなったら、転職でも何でもすればいいと思うんだけどなぁ。まあ、俺は社会の厳しさを知る前に捕まったから、水戸さんに偉そうな事は言えないな。


「水戸さん。その事務の女の子には、よくストッキングを脱いでもらっていたんですか?」

「そうだよ。僕の興奮がおさまらないときは、お世話になってるよ」

「なら、その子と結婚すればいいのでは……」

「事務の子との結婚は考えられないよ。香澄さんのストッキングに飽きて、たまに貰う分にはいいと思うんだけどね」

「はあ……そうですか」


 ぐあぁぁ! ダメだ! 俺には水戸さんの感覚が理解できねぇ!

 話聞いてると、水戸さんは香澄と結婚したいんじゃなくて脱ぎたてストッキングが欲しいだけにしか聞こえないんだが。


――


「あれ? 大地くん。向こうの席でご飯を食べてる人……やっぱり柳木病院の前院長だ。雰囲気がだいぶ変わっていたから、最初は気づかなかったけど……」


 水戸さんは突然、ある男に視線を移した。

 その男は、俺と同じ部屋で寝ているおっさんだ。

 え。あのおっさん、柳木病院の前院長だったのか……てことは、優一の親父!? マジかよ。

 気持ち悪い寝言をほざくおっさんが優一の親父という事実に、俺は放心した。


「僕は医療機器メーカーに勤めていたから、柳木病院の前院長とは長い付き合いだよ。あとで挨拶しておこうかな」


 どうやら、水戸さんは優一の親父と仕事での付き合いがあるらしい。

 世間て狭いんだな。俺は深いため息をもらした。

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