桃園さん その2
「はーあ。アタシが無事に両親と縁が切れたのも、新しい家族に恵まれたのも、大学を無事に卒業できたのも、ホント、柊センセイと柳木センパイのおかげです♡ 感謝してますよぉ」
「そんな……私はただ、桃園さんの背中を押しただけよ。実際に頑張ったのは桃園さんだもの。受験勉強しながらの手続きは大変だったわね」
「そんなの、子供の頃に受けた躾と比べたら、屁でもないですよぉ」
「麻由ちゃん、中高荒れてたもんなぁ。俺もだけど。だから俺たちは腐れ縁でいられたんだけど」
まあ、そうだろうな。桃園と一郎はずっと一緒にいるんだよな。
「まあ、麻由ちゃんを優一に紹介したのは、優一に香澄ちゃんを忘れて欲しかったのもあるけど、優一なら麻由ちゃんの荒んだ性格を何とかできるかなぁ、て思ったんだよな。優一って、なんだかんだ言って影で助けてくれるもんな」
「一郎。余計な事言うな」
「あー、柳木センパイ、照れてるぅ」
桃園はケラケラと笑い出す。
「ふん。まあ、桃園の高校卒業と同時に俺たちは別れたんだけどな」
「そういえば、ゆうちゃんと桃園さんはどうして別れたの?」
「あー、柳木センパイの浮気がひどすぎてムカついたから、アタシから別れてやりましたよ。アタシも柳木センパイもお互い好きになれなかったんですぅ」
桃園はツーンとした顔でカクテルを飲む。
「ゆうちゃん、お勉強して桃園さんと会って、他の女の子とも会うなんて……体壊れないの?」
「香澄ちゃん。多分、相当無理してたと思うぜ。俺から優一に『無茶すんな』て何度も言ったんだけど、言う事聞かなかったんだよな」
「まあ」
「もういいだろ。さっさと忘れろ!」
桃園はカクテルをじーっと見つめる。
「それにしても、別れたあとの柳木センパイはホント最悪でしたね。はあーあ」
◆◆◆
――大学2年、4月、土曜日――
「はあ、香澄ちゃんのお義父さんに結婚の許しを貰えて本当に良かったよ」
「ふふ、そうね」
な ん だ と おぉぉおぉ!
香澄! おじさんにこのバカを紹介して、結婚の許しをもらっただとぉ!! 嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!!
おじさん! このアホに香澄をまかせるなんて、何考えてるんだ!?
町の中のとあるカフェで香澄と大地がお茶をしている。
俺は大地からあらかじめデートの予定を聞き、2人を尾行していた。変装した俺は同じカフェに入り、2人から少し離れた席に座っている。
「でも、大学卒業まで、キス以上は無理なんだよな。まあ、俺はもとからそういうつもりだったし、お義父さんに誠実さを証明できれば、晴れて一緒になれるんだ!」
「クス。一緒に頑張ろうね」
何が誠実だ。大地がどれだけ固く決意しようが、いざ裸の香澄が目の前に現れたら息子が暴れるに決まってるだろ。
俺だったら、裸の香澄を牢屋に閉じ込めて、泣き顔の香澄の口にバナナを突っ込んでやりたい。
俺は2人の姿を見る。とても楽しそうだ。
香澄め。幸せオーラ全開だな。俺は絶対に許さんからな。香澄だけを幸せにしてたまるか。
しばらくすると、2人は会計を済ませ、カフェを出る。
俺も少し遅れてカフェを出ると、2人のあとをつけた。
2人はずっと楽しそうに話している。俺はちっとも楽しくない。香澄の笑顔を見ると、泣き顔に変えてやりたい。
「あれぇ? 柳木センパイじゃないですかぁ?」
俺の背後から声が聞こえた。後ろを振り向くと、そこには桃園が立っていた。
「げ、桃園」
「『げ』て何ですかぁ? 失礼な! ところでこんな所で何を……って、あ! 柊センセイ?」
まずい! このままだと、桃園は香澄に声をかけるだろう。俺は桃園の手を引っ張り、路地裏に連れ込む。
「もお! 何するんですか!? 柊センセイ行っちゃうじゃないですかぁ! それとも、まさか……ここでヤるつもりですかぁ?」
「バカな事を言うな。桃園とヤっても、ちっとも面白くない。それに香澄は今デート中だ」
「アタシも柳木センパイとヤっても楽しくないです! センパイ、いつもテキトーなんだもん! ……それと、柊センセイを呼び捨てにするなんて、どうしたんですか?」
「俺と香澄は小さい頃から知っている仲だ」
「穏やかで優しい柊センセイと、クソったれの柳木センパイが?」
桃園は顔をハッとする。
「柳木センパイ、柊センセイをストーカーしてたんですか?」
「違う。俺は、香澄を不幸のドン底に落とすための嫌がらせネタを探すために、香澄を尾行していただけだ」
「……は? 意味わかんない。どう見てもストーカーなんですけど……」
香澄を尾行しているところを桃園に見られた。何とかして口封じをせねばなるまい。
桃園は冷たい目で俺を見つめたあと、突然口角をキュッと引き上げる。
「ねえねえ、柊センセイ、デート中って言ってましたよねぇ?」
桃園は楽しそうに笑う。
「柳木センパイはー、背が高くってぇ、とーってもカッコ良くてぇ、とーっても頭が良くてぇ、高校では生徒会長。更に柳木病院の院長の跡取り息子の上にぃ、自分も医学部で将来はお医者さん♡ センパイは何もしなくてもぉ、たくさんの女の子が振り向いて、勝手に寄ってくる」
桃園め。何が言いたい?
「でも、1番振り向いて欲しい女に振り向いてもらえなかったんですねぇ」
桃園は小悪魔スマイルを浮かべる。
「柊センセイに♡」
――プチ。
もーもーぞーのー!!
「わお♡ 柳木センパイ激怒! いつもカッコつけのセンパイが激怒してる! オモシロー!!」
桃園は俺の感情を無視して、更に続ける。
「センパイの浮気癖がどうして治らないのか、なんとなくわかりましたぁ♡ 柳木センパイ、柊センセイが大大だーい好きなんですね♡ だから、柊センセイ以外の女の子は皆カボチャなんですね♡」
やめろ! それ以上言うな!
「でもセンパイ、柊センセイにどうアプローチしていいかわからないんですね?」
悔しいが、桃園の言う通りだ。
しかも俺には相談ができる友人は、金田しかいない。その当時、金田は少年院にいたし、俺は何もできなかった。
「センパイが何にもしないから、柊センセイは他の男に振り向いたんですね? センパイ、ださ!」
他の男に振り向いた。他の男に振り向いた……他の男に……他……
俺の頭の中で、桃園の言葉がエコーとなって鳴り響く。
このまま桃園に言われっぱなしでは癪だ。とりあえず何か反論しよう。
「あのな、桃園。俺は何もしてなかったわけじゃない」
「えー? そうなんですか?」
「香澄は年齢的に結婚適齢期だし、仕事も真面目にこなしている。結婚したい男にとって、香澄はうってつけの相手だろう。ところがな、香澄に近づく男どもはどういうわけか『ろくでなし』ばかりだ。だから俺はそんな男たちに容赦なく脅しの手紙と証拠写真を送った。『柊香澄に近づいたら、生徒に手を出している事を教育委員会にバラしてやる』とか『柊香澄に近づいたら、脱ぎたてストッキングを集めている変態趣味をお前の会社にバラしてやる』ってな」
俺の言葉を聞いた桃園は、まるでゴミを見るような目で俺を見つめる。
「……センパイ、やっぱりストーカーじゃないですか。しかもそれって結局、柊センセイに何もしてないのと一緒じゃないですか?」
「何を言っている。俺は香澄をろくでもない男から守ったんだぞ。しかも受験勉強しながらだ。かなり大変だったんだぞ」
「はあ……じゃあ、何で柊センセイに彼氏ができたんですか?」
「そ、それは……想定外だったんだ。香澄の相手は、俺と同い年で――同じ高校の生徒だ。しかもソイツはろくでなしどころか、ただのバカだ」
「あらぁ! あららー! 柊センセイってばやるぅ! じゃあ、柳木センパイの努力はぜーんぶ無駄だったんですねぇ♡」
ぜーんぶ無駄。ぜーんぶ無駄……ぜーんぶ……ぜ……
俺の頭の中で、桃園の言葉がエコーとなって鳴り響く。
桃園めぇ! 俺の心の傷をえぐりやがって! もう許さん!
「桃園」
俺はニッコリ作り笑顔を浮かべる。
「香澄の相手、『佐々本大地』て言うんだ。そいつを誘惑しろ。なんなら、そのまま香澄から盗っても構わんぞ」
「は? なんでアタシがそんな事しなきゃいけないワケ? 柊センセイにそんなひどい事できるわけないじゃない! 柳木センパイ、自信ないんですか? センセイの彼氏と張り合うの」
「勘違いするなよ。俺は香澄の泣き顔を見て嘲笑いたいだけだ。大地に裏切られた香澄が泣き叫ぶ姿を見たいんだ」
「柳木センパイって、サイテー。見た目とステータスがいいだけの陰湿ストーカー男」
「何とでも言え。もし、断ったらこれを大学中にばら撒くぞ」
俺はある写真を桃園に見せた。
桃園がコンビニでガムを万引きしている写真だ。顔もバッチリ写っている。
「なっ! やめて! そんなのばら撒かれたら……アタシ、大学を退学させられちゃうじゃない!」
「桃園の新しい両親、さぞ悲しむだろうな」
「それだけは……」
桃園はおとなしくなった。桃園は新しいに両親にとてもかわいがられているらしい。桃園はそんな両親を悲しませたくないだろう。
「じゃあ、俺の頼み、聞いてくれるな?」
桃園は無言で俺を睨んでいる。
……ブー、ブー
スマホのバイブが響くと、桃園はカバンからスマホを取り出す。
「あ、青倉センパイからメッセージだ」
「なんて?」
「絵梨奈を紹介してくださいだって。絵梨奈はふくよかだけど、いい子だし――青倉センパイに紹介してもいいかな」
青倉……元野球部で文芸部長だったな。
そういえば、青倉は大地と仲が良かったはずだ。高校や大学で2人一緒にいるのをよく見る。
「桃園。青倉に合コン開いてもらうように返信しろ」
「……」
写真をばら撒かれるのが怖いのだらう。桃園は素直に従った。
「あと、青倉の合コンのメンツに大地が含まれなかったら俺に言え。青倉はかなりいいヤツだから、なかなか大地を呼ばないだろう。だから、大地を合コンに誘い出すまで、俺が何とかしてやる」
「……はい」
桃園は恨めしい目で俺を見つめていた。
「あ、桃園。この事は誰にも言うなよ。言ったらどうなるか……わかるよな?」
「……はい」
◆◆◆
「ごめんよぉ、香澄ちゃん。俺じゃ、優一の暴走を止められねぇよ……てゆーか、俺、麻由ちゃんが脅されていたなんて知らなかった」
一郎は憂鬱な表情でビールを飲む。
「でも、麻由ちゃんの様子がおかしかったのは気づいてたけど、聞いても何も話してくれなかったんだよなぁ」
「金田センパイに言ったところで、何もできないじゃないですか♡」
「そ、そんな……!」
小悪魔スマイルの桃園からキツイ一言を言われた一郎は落ち込む。
「ゆうちゃん、桃園さんにちゃんと謝ったの? 桃園さんはやりたくない事をやらされていたんだから」
「大丈夫ですよ、センセイ♡ 柳木センパイから脅しの写真と元ネタのカメラをもらった時に『すまなかった、煮るなり焼くなり好きにしろ』て言われましたよ」
「それならいいけど……確かその時期って……」
「父さんの賄賂が疑われてた時期だ。俺があんなものを持ち続けてたら何かと不都合だし、それに、もう父さんの逮捕は目に見えていたからな。もうどうでも良くなったんだよ」
桃園は空になったカクテルグラスをコン、と置く。
「まあ、そんなこんなでアタシたち3人は丸く収まりましたよぉ♡ ホーント、散々な青春を送ったもんですね」
一郎はドンヨリした表情で、空になったビールジョッキを置く。
「俺、何もしてないよな」
俺はニッコリ笑顔で、空になったビールジョッキを置く。
「一郎は良くも悪くも空気だからな」
香澄は笑顔で、空になったチューハイのコップを置く。
「とにかく、皆仲直りできて良かった」




