桃園さん その1
――3月中旬、午後12時――
「アタシ、無事に大学卒業できましたぁ♡」
先日、桃園が大学を卒業した。
俺と香澄、一郎は、桃園の卒業祝いのため、『バッハバー』で飲んでいた。
4人がけのテーブル席で香澄と俺、一郎と桃園が並んで座っていた。
「麻由ちゃん、卒業おめでとう。麻由ちゃんも4月から社会人かぁ。早いなぁ」
「おめでとう、桃園さん。金田くんの言う通りね。桃園さんがこんなに立派になるなんて……うっうっ」
「ふん、一時期は留年の危機があった桃園が卒業なんてな。おめでとう」
俺たちはそれぞれ、桃園に卒業祝いの言葉を贈った。
「きゃーん♡ ありがとうごいますぅ」
桃園は明るい笑顔で答えた。
それにしても、桃園の小悪魔ぶりっ子キャラはいつになったら、卒業できるんだろうか? いくら見た目がいいとはいえ、50過ぎても小悪魔ぶりっ子キャラを通すのはさすがにキツイぞ。
俺はふと、昔のことを思い出した。
桃園と初めて出会ったのは、俺が大学入って間もない頃――一郎の紹介だった。桃園は最初から小悪魔ぶりっ子キャラだったな。
◆◆◆
――大学1年、4月――
「柳木。待たせたな」
「金田。俺に紹介したい人がいるって――どんなヤツだ? 俺は忙しいんだから、早くしてくれ」
俺と金田はファミレスで待ち合わせをしていた。金田は笑顔で俺に近寄り、俺に向かい合うように座る。
少年院から出たばかりの金田は、俺が卒業した高校で2年生からやり直し真っ最中だ。
「そう慌てなさんなって。お、麻由ちゃん、こっち」
「はっじめましてぇ♡ 桃園 麻由でぇーす♡ よろしくお願いしまーす」
見た目がいいだけのバカそうな女が俺たちに近づいてくると、金田の隣に座る。
「はあ……よろしく。俺にこんな女を紹介してどういうつもりだ?」
「麻由ちゃん、可愛いだろ? 麻由ちゃんと付き合ってみたら? 美男美女でお似合いじゃん。あ、麻由ちゃんは俺や柳木と同じ高校で今、3年生だよ」
「絶対にイヤだ。なんでこんなバカそうな女と……」
「えー? 柳木センパイ、ひどいですぅ! アタシ、柳木センパイの事『カッコいいな♡』てずっと思ってたのにい!」
またそのパターンか。そんなの中高からずっと言われてきた。俺は深いため息をつく。
「金田はこんな女とどうやって知り合ったんだ?」
「実は俺と麻由ちゃん、中学の時に付き合ってたの。今は仲のいい腐れ縁よ」
「それは知らなかったな。でも金田には悪いけど、俺は誰とも付き合う気は……」
「とりあえずでいいからさ、付き合ってみたら? 麻由ちゃんは悪い子じゃないよ。それに柳木が思うほど、バカでもないし」
「そうそう。アタシ、見た目がいいだけのバカじゃないですよぉ♡」
とりあえず付き合えって……金田は一体何を考えているんだろうか? もしかして、香澄の事は忘れろと言いたいのだろうか?
俺は桃園という女を見つめる。見た目はバカそうだが、付き合ってみると、そうでもないのだろうか……?
俺は見た目だけで判断されるのは大嫌いだ。そんな俺が桃園という女を見た目だけでバカと判断するのは、失礼かもしれないな。
「あ、そういえば、柳木センパイってぇ、柊センセイのクラスの生徒なんですよねぇ? 実はアタシのクラスの担任、柊センセイなんですよぉ♡」
「あ、ちょ、麻由ちゃん! 柳木にその話するのはダメだって言ったじゃないか!」
「えー? 何でですかぁ? 共通の話題は多い方がいいじゃないですかぁ?」
ほお、この桃園とかいう女……香澄のクラスの生徒か。
なるほど。この女、香澄への嫌がらせのネタに使えるかもしれんな。
俺はニッコリ作り笑顔を浮かべ、スマホを取り出す。
「わかった。とりあえず付き合ってみようか。桃園さんの連絡先を教えてくれ」
桃園さんは小悪魔のようなかわいい笑顔を浮かべる。
「はい! よろしくお願いしますね♡ センパイ♡」
◆◆◆
桃園はしみじみとチョコレートパフェを口に運ぶ。
「今思うとアタシの学生生活、散々でしたね♡ 特に柳木センパイと付き合ってたのが人生最大の汚点ですぅ。柳木センパイはサイテーでした」
「そうだよなぁ……優一は本当に酷いヤツだったな」
一郎と桃園は俺をボロクソに貶すが、俺はニッコリ笑顔になり――
「ふん、何とでも言うがいい」
俺はビールを一口飲んだあと、また昔を思い出す。
確かに2人の言う通り、桃園と付き合っていた頃の俺は最低であった。桃園の他にも、体だけの関係を持つ女は複数いた。俺にとって女はどれも一緒であるし、愛する事はおろか、好きになる事すらできなかった。
◆◆◆
――大学1年、8月――
大学は夏休みに入り、俺は短期バイトをしていた。
夕方。バイトが終わり、帰宅途中の俺は、コンビニの前を通り過ぎようとすると、コンビニの中のお菓子コーナー付近で挙動不審な桃園を見かけた。
学校帰りなのだろう、桃園は制服姿である。
「どうしたんだろうか? 桃園の様子がおかしいな」
俺は変装用のキャップを被り、コンビニに入る。幸い、桃園に気づかれていないようだ。
俺は桃園に近すぎず、遠すぎずの距離から桃園の様子を観察する。
桃園はそわそわした様子でガムを眺めている。まん丸に開いた目に震えた手。
桃園がこれから何をするか――何となく予想できた俺は、トートバッグから小型の防犯カメラのレンズを桃園に向けた。
そして、桃園の決定的瞬間を捉えた。
桃園はガムを何個かスクールバッグにしまうと、お金を払わずにコンビニから出ようとする。桃園は万引きをしていた。
全く……何が悪い子じゃないだよ。金田め。桃園も俺たちと同じ『ろくでなし族』じゃないか。俺は桃園の裏の姿を見て、愉快な気持ちになった。
「ちょっと! お客さん! お金払ってませんよね? カバンを見せてください!」
コンビニ店長と思われる男が桃園の腕をつかむと、桃園は男を睨む。
「はあ? 証拠はあるんですかあ?」
「防犯カメラを見ればわかりますよ。それにこのガムは、うちのコンビニ限定商品で、本日発売なんですよ。もし、買ったのであれば、レシートを見せてください」
「……ちっ!」
桃園は観念したようだ。桃園の舌打ちする声はいつもと違い、ドスがきいている。
これが桃園の本性なのだろうか? 何にせよ、楽しくなってきたな。このあと、どうなるかな?
「――あの、すみません。そのガムを買いますので、勘弁していただけませんか?」
女性の声が俺の耳に入った。この声は、俺がよく知っている声だ。
俺は声の方向に視線を向けると、そこにはスーツ姿の香澄が立っていた。
「あのねぇ……この子、万引きしたんですよ。しかも、何度もやられてるんです。もういい加減に警察を呼びますよ」
「そういう事ですよぉ。柊センセイ♡ アタシの事なんてほっといてください。大人なんてどいつもこいつも信じられません」
香澄はピクリとも物怖じせず、表情を引き締める。
「……一つだけ、確認させてください。どうして今までは見逃していたのに今回はダメなんでしょうか? 学校にこの生徒が万引きしたっていう連絡は、今まで一度もなかったのは何故ですか?」
香澄の鋭い質問を受け、店長は態度をオドオドさせる。桃園は高校生の上に、見た目はいい。このオオカミは桃園にいやらしい事をしていたのがわかる。
それにしても驚いた。俺はてっきり、香澄は『勘弁してください』と言いながら、土下座するものだと思っていた。
そしたら、その様子を防犯カメラに収め、香澄への嫌がらせのネタにしてやろうかと考えていたのに……
恐らく、香澄は俺と同じ考えを抱いていたのだろう。香澄のくせに……桜田の時とは大違いだ。
「さ、一緒に帰りましょう。桃園さん」
店長にお金を払った香澄は、不機嫌そうや桃園を連れてコンビニを立ち去った。俺はペットジュースを一本買い、香澄たちのあとをついて行った。
――
「さあ、桃園さん。好きなのを頼んでちょうだい」
「……家に帰るんじゃなかったんですかあ? ……じゃあ、オムライスとハンバーグと……チョコレートパフェとオレンジジュース」
「ふふ。OK」
香澄と桃園はファミレスに入って行った。2人のあとをついて行った俺も入り、2人のテーブルの近くに座った。
香澄は桃園をこんな場所に連れてきてどうするつもりなんだろうか? 万引きをやめろって言うつもりか? 言ったところで素直に『はい、わかりました』ってならないだろ。放っておきゃいいのに。
――
「いただきまーす」
「……いただきます」
注文したメニューが届いた香澄と桃園は、料理を食べ始めた。俺はコーヒーだけを注文していた。
しかし、桃園はよく食べるな。俺とデートしてる時もかなりの量を食べていた。あんなガリガリの体のどこに消えているんだか……
「たくさん食べてね」
香澄は笑顔で桃園に話しかけるが、桃園は無言である。香澄に食べさせてもらってるんだから、何か返事しろ。
「ところで桃園さん……」
香澄は桃園に何かを話すようだ。ついに『万引きやめろ』て言うか? 『放っておいて』て言われるのがオチだぞ。桃園の香澄に対する態度を見ると、香澄に対してあまりいい感情を持ってないみたいだが。
「両親から虐待を受けてない?」
俺と桃園は時間が止まった。桃園が虐待を受けている? 俺は桃園の裸を何度も見ているが、殴られたようなアザは見当たらなかった。
「虐待? なんでアタシが……」
「桃園さん、ご飯食べてる? 年頃の女の子なのに痩せすぎだわ」
「アタシは食べても太らない体質なの!」
香澄の質問……俺も以前、桃園にした事がある。そして、回答も同じだった。
「それだけじゃないわ。桃園さん、頻繁に学校を休んでるしょ。家に電話すると、両親は具合が悪いって言うんだけど……本当に具合が悪くて休んだのかしら?」
「……そうよ。具合が悪いから休んだのよ! 悪い? アタシ、体が弱いんだから!」
「それなら、病院に行って、診断書を書いてきてもらってちょうだい。ご両親にお願いしてね」
桃園は固まった。
「そ、そんなの……」
桃園は苦い表情でオムライスを一口食べる。
「桃園さん。正直に教えてちょうだい。ご両親にもね、伝えたのよ。桃園さんは休みすぎなのと、痩せすぎだから……病院で検査して診断書を書いてきて欲しいって。そうすれば、桃園さんが高校を卒業できるように――大学進学できるように、私たちは配慮するって」
香澄は苦笑いを浮かべる。
「でも、桃園さんのご両親は私の話を一切聞かなかった。明らかに桃園さんの様子がおかしいのに。私は真っ先に虐待を疑ったわ」
香澄の話を聞く限りだと、確かに虐待の可能性は否定できない。
俺は桃園に視線を移すと、桃園はうつむいていた。桃園はいま、何を考えているのだろうか?
「……センセイの言う通りかもしれません」
桃園はついに白状した。一体どんな事をされているのか?
「アタシ、小さい頃から……小学校低学年まで、毎日殴られたり、蹴られたりしてました。例えば、家に帰ってすぐに宿題やるんですけど、問題を間違えると……ママから蹴りを入れられるんです。あと、お腹が空いてプリンを食べた事もあって、その時はパパからボディーブローくらいましたよぉ」
桃園もなかなか荒んだ家庭だ。
「小学校高学年からは、『殴る』『蹴る』はなくなったんですけどぉ、今度はオオカミになったパパから迫られるようになったんです。拒否すると『誰のおかげで学校に行けてるんだ!』て怒鳴られます。確かに学校の費用は親が払ってくれてるんです」
桃園の話を聞いた俺は、姉さんを思い出した。桃園も親から性的な虐待を受けていたんだな。
「あ、そうそう。アタシ、食事制限させられてるんですよぉ。菓子パン1日1個だけって決まってるんです。小さい頃からなんですよ。菓子パン以外のご飯を食べたかったら、金稼いで来いって言われるんですぅ……はは、笑えないわぁ」
桃園は桃園らしい口調で話すが、キャピキャピした声ではない。
桃園の話を聞いた香澄は、悲痛な表情だ。
「もしかして、万引きしたのは……お腹が空いたから?」
「当たりですぅ。アタシにとっては、ガムですらご馳走に見えるんですよ。もう、おかしいですよね。あとは、援助してくれるパパたちの相手をしてお金貰ってます」
桃園の闇は深い。香澄はどうするつもりだろうか?
「桃園さん。虐待の証拠、撮影できる? 桃園さんにはもう少しだけ、辛い思いをさせてしまうけど……それが提示できれば、特別養子縁組で親との縁を切る事は可能よ。それも、戸籍から」
「あの、それはアタシも調べました。特別養子縁組って15歳までですよね?」
「普通はそうね。でも、桃園さんのケースなら証拠さえあれば、可能かもしれないわ。ね、先生と一緒に頑張ってみない?」
特別養子縁組か……俺のクソ両親と縁が切れるなら、俺もやりたかったな。しかし俺の場合、認められないんだろうけど。
「わかりました。センセイ。証拠、撮ってみます。それで縁が切れるのであれば、我慢できます」
桃園の言葉を受けた香澄は、笑顔になる。
「あ! センセイ! 待ってください!」
桃園が声をあげた。今度は何だ?
「すみません……そういえばアタシ、家に帰ると身体検査と持ち物検査をされるんです。そんで、家の中にいる時は、その……裸なんです」
「え!?」
桃園の両親は虐待の証拠を撮らせまいと、対策していたようだ。さあ、どうする?
「どうしよう、困ったわ……証拠が撮れないと……でも、あまり時間はないし……」
どうやら、行き詰まったようだな。香澄はかなりオドオドしている。
俺はお会計をし、ファミレスを出た。
香澄の困った顔をやっと見れたし、手助けしてやるか。
<今、柊先生とファミレスにいるだろ。
<話があるから今すぐC公園に1人で来い。
<あと、柊先生には俺から連絡がきたことは言うな
俺は桃園に乱暴なメッセージを送ったあと、公園に向かった。
――20分後――
「ちょっとぉ! 柳木センパイ! こんな所に呼び寄せて何なんですかぁ!?」
桃園がすごい剣幕で俺に近づいてくる。ちなみに、俺は公園のブランコに乗っていた。
「ファミレスで盗み聞きした。桃園、虐待を受けていたんだってな」
「え? あの……ファミレスにいたんですか……」
桃園は少しドン引きした顔をしていた。しかし、俺は桃園の反応を無視するかのようにニッコリ笑顔になる。
「ああ。それで、俺も桃園の特別養子縁組計画のお手伝いしてやろうと思ってな」
「は? 何をするつもり?」
「虐待の証拠、撮りたいんだろ? 一緒に考えてやる」
桃園は俺を不審がっている。虐待されていた事を盗み聞きされていたんだから、当然の反応かもしれない。
「まず質問だ。身体検査ってのは、どうやって行われるんだ?」
「え? まずは服を脱いで服に変な物が入ってないかチェックされます……もちろん、下着も」
「そんで、そのあとはずっと裸か」
「まあ、そうですね」
服にカメラを仕込むのはやはり難しいか。
「じゃあ、次。持ち物検査はどうしてるんだ?」
「カバンの中を調べられます。ポケットの中も」
「そうか……なら、ジャラジャラとバッグについている、ぬいぐるみやら缶バッジなども調べられるのか?」
「え? これは調べられないですよ。所詮、飾りつけだし……あ!」
桃園は閃いたようだ。所詮飾り、されど飾りだ。
俺はトートバッグから、リボンのバッジを取り出すと、桃園に差し出す。このバッジはネット通販で買ったもので、中には超小型の防犯カメラが仕込んである。
「ほら、このバッジをカバンにつけろ。親に聞かれたら、友達からもらったとでも言っておけ」
「え? これ、カメラなんですか?」
「そうだが?」
「あの……柳木センパイ。なんでこんなの持ってるんですか?」
「俺は他の女と色々トラブル起こすからな。こういうのを常に持ってんだ」
「……はあ」
桃園はドン引きしていた。
まあ、カメラ所持している本当の目的は、香澄のドン底のサマをいつでも盗撮するためだ。正直に言ったら、ストーカーだと勘違いされるから、言わない。
◆◆◆
「しかし、麻由ちゃんが万引きしてたなんてなぁ……麻由ちゃんがそんなに病んでたなんて、俺知らなかったよ」
金田はションボリ顔をする。
最初は、俺も金田も――桃園が虐待を受けていた事を知らなかった。
桃園のキャラのせいもあるが、桃園は家族の事をほとんど話さなかった。




