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愛し方と愛され方

変態注意、変態注意

大事なことなので2回言いました。

――12月24日、夕方6時――


「あ、ゆうちゃん、オルゴール屋さんだって。見てみたいわ」


 今日はクリスマスイブ。優一()と香澄は、町のとある広場で開催されているクリスマスイベントに来ている。

 広場には屋台が並んでおり、立ち並ぶ木々に飾られているイルミネーションが星のように輝いている。


 そういえば、香澄の目はどうなったかと言うと……何回か目の手術をし、運良く失明を免れた。しかし、視力低下は免れなかったため、メガネは必需品となった。俺もメガネをしているが、香澄のは俺のそれよりもレンズが分厚く、見た目が少しゴツい。

 それと、もう一つ――香澄の目の周りにとても痛々しい傷が残った。整形手術で傷を消す事は可能だが、『香澄は手術をしない』と言った。理由は聞かなかったが、なんとなく想像はつく。


 俺と香澄はオルゴール屋の屋台に置かれているオルゴールを眺める。アンティークなものから斬新なものまで――様々なデザインのオルゴールがたくさん並んでいて、結構楽しい。このオルゴールたちは輸入されたものなのだろうか?


「わ! これ可愛い」


 香澄が注目しているオルゴールは、淡い水色の――楕円形の小物入れのような形をしており、蓋には白い花の装飾が施されていた。


「香澄はこういうのがいいのか? 俺はその隣の黒い方がいいけどな」


 俺は香澄が可愛いと言った方のオルゴールの蓋を開けると、クリスマスでよく流れる音楽が耳に入る。


「今オルゴールから流れているのは、バッハとグノー作曲の『Ave(アヴェ) Maria(マリア)』だよ。綺麗な曲でしょ」


 オルゴール屋の屋台の店主と思われる老婆が俺たちに話しかけてきた。

 その老婆は綺麗な白髪で小綺麗な恰好をしており、上品な雰囲気が漂っている。老婆というより、マダムという言葉がよく似合う。

 香澄は、マダムに視線を合わせると――


「そういえば、この曲って2人で作ったものなんですか?」


「そうだねぇ。でもそれだけだと50点だね。これは長ーい時間をかけて完成された曲なんだよ」


「時間をかけて?」


 俺はマダムの言葉に興味を持った。


「この曲はもともとドイツの作曲家『ヨハン=セバスチャン=バッハ』が1722年に完成させた『平均律(へいきんりつ)クラヴィーア曲集第1巻』の第1番の『プレリュード』なんだよ。階段のように流れる伴奏がそれだよ」


 階段のように……最初はこの曲の伴奏だけが旋律として流れていたんだな。


「時は流れて1859年。フランスの作曲家『シャルル=フランソワ=グノー』がこのバッハのプレリュードを伴奏に、自ら作曲した旋律をのせ、『Ave(アヴェ) Maria(マリア)』として完成させた――というわけさ。約130年の時をかけて完成された曲だねぇ」


 このマダムは音楽にやたら詳しいな。昔、音楽に関連した仕事でもしていたのだろうか?

 マダムの手を観察すると、指はスラっとしていて長く、シミ一つない、とても綺麗な手をしていた。悪く言うと、水仕事をしたことのないような手だ。


「ねえ、おばあさん。このオルゴールの蓋にある花の飾りって、イチゴの花ですか?」


 香澄が笑顔で老婆に話しかける。蓋にある花の飾り、どこかで見た事があると思ったら……以前、香澄に見せてもらったイチゴの花だ。


「そう、これはイチゴの花だね。イチゴの花は――キリスト教の聖ヨハネと聖母マリアのエンブレムに使われているんだよ。イチゴの花言葉は様々あるけど、そのうちの一つである『愛情と尊重』の由来はそれなんだよ」


 マダムは穏やかな笑顔で話した。笑顔より刻まれた皺からは慈愛が感じられる。

 以前、香澄から聞いたイチゴの花の花言葉は『幸せな家庭』だった。花言葉って一つだけではなかったんだな。花言葉って奥が深い。


「フフ、素敵。私の部屋に飾りたいわ。おばあさん、このオルゴールください」


「はい、毎度。私の話に付き合ってくれたお礼にまけとくよ」


「ねえ、ゆうちゃん。私へのクリスマスプレゼントはこのオルゴールがいいわ」


 香澄はパン、と手を叩き、俺にクリスマスプレゼントをおねだりしてきた。


「え? 香澄へのクリスマスプレゼントはオルゴールでいいのか? 財布とか、バッグとか……他にもあるだろ」


「ううん、これでいいの。それに、財布とバッグなら自分で買うわ」


――


「えへへ」


 香澄はオルゴールの入った紙袋を大事そうに抱え、変な笑い声をあげながら歩いている。


「そんなにそのオルゴールが気に入ったか?」


「ええ。『Ave(アヴェ) Maria(マリア)』が時をかけて完成したって話――とっても素敵だと思うの。私とゆうちゃんもこの曲のようにこれから長い時間をかけて……」


「え?」


「ううん、何でもない! 今のは忘れて!」


 香澄の言いたい事……わかるような、わからないような……


「香澄。そろそろ帰るか」


「そうね。お腹すいたし、クリスマスケーキ食べたいわ」


「食い意地だけは一人前だな。料理の腕は半人前どころかクソまず料理しか作れないくせに」


「えへへ」


 俺と香澄は手を繋いで帰路についた。


 家に帰ったら、2人でご飯食べて、そして……今日、俺は心に決めている事がある。

 今日こそ『ゆうちゃん』と呼ぶのをやめさせてやる。このままだと俺は死ぬまで『ゆうちゃん』だ。

 俺はまだ諦めていなかった。



――夜9時――


「香澄、いい加減に俺を『優一』と呼べ」


 家で食事とクリスマスケーキを食べ終えた俺と香澄は、俺の部屋にて2人並んでゲームをしていた。


「ええ……ゆうちゃんじゃダメ? ――あ! また負けちゃった……」


「うん。ダメ」


 コントローラーを置いた俺は香澄のメガネを取った。


「何するの?! 何も見えないわ!」


 俺は、困惑した香澄をお姫様だっこし、そのまま俺のベッドに放り投げた。


「きゃん! ゆうちゃん! 何を!?」


 俺は香澄の上にのっかり、香澄に手錠付きの首輪をつけた。もちろん、手には手錠をかけた。この日のためにネットで注文しておいた。

 そして、俺はある物を取り出した。


「香澄。俺を『優一』と呼ぶまで拷問だ」


 俺の手のある物……それは、電気マッサージ機である。俺はすかさずスイッチを入れた。


「え? この音は……うきゃああ!」


 俺は香澄の脇腹に電気マッサージ機を当て、上下左右に滑らせた。もちろん、素肌に直接だ。


「どうした? メス猿みたいな叫び声あげて。そうだよな、今まで服の上からでしか使ったことないもんな。素肌に当てられた時の刺激はすごいだろ」


 ああ、これはゾクゾクする……俺は思わず満面の笑みで香澄に声をかけた。


「ひゃ! ひゃ! やめて! やめてぇ!」


「俺を『優一』と呼ぶまでやめない」


 俺は電気マッサージ機の出力を最大にした。


「ひゃあぁぁー! やめてぇ! ゆうちゃぁぁん!」


 香澄が電気マッサージ機の強い刺激に、ブザマにもがき苦しんでいる。今までの中で最高にいい眺め――じゃなくって、香澄め。まだ俺をゆうちゃんと呼ぶか。

 俺は電気マッサージ機のスイッチを切る。


「香澄がここまでしぶといとは思わなかったぞ。褒めてやろう。やめて欲しかったら、俺を『ゆうちゃん』と呼ぶのをやめろ」


「無理だよぉ……だって、ゆうちゃんはゆうちゃんだもん……」


 そうかそうか。意地でも俺をゆうちゃんと呼ぶか。仕方ない。


「うっひょぉぉー! ひぇあぁぁ! そこはぁぁ!」


 俺はスイッチを入れた電気マッサージ機を香澄のより弱い場所に置いた。

 すごい悲鳴だった。『うっひょぉぉー!』とか……香澄から発せられた悲鳴とは思えない。醜く喚く香澄の姿に、俺の中に潜んでいた魔物が――俺の体を支配し始めていた。


――


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……ゆうちゃん……もうダメ……」


 香澄は顔を真っ赤にし、疲弊の声を漏らす。


「さあ、もういい加減に俺を『優一』と呼べ」


「うひぃ……無理だよぉ――ゆうちゃあん……」


 香澄のくせに! 臆病者の香澄のくせに! ここまで拷問されたというのに、どうして俺を名前で呼べないんだよ!!

 ……クソ! 電気マッサージ機攻撃はもう限界だ。俺は香澄の体のあらゆる場所を刺激した。それでも香澄は俺を『優一』と呼ばなかった。


 それと、電気マッサージ機攻撃にもがく香澄を見て、俺はだんだん自我を失ってきている。俺自身、限界が近い。これ以上は……俺が俺でなくなってしまう。

 これだけはやりたくなかったが……最後の手段だ。


 俺は香澄の頭を押さえつけた。


「ゆうちゃん、何を? ひゃっ!」


「俺は今、トイレに行きたいんだが……漏れそうだ。また『ゆうちゃん』と言ってみろ。どうなるかわかってるな?」


 俺は満面の笑みで香澄にそう告げた。


「!」


 香澄は目を見開いた。香澄は過去に大地から変態プレイを押し付けられ、トラウマになっているはずだ。きっと今の俺の言葉を聞いて気持ち悪いと思っているに違いない。

 さあ、いい加減に『ゆうちゃん』から卒業しろ。


 ……


「……ゆ……」


「どうした? 早く言え。俺の名前を」


「ゆうちゃん」


 時間が止まった。この状況にもかかわらず、香澄はいつも通り俺を『ゆうちゃん』と呼んだ


「ゆうちゃん」


 香澄は慈愛に満ちた美しい微笑みを俺に向ける。

 その微笑みは、小学校の頃――修学旅行で訪れた修道院の聖母マリア像のようであった。




 何故だ?

 俺には香澄の気持ちが理解できない。




 あ、もうダメだ! 限界だ……俺はもうあとには引けなかった。


「ゆうちゃ……!」


 ……


 


 


 何だろう? この気持ちは……


 クソまず料理しか作れない上に臆病者だった香澄。

 最初にキスした時、鼻血を出して昇天した香澄。

 キスを克服したあと、今度は大地の変態プレイのトラウマでエッチできなくなった香澄……それはアイマスク効果で何とかなった。

 あ、そうそう。俺が桂木さんとラブホに入っているのを目撃しただけで気を失った時もあった。


 そんな香澄が……俺の変態を受け入れた。

 

 ……


 ……嬉しい。


――


「香澄。すまない……本当は、ここまでやるつもりは……」


 ベッドの上で、俺と香澄は向かい合って座っている。

 タオルで頭をゴシゴシ拭いている香澄を、俺はただ、ボーっと見つめていた。

 頭を拭き終えた香澄は、畳んだタオルを自分のひざ元に置くと、俺に顔を向ける。


「ゆうちゃん。またやりたくなったら遠慮なく言ってね。今まで我慢してたんでしょ?」


「……いや、もういいんだ。無理するな」


「ううん、無理してない。自分でも不思議なんだけど……ゆうちゃんなら、喜んで受け入れるわ」


「香澄……」


 香澄の言葉を受けた俺は香澄の前に体を寄せ、香澄を抱きしめた。


「ゆうちゃんダメよ! 先にシャワー浴びないと……その……今の私、汚いから……」


 俺は香澄の気持ちがなんとなく――わかってきたような気がする。もしかしたら……もしかしたら、これが……


「香澄、愛してるよ」


 俺は香澄に自分の気持ちを伝えた。


「私も……愛してるわ」


 香澄も俺に自分の気持ちを伝えた。

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