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人間の体ってしぶとく出来ている

――


「……ぷ、はぁ!」


 海から顔を出した俺は、自分の体が流されないように崖の岩肌にしがみつく。そして……香澄の体を、仰向けの状態で岩礁に乗せ、海に流されないよう押さえる。

 波は穏やかだが、流れは早い。油断すると、あっという間に流されてしまう。海に潜った瞬間は香澄を助ける事で頭がいっぱいだったが、今は海の恐ろしさに身震いがする。


 俺は香澄の様子を確認する。香澄は微かに呼吸をしているが、意識を失っている。目にくっきりと刻まれている傷痕からは、血がとめどなく出ている。ちゃんと止血したいところだが、場所が悪すぎる。今、俺が手を離したら――海に流されてしまう。

 かといって、このままにするのも良くない。目が多少傷ついただけで失明する事は無いが、傷からくる合併症で失明するかもしれない。早く病院へ連れて行かないと……



「柳木さん! 大丈夫ですか!?」


 はるか上空から警察官の声が聞こえた。ライトに照らされた俺は上空を見上げる。


「はい! あの、香澄を先に助けてください! 早く病院に連れて行かないと……」


「わかりました! 急いで救助しますから、あと少し……頑張ってください!」


――


 俺と香澄は無事、救助された。香澄は瀕死状態のため、急ぎ病院へ搬送された。

 俺はというと、毛布にくるまり熱いお茶を口にしていた。

 周囲を見渡すと、たくさんの警察官が崖の周辺で何か作業をしているようだ。恐らく、後始末をしているのかもしれない。


「2人とも助かったのか。それにしても、お前があそこまで無茶するとは思わなかったぜ」


 警察官に囲まれ、手錠をかけられた大地が俺に話しかけてきた。


「俺は香澄のストーカーだからな。ストーカーはどこまでも追いかけるのが常識だろ? それにな、香澄が俺を置いて逝くなど――絶対に許さん」


 俺は満面の笑みで答えた。


「変態陰湿ストーカー野郎め」


 大地が勝手につけた俺の別名、久しぶりに聞いたな。


「大地。香澄はあの時――大地が香澄を傷つける前、お前に何て言った? あれだけ香澄を大事に想っていたお前が――香澄を『最低』と罵った挙句、攻撃するなんて……俺にはどうしても信じられなくてな」


「それは俺と香澄だけの秘密だ。どうしてもと言うんなら、香澄に聞けばいいんじゃねーか? まあ、香澄が無事に目覚めればの話だけど」


 チッ、この単細胞バカめ……



 ……


――朝10時、大学病院――


 俺は香澄の病室を訪れた。

 香澄の目には包帯が巻きつけられており、死んだように眠っている。一命は取り留めたらしいが……香澄はいまだに目覚めない。香澄の体は生命維持装置によって保たれている状態だ。


「ゆうちゃん」


 白衣姿の母さんが香澄の病室に入ってきた。家にいる時とは違い、キツイ表情である。


「香澄ちゃんね、とりあえず一命は取り留めたけど――長時間の緊張状態からくるストレスで体力が著しく低下していて、まだ油断できない状況よ。……ここから先は香澄ちゃんの頑張り次第ね」


「……」


「ゆうちゃん、いざという時は――覚悟してちょうだい」


 今の俺にとってその言葉は、堪える。


「香澄の目は……?」


「眼科の先生の話だと――視力低下は免れないけど、失明は無さそうだって。でも、傷は浅くはないし、感染症を引き起こす可能性はあるから、何回か手術は必要だけど。ふふ、人間の体ってしぶといと思わない?」


「そうだな……本当に……(したた)かだ」


 大地は、香澄を失明させるつもりで目を傷つけた。しかし、失明するまでには至らなかったようだ。

 あとは、香澄の意識が戻ることを祈るばかりだ。



 ……ピッ、ピッ……ピッ…………ピッ………………ピッ……


 香澄に繋がっている生命維持装置――香澄の心肺が鈍くなっていく。母さんは、それを見逃さなかった。


「大変だわ。香澄ちゃん! しっかりしてちょうだい! ゆうちゃん、悪いけど、外に出てくれる? 香澄ちゃんは今、非常に危険な状態だわ」


 俺の祈りは届かないのか。俺の心臓はまだ、茨によって締め付けられたままだ。


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