本来そうやって使うモンだからね
しょうもない勘違い注意
――大学卒業式当日、夜7時――
「……う……」
ボンヤリと目が覚めた私は、ボーとしたまま辺りを見渡す。私は車の後部席で横になっていた。手足はロープで縛られている。
そうだ! 学校を早退した私は、佐々本くんに車に乗せられ、眠らされたんだ。
少し広めの車の中には静寂が広がり、後部席の車の窓にはカーテンがかかっている。きっと、私の姿を隠すためにやったのだろう。
「ここはどこかしら? 警察に電話しないと……」
私は起き上がり、自分のカバンを探す。カバンは助手席に置いてあった。
「良かった……」
私はカバンに両手を突っ込み、中をかき回す。……無い。私のスマホが見つからない。きっと、佐々本くんが持っていったのかもしれない。そうよね、都合よくスマホを残していくワケがないよね。
私はフロントガラス越しに風景を見る。場所はどこかの駐車場だ。車は……数台ほど、ちらほら停まっているようだ。それに、海が見える。でも、佐々本くんの実家とは違う雰囲気だ。
今、佐々本くんはいない。とにかく外に出て、警察へ行こう。私はカバンからペンケースを探す。ペンケースには確か、カッターが入っているはず。とりあえず足のロープだけでも外せれば……
「何してんだ?」
運転席のドアが開き、佐々本くんが顔をのぞかせる。うう、逃げられなかった……もう少し、目覚めるのが早ければ……
佐々本くんは運転席に座り、ドアを閉める。
「残念。もう少し目覚めるのが早ければ逃げられたのにな。あ、香澄のスマホなら俺が預かってるよ。もちろん、電源も切ってる」
ううう、やっぱり。私は大人しく後部席に戻る。
「香澄、腹減ったろ? ご飯買ってきたぞ」
佐々本くんは笑顔で、私に買い物袋を手渡す。中には、ペットボトルのお茶とおにぎりがたくさん入っていた。
「……ありがとう」
私はうつむきながらお礼を言うと、おにぎりの袋を開ける。ロープで縛られているせいで、開けるのに苦労したが、何とか開けられた。私は無言でおにぎりを頬張る。
こんな状況なのに、佐々本くんは優しい。学校で見た佐々本くんは一体何だったのかしらと思うくらいに……
「ねえ、佐々本くん。この車、どうしたの?」
私はおにぎりを頬張りながら、佐々本くんに質問をした。
「ああ、親父のお古だよ。親父の車買い替えたから、とりあえず貰ったんだ」
それから私たちは当たり障りのない会話をして、時間を過ごした。
――
「あ、そういえば。香澄に聞きたい事があるんだけどさあ……」
私がおにぎりを4個食べ終えたあと、佐々本くんは助手席にある私のカバンをゴソゴソと探り、ある物を取り出す。
「なんでこんなモン持ってんの?」
佐々本くんの手に持っているのは、電気マッサージ機だ。
「え? あ、それは――自分でやるより、すごく気持ちいいから、いつも持ち歩いてるのよ」
「……は!? 自分でやる!? いつもって……どこで使ってんだよ!?」
顔を赤くした佐々本くんが私を見る。どうしたのかしら……
「学校の――誰もいない場所で使ってるわ」
私が答えると、佐々本くんは更に真っ赤な顔で私を凝視する。私、何か変な事言ったかしら……?
私は最近、肩こりがひどい。以前は自分で揉んでマッサージしてたけど、今はもうそれだけでは足りないのだ。だから、電気マッサージ機でよく肩をほぐしている。桃園さんの言う通り、慣れるとすごく気持ちいい。ただ、音がうるさいから、誰もいない場所で使っている。
佐々本くんは電気マッサージ機を見つめながら、深いため息をつく。
「俺の知らない間に香澄が変態に……」
え!? 電気マッサージ機で肩こりマッサージしてただけなのに……私は変態なの?
「香澄」
佐々本くんは後部席に移動したあと、私に電気マッサージ機を手渡す。
「香澄がそれ使ってるの……俺、見てみたい」
「え? 見たいの?」
私の肩こりマッサージを? どうして?
「うん、見たい」
佐々本くんは満面の笑みを浮かべながら、サバイバルナイフで私の足を縛っているロープを切る。足のロープを切る意味がわからないけど、とりあえず私の肩こりマッサージに興味深々である事だけは伝わってくる。
「見ててそんなに面白いものとは思えないけど……」
「何言ってんだよ。男ならほとんど見たいと思うけどな」
え! そうなの!? 知らなかったわ……男の人って、女性の肩こりマッサージを見たいの? 私は佐々本くんの言葉に驚きを隠しきれなかった。
――
「あ〜〜〜〜〜、気持ちい〜〜わ〜〜」
私は電気マッサージ機を肩に当て、肩こりマッサージを始めた。激しい振動がたまらなく気持ちいい。
「……香澄、何してんの?」
「何って……肩こりマッサージよ。佐々本くんが電気マッサージ機を使ってるところ見たいて言うから、こうやって、肩こりマッサージしてるのよ」
私は電気マッサージ機のスイッチを切ると、佐々本くんに視線を向けた。
佐々本くんは困惑している様子だった。どうしたのかしら? 見たいって言うから肩こりマッサージ見せたのに……
「香澄。俺に電気マッサージ機貸して」
佐々本くんはそう言うと、私に手を差し出す。
佐々本くんも電気マッサージを使いたいのかしら? 私と同じようにひどい肩こりで悩んでるのね。
「佐々本くんも肩こりで悩んでるの? なら、私がやってあげるわ。いいポイントを知ってるのよ」
「……え?」
私は佐々本くんの肩にスイッチを入れた電気マッサージ機を置くと、佐々本くんに電気マッサージ機の気持ちいいポイントをレクチャーした。
「ほら、ここが気持ちいいのよ。こうやってゆっくりスライドさせると、たまんないのよ」
佐々本くんは哀愁を含んだ眼差しで私をジッと見つめている。その様子はまるで何かおねだりをしている犬のよう。もしかして、気持ち良くないのかしら?
「香澄」
佐々本くんは恍惚な表情で、私に顔を近づけてくる。
まるでキスをしようとしているかのような……ううん、キスをしようとしてる!
「佐々本くん! ダメよ! それ以上近づいたら……」
私はじりじりと後退りするが、車のドアが背にあたる。佐々本くんはゆっくりと私に近づいてくる。
どうしよう……このままだと、キスされてしまうわ! きっとキスだけじゃすまないかも……
私は手に持っているヴィーンと音をたてている電気マッサージ機を見て、ある事を思いつく。佐々本くんは油断している。今こそ、桃園さんから教わった『あの技』を使うしかないわ!
「ごめんね! 佐々本くん!」
私は電気マッサージ機の出力を最大にし、それを……佐々本くんの……急所に押し当てた!
「――ッ!! アギャーーーーー!」
佐々本くんは悲痛な叫び声をあげたあと、急所を押さえてうつ伏せに倒れ込んだ。その時、佐々本くんのスーツの内ポケットから見覚えのあるスマホが落ちた。それは私のスマホ。私は、スマホを拾い、車のドアノブに手をかけると――
「香澄ぃ……なかなか刺激の強いプレイするんだな……かなり効いたぞ」
佐々本くんは私に鋭い視線を向け、私の腕を掴む。急所をやられたせいか、手には力が入らないようだ。
「離して!」
佐々本くんの手を振り払い、車を出た私は夢中で走り去った。
……
――夜9時――
――♪♩♬
優一の家のリビングに自分のスマホの着信音が響き渡る。スマホを確認すると……香澄からだ。
「優一、香澄ちゃんからか?」
一郎の問いに俺はうなずくと、電話に出る。
「香澄、無事か!?」
「ゆうちゃん? 良かった。繋がった……私なら大丈夫よ」
正真正銘、香澄の声だ。良かった……俺はホッと息をつく。
「香澄。今どこにいる? 警察に香澄の行方を探させているんだが……居場所さえわかれば、すぐにでも警察に連絡する」
「わからないの……近くに海があるんだけど、佐々本くんの実家とは違うみたい……」
浅浦町以外で海の近くか……クソ! 範囲が広すぎる。
「香澄。悪いが、もう少し……居場所が特定できそうな情報はないか? 例えば――建物とか、観光名所でも……何でもいい」
「えっと……近くに家のような建物があるわ。別荘かしら?」
海の近くにある別荘らしき建物……
俺は香澄にその建物について質問をする。
「香澄。その建物――二階建てで、外壁と屋根は木で造られてるか?」
「え? ええ、そうね。ゆうちゃんの言う通りよ。それに、別荘にしては大きいとは思う」
俺は更に質問を続ける。
「玄関のドアノブの下にバツ印の傷があるか?」
「ちょっと待って――あ、あるわ! バツ印の傷! ゆうちゃん、どうしてわかったの?」
「……そこは一郎の家の別荘だ」
俺にとって、その場所には複雑な思い出がある。5年前……人の死の瞬間を見た場所だ。香澄はそこにいる。
「香澄。すぐ警察に連絡するから、どこかに身を隠して待ってろ」
「うん。ちょっぴり怖いけど、待ってる」
香澄はしっかりした口調で話したあと、電話を切る。
『ちょっぴり怖い』か……
……
「優一、どこ行くんだ?」
警察に連絡した俺は玄関に向かおうとするところを、一郎に呼び止められた。
「お前の別荘だ。香澄はそこにいる」
「あのさ、俺ん家の別荘までどんだけ時間かかると思ってんだ? そういうのは警察に任せとけばいいんだよ……香澄ちゃんが心配なのはわかるけどさ、お前に何かあったらどうすんだよ?」
「しかし……」
「バカか! お前は! 香澄ちゃんの帰る場所に誰もいなかったら、寂しいだろうが!」
一郎の言葉が俺の心に深く、突き刺さった。
帰ったら誰もいない……それはとても寂しい事だ。俺はその気持ちをよく知っている。
……香澄、すまない。もう少しの辛抱だ。どうか恐怖に耐えて欲しい。
「すまない。俺がどうかしていた。家で大人しく待つよ」




