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気のせい

――大学卒業式当日、朝7時30分――


「ゆうちゃん、行ってくるね。あ、卒業式の在学生代表の送辞頑張って。緊張したら人を3回書いて飲むのよ」


 ゆうちゃんに車で送ってもらった『柊香澄()』は車から降り、ドアを閉めずにゆうちゃんに話しかけた。


「俺を誰だと思ってんだ香澄。高校の時は生徒会長やってたんだから、そういうのは慣れてる」


「あ、そうだったわね」


「香澄……」


「ん、何? そんな不安そうな顔しちゃって。私なら心配ないわよ。今日はこうしてゆうちゃんが送り迎えしてくれるんだから」


「そんな顔してない。じゃあ、香澄の仕事が終わった頃に迎えに来る」


「うん」


 私は車のドアを閉め、学校の職員玄関に向かった。



――大学卒業式当日、朝8時――


「柊先生、『柳木優一』さんて方がお見えですよ。先生に忘れ物を届けに来たと言ってますが……」


「ゆうちゃんが?」


 職員室で授業の準備をしていた私に、年老いた先生が声をかけてきた。

 私、忘れ物したかしら? お弁当は持ってきたし、書類なども確認したし……行ってみればわかるかな。

 私はゆうちゃんの元へ向かう。ゆうちゃんは職員玄関で待っているらしい。


「おまたせ、ゆうちゃ……!?」


 私は驚きのあまり言葉を失った。玄関の外で待っていたのは、ゆうちゃんではなく――佐々本くんだった。


「香澄」


 佐々本くんは満面の笑みで私に近づく。


「あの……どうして、ここが……?」


「運命の神様が巡り合わせてくれたんじゃないか? 言っただろ? 卒業式の日に迎えに来るって」


 運命の神様だなんて……そんなロマンチックな言葉を――って今はそんな事を考えてる場合ではない。


「佐々本くん。私はゆうちゃんを愛してるの。だから、私とゆうちゃんの事は忘れて……」


 私の願い。佐々本くんに届いて欲しい。佐々本くんは、本当は友達思いで優しい人。これから先、佐々本くん自身を愛してくれる人が現れるはずよ。私はそう思っている。


「無理。俺の女神様は1人だけなんだが。香澄」


「そんな事ないわよ。佐々本くんはまだ若いんだし。その……私じゃない、本当の女神様がすぐに現れるわよ」


 佐々本くんは、いじけ顔になる。


「香澄ぃ。そりゃないぜ。香澄の言うように、香澄以外の女神様がすぐ現れると言うのなら、俺と同い年の優一の方がその確率は高いはずだぞ。基本ハイスペックのアイツは、すぐ女の子を惹き寄せるんだからな」


 私は、ハっとした。私はなんて軽率な事を言ってしまったんだろう――そう思った。


「知ってるか? 人を好きになって、愛する事ってすごく難しい事なんだぜ」


 佐々本くんの言葉が私の心に突き刺さる。一途というのは、性格や環境などが影響するのだけど、それだけではない。その人の本質に触れて、一度好きになると、離れる事は難しいのだ。

 佐々本くんの私に対する気持ちは、決して簡単なモノではない。それでも、私は……ゆうちゃんを愛してるわ。


「そりゃあ、可愛い女の子やタイプの女の子見たらドキドキしちゃうけど、それと愛するって別なんだぞ」


 もうやめて! それ以上言わないで! もう心を鬼にするしかない。

 私は佐々本くんから視線を逸らす。


「佐々本くん! 私の事は忘れて! お願いだから! 私は……佐々本くんの事、嫌いよ! 大っ嫌いよ!! もう二度と私の前に現れないで!! 気持ち悪い!!」


 嫌い。気持ち悪い。

 それは、その人への拒絶を示す言葉。私は今までそんな言葉を使った事がなかった。お願いだから……私を嫌いになって……


 ……


 私の言葉を受けた佐々本くんは、しばらく無表情だ。ショックを受けたのかもしれない。ショックを受けたのなら、それでいいの。しばらくは辛いけど、時間が経てばすぐ忘れるはず。


「俺の故郷の言い伝え知ってる? 『愛しの人。鎖に繋いで閉じ込めておくべし。よそを向く前に』」


 その言い伝えは、カケルくんから教えてもらった言葉だ。


「これ、自分が心の底から愛する相手を逃がすなって意味なんだぜ。鎖に繋いででも……香澄の細い手脚を切り落としてでもな……あ、俺は親父から『本気で惚れた女が現れたらすぐに結婚しろと。それが佐々本家のしきたり』と言われたな。家庭によっては解釈が違うみたいだけど、根っこは一緒なんだぜ」


 どうしてショックを受けないの? 私を嫌いにならないの? 私は全身を震わせる。


「はあ、でもさ……俺、本当は香澄の手脚を切り落とすとかそんな事したくないんだぞ。だって、香澄の泣き叫ぶ姿見るの辛いもん」

「そんな事したら、佐々本くんもるりちゃんと同じように……逮捕されてしまうのよ! この時代にそんな事許されないわ!」

「そんな事言われても、無理なんだよ。一途な愛を貫かないと、故郷のご先祖様から呪いを受けるんだよなぁ。俺たちの感覚、なかなか理解されないんだよなぁ……」

「の、呪いなんてあるワケないじゃない! 私、お化けは怖いけど……でも、お化けだって本当はいないんだから! 全部気のせいよ!」


「え? 香澄、お化け怖いの? そんな可愛いところあるなんて知らなかったぜ」


 佐々本くんはまた笑顔になる。


「あまり長話しても、なんだしさ――香澄、今日早退してこいよ」

「何言ってるの! これから授業あるんだから、早退なんて……」

「そうか。じゃあ、ここの生徒、邪魔だから……消しちゃえばいいんだな?」


 佐々本くんは、ポケットから――サバイバルナイフを取り出した。どうしてそんな物を……

 佐々本くんは、サバイバルナイフをポーンと投げてキャッチする。


「これ、兄貴が昔、使ってたヤツだ」


 もしかして、佐々本くんのお兄さんも?

 佐々本くんは簡単に人を傷つける人ではなかったハズよね? どうして、そんな恐ろしい事を簡単に言うの? わからない……わからないわ……


「俺がどうして人を傷つけるのをためらわなくなったか、て考えてたろ? 一途な愛を貫けなかった呪いを受けたんだよ。るりも同じだ」


 それは呪いなの? 呪いなんて本当にあるの? そんなの……そんなの悲しすぎるわ……


「香澄ぃ。泣かないでくれよ。俺まで悲しくなってくるぞ。ほら、早退するの? しないの? どっち?」

「……わかったわ。早退するから。だから、生徒たちには手を出さないでちょうだい」



 佐々本くんは優しい顔をする。


「やっぱり香澄は女神様だよな」



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