金田一郎と言う男
――夕方――
「柳木。大丈夫――じゃないよな」
俺の家のリビングにて、俺と金田は少し離れてソファに座る。不安に押し潰されそうな俺は、スーツ姿のままうなだれていた。
喫茶店から出た俺は、日本語学校に電話した。学校に着いた香澄は、『俺』に呼び出されたらしい。もちろん、俺はそんな事をしていない。間違いなく大地の仕業である。
俺に呼び出されたあと、香澄は具合が悪くなり、早退したとの事だ。
全て大地の言った通りである。香澄は今大地のところにいる。
「金田。香澄に何かあったら……俺は……」
俺は弱音を吐いた。今まで、弱音を吐いた事なんて一度もなかった。香澄や姉さん、母さんの前ですらだ。
「……あのさ、柳木。高校の卒業式の日、覚えてるか?」
金田は天井を眺めたあと、うなだれた俺に顔を向ける。
「……ああ」
俺は顔を上げ、金田に視線を合わせる。
「柳木、香澄ちゃんに振られてすっごく落ち込んでたよな。今だから言えるんだけど、正直……面白かったんだよなぁ」
「おい、どん底の俺によくそんな事が言えるな。当時の俺は何一つ面白くなかったぞ」
「あ、わりぃ。言い方悪かった。柳木って基本的に仏頂面の鉄仮面じゃん。どんな女の子に言い寄られても――ムカつくぐらいに澄ました感じだっただろ? だけど、香澄ちゃんに振られた時のひどい落ち込みようを見てたら、『あ、柳木も普通の男なんだ』と思っちゃって、なんだか微笑ましくなっちゃったんだよな」
「はあ……落ち込むのは当たり前だろ。俺を何だと思ってんだ」
金田め。それは慰めのつもりか? むしろ、昔を思い出して段々腹が立ってきた。
「まあ、そんなどうでもいい話はおいといて――」
はあ!? 今までの話はどうでも良かったのか!? 金田は俺をおちょくってんのか!
「俺が少年院にいた時、香澄ちゃんが言ってたぜ。柳木が鉄仮面なのは、柳木が脆いからだって。まさに今のお前だな」
俺が脆い? 香澄め。この俺を脆いなどと金田に抜かしおって……
あ、でも間違ってはいないのか。今の俺は情けない。とても香澄に見せられん。
「柳木には俺が必要だって言われた意味がようやくわかった気がする。お前、弱音を吐ける相手がいないんだな。香澄ちゃんでも家族でもない……『親友』ってヤツか? 香澄ちゃんの前で弱音吐くなんてカッコ悪すぎるもんな」
金田は高校時代からの付き合いだ。校長の息子という事を利用してやりたい放題、裏表の激しい人間で……俺と同じろくでもない男だと思った。
しかし、金田は金田で家庭環境が良くなかった。金田には優秀な兄がいる。両親は出来のいい兄を溺愛していた。いつも優秀な兄と比較しては、出来の悪い弟を罵倒する毎日だ。俺から見ると、金田は出来が悪い方では無いし、しっかり努力はしていた。報われない努力てヤツだろう。
しかも少年院へ行った金田は、家族からますます見放された。その苦悩は俺の比ではないだろうな。
「……一郎」
俺は初めて金田を下の名前で呼んだ。弱音を吐いたら、少しだけ気持ちが落ち着いた。
「え? え? 柳木!? 今、俺を一郎って……じゃあ、俺、柳木の事『ゆうちゃん』って呼んでいい?」
「やめろ。毒殺されたいのか」
一郎め……調子に乗るなよ。香澄に『ゆうちゃん』って呼ばれるのさえ恥ずかしいんだからな……
「ちっ。優一って呼べばいいんでしょ。仕方ないなぁ」
何が『ちっ』だ。普通に呼べ。やはり、香澄に『ゆうちゃん』と呼ぶのを辞めさせないとダメだな。
「話変わるけど――優一はどう思うよ? 香澄ちゃん、このまま大人しく佐々本のいいようにされると思う?」
「香澄は俺に『何があってもそばにいる』と言った。香澄は強かだ」
俺は知っている。香澄は強かである。
幼い俺は香澄を『二度と顔を見たくない』と言って突き放した。しかし、香澄は毎日、呆れる程に俺の家を訪ねてきた。
桜田が不登校になった時期――毎日とは言わないが、香澄は桜田の家にしつこいくらいに電話をかけていた。
香澄が大地に監視されていた時期――香澄は自分の部屋に俺を入れようとしなかった。香澄の部屋に入るには、俺が強行突破する以外になかった。
他にもたくさんあるが、キリがない。
「そうだよな。香澄ちゃんはお城に引きこもっているお姫様、というより……お姫様を守る騎士タイプだもんな」
それ、前にも聞いたな。一郎の例えは未だに理解できないが、少なくとも香澄はお城に引きこもっているお姫様タイプではない、という点は共感する。今の俺にできることは、香澄の強かさを信じる事だけだ。
俺はスーツのズボンからスマホを取り出し、電話をかけた。もちろん警察だ。大地は香澄を連れ去った。当然これは誘拐だ。
恐らく大地と香澄は浅浦町にいないだろう。今、警察や考古学者が目を光らせているからな。――となれば、2人の居場所は正直わからない。俺と一郎だけで香澄を探す事は不可能だ。




