これが因果応報なのか
「香澄と天国か地獄に旅立つだと? バカバカしい。香澄の居場所も知らないくせに」
俺は大地のバカバカしい言葉に不安な気持ちを抑えきれない。どうしてだろうか……嫌な予感がどんどん膨らむ。俺はコーヒーを一口飲む。
「まあ、ホントは香澄の手脚を切り落として、俺の実家の近くの森にある地下に閉じ込めておくつもりだったけど――悟の件があって以来、警察やら考古学者やらが目を光らせてるから、それができないんだよな。まあ、調べたくとも町が許可しないんだけどな」
あんな外道な風習が今も続いてるような場所……誰がほっとくかよ!
「優一。お前、夕方には日本語学校に行くんだろ? それまでは暇なんか?」
――ドクン。
俺の心臓が高鳴った。大地、どうしてそれを……
そこは香澄が仕事で通っている学校だ。俺は全身の力が抜けていくのがわかった。
「当たりか。そうだよな。いま、香澄が仕事で頑張ってる所だもんな」
大地はアホみたいな笑顔でズバリと言い当てた。
嘘だろ……どうしてわかった? 心臓の高鳴りが激しいせいか、息が苦しい。
「優一は忘れてたかもしれないけど、俺、理工学部所属なんだぜ。俺の卒論のテーマはさ――『電波』に関連したものなんだ。ある日、見たこともない変な電波を見つけてなぁ……しかもそれ、浅浦町の森の辺りをウロウロしてたから辿ってみたんだ」
見たこともない変な電波て……まさか……
「そしたらびっくりだよ。電波は優一の家にたどり着いちゃったってワケ。家さえわかればあとは簡単よ。香澄の仕事先とか、探すのに苦労しなかったぜ。卒業式に迎えに行くって言ったのは正直ハッタリだったんだけど、まさかそれが叶うなんて夢にも思わなかったぜ。やっぱ運命の神様っているんだな」
大地が魔改造ドローンの電波を検知するなんて……
「優一。お前さ、いろんな過去を経験して、オマケに医学部という事もあって、人間の事はよく知ってるみたいだけど……それ以外はサッパリなんだな。安心したぜ。お前も普通の人間なんだなって……」
心臓の高鳴りが激しくなっていく。呼吸が止まりそうだ。
頭の中が真っ白になった俺は、立ち上がり、大地の襟ぐりを掴むと、大地の目を真っ直ぐに睨む。
「あらま、珍しい。いつも澄ましたお前が、そんなに取り乱すなんて。いつかのバレンタインの時以来だわ。優一の意外な一面を見るの」
「大地。もう、俺と香澄の事は忘れろ。頼む……」
「優一は忘れてもいいけど、香澄は無理だな。あ、それに、夕方に香澄を迎えに行っても無駄だぜ。香澄は今日、学校に着いた途端に早退したんだから」
それってどういう事だ!?
もしかして、香澄はもう……不安で心が押しつぶされそうだ。
「大地! 香澄に何をしたんだ!?」
俺は叫んだ。今まで、こんなに声を大にして叫んだ事があっただろうか。
「何したって……香澄は大人しく寝てるぞ。ヨダレ垂らして」
クソ……感情に飲まれるな。冷静に考えろ。
大地は卒業式に出席した。つまり、香澄をどこかに隠してどうにかする時間――大地にはないはずだ。
俺が香澄を送ったのは朝の7時30くらいで、卒業式の受付は10時まで――その間、2時間30分くらいある。時間に余裕があるように見えるが、学校から卒業式会場までの移動やその他諸々を考えると、香澄を捕まえて大人しくさせる事で精いっぱいだ。香澄はまだ無事だと信じたい。
「大地。香澄には手を出さないでくれ。殺るなら俺にしてくれ……」
俺は泣きたい気持ちを必死で堪えながら、大地の目をじっと見る。
「優一を殺ったところで、香澄が悲しむだろうし、あとで俺が捕まるしで、何もいい事ないだろ」
俺は大地の襟から手を離すと、席に座る。
俺は昔を思い出した。この状況、昔……俺が香澄にした事と似ている。桜田へのいじめをやめろと――やるなら香澄を攻撃しろと――香澄にそう言われたが、俺は拒否した。これは、因果応報なのだろうか。それでも……香澄に何かあったら、俺は耐えられない。
大地は笑顔である。その純粋な笑顔が憎たらしい。
「なあ、優一。香澄の事は忘れろって。以前、お前の言ったこと覚えてるか? 『香澄以外にもいい子ならたくさんいる』てな。お前はそこいらのヤツと違って女の子には困らないだろ? ホント、面白いくらいに次から次へとワンサカ出てくるよな」
女に困らない? そんな訳ないだろ。呆れるぐらいに困っている。もう、そっとしておいてくれと声を大にして言いたい。
それに大地もよく知ってるはずだ。他の女が出てきたところで、香澄は1人しかいないって。俺はそれをよく知っているから言った。敢えて。
大地は立ち上がった。相変わらずのアホみたいな笑顔になると――
「じゃあ、お別れだな。優一。どうせ香澄に別れを告げてないんだろうけど、俺と香澄の事は忘れて、元気で過ごせよ」
大地は俺に背を向け、立ち去る。
「待て! 大地!」
俺も立ち上がり、大地を追いかけるが、店員に呼び止められる。クソ! コーヒー代払わないといけない事、すっかりわすれてた!
コーヒー代を支払った俺は喫茶店から出て、周辺を見回すが、既に大地の姿は見当たらなかった。
「クソ……香澄……」
胸が締め付けられる。香澄に何かあったらと思うと……泣きそうだ。
突然、俺のスマホが震えた。金田からだ。
「……もしもし」
「あ、柳木ぃ? 卒業式終わったんだろ? 香澄ちゃん迎えに行ったら、真っ直ぐ『バッハバー』に来いよ。麻由ちゃんも連れてくからさ」
「金田。すまん。今はそれどころではない」
「あれ? どったの? 声が震えてるけど」
「大地に俺の家がバレた。香澄は大地に連れ去られた」
「え? え!? バレたって……どうして!?」
「桜田弟の魔改造ドローンの電波を、大地は検知した」
「嘘だろ!? 桜田弟は普通の機器じゃ、検知できないって……」
「大地は理工学部だ。卒論のテーマが電波に関するものだった。恐らくヤツの持ってた機器がたまたま検知したんだ」
「……柳木。とりあえず、お前の家行くわ。これからどうするか……話そうぜ」
「……」
俺は返事しないまま、電話を切った。




