イチゴのように
――3月中旬、土曜日――
「逃げろ! サマンサ! イチゴの亡霊が俺の体を……ぐあああ!」
「ああ! ジョセフ! なんて事! ジョセフの毛穴からイチゴのツブツブが生えてきたわ!」
「サマンサぁ! もし俺がイチゴになったら、ショートケーキの上に乗せるんだぁぁ!」
「ぎゃああああ!」
……
「ううっ……怖かったわ……ゆうちゃん」
「あのな。新作映画『イチゴの呪いとジョセフ』を見たいと言ってきたのは香澄だぞ。お化けが怖いくせにどうして見に行ったんだ」
「原作の小説を読んだけど、ラストは感動したからどうしても見たかったの……」
「ラストシーンはショートケーキの上でなく、ショートケーキのスポンジに挟まれてたな。切ないラストだ」
俺と香澄は話題の新作ホラー映画『イチゴの呪いとジョセフ』を見終わったところである。
ストーリーを簡単に言うと、ショートケーキの上に乗っているイチゴを食べずに捨ててばかりのジョセフに、イチゴの亡霊が怒り狂い、ジョセフを襲うという――とても怖い映画だ。……といっても、怖がってるのは香澄だけで、俺はちっとも怖くない。しょせん、映画だからな。
――
「ねえ、ゆうちゃん」
「ん?」
俺と香澄は、映画館の近くのファミレスで休憩中だ。香澄がイチゴパフェを一口食べたあと、俺に声をかけた。
「あのね、イチゴの花言葉て知ってる?」
「知らないな。そういうのあまり興味無いからな。そもそもイチゴって花咲くんだな」
毒のある花の花言葉なら知ってるけどな。トリカブトとか、ジギタリスとか……
「ちゃんと咲くわよ。イチゴの花ってとても可愛いのよ。――えーっと……ほら、これよ」
香澄がスマホの画面を俺に向ける。スマホには映っていたのは、一凛の白い花。これがイチゴの花――香澄の言う通り、とても可愛らしく、可憐な見た目である。イチゴの花とか言うから、赤い花を想像していたが、ずいぶんと清楚な雰囲気だ。
香澄はスマホを引っ込めると、笑顔でイチゴをスプーンですくう。
「イチゴの花言葉はね『幸せな家庭』ていうの。由来は、一つの株から何本もツルを伸ばして、たくさんの実をつける姿が仲のいい家族のようだってところからきてるのよ。ホッコリするよね」
「……へえ、イチゴをそんな風に見た事なかったな」
俺はコーヒーを一口飲む。
「ふふ。イチゴを見てそんな風に思う人なんていないわよね。私も花言葉を知るまでは特に何も思わなかったし」
「あ、香澄。アゴに生クリームがついてるぞ」
俺は香澄のアゴについてるクリームを拭うと、香澄は恥ずかしそうにする。
「ありがとう、ゆうちゃん」
「ふん、香澄はいつも手間がかかる」
俺は拭った生クリームを舐めた。生クリームの甘さの中に、イチゴの甘酸っぱさが、ほんのりと感じられる。
イチゴのように仲のいい家庭。それは、俺が子供の頃から思い描いていた家族像。俺はそんな家族に憧れてきた。
共働きでもいいし、家に居なくてもいい。ご飯だって総菜でもレトルトでもカップ麺でも構わない。でも、たまには遊んで欲しい。家族で仲良くおしゃべりしながら、ご飯を食べたい。悪い事をしたら叱って欲しいし、いい事をしたら、目いっぱい褒めて欲しい。俺はそれで良かったのだ。
大学の卒業式まであと数日だ。俺は医学部だから卒業まであと2年あるが、大地はもうすぐ卒業である。青倉も生きていれば……もうすぐ卒業だった。
大学の卒業式の日、大地は香澄を迎えに来ると告げた。しかし、俺はそれをただのハッタリだと考えている。大地が俺の家を完全に特定するにはかなり時間がかかるはずだ。
俺は大地に尾行されないように、今まで気をつけてきた。
探偵を雇おうにしてもお金がかかりすぎるだろうし、何かしらの電波を探ろうにしても容易ではない。
桜田弟の魔改造ドローンから発せられる電波はそこいらの機器では探知できない特殊な電波だと聞いた。探知できる機器はそう簡単に作れないとも。
このまま平穏な日々が続いて欲しい――俺は今までにない不安な気持ちを抱きながら、イチゴを食べる香澄を眺めていた。




