亡霊
「柳木優一? ……あ! アナタは大地兄さんから香澄さんを奪った――盗人ですね!」
「盗人だなんてひどいな。俺は香澄を守っただけなんだが」
俺は満面の笑みで返した。俺はただ守っただけだぞ。愛する人が酷い目に遭わされて黙ってられるか。
「ところで『洋子』て名前に心当たりはないか?」
大地の妹はお盆を地面に置くと、しばらく考えこむ。
「洋子? 洋子……――洋子って、お父さんのお姉さんの名前……叔母さんです」
洋子さんは佐々本家の人間だったのか。……ということは、佐々本兄妹は俺の姉さんの『いとこ』という事か。ややこしくなってきたな。
大地の妹は無表情で淡々とした様子だが、乾いた瞳から憎悪の念が感じられる。
「洋子さんが今、どこにいるのか――知ってるんですか? 町長に教えないといけません」
「町長は洋子さんをどうするつもりだ?」
「貴方には関係ありません」
手足を切り落として閉じ込めるつもりか?
「……残念だが、洋子さんは亡くなったよ。昔にね」
俺はため息まじりに事実を伝えると、大地の妹は、目を大きく開かせる。
「そんな……」
大地の妹は真っ青であった。
洋子さんが亡くなった事に何か不都合でもあるのか?
「洋子さんが亡くなるのがそんなに不都合なのか?」
「洋子さんは忌子です。生まれてから監てきたのですが……ある日突然姿を消しました。生きてようが死んでようが、野放しは非常に危険です。死んだ今も、洋子さんはどこかで暴れてるかもしれませんよ」
「どういう事だ?」
「貴方には関係ありません」
大地の妹の『関係ない』という言葉に背筋が冷えた。これ以上質問すると……俺の身が危険になると思った。
とにかく洋子さんの素性はわかった。
俺は他の質問に切り替える。
「夢に女の人が出てきたと聞いたが、どんな人なんだ?」
「女の人? そうですね……だいぶ歳を重ねた女性でした。その人は言いました。悟くんは今、身近にいる女性を好きになっているって――ここに閉じ込めてしまいなさいって」
俺は深いため息をつく。
「たかが夢だろうが。どうして桜田ではなく、夢を信じる?」
「私も最初はまさかと思いましたよ。でも念のため、他の人に悟くんの近辺を調査してもらったんです。そしたら……名前と大学、学部までズバリと当たりました」
桜田の住んでる場所まで調査に行ったのか? それとも、現地の探偵に頼んだのか? いずれにしてもご苦労な事だな。
「るりちゃん! 高校生の君が彼女をここに連れて来たとは思えない。一体、誰が彼女を……」
真っ青な表情の桜田は、大地の妹に向かって叫んだ。
「悟くん。前にも言いましたよ? 彼女は1人で来て、海帰りの崖から飛び降りたんです。私は嘘を言いません」
桜田は真っ青な表情のまま、無言だった。大地の妹の言うことは、本当なのか? それとも、実行犯を庇っているのか? 証拠が無い今、闇雲に聞いただけでは真実を吐かないだろう。
ひと通り話を終えたと思ったのか、大地の妹が俺に視線を向ける。
「ところで、柳木さんはここへ何しに来たんですか?」
大地の妹は無表情であるが、内心穏やかではないだろう。なんたって外部の人間がこんな所にいるんだから。
「桜田を助けに来た」
俺はニッコリ微笑む。
「助けに? 何言ってるんですか。悟くんはここで死ぬまで私と暮らすんです。誰にも邪魔はさせません」
大地の妹は、バッグから細長いケースを取り出す。そして、さらにケースから……包丁を取り出した。
彼女の中の魔物が顔を出したか。この少女は桜田の事になると、魔物に変わるようだ――が、彼女は顔色一つ変えやしない。大地と同じである。
「アナタの手脚を切り落としてあげます」
大地の妹は無表情でそう言うと、包丁が鈍い光を放つ。
「……それは勘弁して欲しいな」
「柳木くん! 逃げて!! るりちゃんは僕が説得するから!」
「桜田。これでいいんだ。この状況が望ましい」
「え?」
大地の妹は俺に飛びかかり、包丁を俺に向かって振り下ろす――が、俺は彼女の手首を掴む。
「無駄な足掻きはやめてください。先にその目を潰してやりますよ」
「ははは、俺は痛めつけるのは好きだけど、痛めつけられるのは嫌いだ」
「柳木くん! 今はそんな冗談言ってる場合じゃないよ!」
冗談を言ったつもりはないんだが。
「柳木!」
金田の声だ。やっと来たか。そして――
「何をしているんだ! 警察だ! やめなさい!」
警察が大地の妹の体を強引に引き離し、手に持っていた包丁を取り上げる。
そして、妹をうつぶせの状態で押さえつけた。妹の手は腰の後ろに回されていた。
「何するんですか? 離してください。アナタたちの手脚も切り落としてやりますよ」
大地の妹はジタバタと暴れながら、警察に向かって淡々と暴言を吐く。
「佐々本るり! 桜田悟さんの監禁容疑、及び殺害未遂の現行犯で逮捕する!」
「何を言ってるのですか? 私は悟くんと一緒にいたいだけなのに……何がいけないのですか?」
全てだ。全ておかしい。
警察は、2人がかりで暴れる大地の妹に施錠をかける。
「私は柳木さんを殺すつもり、無いですよ? 柳木さんが悟くんを連れて行こうとしたから、手脚を切り落とそうと思っただけですよ。 何がいけないのですか?」
「……詳しくは、署で話しましょうか」
大地の妹よ、これ以上、余計な事を言うな。印象が悪くなるだけだぞ。2人の警官は無言で、ジタバタと暴れる大地の妹を連れ去った。
大地といい、この妹といい、この町の人といい――何かに憑りつかれているとしか思えない。俺はただただ、不気味でしょうがなかった。
……
――3日後――
「兄さん! 無事で良かった」
「カケル! 心配かけてごめん」
大学病院の病室にて、俺と桜田弟と香澄は桜田のお見舞いにやって来た。
兄弟の再会を果たした2人は笑顔だ。兄がいない時の桜田弟は、引き締まった表情だったが、兄の前では無邪気な弟だった。
大地の妹が逮捕されたあと、桜田は入院する事になった。長年、不衛生な所に閉じ込められていたことと、両脚の傷口からウィルスが入っていないかを検査するためである。
翌日には、桜田の両親が病院に来るらしい。数年ぶりの親子の再会だ。嬉しさで泣き崩れるかもしれないな。
「悟くん。久しぶりね。無事で良かったわ」
香澄は桜田の無事を喜んでいる。満面の笑みがそれを表している。
「……柊先生。あの……お久しぶりです。なんだか綺麗になりましたね」
「あら、悟くんてば。いつの間にかお世辞が上手になったのね」
香澄を見た桜田は顔を赤らめる。桜田よ、何故顔を赤くするのだ。桜田には好きな人がいるんじゃなかったのか?
俺がヤキモキしていると、桜田は俺に笑顔を向ける。
「柳木くん。本当にありがとう。僕は両足を失ったけど、ミナトくんの分まで……生きるよ」
「そうだな」
桜田は表情を曇らせた。青倉が亡くなって悲しいのが痛いほど伝わってくる。
「ねえ、ゆうちゃん。そういえば、るりちゃんはどうなったの?」
香澄は不安な表情で俺に尋ねた。
「ああ、俺への殺人未遂で逮捕されたよ。あとは、桜田への傷害と監禁容疑もある。未成年とはいえ、罪は重いだろうな」
「……ご家族は? 町の人たちはどうしてるの?」
「――妹の暴挙について知らなかったとシラを切ってるよ。地下に閉じ込められていたのは桜田1人だけだったし、地下に転がってた白骨死体は最近のモノではないらしいからな」
「そんな……」
「僕が証言できるのは――るりちゃんが僕の脚を切り落とした事と、監禁と――あとは柳木くんを殺そうとした事だけです」
「そうね、そうよね……」
香澄は両手で顔を覆う。香澄はショックだろう。表面は暖かい人たちでも、蓋を開けてみればただの別人である。
「そういえば、桜田の両親は大地の家族に何か言ってなかったか?」
桜田は浅浦町に住んでいたし、大地の幼馴染だ。かつては親同士の交流くらいあっただろう。
「……もう関わりたくないと言ってた。だから、訴訟もしないって」
「それが正解だよ。下手に関わるよりだったら完全に縁を切った方がいいよ」
桜田弟はため息をついた。俺も同じ意見だ。
――
「桜田と弟はこれからどうするつもりだ?」
しばらく雑談したあと、俺は桜田兄弟にこれからの事を質問した。すると、桜田弟は笑顔で――
「兄さんは退院したあと、実家に戻ると言ってるし、僕は海外の大学に戻るさ。やらなきゃいけない課題が溜まってるしね」
「そうか……桜田の退院はいつだ?」
「早くても3日後だって。僕はそれまで兄さんのそばにいる。だから、今日から泊まりはホテルにするよ。これ以上柳木くんたちの邪魔をしては悪いからね」
桜田弟はいたずらっ子のように笑う。弟は兄と違って、やんちゃなのかもしれないな。
……
「それじゃあ、俺たちはそろそろ失礼するよ。長居して、病人の桜田が倒れたら大変だからな」
「そうね。じゃあ悟くん、早く元気になってね」
俺と香澄はそう言い、病室から出ようとすると、桜田が突然――
「あ! 柊先生……に柳木くん」
俺と香澄は桜田に注目する。
「あの……落ち着いたら、今度、車椅子に乗って遊びに来るよ」
「ふふ、待ってるわ」
香澄は笑顔で答えた。俺はただ、うなずいた。




