ありがとう金田くん。
――翌日、朝10時――
「うわぁぁ! 柳木! 蛇がぁ! あそこに蛇がぁぁあ!」
「うるさいぞ! 蛇ぐらいで騒ぐな!」
俺と金田は、桜田弟が俺のスマホに送ってくれた桜田弟自作の地図アプリを頼りに、森の中を歩いている。更にドローンを使って目印をつけてくれたお陰で迷わずに済みそうだ。魔改造ドローンすごいな。
あと、桃園はホテルに置いてきた。アイツはただ観光しに来ただけだからな。連れて来たところでうるさいのがもう1人増えるだけだ。
大地の妹は今日、学校に行っている。大学試験が終わり、卒業式の練習に参加するのだとか。学校は午前で終わるらしいから……今のうちに行動しないといけない。
「桜田弟の地図だと、この辺りのはずだが……」
「どこが怪しいんだよ? 木が生えてるだけの場所にしか見えないぜ?」
「大地の妹がここで何かをしていたらしい」
辺りを見回すと、周囲は木が生えているだけの、一見すると普通の森である。だが、俺の目の前にある一本の木に、目的地を示すマーキングがされている。ここで間違いないはずだが……
「確かここだと思うんだが」
俺は地面に落ちた枯れ葉、更にその下の土を払うと――見覚えのある印が姿を現す。俺は更に土を払うと、丸いマンホールの蓋のような物があった。それは緑色の鉄のような金属で直径120センチから130センチくらいある。
「お、おい……これは蓋か何かか?」
「恐らくな」
俺は蓋のような物の隅にある窪みに指を入れると、蓋を持ち上げた。……何だ? ものすごく軽い。これは鉄ではない。一体どんな金属なんだ? 俺は蓋を取り外すと、底の見えない穴が開いている。また、穴に入れるように木のハシゴがかけられてある。
「柳木って筋力あったか? そんな重そうな蓋、よく片手で持てるな」
「いや。この蓋、すごく軽いぞ」
俺は金田に蓋を手渡すと、金田は『すげぇ!』と声をあげる。
穴を覗いてみると、穴の中は、底が見えないくらいに深いようだ。何の物質でできているかわからない蓋に……深い穴。今までにない未知の世界を覗いているようで、背筋が冷えるな。
この中に桜田がいるのだろうか……? 俺はそんな気持ちを抱きつつ、ハシゴを降りる。すると、金田も慌てて俺のあとを追う。
――
「なあ……本当にここに桜田がいるのか?」
穴の底にたどり着いた俺はライトを点けると、金田は情け無い声で俺に話しかける。
「さあな。桜田弟からは怪しい場所としか聞いてないからな」
「おいおい。勘弁してくれよ……リアルホラーゲームかよ……」
俺はライトを照らしつつ、周辺の構造を確認する。
先が見えない程に真っ直ぐに続いている通路が、前方にある。壁と天井は、マンホールのような蓋と同じ――緑色の鉄のような金属でできている。天井はそれなりに高めだ。身長180くらいの俺でも頭をぶつける事はない。
……まるでゲームの地下迷宮だ。この地下迷宮はいつ、どれくらいの時間をかけて作られたのだろうか?
「とりあえず、行ってみるか」
先に進まなければ、何もわからない。俺は歩を進める。
「あ、ちょ! 待って! 置いてかないで! てゆーか、何でそんな冷静でいられるんだよ!!」
金田が俺の後に続く。
――
「ここは……牢獄か?」
「ひぃやっ! ややややや柳木! ほほほ骨! 骨!」
しばらく歩いていると、格子が連なる場所にたどり着いた。俺は周囲を照らすと、格子の奥に白骨化した死体が横たわっている。死体を見ると、手足がなく、鎖付きの首輪をしている。一体、いつの時代に亡くなったのだろうか……桜田がここに閉じ込められているのであれば、精神が持たないかもしれない。
「ぎゃーーー! 怖いぃぃ! もう帰ろうぜ! ここ、お化け出そうだぞ!」
金田が今までにないくらい、情けない声で泣き叫んだ。金田はお化けが苦手だったのか。
「バカバカしい。お化けはな、出ると思うから出るんだ。だから出ないと思えばいい」
俺はため息まじりで金田に冷たい視線を送った。お化けよりも生きている人間の方が怖いだろうが。
「何だよ、その理屈は! お前の心臓どうなってんの!? 信じられない!」
「――……誰かいるの?」
俺でもない、金田でもない――弱々しい男の声が空間に響いた。この声は……桜田か?
「桜田か? 返事してくれ!」
「え? どうして僕の名前を……それにこの声は……柳木くん? 柳木くんだね!?」
声の主は正真正銘の桜田だった。桜田はここに――数年間もいたのか。
俺は周囲を見回すと、奥の格子から手が伸びているのが見えた。俺と金田は桜田がいると思われる格子へ向かう。
――
「桜田! 無事だったのか!?」
「柳木くん! それに……金田くんも……? どうしてここに?」
格子の中に桜田はいた。久しぶりに見た桜田はやつれていたが、目に光が灯っている。まだ腐っていないようだ。
「桜田ぁ……お前、よくこんなお化けが出そうな場所で――しかも何年もいられるな……マジで尊敬する。俺ならとっくに狂ってるわ…」
桜田と再会した金田は、情けない声で敬意を表した。確かに金田の言う通りだ。よく正気でいられたな。
「あはは。僕もそう思うよ。何故だろう……金田くんに毎日殴られたお陰かな」
「桜田……それは冗談か? マジで言ってんのか?」
「多分マジだよ。僕、あれでメンタル鍛えられた気がするよ。金田くんに感謝しないとね」
「はあ、さいですか……」
青倉に続き、桜田にまで感謝される事になるとは。金田は複雑な気持ちだろうな……
「あの……どうして2人はここに来たの?」
桜田は何も知らない。俺は高校のいじめの真相と桜田弟の事、そして大学入ってからの事を全て話した。
――
「……そうだったんだ。わかったよ、柳木くん」
桜田は穏やかな笑顔だった。いじめについては――穏やかな桜田もさすがに許さないと思ったのだが……
「柊先生は柳木くんや金田くんの心の事もしっかり考えてくれていたみたいだから……僕は柊先生の事を信じていたんだ。それに柳木くんたちは今、こうしてここにいる。先生は間違ってなかったんだね」
桜田は俺が思っていた以上に強い人だったのかもしれない。いや、香澄から影響を受けたのだろうか。
俺は桜田の姿を確認する。桜田は白装束をまとっており、首には鎖付きの首輪が付けられている。ちなみに、両腕はまだあるようだが……ほふく前進のようなポーズをしているのが気になった。
「僕の脚、気になるよね」
俺の視線に気が付いた桜田は、乾いた笑みをこぼす。
「僕の両脚は、ある女の子に切り落とされたんだ。僕が逃げないようにってね」
「その女の子って大地の妹か?」
「もしかして、るりちゃんの事知ってるの? ……うん。るりちゃんがやったんだ」
桜田は悲しげな表情で口を開いた。
◆◆◆
――2年前、春――
「……」
ポストに入っていた1通の手紙。悟は陰鬱な気持ちを抱えながら、手紙を取り出した。手紙の差出人はるりちゃんだ。自分の部屋に戻った僕は手紙を読まずに、ゴミ箱に捨てた。
手紙のやり取りはこの年の2月に終わりたい、と僕から告げた。るりちゃんの手紙は日に日に重くのしかかっていた。僕は限界だった。しかし、るりちゃんは何事も無かったかのように、手紙を送り続けてきた。
るりちゃん……もう僕とるりちゃんの関係は終わったんだ。どうしたら、目を覚ましてくれるんだ?
――ブルルルルル! ブルルルルル……
机に置いていたスマホが鳴り出した。スマホを確認すると、るりちゃんからだ。るりちゃんからの電話は、手紙が届いたタイミングでいつも鳴り出す。手紙を送るのをやめてからは、僕は一度も電話に出なかった。
しかし、……このまま逃げ続けるのはダメだ。はっきり言おう。もうやめてくれと。
僕は電話に出た。
「あ、悟くんですか? お手紙読んでくれましたか?」
「るりちゃん。もう手紙のやり取りは終わったんだ。このまま手紙をもらっても、電話をされても迷惑なんだ。もう僕と関わるのはやめてくれ。お願いだ」
「……どうしてそんな事を言うのですか? 私は悟くんと結婚したいくらい大好きなんですよ? 私の愛情が足りなかったのですか?」
「違うんだよ。僕はるりちゃんの愛情を受け止められるだけの器量がないだけなんだ。だから……」
わかってくれ。僕にはるりちゃんを受け入れる事はできないんだ。わかってくれ……
「……悟くん、好きな人ができたんですか?」
僕はるりちゃんの言葉に嫌な予感がした。るりちゃんの言う通り、僕には同じ大学に好きな女の子がいた。まだ僕の気持ちを伝えていないけど。
「悟くんと同じE大学の応用化学部、学年は一歳下の女の子ですよね?」
るりちゃん!? どうしてそれを……僕の中で恐怖の芽が生えると同時にすごい勢いで大きくなる。
「夢に出てきた女の人が教えてくれたんですよ。でも、その子の事は忘れてください。今、行方不明ですから」
「え!? るりちゃん? その子に何かしたのか!? 教えてくれ!」
声を荒げた僕とは対照的に、るりちゃんは声を一切荒げる事なく、淡々と話す。
「来週のゴールデンウィークに会いましょう。全て教えてあげます」
るりちゃんと会うのか……怖いけど、でも、もし、るりちゃんが恐ろしいことをしたのならば……このままにしてはおけないよ。
「わかったよ。るりちゃん。来週、浅浦町に向かうよ」
――翌週――
大地の実家を訪れた僕は、るりちゃんと大地に会った。大地の話に寄ると、僕の好きな女の子は海帰りの崖から飛び降りたらしい。
どう考えても不自然だ。その子の住んでる場所と浅浦町はかなり距離があるというのに――どうしてその子が海帰りの崖から飛び降りるんだ……
るりちゃん1人が罪を犯しているとは思えない。大人の協力がないと……
夕方。僕は大地の実家の裏の空き地のベンチに1人で座り、カケルに国際電話をかけた。カケルが電話に出ると――
「カケル……ごめん……」
「兄さん? どうしたの?」
「カケル……もし、日本に帰ってきたら……柊先生とミナトくんを守って欲しい」
「守るって……何から?」
「大地から」
「ごめん。兄さんの言っている意味がわからないよ」
「僕の住んでいた浅浦町――僕はるりちゃんの呪いから逃げられないんだ。カケルとは二度と会えないのかもしれない。だから……せめて、僕の憧れの人と友人を守って欲しい」
「兄さん! 何言ってんの? 呪いってどういう事? 今、どこにいるの!?」
「じゃあね。カケル。僕の部屋にるりちゃんから貰った手紙と……古い本を置いておくよ。何かの手がかりにして欲しい。あと、柊先生に会えたら、伝えて。『彼らの本当の姿に気づかなくてごめんなさい』て……」
「兄さん! 待っ……」
――ツー、ツー
僕は空き地の風景をぼんやりと眺めながら、昔の事を思い出した。子供の頃――ここでるりちゃんと絵本の話をしていたな。あの時のるりちゃんの輝いていた瞳が未だに忘れられない。高校の時、崖から落ちそうになった僕を必死で励ましてくれた大地の顔が忘れられない。僕は虚無感に包まれた。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。僕は足音のする方に視線を向けると――黒髪でお下げの女の子が頬を紅く染めながら、ノコギリを持って歩いてくる。
町中で、そんな物騒な物を持ち歩くなんて……
僕は悟った。
僕が昔見つけた古い本の通り、ここは魔物の住む町であったと。
◆◆◆
桜田の話を一通り聞いた優一は、自分のスマホを取り出すと――
「桜田。失礼するよ」
スマホのカメラで桜田の姿を写真に納めた。そして、俺のスマホを金田に差し出す。
「金田。お前はこれを持って、桃園と合流しろ。そしたら、俺のスマホにある写真を警察に提示してここまで連れて来い。あ、俺のスマホロック解除のパスワードは******だから」
「わかった……けど、柳木はどうするんだ? ここにいたら、るりって子が来るだろ?」
「俺はここで大地の妹を待つ」
「お前、正気かよ! 桜田の話聞いてた!?」
「俺は正気だ。それに、妹に聞きたい事があるからな」
俺の言葉に納得したのか、していないのか……金田はため息をつきながら……
「……わかったよ。なるべく早く警察を連れてくるから、待ってろ。桜田も、あと少しの辛抱だから、頑張ってくれよ」
「ありがとう、金田くん」
桜田は素直な笑顔で答えた。
――
俺と桜田は大地の妹が来るまでの間、雑談して時間を過ごしていた。突然、桜田はハッと何かに反応したかのように、暗闇に顔を向ける。
「柳木くん、くるよ。るりちゃんが」
足音が辺りに響く。俺は暗闇の先を凝視する。足音は徐々に大きくなり、そして――
「アナタは誰ですか? 悟くんのお友達?」
洋子さんによく似た少女が暗闇から姿を現す。大地の妹、るりである。大地の妹は、燭台と食事を載せたお盆を持ち、斜めがけの大きなバッグをかけていた。大地の妹は俺を無表情でジッと見つめている。
「俺は柳木優一。桜田の高校時代のクラスメイトだ」
俺は満面の笑みで自己紹介をした。




