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未完の記録

――夜――


「ただいま、ゆうちゃん」


 香澄が帰ってきた。良かった。無事だったのか。優一()は大急ぎで出迎える。

 玄関には、香澄と――桜田の2人が立っていた。


「おかえり。香澄……と桜田」

「柳木くん。お邪魔します」

「ゆうちゃん。あのね、カケルくんがお話したいんだって」


 カケルくんって誰だ? まさか……

 とりあえず、俺たちはリビングに向かった。


――


「――なるほど、お前は桜田悟ではなく、双子の弟の桜田カケルだったのか。どおりで桜田にしては不自然な言動が多いと思った」

「え? そうなの? 私、気づかなかったわ」

「青倉が鉄骨の下敷きになったっていうのに……一番仲の良かった桜田が一番冷静だったからな。普通の桜田なら、一番大泣きしてたはずだ」

「あー、うっかり素が出ちゃった」


 桜田弟が恥ずかしそうに、頭をポリポリかく。


「それで、話って何だ?」


 俺は桜田弟に視線を向けると、桜田弟は険しい表情でテーブルの上に古い本を1冊、ドンと置く。

 俺は古い本を見つめる。


「何だ? このボロい本は……」


「これは、浅浦町に関する記録が記された、武士の日誌のようなものだって。悟兄さんが小さい頃、森へ探検した時に見つけたんだってさ」


 浅浦町は大地の実家のある町だ。

 俺は本をじっと観察すると、本からただならぬオーラを感じる。これ、かなり価値のある代物なんじゃないか? それに、子供が森で探検して見つけたって……今まで誰にも見つからなかったのが不思議だ。


「この本、昔の言葉で書かれていて僕には読めないんだ。悟兄さんはわかる範囲で翻訳したけど――やっぱり、ちゃんと翻訳しないとよくわからないんだ……それで、文学部を卒業した柊先生に翻訳を頼みたい」


 確かに香澄は文学部卒業だから、古文の翻訳はできるかもな。香澄は古い本を手に取り、パラパラとめくる。


「……うん、翻訳できるわ。少し時間をちょうだい」

「ありがとうございます。お願いします」


 桜田弟は頭を深々と下げる。


――


 香澄が翻訳に勤しんでる中、俺と桜田弟は桜田について話をする。


「それで、桜田弟よ。桜田が行方不明というのは……」


「うん――兄さんが浅浦町を出たあとから話していくね」



◆◆◆


――5年前――


 父と母は、僕と兄さんが小さい頃に離婚していて、僕と兄さんは離れ離れになった。兄さんは母親側に、僕は父親側についていった。でも、僕と兄さんは定期的に連絡したり、会って遊んだりしていたんだ。

 兄さんは遠くに引っ越したあとは頻繁に会う事が難しくなって――連絡する事が多くなった。


「兄さん、新しい生活はどう? 慣れた?」

「うん。慣れたよ。カケルは元気?」

「いつも通りだよ。元気だよ」

「それは良かった。あ、そうそう。僕ね、今文通してるんだ」

「へぇ。文通ね……今時、珍しいね。相手は誰?」

「るりちゃんって言うんだ。大地の妹だよ」

「へえ。兄さんの恩人の妹さんか。いつかは会ってみたいな」


 大地の妹のるり……最初は兄さんを自殺未遂から救った人の妹、という事で僕は胸を躍らせた。



――2年前、2月――


「カケル……」


 悟兄さんは月日が流れるにつれて、元気がなくなっていった。この元気のない様子……兄さんがいじめを受けている時と同じ様子だった。この時、僕は海外の大学にいたから、簡単に日本に帰る事はできない。


「兄さん、大丈夫? 声が弱々しいけど……病院に行った方がいいんじゃ……」

「僕は大丈夫だよ……大丈夫……最近、るりちゃんが激しくてね……」


 僕は最初、悟兄さんの言っている意味がわからなかった。今にして思うと――この時、るりは既に暴走していたのかもしれない。



――2年前、春――


「カケル……ごめん……」

「兄さん? どうしたの?」

「もし、カケルが日本に帰ってきたら……柊先生とミナトくんを守って欲しい」

「守るって……何から?」

「……大地から」


 僕は自分の耳を疑ったよ。大地って、兄さんの恩人じゃないか。柊先生とミナトくんを大地から守って欲しいって……


「ごめん。兄さんの言っている意味がわからないよ」

「僕の住んでいた浅浦町――僕はるりちゃんの呪いから逃げられないんだ。カケルとは二度と会えないのかもしれない。だから……せめて、僕の憧れの人と友人を守って欲しい」

「兄さん、何言ってんの? 呪いってどういう事? 今、どこにいるの!?」

「じゃあね。カケル。僕の部屋にるりちゃんから貰った手紙と……古い本を置いておくよ。何かの手がかりにして欲しい」

「兄さん! 待っ……」


 ――ツー、ツー


 それから僕は、何度も兄さんに電話したけど……兄さんが電話に出る事は一度もなかった。

 兄さんの実家に連絡を取ってみると、兄さんは1人でどこかへ行ったきり、帰って来ないそうだ。両親は兄さんの捜索願いを出していたそうだが、兄さんの行方がまったくわからない。


◆◆◆



 呪い? 呪いなんて、この世に存在するのか? 俺は桜田弟の話がとても信じられなかった。

 もしかして、桜田は大地の妹の『愛情』を『呪い』と例えているのだろうか……?


「僕、色々忙しくて、簡単に日本に帰って来れなかったんだけど……――つい最近、やっと日本に帰って来れたんだよ」


 桜田弟は、深いため息をつくと


「日本に帰ったら、まず兄さんの実家に向かったよ。両親はひどく気落ちしていたね。僕は兄さんの行方の手掛かりと思われる手紙と古い本を、兄さんの部屋から見つけて、すぐに柊先生とミナトくんの住むこの街にやってきたのさ」


「桜田の居場所のあたりはついてるのか?」

「ああ。浅浦町のどこかにいるはずだ。今日、大地がうっかり教えてくれたよ。気の狂った妹が悟兄さんをお世話してるってね。反吐が出るよ」


 桜田と同じ見た目と声で、ドギツイ言葉を惜しみなく使う――桜田弟の、大地妹への嫌悪感は相当なものだ。


「そうか。しかし、町のどこにいるんだろうか? 警察の捜索でも見つからなかったんだろ?」

「そうだね。闇雲に探してたら、町の人に怪しまれる。それで、あの本にヒントが隠されてるんじゃないかと思ってるんだ。町の秘密があの本に書いてあるかもってね。だから、なんとしても翻訳してもらいたいんだ」


 あの本を翻訳してどうするのかと思ったら――桜田の居場所を特定するためのヒントが欲しかったのか。

 ひととおり桜田弟の話が終わると、俺は桜田弟に疑問をぶつける。

 

「桜田弟。気になる事があるんだが」


 桜田弟は『何?』と一言つぶやきながら首をかしげる。


「桜田弟は俺の顔と名前を知らないはずだ。どうして俺を見て『柳木くん』てわかったんだ?」

「ああ。それはね、僕は海外の大学に行ってるけど、その裏ではある情報機関で()()()()()してるんだよ。悟兄さんの同級生や友人関係、その他諸々すべて把握しておいたんだ」


 情報機関……ということは、桜田弟はスパイなのか?


「あの、それって機密事項なんじゃ? 俺にホイホイ喋っていいのか……?」

「ん? 柳木くんって、僕と同じ臭いがするからね。心に闇を抱えてるでしょ? 柳木くんなら喋っても問題なさそうかなぁって。あ、でも他言したら……わかってるよね?」


 桜田弟は殺人鬼のような笑みを浮かべた。



――1時間後――


「お待たせ。翻訳が終わったわ」


 香澄が古い本とキャンパスノートを持ってリビングに戻ってきた。


「ありがとうございます。そのキャンパスノートを見せていただけませんか?」


 桜田弟が香澄に向かって、手を差し伸べると――


「待って、佐々本くんの言った事覚えてる?『悟が五体満足でここに来れるはずがない』て言ったのを。翻訳した内容を読んでも……怒らないって約束して」


 俺は香澄の言葉に嫌な予感を感じた。


「……わかりました。平静を保つようにします。お願いします。ノートを見せてください」


 香澄は無言で桜田弟にキャンパスノートを手渡すと、桜田弟はノートを開く。



◆◆◆


 私は『浅浦(あさうら) 宗玄(そうげん)』。かつては将軍家に仕える武士であった。しかし、私は戦から逃れ、とある惣村(そうそん)にたどり着く。しかし、私がたどり着いたその村は魔物の巣窟であった。これはその記録である。


――


 戦で重傷を負い、戦場から遠く離れた海岸まで逃げのびた私は、浜辺へそのまま倒れた。傷が思ったよりもひどく、意識を保つのがやっとであった。私はここで死ぬのだろう――私はそう思いながら、瞼を閉じた。



 ある日、私は目覚めた。私は死んだのか? 体を起こし、あたりを見回すと、とある村の住処のようだ。私はまだ生きている事を実感した。

 次に私は自分の体を確認した。傷は塞がっており、体調も良い。誰かが手当てをしてくれたのか?


 しばらくすると、美しい娘が帰ってきた。娘は私を見るやいなや、微笑んだ。


「ようやくお目覚めでございますか。お加減はいかがでしょう?」


 彼女の名は『ささ』という。私は彼女の美しさに心奪われた。



 月日が流れ、私はささと夫婦になり、5人の子を授かった。私は貧しくも穏やかな生活に幸せを感じていた。



 ある日。私は海辺で食料となる貝を集めていると、崖の上に人が立っているのが見えた。目を凝らしてみると、その人は私の妻であった。一体何をしているのか? 私はその崖へ向かうことにした。


 崖にたどり着いた私は、奇妙な光景を目の当たりにした。妻は、裸の男を崖から捨てているではないか。しかも、男は1人ではない。男をよく見ると、手足や性器が切り落とされていた。

 私はあまりの恐ろしさにその場から逃げた。



「ささよ。お前は今日、崖の上で何をしていた?」


 家族で夕食を食べている時、私は今日の出来事について、妻に尋ねた。愛する妻が男を海に捨てているのは、見ていていい気分ではない。私は妻にそれをやめさせたかった。

 妻は笑顔になり、美しい髪をサラリと垂らしながら、信じられない事を口にした。


「私の愛する殿方たちを海に帰しておりました。彼らは皆、かつて私を愛してくれた殿方たちです。なので、彼らが逃げないよう、手足を切り、縄で繋ぎ、私が懸命にお世話して差し上げているのです。それでも生きる事を諦めた者たちは、海の神の元へ帰します。これがこの村の慣わしなのです」


 妻は私以外にも愛する人がいるのだと言う。私は妻を不気味に思うと同時に、5人の子供たちを見た。この子供たちの中で、私の子供はどれくらいいるのだろうか? いや、もしかしたら1人もいないのでは?

 私はこの日を境に妻を恐ろしく感じるようになった。


 数日後。私は例の崖を調べてみた。見たところ、普通の崖のようだ。妻は一体、手足のない男たちをどこに隠しているのだろうか? 私は崖の背後にある森を調べてみる事にした。



 森をしばらく歩いていると、開かれた場所に出た。そしてそこには大きな穴があった。穴をのぞくと、穴の底には縄に繋がれた男たちや女たちがたくさんいた。その者たちは全員、手足を切り落とされており、裸の者もいれば、麻の着物を着ている者もいた。彼らはまるで家畜のようであった。


 私は木にまきつけられていた縄を見つけると、それを伝い、穴の底へ降りた。

 彼らは私に注視した。彼らの目は獣のように鋭く、鈍い光を放っていた。



「お前はどうしてここにいるのだ?」


 私はある男に話しかけた。その男の目はまだ人間としての誇りがあるように感じられた。


「私はささという女子(おなご)から好意を寄せられ、夫婦になりました。しかし、私は他の女子(おなご)に恋心を抱くようになりました。それを知ったささは激怒し、私を不思議な薬で眠らせました。そして目覚めた時には、この通りです」


「逃げようとは思わないのか? この穴は浅くはないが、深くもない」


 男は表情を曇らせた。


「手足のないこの体では逃げられません。ここにはささ以外の村人から好意を寄せられた者もおります。つまり、村の者全員が魔物なのです。一旦、子供が出来ると、二度と子供を作らせないよう、我々の性器を始末するのです。そして、最後はここで『死』を待つだけです。早く逃げないと、貴方も我々と同じ運命を辿る事になります」


 私が住んでいた村は魔物の住む村だったのだ。私もいずれ、穴の底にいる者どもと同じ運命を辿るのだろう。


 魔物の住処であるこの村から逃げるべきか、もしくは、この村に住む魔物を全て斬るか……選択肢は二つだけである。


◆◆◆



 翻訳はここで終わっていた。この本を書いた者は最後どうなったのだろう。無事に逃げられたのだろうか? それとも……

 桜田弟は、険しい表情を浮かべていた。


「もしかしたら兄さんは手足を……」


 桜田弟はそう言うと、立ち上がる。


「どこに行く?」


 俺は桜田弟に視線を向けた。桜田弟は香澄との約束を忘れたのか?


「浅浦町に行くんだよ! もし、兄さんに何かあったら……何かあったら……僕はるりを絶対に許さない!」

「カケルくん、ダメよ。もし、カケルくんがるりちゃんを手にかけるのなら、カケルくんも罪を負うことになるのよ」


 香澄がキツイ顔で桜田弟を睨む。


 香澄の言う事に圧倒されたのか、我に返った桜田弟はソファに座る。


「……すみません、先生。そうですね……るりを裁くのは僕じゃない」

「桜田は、森の中の大きな穴に隠されているのかもしれないな」


 本に書いてあるような穴が、今も存在するかどうかはわからないが、調べてみる必要があるな。


「そうかもしれないわね――てまさか、ゆうちゃん。自分たちで探しに行くの? 危険だわ」


 香澄のは不安な表情で俺を見つめる。


「先生。悟兄さんの捜索は一度断念されてます。しかも失踪してから結構時間が経っていますし……なので、今度は悟兄さんの居場所を確実に特定しないと、警察は動かないと思いますよ」

「……そうよね」


 香澄は不安な表情のまま、うつむく。香澄の気持ちはわからんでもないが、警察が簡単に動けない以上、自分たちで動かないといけない。それに桜田の安否が心配だ。


「俺が浅浦町に行く」


 桜田弟は驚いた表情で、俺を見る。


「え? 柳木くんが?」

「ああ。まあ、もう一人連れて行くけどな。兄と同じ姿の桜田弟が行くと、何かと不都合だろうし、町の中を自由に回れないだろ」

「確かに」

「ゆうちゃん。私も一緒に……」

「香澄は一度、大地の家族と会っている。香澄を連れて行くわけにはいかないな。俺がいない間、香澄の護衛を桜田弟に任せてもいいか?」

「もちろん」


 桜田弟は笑顔で答えた。


「じゃあ、決まりだ」


 俺はスマホを取り出し、金田に電話をかけた。

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