幻
――翌日――
「まあ、よくいらっしゃいました。ミナトも喜びます」
ミナトくんの実家に到着した香澄と悟くんは、涙目のミナトくんのご両親に迎えられ、座敷へ通される。
そこには、ミナトくんの遺影と遺体の入った棺がある。
ミナトくんは本当に亡くなったんだと実感させられる。同時に涙が自然と零れた。
鉄骨の下敷きになった遺体はあまりにもひどい状態のため、ミナトくんの顔を見る事はできない。
私は遺影に視線を移すと、遺影の中のミナトくんは少年のように純粋な笑顔を浮かべている。この写真はよく覚えている。文芸部で撮ったものだ。私はてっきり野球をしている写真を選ぶのかと思っていた。
「とてもいい顔でしょう? ミナトは野球をしている姿の方が多かったのですが、高校や大学に進学したあとのミナトはそれ以上にとても楽しそうでしたから」
ミナトくんのお母さんが赤い目で遺影を見つめる。
悟くんが私の肩を叩くと、悟くんの視線の先には――目を真っ赤にしたガタイのいい男性が一人、座布団の上で正座をしている。
「あの人確か……プロ野球選手の畠山投手だよ。年齢はミナトくんや僕と同い年だ。――本当はサイン欲しいけど、こんな時に不謹慎だよね……」
悟くんは気まずそうにつぶやいた。
ミナトくんの野球の実力を考えたら、畠山さんのような知り合いがいてもおかしくない。
「悟くんったら。サインは、葬儀が終わったあとに頼んでみてもいいんじゃない?」
私は辺りを見回すと、佐々本くんはまだ来ていないようだ。いずれにせよ、佐々本くんは来る。心の準備をしておかなきゃ。
「先生、来ましたよ。大地が」
私は、悟くんと同じ方向に視線を向ける。
佐々本くんは、驚いた表情で――悟くんを見ていた。
「そんな馬鹿な……悟、お前、どうしてここに?」
佐々本くんの反応はまるで……悟くんがここにいる事が不自然だと言っているようだった。
私は悟くんに視線を向けると、悟くんは穏やかな笑顔を浮かべながら――
「久しぶり。大地。元気だった?」
「あ、ああ……」
佐々本くんは喜ぶどころか、気まずい表情だ。悟くんとの再会は、佐々本くんにとってよほど都合が悪いのだろうか?
――夕方――
ミナトくんの葬儀が終わった私と悟くんは、ミナトくんのご両親に挨拶を終えたあと、家をあとにし、2人でタクシー乗り場に向かう。
あと、帰る前に畠山さんのサインを貰った。こんな時にサインもらうなんて……不謹慎かな。
葬儀の間、佐々本くんは私たちに関わろうとしなかった。佐々本くんと悟くん。2人は仲が良かったのに……一体何が?
しばらく歩いていると、悟くんは引き締まった表情で前方を凝視する。
「先生。心の準備はいいですか? 向こうで大地が待ってますよ」
私も前方を見ると――その先には引き締まった表情の佐々本くんが、夕日を背に立っていた。悟くんがいるのに……どうして……
凍り付いたような緊張感が辺りを漂う。そして、先に口を開いたのは――佐々本くんだ。
「どうしたの? 大地。僕がここにいるのが、そんなにおかしいかい?」
「お前、誰だ? 悟が五体満足でここに来れるはずがない。悟は今、るりが世話をしているはずだ」
え? それってどういう事?
私は、悟くんの顔を確認する。彼はどう見ても桜田悟くんである。でももし、ここにいる悟くんが別人だとすれば……
悟くんにそっくりな彼は微笑む。
「へえ。悟兄さんは監禁されてるんだ。じゃあ、気の狂った妹に伝えてよ。『兄さんを早く返して』って」
悟兄さん? ……ということは、この人は……
悟くんにそっくりな彼は穏やかな顔を私に向ける。
「初めまして。僕は桜田カケル。桜田悟の双子の弟だよ」
悟くんの双子の弟!?
「双子の弟……悟に兄弟がいたのか」
悟くんに弟がいたことは、佐々本くんも知らなかったようだ。
「悟兄さんが消息を絶ったのは一昨年の春ぐらいかなぁ。電話しても繋がらないし、警察に捜索願いを出したけど、見つからない。僕に残されたのは、兄さんの文通相手からの手紙と、謎の古い本だけ」
悟くんは大地の妹るりちゃんと文通していた。るりちゃんは悟くんに恋心を抱いていたのに……そんなるりちゃんが悟くんを……とても信じられない。何かの間違いであって欲しい。
「ところでさ、兄さんは無事なの?」
「さあな、るり次第だ」
佐々本くんが含み笑いで答えると、カケルくんの目は憎悪で満ちる。悟くんはいつも穏やかな印象だったから、悟くんと同じ顔のカケルくんにそんな顔をされると……心が締め付けられる。
「カケルくん、落ち着いて。ここで喧嘩はダメよ」
私の声を聞いたカケルくんは落ち着きを取り戻したようだ。
「……先生。先生からも大地に言いたい事あるんですよね? ハッキリと言ってください」
カケルくんは、私に鋭い視線を送る。
そうだ、私は佐々本くんに言わなきゃいけない事がある。私は気を引き締めた。
「佐々本くん」
佐々本くんは私に笑顔を向ける。
「何だよ、香澄。佐々本くんなんて呼ぶなよ。俺は大地だ」
「佐々本くん。今日は私から直接お別れを言いに来たの。私はゆうちゃんを愛してるの。だから、佐々本くんとは今日限りで終わりよ」
私の別れの言葉を聞いた佐々本くんは――悲痛な表情になる。
「香澄ぃ。どうしてそんな事を言うんだよ。優一を愛してるってどういう事だよ? 優一にそそのかされたのか? そうだろ?」
「違うわ! ゆうちゃんを愛しているのは、私の意志よ! ゆうちゃんは何もしてないわ!」
「……香澄。お前も、悟と同じなんだな。俺を拒否するという事は、香澄も悟と同じ運命を辿る事になるぞ」
佐々本くんがじりじりと私に近づく。
悟くんと同じ運命? 一体、何をされるの? 私の全身が恐怖で満たされる。
「そうはさせないよ。大地。それ以上近づいたら、先生を爆破させちゃうよ?」
……え!! 私はカケルくんの姿を見る。笑顔のカケルくんの片手には、細長いスイッチが……
「お前、脅しのつもりか?」
「試してみる? 先生に指一本でも触れたら――ドカーンだよ。あ、ほら。先生の喪服にちゃんと超々小型爆破装置をセットしてあるから」
カケルくんは、私の喪服の前襟をペロンとめくると……襟の裏に、小さい機械がついていた。カケルくん! いつの間にこんな危ない物を! 全く気付かなかったわ……
佐々本くんはカケルくんをギロリと睨んだあと、屈託のない、純粋な笑顔を私に向ける。
「香澄。大学の卒業式の日――迎えに行くよ。それまでもう一度、自分の気持ちを見つめ直す事だな」
……大学の卒業式の日。佐々本くんは何をするつもりなんだろう?
佐々本くんはそのまま立ち去った。まあ、さすがに爆破は……怖いもんね。
――
「ふぅ。ひとまず――去ってくれたようだね」
カケルくんはスイッチを喪服の背広の中にしまいながら、ため息まじりにつぶやいた。
「ちょっとカケルくん!! いつの間にこんな危ない機械を……」
私は慌ててカケルくんに詰め寄ると――カケルくんは、無表情で『シー』のポーズを取る。
「先生、声が大きいです。安心してください。爆破てのは嘘です。あと、それオモチャですから。――とりあえず、柳木くんの家に戻りましょう。先生と柳木くんにお話したい事があります」
……嘘。……そうよね。オモチャよね。でも、さっきのカケルくんの立ち振る舞い、とても冗談に見えなかったわ……
襟の裏のオモチャを見ると、緑色の小さいランプが細かく光っている。これ、本当にオモチャなの? 私は不安になった。




