ろくでなし族
エロス注意
――2月初旬――
「柳木。最近、楽しそうだな。不穏な笑みが多くなった気がする」
「そうか? いつも通りだが」
時刻は、午後1時。大学は現在、春休み中である。優一と金田は、大学中庭のベンチに座って談笑していた。俺はちゃんと勉強しに来ているのだが、金田は暇なんだろうな。
「柳木。さっきからスマホいじって……何見てんだよ?」
金田は俺のスマホの画面を覗き込むと、『何じゃこりゃー!?』と仰天の声をあげる。
スマホの画面には、大人のオモチャがズラリと並ぶ。
「『何じゃこりゃー』て、見りゃわかるだろ。俺は今、次のネタ探しをしている」
「次のネタて……お前、どんなプレイしてんだよ……」
「そうだな。まずは放置プレイで香澄を大いに不安にさせたあと、少しだけ飴を与えて香澄を安心させる。そして、俺の言葉のムチで香澄を恐怖のどん底に落として、それから……」
「何だよ、その意味不明なプレイは! もっと普通にやれないのかよ!?」
まったく。普通、普通って。普通の基準なんて人によって違うんだから、しょうがないではないか。
「んで? 香澄ちゃんのトラウマ克服計画はどうよ?」
「順調だ。アイマスクと犬耳の効果は絶大だな」
「アイマスクはわかるとして……犬耳は柳木の趣味だろ。ああ、香澄ちゃんが柳木の手によって、あらぬ方向へ汚されていく……」
そんなしょうもない会話をしていると、背の低い男が俺たちにすごい勢いで近づいてくる。
その男は――青倉だ。青倉は、俺と金田の前に立つと……
「柳木! 金田! あのさ、大地が柊先生に何をしたのか……教えてくれ」
今の青倉は、いつもの――鋼のメンタルの持ち主の青倉に戻っている。青倉に何かあったのだろうか?
「いいのかよ? 佐々本の事を知ると、お前……」
金田が念を押した。そう、これは最後の警告だ。
「いいんだ。大地が何をしたか知りたい。桜田がいない以上、俺が大地を支えてやりたいんだ」
話を聞いてもなお、大地のそばにいる、という事か。なるほど。青倉らしい決断だな。俺は、青倉の鋼のメンタルを羨ましく思う。
「わかった。大地が何したか……話そう。心して聞け――」
俺は青倉に、大地の事を話そうとした。その時。
「柳木さん!」
まったく聞き覚えのない女性の声が俺を呼ぶ。俺たちは、声の方に顔を向けると、そこには香澄によく似た女性が立っていた。
「……朝比奈さん? どうしてここに?」
青倉が女性の名前を呟いた。
「あれ? この子……佐々本の彼女じゃね?」
青倉に続き、金田も呟く。今、俺たちの目の前にいる、この朝比奈さんが大地の彼女か。
朝比奈さんは、金田の話の通り――香澄によく似た容姿をしている。朝比奈さんは俺に近づいてくる。
「朝比奈さんとやら。俺に何か?」
「あの、柳木さん……私と連絡先を交換してくれませんか?」
「……は?」
朝比奈さんはおかしな事を言ってきた。どうして俺の連絡先を、大地の彼女である朝比奈さんに教えなければいけないのか。朝比奈さんの意味不明な言動にさすがの俺も困惑する。
「朝比奈さん。大地はどうしたのさ? 別れたの?」
青倉は、朝比奈さんに鋭い視線を向ける。ひょっとして、青倉は朝比奈さんの事を良く思っていないのだろうか。
「別れた。原因は――私が他の人を好きになったから」
朝比奈さんは、弱々しく自信なさげに答えた。
「……朝比奈さんの好きな人ってのは柳木か」
金田の質問に、朝比奈さんはコクっとうなずく。俺は呆れを示すかのように深いため息をつく。そして、俺は大地に同情した。
俺は彼女を一目見たときから知っている。朝比奈さんは香澄ではない。
容姿はよく似ているが、それだけだ。朝比奈さんは朝比奈さん。香澄は香澄だ。
…………
そもそも――大地は、朝比奈さんの事をどう思っていたのだろう? アイツは、俺と同じ女性に惹かれた人間だ。
俺は大地の過去の言葉を思い出す。俺と大地が大学3年の時の――10月半ば。そう、俺が大地に果たし状を突き付けた日。
◆◆◆
『そうだなぁ。最初はさ、香澄の事大嫌いだったんだけど……香澄が悟をいじめから守ってる事を知った時から徐々に惹かれていった』
『好きだと気づいたのは、香澄に引っ叩かれた時だな。その時の香澄の表情を見て俺に雷が落ちたんだ。あ、俺香澄が好きなんだと』
◆◆◆
アイツは俺と同じだ。香澄の本質に触れ、惹かれた。それが今更……容姿が似ているだけで、惹かれる事はあるだろうか?
俺は朝比奈さんの様子を観察する。よく見ると――朝比奈さんは何かに憑りつかているような目をしており、体は小刻みに震えている。唇は、手入れをしていないような状態のようで血色を失っている。
もしかして、朝比奈さんは大地に脅されているのか?
俺は朝比奈さんに、満面の笑みを向けた。
「朝比奈さん。俺の連絡先が知りたいなら――ここで四つん這いになって3回周って、大声でワンって言ってごらん。俺を好きなら出来るだろ?」
「「え!?」」
金田と青倉は、驚きの眼差しを俺に向ける。
朝比奈さんは――躊躇なく四つん這いになり、3回周る。そして大声で
「ワン!! ワン!!」
周囲の視線がとても痛い……これはとてつもなく恥ずかしい。こんな恥ずかしい事を躊躇なくできるという事は――朝比奈さんが背負っている荷物はかなり重いという事か。
朝比奈さんの様子を見てられないと言わんばかりに、青倉は俺を睨むと――
「柳木! 確かに、朝比奈さんは大地を利用して柳木に近づこうと企んでたけど……さすがにやりすぎだろ!」
お怒りの青倉から、衝撃の事実がとんできた。朝比奈さんは大地を利用していたのか……はあ、なんと言っていいものやら。
「……俺が悪かった。朝比奈さん、もういいよ」
俺は朝比奈さんに声をかけると、朝比奈さんは無言で立つ。
「柳木さん……これで、私が本気であること、わかってもらえましたか?」
「ああ、朝比奈さんが本気だって事がよくわかった。それで、朝比奈さんは大地にどんな風に脅されたんだ? 大地から何を頼まれた?」
俺は冷たい視線を朝比奈さんに送ると、朝比奈さんは怯え始めた。
「え? 大地に脅されてるってどういうことだよ?」
青倉の困惑した声が俺の耳に入る。
「あとで話す。今は朝比奈さんの事が先だ」
俺は朝比奈さんから視線を逸らさない。朝比奈さんの表情はどんどん歪んでいく。
「違う……私は脅されてない……」
朝比奈さんの怯えた様子を見て、青倉が朝比奈さんに話す。
「朝比奈さん、正直に話してよ。明らかに怯えてるじゃないか」
朝比奈さんは首を横に振る。へたな事は言えない、という事か。
さっきから気になっていたのだが――朝比奈さんはやたらトートバッグの中に手を入れている。バッグの中に盗聴器でも仕掛けられてるのだろうか。
「朝比奈さん、どんな事情があるにせよ、俺は貴女に連絡先を教えない。もし、大地に脅されてるなら、警察に行け。警察の方が頼りになるぞ」
「イヤ! 警察行ったら……私の事、どこまで調べられるか……」
青倉は小さな声で俺に囁く。
「あのさ、俺、朝比奈さんの事を調べるために、朝比奈さんの友達に彼女の事を聞いたんだ。そしたら、朝比奈さん……不倫してるんじゃないかって……」
不倫……虫唾が走る単語だ。もし、調べられて――相手や相手の奥さんに知られたら、身の破滅だな。それに、相手の家族もどうなるやら……
それにしても、朝比奈さんもろくでなし側の人間か。困ったもんだ。悪い事なんてするもんじゃないな。
「朝比奈さん。警察が嫌なら、自分の身は自分で守る事だ。俺から言えるのは、それだけだ」
俺は朝比奈さんに、当たり障りのない助言を与えた。俺が出来ることはそれしかなかった。
「イヤ! イヤ! 助けて! お願い! 連絡先だけでもいいから教えてよぉぉぉぉ!」
朝比奈さんは俺の脚にしがみついてきた。チッ!
少なくとも、朝比奈さんについては、彼女自身が蒔いた種だ。俺がどうこうできるもんじゃない。
「柳木」
青倉は、朝比奈さんの体を抱き起こすと、俺と目を合わせる。青倉の目から力強さを感じた。
「今の朝比奈さんは、まともに会話できる状態じゃない。だから……次は俺の番だ。大地の事、教えてくれ」
青倉は、俺に『連絡先を教えてやれ』なんて事は一言も言わなかった。青倉なりに何かを感じ取ったのかもしれない。
俺は、青倉に大地と香澄の事を打ち明けた。
――
「そっか……そんな事があったんだ。確かに、大地は独占欲が強いところはあるなとは思ってたけど――それだけ柊先生の事を好きなんだな、くらいにしか思わなかったよ」
話を聞いた青倉は、乾いた笑顔だった。どれほど決意を固くしても、事実を受け入れるのは難しいだろう。
「朝比奈さん。悪いが、少しだけ俺たちから離れてくれないか?」
「え? どうして……?」
「いいから」
俺は朝比奈さんを睨むと、朝比奈さんは怯えながら、俺たちから離れる。彼女は相変わらず、トートバッグに手を入れる仕草をする。
「柳木ぃ、さすがに女の子を睨むのは……」
金田は、憐れみの目で朝比奈さんを見る。俺だって女性を睨むのはいい気分ではない。だが――
「朝比奈さんのカバンに盗聴器でも仕掛けられている可能性があるから、あまり迂闊な事は言えないんだ。だから、離れてもらった」
「柳木。朝比奈さんを睨んでまで……大事な話なのか?」
青倉は、基本的にバカだが、重大な事に関してはかなり鋭い。危険察知みたいなものなんだろうか?
「大地は恐らく――俺の家を探している」
「え? それって……」
金田は何かに気づいたようだ。
「大地は朝比奈さんの事など何とも思ってなかった。大地は今も香澄を愛しているんだ。そして――香澄の居場所が俺の家だというところまで特定されている可能性が高い」
俺は、自分の靴を指さす。金田と青倉は俺の靴に視線を落とすと……金田が声をあげる。
「ちょ、柳木! 靴に何か……小さい発信機が付いてるじゃないか! これって……GPS発信機か?」
俺は靴についたGPS発信器を取る。
「ああ。ちなみに、これはさっき――朝比奈さんに泣きつかれた時に付けられたんだ。さて、どうしたもんか。これを捨てたら、朝比奈さんはタダではすまないだろうし――かと言って、これを付けたままだと俺の家がバレてしまう」
「柳木。朝比奈さんは大地にどう脅されたんだろう?」
青倉の――GPS発信器を眺めるその瞳からもの悲しさが伝わってくる。
「そうだな。それがわかれば――対策はたてやすいが……」
少々荒い方法だが、朝比奈さんのトートバッグに仕掛けられたであろう盗聴器を引きずり出すか。
「朝比奈さん。ここまで来い」
俺は、朝比奈さんを俺の前を横切るルートを通るような場所を指差した。
朝比奈さんが無言で俺に近づいてくる。そして、俺は朝比奈さんに足を引っ掛けた。
「キャ!」
朝比奈さんは盛大に転んだ。同時に朝比奈さんのトートバッグから、小さな機械がコロンと俺の足元まで転がってくる。俺はそれを思い切り踏み潰した。
「柳木さん!なんて事を……」
起き上がった朝比奈さんは悲痛な表情で、俺を見る。
「すまん。これは事故だ。さあ、話してくれ。大地からどんな風に脅されたんだ?」
盗聴器が事故で壊れたおかげで、朝比奈さんはようやく口を開く。
「大地から、私の全身に爆破作用のある液体を少量だけど、注射を打ったって……それで、起爆剤になる注射を打つと、私の体が……」
「え!?」
金田と青倉は仰天する。なるほど、そんな脅しなら……すぐ解決できそうだ。
「朝比奈さん。安心しろ。そんな仕組み、この世には存在しない」
俺の言葉を聞いた朝比奈さんは、目を大きくする。
「正確に言うと、ない事はない。手術で爆破装置を人間体内に組み込み、爆破時に起爆剤となる注射を打つ方法ならある。テロで使われる手法らしいが――何にせよ、そんな芸当、一般家庭育ちで理工学部の大地には不可能だ」
「じゃあ……私の体は大丈夫なのね!?」
先ほどの陰鬱な表情はどこへやら、朝比奈さんは満面の笑顔だ。
「これに懲りたら、人の心を弄ぶ事はやめる事だな」
俺はそう言うと、ついでにGPS発信器も足で踏み潰した。
「……はい」
「なあ、柳木」
金田が俺に話しかける。
「朝比奈さんだけど、まだ安心とは言えないだろ。一旦、俺の家に匿った方がいいかもよ」
金田はとても立派な事を言っているように見えるが――
「朝比奈さんが良ければ、それで構わないが――傷心の朝比奈さんに手を出すつもりなら、やめた方がいいのでは……」
「もし、朝比奈さんがノリノリなら、俺は遠慮しないぜ♡」
はあぁ。金田は相変わらずだ。
俺は青倉に視線を向けると――青倉は、悲しげながらも、怒りに満ち溢れた表情だった。
「青倉。いいか。迂闊に大地に近づくな。大地に何も言うな」
俺の忠告を聞いたのか、聞いていないのか……青倉はまぶたを降ろした。
……
――夜12時――
「香澄。3回周ってワンと鳴け」
俺は自分の部屋のベッドに座り、鎖を手に持っている。
俺の手の中の鎖の先には――犬のような格好をした香澄が、俺の目の前で、床に座っている。
「どうして?」
アイマスクと犬耳と尻尾つきランジェリーが馴染んできた香澄は首をかしげた。香澄の首輪から伸びている鎖がジャラ、と音をたてる。
「これもトラウマ克服のためだ」
「わかったわ」
香澄は笑顔で答えると、四つん這いで周りだす。香澄のわずかしかない胸の一部が、ランジェリーから垣間見える。
「ワン! ワン!」
3回周ったあと、香澄のか細い鳴き声が俺の部屋に響き渡る。
「はい、ダメ。不合格。もう一回」
「え!? 何がいけなかったの?」
「自分で考えろ。何でもかんでも俺に聞くな」
「そんな……」
香澄が困っている。必死で頑張ったのに、容赦なく不合格を突き付ける。この悲壮感と罪悪感に俺の中の魔物が暴れそうだ。
香澄がどう頑張ったところで――結果は不合格だ。
俺は香澄の必死な『3回周ってワン』をただひたすら眺める。
「うう、ゆうちゃん。わからないわ……どうしたら、合格になるのぉ……」
香澄はだいぶ疲れているみたいだな。ここらへんで勘弁してやるか。
「わかった。香澄。俺が合格の秘訣を教えてやろう」
俺は小さい楕円形の機械を取り出し、スイッチを入れる。『それ』はブィーと細かい振動を刻む。俺は『それ』を香澄の頬に当てると、香澄は『ひゃ!』と反応する。
「これを入れて、やってごらん。俺が手伝ってやる」
俺は香澄の耳元で囁いた。




