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爆発しろ。

 俺は金田一郎(かねだいちろう)。H大学2年。柳木優一(やなぎゆういち)とは、高校時代からの友人である。アイツは昔からムカつくんだよな。俺よりも頭いいし、俺よりも見た目いいし、背も高い。そして、柳木病院の院長の息子ときた。腹立つわ。


――10月31日、金曜日――


 時刻は夜9時30分。『バッハバー』を出た金田()たちは、バーの前で立ち話をしていた。

 宮嶋さんの友人は先に帰ってしまった。あーあ、連絡先聞けなかったな……残念。俺は少し不機嫌だった。


「なぁ、柳木に香澄ちゃん。2件目行く?」


 俺は不機嫌な気持ちを抑えながら、柳木に近寄る。


「俺はさっさと帰る。もういいだろ」


「金田くん。私も……」


 ……でしょうね。そもそも柳木はこんな飲みに参加したくなかったしな。今日はここで帰してやるとしますか。香澄ちゃんと一緒にね。


「OK。じゃあ、また来週な。柳木」


 俺は柳木の肩を叩くと、柳木は涼しい顔で『ふん』と言う。相変わらず……ムカつくくらいに済ました男だこと。俺は更に柳木に顔を近づけ、ささやく。


「なあ。宮嶋さんに香澄ちゃんの事言った方がよくね? ありゃあ、簡単に引き下がるようには見えないぜ。佐々本に彼女ができたんだから、もうコソコソ隠す必要もねーだろ」


「……そうだな。俺も同じ事を考えていた」


 柳木と意見が一致した。


「わかった。あとは俺にまかせておけ。柳木はさっさと帰って香澄ちゃんとイチャイチャしてろ。それに今日、麻由ちゃんがここに来たのは――偶然じゃないんだぜ」


「金田、お前が桃園を呼んだのか?」


「そ。麻由ちゃんたちが来たおかげで、柳木も安心してお酒飲めただろ? 俺に感謝しろ」


「金田。宮嶋さんをどうやって引き下がらせるつもりだ? 香澄の事を話しても本当に退くかどうか……」


「柳木の暴言でも引き下がらないんだから――方法を変えるしかないだろ。そこは柳木の陰湿で最低最悪な性格をよく知る俺が説得した方がいいかもな」


 俺はそう言うと、柳木から離れた。


「柳木くん」


 おいでなすった。俺は宮嶋さんを見る。酒で勢いづいた宮嶋さんの表情は、艶のある女の顔だ。こりゃあ、柳木の家に一緒に行くつもりだな。


「はーい。宮嶋さんは俺たちと一緒に2件目に行きましょーね」


「え!?」


 俺に腕を強引に掴まれた宮嶋さんは、驚きの表情で俺を見る。それに続いて、麻由ちゃんも宮嶋さんの空いている方の腕を強引に掴む。


「そうですよぉ。宮嶋さんも行きましょうよ♡」


「ちょっと! 離しなさいよ! 私は……柳木くんと……」


 俺と麻由ちゃんは宮嶋さんを強引に引っ張り、柳木たちから離れた。



「香澄。帰ろうか」

「う、うん……」


 柳木たちは俺たちに背を向け、家に向かった。



――


「ちょっと! アナタたち、どういうつもりよ!! 離しなさい!」


 柳木たちから程よく離れた俺と麻由ちゃんは、宮嶋さんから手を離す。


「アナタたちも知ってるでしょ!? 私が柳木くんの事好きだって」


「えー? でもぉ、柳木センパイ、迷惑そうでしたよぉ? 宮嶋さんって、男にしがみつくようなみっともない女じゃないと思ってましたぁ」


 宮嶋さんが麻由ちゃんを睨みつける。


「そんなの、私の勝手じゃない! 桃園さんはすぐ別れたくせに、偉そうに言わないで欲しいわね」


「柳木センパイ、性格は陰湿でサイアクですよぉ? あんなクソ男……アタシには釣り合いませーん♡」


「あー! ストーップ! 麻由ちゃんも宮嶋さんも落ち着けって」


 俺は麻由ちゃんと宮嶋さんの中に割って入る。やれやれ。女の喧嘩を止めるのは大変だ。


「宮嶋さん。柳木はやめとけって。アイツは幼い頃から一途に想い続けてる(ひと)がいるんだから。どう頑張っても……浮気相手止まりだよ」


「え? 想い続けて……? 何よ、それ。初めて聞いたわ」


 宮嶋さんは悲痛な表情で俺に詰め寄る。柳木にそんな人がいるなんて、宮嶋さんは夢にも思わなかっただろうな。アイツは自分自身の事、ほっとんど話さないからな。


「宮嶋さんはぁ、柳木センパイの事、どれだけ知ってるんですかぁ?」


 麻由ちゃんは満面の笑みを浮かべながら、宮嶋さんに質問した。あ、俺も同じ質問しようと思ってたのに……


「それは……柳木病院の院長の息子で――でも、お父さまは犯罪に手を染めて、捕まった。あとは、両親はほとんど家にいないって……だから、私が柳木くんの寂しさを紛らわしてあげたい……そう思ってるわ」


 そうだな。でも――それはあくまでも柳木の表面だ。


「宮嶋さん。香澄ちゃんの言った事覚えてる? あれが柳木の全てだよ。宮嶋さんは柳木の表面しか見えてないんだよ」


「そんな事ないわ! 私には、柳木くんの寂しさをわかっているつもりよ。昔の彼はいつも寂しそうにしていたわ……」


 宮嶋さんは全っ然わかってない。柳木は安心して『おやすみ』と言える人が欲しいんだよ。そう、温かい家族ってヤツだ。寂しさを紛らわすだけの女はいらんのよ。


「ブハッ! 親の愛情をまともに受けないで育ったアイツが、子供の頃から受けた仕打ちを……女の愛情だけで消す事なんざできるかよ! 思い上がりも甚だしいね」


 俺は思いっきり笑い飛ばした。宮嶋さんの言う寂しさが如何に薄っぺらいかをわからせるために。

 宮嶋さんは目を大きく開かせ、俺を見る。そして、しばらく固まった。


「……柊先生は、柳木くんの何?」


「詳しくは知らないけど、柳木のお姉さんの友人だってさ」


「そうだったの……最近、柳木くんの表情が柔らかくなったのは、柊先生のお陰なのね……」


 宮嶋さんは、何かを悟ったような表情でうつむいた。やっと諦めてくれたか。


 ふん。柳木は死ぬまで香澄ちゃんとイチャイチャしてればいいんだよ。香澄ちゃんを取られた時の柳木ってばさ、色んな女に手ぇ出しまくって……俺のお気に入りの女の子もアイツに寄っていくんだから。あ、段々腹立ってきたわ。クソ! 柳木なんか、香澄ちゃんと共に爆発しろ!


――


 時刻は夜の10時。家に戻ってきた優一()と香澄は、リビングでくつろぎながら、テレビを見ている。


 俺はふと、色々考えていた。


 母さんはしばらくの間、病院に泊まり込みだ。日曜日に戻ってくるとは聞いたが……

 あと、金田はうまくやってくれるだろうか。アイツはなんだかんだ言って、うまくやる男だ。心配はいらないか。


「ゆうちゃん、今日は早く寝る? 少しとはいえ、お酒入ってるもんね」


 香澄が俺に話しかける。


「……あ、ああ。そうだな。シャワー浴びて、早く寝るかな……」


 俺は歯切れの悪い返事をした。


 どうしよう……香澄に触れたい。酒が入っているのもあり、俺はそんな気持ちで一杯だ。それに、先週のキスをキッカケに、俺の香澄に触れたい気持ちが日に日に増している。

 大地の変態行為はさておいて――香澄は基本的に男に触れられた事がない。だから、香澄の気持ちを無下にしたくない。あと、途中で鼻血出して天に召されても困る。


「あ、ゆうちゃん。私ね、おやすみなさいのキスしてみたいわ。ずっと憧れていたの」


 香澄! 何故、今、そんな事を言うんだ! おやすみなさいのキスなんかしたら……俺の全てが爆発するわ!


「香澄。おやすみなさいのキスは明日にしよう。俺、酒臭いから」


 俺は冷静を装いながらそう言うと、香澄は俺に笑顔を向ける。


「うん、わかった。おやすみなさい」


 ホッ。良かった……安堵した俺は笑顔を香澄に向ける。


「おやすみ」


 『おやすみ』のやり取りに安らぎを感じながら、俺は浴室へ向かった。


――


――♪♬♩♪♪


 時刻は、深夜12時頃。香澄()がリビングのソファで本を読んでいると、着信音がリビング中に鳴り響く。こんな時間に誰だろう? 私はスマホを確認する。発信先は――桃園さんからだ。


「もしもし」

「やっほー♡ 柊先生。柳木センパイとあっつーい夜を過ごせたんですかぁ?」

「へ!?」


 桃園さん!? いきなり何てことを……桃園さんが突然おかしな事を言うから、全身が熱くなる。


「柳木センパイ、お酒飲んだんでしょ? センパイ、ムラムラーってしてたんじゃないですかぁ?」

「ゆうちゃんなら早く寝たわ」

「はあああ!? 信じらんない!! 早く寝るとかあり得ないんですけどぉ!」


 信じらんないと言われても……


「柳木センパイ、完全に気を遣ってるじゃないですか! ここはセンセイから誘わないとダメですよ!」


「わ、私から!? そんな、どうやって……」


 先週のキス以降、ゆうちゃんが妙にソワソワしていたのは気付いていた。でも、ゆうちゃんから誘われた事は一度もない。私があまりにもこういう事に耐性が無いから――桃園さんの言う通り、ゆうちゃんは私に気を遣っていると思う。


「麻由ちゃん、俺に変わって。あ、香澄ちゃん?」


 電話の先から金田くんの声。もしかして、桃園さんと金田くんはまだ飲んでいるのかしら。


「柳木から聞いたぞ。香澄ちゃん、ディープキスだけで鼻血出して倒れたんだって?」


「えーと……それは……」


「麻由ちゃんの言う通り、とりあえず、香澄ちゃんから誘いなよ。最初は鼻血まみれでキツイかもしれないけど、徐々に耐性ついてくと思うぜ? な?」


 『な?』て言われてもなぁ……うう……

 なんだか顔が熱い。


「そうだな。まず最初に柳木に思いっきりガバーって抱きついてみろよ。そのあとは……上目遣いで『私を抱いて♡』とでも言っとけ。さすがの柳木も抑えられなくなるだろ」


 ひえ! 私からゆうちゃんにガバーって抱きつくの? 出来るかな……いけない、心臓がバクバクしてきたわ……


「じゃ、頑張ってね。香澄ちゃん。来週の柳木を楽しみにしてるぜ」


 金田くんはそう言い残すと、電話がプツッと切れた。

 どうしよう……私からガバーって抱きついて『抱いて♡』て言って――ゆうちゃんに変な女だと思われないかしら……私はしばらくの間、バクバクした心臓を抑えるのに必死だった。



「香澄、まだ起きてたのか」


 寝ぼけた表情のゆうちゃんがリビングに入ってくる。


「うん……どうしたの?」


「喉が乾いたから、水飲みに来た」


 ゆうちゃんはキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、トクトクと音を立ててコップに注ぎ込む。


 私は、水をゴクゴクと飲むゆうちゃんを眺めながら、桃園さんと金田くんの話を思い出す。ゆうちゃんは、私に気を遣っている。私から誘わないと、キスから先に進めない。

 恥ずかしいわ……


 ううん、恥ずかしがってはダメ! ここは私からいかないと……意を決した私は、ゆうちゃんに近づく。



「香澄? どうした?」


 軽くすすいだコップを戻し終え、私の気配を察知したゆうちゃんは、私に体の正面に向ける。


「ゆうちゃん!」


 私はゆうちゃんにガバーっと抱きついた。


「……え?」


 ゆうちゃんはきっと驚いている。私は顔をあげ、ゆうちゃんに視線を合わせる。


「私を抱いて!」


「……」


 ゆうちゃんは冷静な表情で私を見つめていた。



「香澄。桃園と金田から何か変な事言われたか? さっき、電話してただろ」


「え!?」


 桃園さんと金田くんから電話があったこと、ゆうちゃんにバレてる!! あ、なんだか急に恥ずかしくなってきた……私は、ゆうちゃんの胸に顔をうずめる。

 ゆうちゃんはため息をついたあと、私の頭をクシャクシャとなで始めた。


「まったく――香澄に余計な事ばかり吹き込みやがって。アイツらの言う事なんか、聞き流していいんだからな」


「でも……ゆうちゃん……」


 私は顔をあげると、ゆうちゃんは、なでていた手で私の鼻を軽くつまむ。


「ぶえ!」


 急に鼻をつままれた私は変な声をあげてしまった。


「ディープキスで香澄が鼻血出さずに昇天しない事。まずはそこからだろ」


 ゆうちゃんはニッコリ笑う。そうね……まずはそこから克服しないと。何も焦る必要はないのだ。

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