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加害者と被害者

――10月31日、金曜日――


「やーなぎ」


 講義と実験を全て終えた俺は、大学の医学研究施設の自動ドアから外に出ると、金田が待ってましたと言わんばかりに近寄ってきた。


「なあ、今日さ、バーで飲みに行かね? 2人で。柳木の恋敵の様子の報告もしたいしな」


「……まあ、いいだろう」


 金田と2人なら、いいか。


「柳木くん」


 俺の背後から聞き覚えのある声が俺を呼ぶ。俺と金田は声の方向を向く。


 声の主は……宮嶋さんだ。宮嶋さんは悩ましげな足取りで俺に近づいてくる。


「今日の夜はお暇かしら? 良かったら、2人きりで飲みに行きたいわ」


「断る」


 俺は笑顔で即答した。ここ最近、宮嶋さんからのアプローチが加速しているような気がする。頼むからいい加減、諦めろ!


「お姉さん、ごめんなー。柳木は今日、俺と飲む約束してんだ。柳木を誘うならまた今度な?」


 今度も無いわ! 金田め!


「じゃあ、私の友達も呼ぶから、4人で飲みに行くのはどう?」


「だから俺は……」


 俺がそう言いかけると――


「ええ!? お姉さんのお友達って可愛い? 俺、彼女いないんで、いい人呼んでください!」


 金田……


「そうねぇ。OLの23歳だけど、いいかしら?」


「うんうん! 俺、年上でもOKですよぉ! 働いてる女性大好き!」


 金田は目を輝かせながら頷く。


「じゃあ、今日の夜7時、『バッハバー』集合でいいかしら?」


 『バッハバー』は飲み屋街にあるバーである。


「はい! 絶対に柳木連れて行きます!」


 俺と金田は宮嶋さんの後ろ姿を見送る。


「金田! キサマ! 何考えてんだ! 俺はあの女とは関わりたくない!!」


 俺は金田を睨みながら、彼の襟ぐりを掴む。


「別にいーじゃん。お前は香澄ちゃんがいるからいいかもしれないけど、俺は今寂しい想いしてんのよ?」


「だったら、今すぐ連絡先教えてもらえば良かっただろ」


「あの宮嶋さん、て人。柳木に惚れてるように見えるぜ。素直に教えてもらえるとは思えないね」


 俺は金田の襟ぐりを離すと、深いため息をついた。


「はあ。宮嶋さんにはさっさと諦めて欲しいんだが。昔、俺に恋愛感情がないとか言ってたくせに……どうして今更……」


「二股すれば? 柳木の得意技だろ?」


 金田はニヤついた表情で俺を見る。


「金田。撲殺と毒殺どっちがいい?」


 俺は金田に冷たい視線を注ぎ込む。


「冗談だよ、冗談! 香澄ちゃんと付き合ってるの、大学で喋ってないんだろ? 話せば?」


「大地が大学に在籍している間は、うかつに話したくないな」


「まあ、そうだよな。あ、そうそう。柳木の恋敵の話をしたいんだけど」


 金田は何かを思い出したかのように、表情をハッとさせる。

 そうだ。金田がここに来るという事は――大地に何か変化があったのだろう。


「まだ時間あるし、ひと気のない場所に行くか」



――


 俺と金田は食堂で話をする事にした。夕方の食堂はひと気が少ない。俺と金田は、4人掛けのテーブルに向かい合って座る。


「最近、佐々本が女の子と2人で歩いているのをよく見かけるんだ。ひょっとして、新しい彼女ができたかもよ」


「新しい彼女?」


 そりゃあ香澄と別れたんだ。大地に新しい彼女ができるのは不思議ではない。ないはず、だが……


「そ。あまり近づけないから、顔はよく見えなかったが――後ろ姿は香澄ちゃんに何となく似てたな。体ちっちゃくて、髪は少し長めで……全体的にほんわかして頼りない感じ? っていうの?」


 大地は香澄の影を求めているのかもしれない。やはり簡単に忘れられるものではない。


「その子といる時の大地の様子はどうだ?」


「遠目でしか見てないけど……楽しそうにしてたぜ」


「そうか」


 本当に香澄を諦めた、と考えていいのだろうか。大地と香澄が離れてから時間は過ぎた。大地に新しい彼女ができた。ここまで聞いておいて、俺はまだウダウダと考え込んでしまう。ただの心配性なのか、神経質なのか……


「あれ? 柳木じゃん。ここで何してんの?」


 誰かが俺を呼ぶ。この声は……


「青倉」


 青倉ミナト。彼は大地の同級生で、大地とは今も仲が良い。俺は金田に視線を向けると――金田はばつが悪そうに、青倉から視線を逸らそうとしている。

 金田は青倉の足を折り、青倉の野球人生を終わらせた張本人だ。


「ん? 柳木の友達か?」


 青倉は、金田に視線を合わせようとするが、金田は青倉から必死で顔を逸らす。


「……どこかで会った事ある?」


「……青倉、すまなかったな」


 金田は苦い表情を浮かべ、小声で青倉に謝罪の言葉を述べる。


「俺を知ってんの? 誰だっけ?」


「……俺は金田だ」


「金田? 俺の知ってる金田って……陰湿で隠キャでおまけに卑怯者だったぞ。こんなに爽やかで陽キャで雰囲気イケメンじゃなかったぞ」


 青倉の金田に対するディスりっぷり、すごいな。

 金田はカバンから伊達メガネを取り出し、装着した。


「ほら! これで思い出したか!」


「あ、ああー! お前は金田! イメチェンしたのか!?」


 青倉は金田の伊達メガネでようやく認識できたらしい。


――


「金田。お前、少年院で反省したんだろ? なら、俺はお前のやった事にとやかく言うつもりはないぜ」


 青倉は俺の隣の席に座ると、金田に目を合わせながらひょうひょうと語る。


「それに俺、お前に感謝してるぜ。後腐れなく野球辞められたんだからな」


「はあ?」


「いやね、俺、本当は雑誌の編集者になりたかったの。なのにさ、周りは野球選手になれだの、才能がもったいないだの、何だの……うっとうしかったんだよ」


「さ、さいですか……」


 青倉に感謝されている事を知った金田は、ボーゼンと青倉を見つめていた。青倉の鋼メンタルは伊達じゃないな。


「でも金田。謝るんなら、俺じゃなくて……桜田だろ?」


 金田は全身をビクッとさせる。

 桜田は、俺の指示を受けた金田たちからいじめを受け、不登校になった。そして、遠くの高校へ転校して行った。

 青倉は知らない。桜田のいじめの首謀者を。


「青倉。桜田とは連絡してるのか?」


 俺は青倉に質問する。


「俺と大地も大学3年になってしばらくしてから、全然連絡取れてないんだ。今、どこで何してるかはわからないな」


「そうか」


 青倉は大地の友人だ。俺たちの側に入るとは限らない。それに、青倉を巻き込むワケにはいかない。


俺は意を決した。


「青倉。桜田のいじめはな、俺が金田に指示を出したんだ」


「柳木! それは……」


「……柳木が?」


 青倉は驚きの眼差しで俺をただ、見つめていた。

 これで青倉は俺を軽蔑するだろうか。俺に関わる事をやめるだろうか。

 青倉は考え込む。そして、思いっきり頭を掻きむしった。


「だーーーー! もう、何が何だか意味わかんねぇよ! 考えるのはやめた!」


 青倉は俺を真っ直ぐに睨みながら


「柳木。ひとつだけ教えろ。何故、桜田をいじめようと思ったんだ?」


 青倉の質問はストレートで核心に触れるものだった。


「桜田は香澄に近すぎたからだ」


 俺は作り笑顔で、正直に答えた。


「柊先生に? どういう事?」


「俺は香澄が幸せそうにしてるのがイヤだった。だから、桜田をいじめて、香澄を苦しめるのが当時の俺の喜びだった。それだけだ」


 青倉はゲンナリした表情で更に質問をする。


「……大地は知ってんのか?」


「ああ。大地は全て知っている」


 青倉はため息をつくと、独り言を呟いた。


「桜田は大地の友達だ。大地は全てを知った上で柳木とつるんでいた」


「まあ、そうだな」


「大地から柳木の事情は大体聞いてる。柳木の家は昔、家庭環境が良くなかったって……」


 青倉はしばらく黙り込んだ。そして……


「まあ、いいや。今、桜田はいないし――桜田の事はひとまず置いておく。俺、柳木に聞きたい事があったんだよ。大地について」


 青倉は真剣な眼差しだった。


「大地について?」


 青倉は、俺よりも大地と一緒にいるのに、俺に何を聞きたいと言うのか?


「柳木は――大地が柊先生と別れた事は知ってる?」


「……ああ、知ってる」


「どうして別れたか――何か知らない? 大地に理由を聞いても……『さあな』とか『知らね』の一点張りなんだよ」


 青倉は憂鬱な表情でため息をつく。


「別れたと聞いて……正直ショックだったよ。だって、大地は高校2年の時……桜田の不登校をキッカケに先生を好きになって、文芸部入って……卒業式にようやく実が結んだだろ。そこから先、コツコツ2人の仲を育んでいったっていうのにさ……」


 青倉は大地と香澄のこれまでのことを語る。青倉の様子を見ると、2人の仲を応援していたようだ。


 だが、困ったな。青倉は大地の高校時代からの友達だ。別れた理由を聞いても、簡単に信じてくれるかどうか……どう言えばいいものか。


「青倉」


 俺が考えている間、金田が青倉に話しかけた。


「青倉は佐々本の友達だろ? 佐々本の事、どんなヤツだと思う?」


 金田は一体何を考えているのだろうか? 金田の質問と、大地と香澄が別れた理由は何の関係もないはずだが……


「そうだな、アイツはいいヤツだぞ。桜田が不登校になった時も、桜田の家に毎日行ってたし、文芸部入った後は副部長になって、部長の俺をしっかり支えてたし」


「佐々本に欠点は無いか? いいヤツなんてそこら中にたくさんいる。俺からすると、桜田のいじめを身を挺して止めた青倉は超が何個もつくほどいいヤツだ」


 金田の言葉に青倉は……何かふと、思いついたような顔をする。


「そういえば……今思うと……あれは大地の欠点だったのかな」


 青倉はあごに手を当てる。


「何だ? 何でもいいから教えてくれ」


「まあ、大した話じゃないと思うけど……大地、たまに独占欲が強い時があるんだよな。それと、思い込みが激しくて、言い出したら聞かないところとか……」


 金田はニヤリと笑った。


「へぇ。何かエピソードを教えて」


「例えばだけど……」



◆◆◆


――大学1年、7月――


「なあ、大地! 夏休みさ、高校の同級生で集まってキャンプしようぜ! 柊先生も呼びなよ!」


「香澄ちゃんは呼ばない。俺だけ行く」


「何で? 別にいーじゃん!」


「ダメだ! 香澄ちゃんに惚れるヤローがいたらどうすんだ! そんな事になったら、絶対に許さん!」


「大地……いくら何でもそれは考えすぎでは……それに柊先生だよ? 大地以外で今更柊先生に惚れるヤツいんの?」


「いーや! いつどこで誰かが香澄ちゃんに胸キュンするかわかわからないぞ。とにかくダメなものはダメ! 俺だけキャンプに行く!」


「はあ……まあ、しょうがないや」


◆◆◆



「なあ、青倉。ここまできたら、もう大体予想つくんじゃない? 佐々本と香澄ちゃんが別れた原因」


 金田は笑顔で頬杖をつく。

 青倉自身に大地の欠点を認識させると説得力が増す。これなら、青倉は――2人が別れた理由に納得できるかもしれないな。


 青倉は、うーん、と唸る。


「すまん、さっぱりわからん」


「なんでわかんないんだよ! 別れた原因の一つは佐々本の独占欲だ!」


 金田は青倉に怒鳴りつけた。

 青倉は基本的にバカだ。天性の運動神経と引き換えにオツムが弱い。大学に入学できたのが不思議である。


「大地の独占欲か……なあ、柳木。大地は一体……何をしたんだ? 教えてくれよ」


「これ以上は言えないな」


「どうして!?」


「青倉。これ先の話は大地の闇に触れる事になる。そうなると、今までのように……大地との付き合いができなくなるぞ。それが嫌なら、もう俺に関わるな。今の話は全部忘れろ」


「柳木」


 青倉は――これ以上の話に触れる勇気が無かったか、何も聞かなかった。

 桜田のいじめを果敢に止めた青倉でさえ――いや、青倉だからこそ、付き合いの長い友人の闇に触れるのは、怖いのかもしれない。

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