不良ゆうちゃんと悪友
俺は柳木優一。大学4年だ。
俺と香澄は恋人の関係になった。だから、俺は恋人らしい事をしたかったのだが……現実は甘くなかった。
――10月24日、木曜日――
「ただいま」
「おかえり、ゆうちゃん」
大学から戻った俺を香澄が俺を出迎える。
香澄の新しい住み先は――俺の実家だ。
おじさんの葬式が終わった後、香澄はおじさんの遺言通り実家を売り、新しいアパートを借りる予定だった。そこで、母さんから『香澄ちゃん。月子の部屋が余ってるから、家に来なさいな。人数多い方が安心よ』と提案され、香澄はしぶしぶ了承した、という経緯だ。
ちなみに、香澄は11月から学校に復帰する予定だ。復帰先の学校は、香澄が勤務していた高校と同学校法人が運営する、日本語学校である。香澄の事情を考慮した上での事だ。
「香澄」
「なあに? ゆうちゃん」
「そろそろ、近所のおばさん感覚でゆうちゃんって呼ぶのやめてくれ。俺は優一て名前なんだから、優一と呼んでくれ」
俺がそう言うと、香澄は頬を紅く染める。
「え? だって、小さい頃からゆうちゃんって呼んでたし、今更……ゆうい……ふぅ!」
香澄はゆでだこのように顔を真っ赤にする。
「いい加減、恥じらいを捨てろ。あと、いつになったら、まともにキスできるんだ? こないだもキスしようとしたら『キスはまだ!』て言われるし」
「ファーストキスは……ロマンチックな場所でしたいわ。小さい頃お父さんに言われたのよ。ファーストキスはロマンチックな場所でしなさいって。そしたら、その男女は末永く幸せになれるって……」
少女漫画好きのおじさんは香澄にとんでもない置き土産を置いて逝ってしまった。香澄は鉄の箱入り娘だ。
ロマンチックな場所って……どこだ? 無理にキスしようと思えばできるが……記念すべきファーストキスがそれでは、香澄が可哀想か。キスですらこの様子だ。その先の展開になったら一体どうなる?
キスはひとまず置いておこう。まずは俺の呼び名だ。大地は躊躇なく『大地』と呼ぶのに、俺はいつまで経っても『ゆうちゃん』だ。なんか腹立つ。
「あ、ゆうちゃん。今日の晩ごはん、お惣菜買ってあるよ。あと、ご飯は炊いてあるから」
俺は香澄の話を無視して自分の部屋に向かう。
「……ゆうちゃん? どうしたの?」
「俺は『優一』だ。ご飯はいらん」
「ゆうちゃん……」
俺は決めた。香澄が俺を『優一』と呼ぶまで、無視すると。大人げないって? ふん、なんとでも言え。
自分の部屋に戻った俺は、勉強を始めた。
――次の日――
朝の9時。俺が玄関で靴を履いていると
「ゆうちゃん、大学行くの? いってらっしゃい」
香澄が俺を見送りにくる。
「……」
俺は香澄に顔を合わさないまま、何も言わずに家を出た。
香澄め。さっさと俺を名前で呼べばいいのに。いつまで『ゆうちゃん』と呼ぶつもりだ。
俺は自転車に乗り、大学に向かった。
――
「こんな時間まで勉強?」
夕方の6時。大学の図書館にて1人で勉強をしていると、1人の女性が俺の隣に座る。俺はその女性に視線だけを向ける。
「宮嶋さんか」
彼女は宮嶋 アリス。医学部5年。俺より一つ年上だ。見た目は、とても大人っぽく、豊満な体つきのせいか色気に満ち溢れている。色気のない香澄と大違いだ。
彼女との関係は……その……言いにくいが、元セフレである。香澄には言ってないが、俺には体だけの関係を持つ女性がいた。お互いに恋愛感情はない。
しかし、俺が大学3年の頃――大学に復帰した際、彼女との関係は終わった。俺が終わらせた。
香澄は、俺と桂木さんがラブホに入っただけで『不良だー!』と言って気を失うくらいだ。こんな事を知ったら、とんでもない不良だと思われて、1週間くらい意識がなくなるに違いない。
「ねえ、柳木くん。私、アナタの事が忘れられないの。ねえ、また昔のような関係に戻れないかしら?」
宮嶋さんはそう言うと、彼女の唇が俺の顔に近づいてくる――俺はとっさに、彼女のおでこにデコピンした。もちろん、手加減して。
「……! な、何するのよ!?」
彼女は俺から顔を離すと、手で口を隠す。
「すまない。汚いものが俺に近づいてきたからつい……」
俺は作り笑顔で答えた。
「き、きたな……!?」
「そ。だから、もう俺に近づくな」
「柳木くん……どうしても戻れないの? 私はアナタの事、好きになってしまったのに……」
「お互い恋愛感情なしの体だけの関係だけで、うまくいってたのになぁ……どういう心境の変化が?」
俺は作り笑顔を保ったまま、質問した。
「そうね。最初は恋愛感情は無かったわ。でも……アナタとの関係が終わってから、他の人と付き合ったけど、結局――アナタ以上の人と巡り合う事は出来なかった。それからだんだん、アナタへの思いが強くなっていったのよ」
俺よりダメな人間なんてそうそういないぞ。
「その付き合ったっていう人の方が俺なんかよりもいい男だよ。それに俺は宮嶋さんの事、好きじゃない。だから諦めて」
「じゃあ、最後に今夜、私と飲んでくれる? そしたら……諦めるわ」
明らかに俺を誘っている。とりあえず一晩過ごせば、俺とよりをよりを戻せる――そんなところか。
「それ以外は?」
「無いわね」
困ったな。どうしたら俺を嫌いになってくれるのか……
ブスに興味ない、とか言ってみるか? 別にブスではないが。はっきり言って、香澄の方がブスだ。
もしくは……香澄の事を話すか。
俺は香澄の存在を大学では話していない。何故なら、もし、大地がこの事を聞いたら、何されるか……俺はいいとして、香澄に何かあったら大変だ。
「宮嶋さん。俺、ブスに興味ないよ」
とりあえず、俺はそう言った。
――10月25日、土曜日――
俺はこの日、高校の友人に会いに行く予定だ。昼食を食べた俺は、リビングを出て、玄関に向かう。
「あの……ゅぅぃ、ち……くん」
俺の背後から、香澄の声が聞こえた。まるで背後霊に話しかけられたような感じがする。
俺は後ろを振り返ると
「聞こえなかった。もう一回。あと『くん』は余計だ」
香澄は顔を真っ赤にする。
「ゆういち! 今日は何時に帰ってくるの!?」
言葉の端々にヤケクソ感が伝わるが、ようやく名前で呼んでくれたか。
「夕方に戻る」
「夕方に戻るのね? 良かった。いってらっしゃい、ゆうちゃん」
「ゆうちゃん?」
俺は香澄を睨む。
「ごめんね……ゆういち!」
香澄の口から、たどたどしく放たれる俺の名前。まあ、長年ゆうちゃんて呼んでたから、最初はこんなもんでいいか。
「じゃあ、いってくるよ」
――
俺は町にある漫画喫茶へと足を運んだ。
受付を終わらせ、俺が真っ先に向かった場所は――漫画喫茶に内接しているダーツの個室部屋だ。俺はある個室部屋に入ると、1人の男がダーツをして遊んでいた。
その男は俺の存在に気付くと
「柳木ぃ、遅いぞ」
「待たせたな、金田」
その友人は――高校からの付き合いのあった金田である。名前は金田 一郎。
金田は程よく筋肉のついた体つきをしており、身長は175センチ程度。髪は明るく染めており、更にゆるいパーマをかけている。顔立ちはタレ目がちで、陶器のようになめらかな白い肌をしている。まるで女のような男だ。
金田は高校2年の頃、青倉の足を折ったのを機に少年院送りになったが、出所後は2年遅れで高校を卒業し、俺と同じ大学に入学した。少年院送りになったヤツが進学できるのか? と思われるだろうが――最近は、そういう生徒でも復学できるように学校側のサポートが充実している。もちろん、ソイツがちゃんと更生している事が前提ではあるが。
高校生の頃の金田は伊達メガネに短髪黒髪と表面上は真面目な見た目をしていたため、かつて青倉を怪我させたヤツだと気づく人は少ない。
ちなみに、父親から学費は払ってもらっているようだが……完全に見放された状態らしい。大学を卒業したら、親子の縁を切られるかもしれないな。
「そんで、柳木。俺に何か用?」
カウントアップを2ゲーム程やり終えた後、俺と金田は個室部屋に設置されているソファに離れて座る。
俺はスマホでとある画像を表示し、それを金田に差し出す。
「ん? この男――お前の恋敵じゃん。確か、俺と同じ学部の……」
「理工学部4年、佐々本大地だ。そいつが妙な動きをしないか……見ていて欲しいんだ。なかなかのクセモノだ」
「はあ、柳木の恋敵の男をチェックしなきゃいけないのかよ……まあ、いっか」
金田は少し寂しそうな表情でスマホを見つめた後、俺にスマホを返す。
「柳木の父親の事があって以来、お前のキツい話――全然聞かなくなったから、ついに柳木にも平和が訪れたのかと思ったけど……まだ何かあるのかよ」
金田はグラスの水を一気に飲む。
「ソイツで最後だと思う」
「それならいいけどな。あ、そういえば……香澄ちゃんとは最近どうよ? お前の長年の片思いが成就したんだろ?」
金田はニヤニヤしながら、俺に顔を近づける。
俺は香澄の存在は明かしてないが、例外として金田と桃園には打ち明けた。金田は意外に口が固い。桃園も……基本的には口は固い。
2年前、桃園が大地に俺の存在をバラしたのは、大地や香澄の事を心配していたからだ。根は悪い女ではない。
「……香澄は鉄の箱入り娘だ。まだキスすらしてない」
「なーんだ、まだキスしてないのかよ。ま、早く鉄の箱から出せるといいな」
金田は俺の気持ちを知っている。
俺から話した訳ではなく、途中で気づいた、というところだ。
◆◆◆
――高校卒業式の日の夕方――
香澄の心が大地に持っていかれたと思った俺は、失意の中、家に向かっていた。
「柳木、卒業おめでとう」
俺の背後から声が聞こえた。
後ろを振り返ると、金田が立っていた。金田は少年院から出てきたばかりだ。
「何だ、金田か。もしかして、俺を刺しに来たか?」
俺は、金田を散々に利用した。金田は俺に恨みを持ってるだろうな。別にここで刺されても構わない。今の俺には何も無い。
「……そうだな。香澄ちゃんが面会に来なければ、俺はお前を刺したかもな。まったく、香澄ちゃんもご苦労なこった。俺の両親ですら面会に来なかったのにな」
金田はニヤリと笑いながら、俺に近づいてくる。
香澄め。余計なことを……金田と一体何を話した?
「香澄ちゃんから頼まれたんだよ。俺が出所したら、柳木をよろしくってな。柳木の一番の理解者は、柳木と同じ境遇にいる俺だとさ」
「チッ」
俺は舌打ちした後、金田に背を向け、歩き出す。
「……あーあ。香澄ちゃんよう、柳木は思っていたよりも重傷みたいだな」
金田は俺の横に並ぶようについてくる。
「柳木。お前何でそんな落ち込んでんだ?」
落ち込んでる? そんな風に見えるのか?
「あ、もしかして香澄ちゃんに振られた?」
な!? 金田は俺の心がわかるのか!?
「あれ? 図星?」
俺は金田に視線を向けた。
「お前……何故わかったんだ……俺、香澄の事、誰にも言ってないぞ」
金田は驚く。
「え!? 柳木が下の名前を呼び捨て!? 柳木、香澄ちゃんとデキてたの?」
そう。俺は基本的に苗字で呼ぶ。下の名前を呼ぶのは、香澄だけだった。
「いや。香澄は姉さんの友達だっただけだ」
「なーんだ。そういう事か。いやな、柳木ってあんだけ女の子から告白されたのに、誰とも付き合わなかったじゃん。幼馴染のような人に片思いしてるか、男が好きか……どっちかだと思ってたんだよ」
「……男が好きなワケないだろ」
「だよなあ。それとな……ほら、俺が青倉の足を折った事件があっただろ? その直後、お前に事件のことを話したじゃん? そん時のお前、俺を殺したそうな顔になってたぜ。俺、それで気づいたんだよ。『あ、コイツ……香澄ちゃんが好きなのか』てな」
よくもまあ、そんなにベラベラと。
それにしても知らなかった……俺、そんな顔してたのか……
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