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十字架と愛の芽生え

◆◆◆


――昨日、深夜11時58分――


 大学を終えた大地がいきなり香澄()の家に遊びに来たの。平日にも関わらず。

 次の日からしばらく実家に帰るから、ギリギリまでそばにいたいと言われた。


 私は内心、落ち着かなかった。何故なら、12時以降ゆうちゃんから連絡がくるからだ。連絡しているところを見られたら大変だ。私は何とか大地から離れたかった。


「私、コンビニ行ってくるわ。なんかお腹が空いちゃって」


「ああ、俺が行ってくる。香澄は家で待ってな。何が食べたい?」


「えーとね、フライドチキンとプリンに、チューハイ」


「食いしん坊だな。了解」


 大地はあどけなく笑う。

 良かった。これでゆうちゃんから連絡がきてもバレない。コンビニへ行くと、10分は戻らないはず。そして大地はコンビニへ出かけた。


 ――スマホから着信のバイブが鳴り出す。ゆうちゃんからだ。


「もしもし」


「香澄。明日11時、俺の家に来れそうか?」


「大丈夫よ。あの、ゆうちゃん。実はね、今日、大地が私の家に来てるの。今、大地はコンビニに行ってるけど、すぐ戻ってくるかも」


「あ、それはすまんかった。そうだよな、香澄から俺に連絡できないから……どうしようもなかったか。じゃあ、切るから」


「ごめんなさい」


 ゆうちゃんからの通話が切れた。大地にバレなくて済んだと思い、私はホッと一息ついた。


「――香澄」


 まさか……私は声のする方に視線を向けた。そこには――大地がいた。大地は、無表情で私をじっと見つめていた。


「大地……どうしたの?」


「財布忘れたから戻ってきたんだ。ところで――優一と電話してたのか? 俺に隠れて」


 大地は私に向かい合うように座ると、私からスマホを取り上げた。


「……ゆうちゃんには相談に乗ってもらってたのよ」


「何の相談?」


 大地が泣きそうな表情で私を見る。大地はひどく傷ついたのだろう。

 大地に隠れてゆうちゃんと電話していたのは事実だから。


「最近、大地の様子がおかしかったら……ゆうちゃんに最近の大地について聞いたの。でも、ゆうちゃんは『大地はいつも通り』だって」


「俺の何がおかしいんだ? 俺はいつも通りだよ」


「ううん。大地は遊園地に行った日から――少しずつ変わってきてる。私は昔の、友達思いで優しかった大地に戻ってきて欲しいだけなの……お願い……」


 私は大地の目を真っ直ぐに見つめながら、訴えた。私の願い、大地に届いたのだろうか? それとも……


「香澄。今後はお仕置きが必要だな」


 大地は表情を険しくさせる。その表情から、怒りと悲しみが伝わってきた。

 私は大地の顔を無言で見つめた。私の願いはもう届かないのだろうか。それにお仕置きって……一体、何をされるの? 想像できない。


「今回、優一と連絡を取り合っていたのは目をつぶるさ。俺も過去に桃園さんと浮気してたし……香澄だけがお仕置きを受けるのは理不尽だろ? だから、今後は優一に会うな。連絡も取るな」


 大地は険しい表情を和らげるようにして、笑顔を取り戻す。その顔はいつもの犬のようなあどけない笑顔だ。


「ゆうちゃんは私にとって弟みたいなものよ。それに、ゆうちゃんは大地と一緒にいると、楽しそうにしているわ。何もそこまでしなくても……」


 私は大地の要求を素直に飲み込めなかった。そう、ゆうちゃんは弟みたいなもの。月子ちゃんの弟よ。大地もそれを十分に知っているはずなのに……


「香澄さ、優一の気持ちに気づいてない? 優一、香澄の事を愛してるんだ。ずっとな」


 大地の言葉に、私は一瞬だけ時間が止まった。


「だから会うのも、連絡するのもだめだ。もし、破ったら……俺、香澄にお仕置きするし、優一にも何するかわからないよ?」


 私は、背筋がヒヤっと凍った。そんな、私のせいで……ゆうちゃんまで危険な目に……


「わかった。ゆうちゃんにはもう会わない。連絡もしないわ。だから……」


 私は大地から視線を逸らさず、ゆうちゃんに会わない事を誓った。


「約束だぞ」


 大地は穏やかに笑った。


◆◆◆



 『優一()』は、頭を抱え込んだ。

 大地め……俺の気持ちを香澄にバラしおって……香澄には黙っておくつもりだったのに……絶対許さん!

 でも、香澄は暴力を受けたわけではないようだ。ひとまず安心した。


「ゆうちゃん」


 香澄はこれ以上にないくらいに優しい声で俺の名前を呼ぶ。

 俺は頭をあげ、香澄を見る。香澄は穏やかな表情だった。


「これで私とゆうちゃんの――仮の姉弟関係は終わり。これからは、元生徒の柳木くんになるの。だから、もうここには来ないで。私への連絡もいらないわ。柳木くんも私の事、柊先生、て呼んでちょうだい」


 柳木くん。香澄にとって、俺は大勢の元生徒の中の1人になるという事だ――心が締め付けられる。


「……香澄。気づいてるか?」


 俺は『先生』と呼びたくなかった。香澄を憎んでいたあの頃を思い出してしまうから。

 香澄は俺に助けを求めない。それどころか、俺を守ろうとしている。

 ……香澄。この後、香澄は確実に大地からお仕置きを受けるんだぞ。わかってるのか?

 俺は香澄に、ある事実を伝える。


「香澄の部屋に、隠しカメラが設置されている事を」


 俺が香澄の部屋を確認している間、いくつかの隠しカメラを見つけた。大地が実家に帰っている間、香澄を監視するために設置したのだろう。だから、香澄が罰を受けるのは確実だ。香澄。頼むから、俺に助けを求めろ。


 香澄はクスっと笑う。


「もちろんよ。お仕置きを受けるのは怖いけど、覚悟の上よ。それよりも、柳木くんに何かあったら困るわ」


 香澄は大地の言う事をちゃんと守ったじゃないか。俺が強引に部屋に入ったせいで、香澄が罰を受けるんだぞ。


「大地の事なら心配しないで。柳木くんには手を出さないように、必死でお願いするわ。だから、柳木くんは柳木くんのやりたい事をやって欲しいわ」


 やめろよ。そんな事言うなよ。


「柳木くん。私が先生になったのは……月子ちゃんのような生徒を1人でも多く守りたいからよ。現実は甘くないけど……」


 そんな事言われなくても想像できる。香澄は姉さんを守れなかった悲しさから先生を目指した。


 香澄のくせに! 本当は頼りなくて臆病者のくせに! 香澄はいつもこうだ! 自分の事よりも生徒や他人の事ばかり! 自分が姉さんを守れなかった、十字架をたった1人で背負い込んで無茶ばかりしやがる! それが今の香澄だ! どうしてだよ!? どうして……


 俺の中に住み着いている黒い感情――魔物が湧いてくる――が、それを止めたのは香澄の一言だった。


「月子ちゃんはゆうちゃんに幸せになって欲しいの。だから、私は月子ちゃんの意志を守りたい」


 俺はふと、姉さんの遺言を思い出す。


『優一を愛する人がいつか現れるって。それまで生きることを諦めないで』


 更に、姉さんが亡くなったあとの香澄の言葉を思い出す。


『私がゆうちゃんのお姉ちゃんになりたいのは、私の意志よ』


 お姉ちゃん――香澄は今、弟の俺を守りたいのか……


 思い出した。


 俺の、香澄への特別な感情が、ほのかに芽生えたのは……この時だ。


 香澄が姉さんを裏切ったと思い込んだ感情と香澄への憎しみと香澄への愛情がぐちゃぐちゃに混ざってしまって、長い間忘れていた。


 俺は立ち上がった。


「どうしたの?」


 香澄は不思議そうな表情で俺を見るが、俺はお構いなしにある場所へ向かう。

 それは隠しカメラの設置してある場所。玄関ボックスの……隙間。他にもたくさん仕掛けられているのを確認したが、俺は玄関ボックスの下の隠しカメラだけをを取り出した。隠しカメラは、俺の手のひらにすっぽり収まるサイズだ。


 ……


 俺は取り出した隠しカメラをリビングのテーブルに置くと、香澄と向かい合うように座る。


「……俺も人の事言えないが、大地もやってる事は陰湿ストーカーだな」

「どうして? そんな事したら、ゆうちゃんまで……」


 香澄は悲痛な表情を浮かべる。俺は香澄の表情を無視するかのように、笑顔で話す。


「勘違いするなよ、香澄。俺の姉さんは――柳木月子だけだ。香澄は違う」


 香澄は無言で俺を真っ直ぐに見つめる。不安そうに。


「それに、大地から聞いただろ? 俺は香澄を愛してるんだ。姉さんの代わりとしてではなくて、香澄自身をだ」


 俺は香澄に自分の気持ちを伝えた。香澄が背負ってるもの――俺も一緒に背負ってやるさ。


 俺は、去年の10月に大地に果し状を突きつけた。

 そして今、俺は大地の仕掛けた隠しカメラをはずした。録画は今も続いている。これは俺から大地へのメッセージだ。


 俺は大地(お前)の歪んだ愛情を認めない。

 高校の卒業式の……大地(お前)のプロポーズも認めない!


「ゆうちゃん。そんな……」


 俺の気持ちを直接聞いた香澄は視線を落とした。香澄は今、複雑な気持ちだろう。別にいい。香澄の大地への気持ちを簡単に変えられるとは考えていない。


「大地はいつ帰ってくる予定だ?」


 俺は大地の予定を確認する。明日帰って来たら大変だからな。


「3日後よ。GW(ゴールデンウィーク)の最終日の夕方の電車で戻るって聞いたわ」


 最終日か。普通なら、真っ先に自分の家に帰るかもしれないが、ひょっとしたら――香澄の家に寄るかもしれないな。


「そうか。じゃあ3日後の朝、また香澄のアパートに来るから」


 香澄の部屋は危険だ。かといって、下手に動いて大地に気づかれても困る。だからギリギリのタイミングで、香澄を安全な場所へ移動させないと。


「でも……」


「俺は隠しカメラを無理やり外した。そして、俺は香澄に告白した。香澄が必死に大地にお願いしたところで――俺もただでは済まないだろうな」


 俺はクスっと笑う。


「じゃあ、俺は帰るよ。もし大地から連絡がきたら――今日は大人しくしてたとでも言っておけ」


「うん……じゃあ、また……」


 香澄は不安そうだ。本当はそばにいてやりたいが、香澄はまだ大地を好きだろうし、困るだろう。今日は大人しく引き下がるか。

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