表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/114

硬い絆ほど簡単に崩れる

食事中の方注意。

えげつない表現注意。

――5月初旬、GW最終日――


 時間は午前10時。俺は香澄のアパートにたどり着いた。

 今日は俺は父さんの車を借りて来た。気分が悪くなるから、今まで乗りたくなかったが――仕方ない。


 俺は香澄の部屋のインターフォンを鳴らした。


「ゆうちゃん?」


 香澄の声だ。今日は素直に反応した。


「ああ、俺だ。入れてくれ」


 香澄の部屋のドアが開くと、更に様子のおかしくなった香澄が姿を現した。

 いつも瑞々しかった唇はカサカサに乾いており、顔色は死人のように真っ青だった。ヨレヨレのTシャツにジャージを着ており、髪は寝癖が少しだけついている。


「具合でも悪いのか?」


「私は大丈夫よ……あがって」


 大丈夫そうには見えないが……俺はとりあえず、香澄の部屋に入ると、リビングの床に座り込んだ。

 香澄は、あらかじめ用意していたであろう、俺と香澄の分のお茶をテーブルに置く。そして、香澄は自分のベッドに座り、話し始めた。


「ゆうちゃん。昨日の朝、大地がここに来たの」


 まさか、俺がここに来たのがバレたのか?


「私に会うために、予定よりも早く帰ってきたのよ」


 予定より早く帰る……その可能性は考えてはいたが――実家をすぐ離れる事はないだろうと考えていた。俺の考えが甘すぎた。俺が最初に香澄の部屋に来た時に、香澄を部屋から出せば良かった。


「大地は、私の部屋に来た後、すぐに隠しカメラの映像を確認して……ゆうちゃんがここに来た事、ゆうちゃんが隠しカメラを取った事、ゆうちゃんが私に言った事――大地は全て知ってしまった」


 香澄の声は弱々しくなっていく。



◆◆◆


「香澄。また俺を裏切ったんだな」


 大地は悲しそうな表情で私を真っ直ぐに見つめる。


「大地。私は裏切ってないわ。私はずっと……大地が好きよ。私は、昔の大地に戻ってきて欲しいだけよ」


「俺を好き? じゃあ、なんで優一を香澄の部屋に入れたの? 優一と話してんの? 優一に告白されてんの?」


「大地。ゆうちゃんは……私の大切な人、月子ちゃんの弟よ。大地も悟くんや、紗英さん、るりちゃん、お兄さん……大切な人たちでしょ?」


「香澄。俺にとって優一は違う。悟やるりと一緒にするなよ」


 大地は表情を険しくさせる。私は大地の表情を見て、恐怖を覚えた。


「香澄。俺は傷ついたぞ。言ったよな? 次はお仕置きするって」


 大地はそう言うと、大きな旅行バッグから、一本の大きな瓶取り出した。中には……ある物体が入っていた。


「これってまさか……」


 私は口を押さえた。


「香澄。今日はこれを俺だと思って食べろ」


 大地は屈託のない笑顔で瓶を私に突き出した。

 嘘……! 大地がこんな事を……


「香澄。最後のチャンスをやる。明日、優一がここに来るんだろ? アイツに別れを告げて来い」


 ゆうちゃん……


 私は瓶の中身を1日かけて、食べきった。それを一口入れるたびに嘔吐しかけたけど、何とか堪えた。


「香澄。偉かったぞ。愛してるよ」


◆◆◆



「……」


 何が最後のチャンスだ。愛してるだ。

 俺のしたことは、全て俺が勝手にやった事だし、香澄は大地を裏切ってない。

 香澄の話を聞いた俺は、大地に対する嫌悪感で心を支配していた。


「ゆうちゃん」


 香澄は笑顔で俺を呼ぶ。俺を不安にさせまいと必死なのが伝わってくる。そして、笑顔を崩さずにつぶやく。


「もう昔の大地には戻らないのかな……」


 香澄の目から大粒の涙が溢れる。


「ごめんね……私、もうどうしていいか……わからなくて……」


 香澄は頼りなくて臆病だが、弱音を吐く人ではない。香澄は大地を信じていた。しかし――今、その心はボロボロだ。


 俺は立ち上がった。


「香澄。もう少しだけ頑張れるか? 数日分の着替えと貴重品をキャリーケースに入れたら、それを持って外へ出てくれ。後はここを出てから話そう」


 ここには隠しカメラがあるから、迂闊な事は話せない。香澄は弱々しく頷く。


――


 俺は香澄の部屋の外で待っていると、部屋のドアが開く。


「お待たせ」


 香澄が大きなキャリーケースを片手にドアから顔を出す。身だしなみは綺麗に整っていた。


「キャリーケース、俺が持つよ」


 俺はキャリーケースを香澄から受け取ると、歩き出す。香澄は俺の後ろをついて行く。



「香澄の車はここに置いていく。大地が香澄の車に発信器をつけている可能性があるからな。大地は一人暮らしの大学生だから、機械をホイホイ買えるほどのお金があるとは思えないが、念のためだ」


「わかったわ」


 ちなみに、俺が香澄の車につけた発信器は外しておいた。


 俺は大地が今日ここに来たかの痕跡を確認したが――見つからなかった。良かった。


 俺と香澄は父さんの車に乗り、シーベルトを閉める。


「ゆうちゃん、これからどこに行くの?」


「そうだな、まずは病院だ。香澄の食べた物は……細菌感染を引き起こす可能性があるし、最悪死ぬ事もある。とりあえず検査した方がいい。そのあとは、俺の家に避難だ。俺の家なら、大地に知られてないから、ひとまず安心だ」


「もう、大地とは終わりなのね」


 香澄は悲しそうだ。大地が大学に入学した時から、築き上げてきた2人の絆。それが、こんなにもあっさりと脆く崩れるとはな。人生ってわからないな。


 俺は父さんの車のエンジンをかけ、香澄のアパートから離れた。



――月曜日、夕方――


 大学近くの喫茶店。俺は一人でコーヒーを飲みながら、本を読んでいる。俺はここで大地が来るのを待っていた。

 俺は先ほど、大地にメッセージを送った。『お前は香澄とはもう会えない』とな。


 ――カラン、と客の訪れを知らせる音が聞こえる。

 来たか。


「優一」


 大地が俺に近づいてくる。


「大地。待ってたぞ。まあ、座れ」


 俺は笑顔で大地を歓迎する。

 大地は鬼のように恐ろしい形相だ。こりゃ、かなり怒ってるな。まったく、怒りたいのは俺なんだが。

 大地は俺に向か合うようにして、無言で座る。


「大地。要件だけを伝える」


「……」


「大地。お前はプロポーズが本物である事を証明できなかった。お前の愛情は歪んでる。だから、香澄との関係は今日限りで終わりだ。香澄とは二度と会うな」


 大地は俺を睨む。鬼になったこの男は、俺を殴りたいかもしれない。まあ、殴りたければ殴るといい。


「優一。俺の愛情が歪んでるってどういうことだよ? それに……香澄は今どこにいるんだ?」


 俺は笑顔を崩さない。大地は俺を睨み続ける。


「俺が香澄の居場所を教えるワケないだろ。それに大地、自分の過去を振り返ってみろ」


「過去?」


「大地は今まで、香澄の気持ちを考えた事はあるか?」


「あるに決まってるだろ。俺は香澄が喜ぶ事を常に考えてるし」


「いいや。今までの大地や香澄の話を聞く限りだと――ないね」


「何だと!?」


「大地。お前は自分の愛情を香澄に一方的に押し付けるだけで、香澄がどんな気持ちでいたか、一度も考えてない。しかもだ。お前の愛情は段々と歪んでいって、ついに香澄を傷つけた」


 大地は俺を真っ直ぐに睨む。

 俺の話は通じない、という事か。香澄の話もまともに聞かない男だ。俺の話なんて尚更聞かないか。


「大地。本当は昨日、警察に行こうと思ったんだ。でも、香澄に止められた。俺や香澄はお前に助けられた事実がある。それに免じて……これが最後の忠告だ。香澄との関係は今日限りで終わりだ。香澄に二度と近づくな。もし、お前が破ったら……俺もただでは済まさんぞ」


 大地は鬼の形相から一転、いつものアホ面に変わる。

 どうした? ついに頭がおかしくなったか?


「優一。お前、優しいのな。まあいいや。俺、就職活動とか色々忙しいしさ」


 大地はアホ面で笑い出す。


 香澄から手を引く、という事でいいのだろうか?

 とても信じられないな。大地は今まで『香澄、香澄』と言い続けてきた。そんな大地が、俺の忠告だけで大人しく引き下がるか? これは注意深く観察する必要があるな。



――


「ただいま」


 時間は夜の8時。大学の図書館で課題をやってたら、こんな時間になってしまった。


「おかえりなさい、ゆうちゃん」


 おかえりと言われるのは何年ぶりだろうか。

 香澄が俺を出迎える。格好は……ヨレヨレシャツにジャージだ。色気も何も無いな。


「香澄。高校はどうだった?」


 俺はリビングにて、コンビニで買ってきたパンを頬張る。

 夜遅いし、ご飯を作る気になれなかった。かといって、香澄の手料理は勘弁だ。

 ちなみに、香澄はレトルトのお粥を食べたらしい。


「うん、休職届出してきたわ。あと、お父さんへの連絡もしておいた」


「おじさんの反応は?」


「かなり驚いてたわ。それから、もう大地とは会わないようにって言われた」


 たった一人の大事な娘が酷い目に遭わされたんだ。当然の反応だな。


「ゆうちゃん。私、今住んでるアパートを出て実家に戻ろうと思うの。大地は私の実家を知らないから――あ、しばらくはゆうちゃんの家に迷惑をかけてしまうけど……」


 香澄の実家はここから少し遠い場所にある。

 昔は、俺の家の近くの家族向けのアパートに住んでいたが――香澄の高校進学と同時に引っ越した。


「ははは。香澄が俺に迷惑をかけるのは今に始まった話じゃないだろ」


「ゆうちゃんたら! もう……」


 香澄の顔色は悪いままだが、表情がほぐれてきたようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ