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漫画のように素敵な人がいるんだったら教えてくれ

――日曜日、朝10時――


 俺と桂木さんは部屋から出たあと、エレベーターを降り、フロントへ向かった。フロントは、エレベーターから降りて左側を真っ直ぐ歩いた先にある。


「ねえ、優一さん。あれ……」


 桂木さんは、フロントを指差す。フロントにいたのは――大地と香澄? 何故こんなところに? 俺たちはとりあえずフロントに向かう。


――


「おう! 優一と桂木さんじゃねぇか」


 俺たちが会計を済ませると、出入り口の付近に大地と香澄がいた。


「……大地に香澄。何故ここに?」


 俺はいつも通りを装う。


「あー! そうだぞ! お前たち2人を尾行してたら、真っ先にラブホ入りやがって! 香澄ってば、『ゆうちゃんが不良に!』とか言って、そのまま気ぃ失ったんだよ! そんで、泊まるところ無いから、仕方なくここで一晩過ごしたんだよ」


 まさか俺と桂木さんが2人でラブホに入るのを見ただけで、香澄が気を失うとは思わなかった。香澄の不良の基準てどうなってるんだ?


「……すまん」


 俺にはそれしか言いようがなかった。


「佐々本くん! アタシたちを尾行するなんて、ちょっと悪趣味じゃない? そっとしておきなさいよね!」


 桂木さんが大地に説教を始めた。桂木さんの圧力に屈したのか、大地はオドオドする。


「えっと……ほら、気になるじゃん。優一と桂木さんがうまくいかないかなぁってさ」


「はあ? 他人の恋愛事情を興味本位で覗き込むなんて最低!」


「うっ、ごめん。優一に桂木さん……」


 大地がシュンとした表情で俺たちに謝った。大地はいつも通りだ。

 ただ一つ、気になる事がある――香澄はずっと無言である。憂鬱な表情を浮かべ、俺たちを見ている。


「香澄。体調悪いのか? ずっと冴えない表情だが……」


 俺が香澄に話しかけると


「おお、香澄はな、優一たちがまだ付き合っていないのに、ラブホでイチャイチャしてるのがショックで落ち込んでるんだよ」


 イチャイチャしてないぞ! この単細胞バカめ! ……まあ、場所が場所だから、しょうがないか。


「ゆうちゃん、心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから」


 香澄がようやく口を開いた。が、その声は弱々しかった。



 ――昨日の夜、何かあったか?


 俺の中の魔物がそう呟いた。



「……」


 俺はまずある行動に出た。


「そうだ、香澄。そういえば――俺の連絡先知らないだろ? 今後、大地(バカ)への愚痴を吐きたくなる時がくるかもしれんからな。愚痴とか相談とか、料理の作り方とか……話を聞いてやるぞ」


 そう。俺は香澄の連絡先を知らない。香澄には大地がいるし、知る必要が無いと思ったからだ。

 実は、大地と香澄を強引に遊園地に誘ったのは、香澄の連絡先を聞いておこうと思ったからである。しかし、あれこれ考えてる間、結局チャンスは巡ってこなかった。


「え?」


 香澄は困惑している。


「ダメだ! 優一め! ちゃっかり連絡先聞くんじゃねぇ!」


 大地め……全力で阻止しやがった。


 困ったな。俺は香澄の連絡先も住んでる部屋も、今の実家も知らない。知ってるのは、香澄が仕事で通っている高校と、アパートの場所だけだ。

 アパートの場所を知っている理由は、俺が大学2年のクリスマス前に香澄を待ち伏せしてた時、香澄の車にこっそり発信器つけといたからだ。おかげでバレンタインの際、香澄の行動が把握できたのだが。


「大地。私、トイレに行きたいわ……」

「おお、行ってこい」


 大地の返事を確認した後、香澄は小走りでトイレに向かう。すると……


「あ! アタシもトイレ!」


 桂木さんも香澄の後を追うようにしてトイレに向かった。俺と大地が2人――ポツンと取り残された。


 俺は大地に視線を向けると――


「大地。その……昨日の夜、何もなかったか?」


 大地は俺を見る。その目は……いつもの間抜けな目つきだ。


「ああ。俺は香澄と結婚するまでは、手ぇ出すつもりはないからな」


 大地からは動揺も何も感じられない。しかし、香澄の様子がおかしい。何かあったと思ったんだが……何もないってどういう事だ?


「あ、そうだ。優一はどうなんだよ? 桂木さんとイチャイチャしてたのか?」


 してないわ! ――と声を荒げて言いたいところだが、俺はため息混じりに冷静に答えた。


「何もなかったが」


「はあ? じゃあ、なんでここに入ったんだよ? 意味わかんねぇよ!」


「お前たちに尾行されてたからな。桂木さんの症状が出るところをあまり他の人に見聞かせしたくない。精神の病気を甘く考えるな」


「う……まあ……確かに甘かったよ。悪かったな」


 大地は頭をポリポリかいた。


「まあ、必死に説得した甲斐があって、桂木さんは病院へ行く気になってくれたようだ」


「ホントか? そりゃあ、良かった」


 大地は心の底から嬉しそうだった。



――日曜日、朝11時――


 香澄の車が高速道路を走っている。車の中には、俺と大地、香澄と桂木さんが乗っている。

 運転者は香澄、助手席には大地。後部席には俺と桂木さんが座る。香澄の後ろは桂木さん、大地の後ろは俺だ。


「桂木さん、気分悪くないかしら?」


 香澄は気を遣ってか、桂木さんに声をかけた。


「大丈夫です。ありがとうございます!」


 桂木さんの返事を聞く限りだと、大丈夫そうだ。


「なあ、どうせだからさ、皆でご飯食っていかないか?」


 大地からご飯に誘われた。すっかり友達だな。


「私は構わないけど……桂木さんの体調が悪くならないかしら?」


 香澄は桂木さんの体調を心配する。まあ、俺も同じ事を言うだろう。

 桂木さんの場合――遊園地のような騒がしい場所だと病気が発症しにくい。しかし、レストランや喫茶店となると……どうなるかわからない。


「アタシの事は気にしないでください! アタシを家まで送ったあと、皆さんで行ってくださって結構ですよ!」


 桂木さんは笑顔で答える。


「そうだな。桂木さんは先に家に帰した方がいい。自身の体調が落ち着いてからまた誘えばいいさ」


「そうか。じゃ、優一! 次行く時はよろしくな」


 大地め……俺と桂木さんをくっつけようとしてるな。


 俺は香澄の様子を観察する。俺の座っている席だとバックミラーからちょうど香澄の顔が見える。

 今は声も表情も落ち着いているように見える。もしかして、ラブホにいたときの香澄の異変は――大地の言った通り、落ち込んでいただけなのか?



――


 香澄の車が桂木さんの家の近くに到着する。家、というよりマンションだ。


「ありがとうございました! また誘ってくださいね!」


 桂木さんが香澄の車から降りると、元気な声で別れの挨拶をする。


「桂木さん。ちゃんと病院行くんだぞ」


 俺は桂木さんに念を押す。多忙やら何やらを理由に、病院に来なくなる人の話をよく聞くからな。


「ゆうちゃんったら。保護者みたいね」


 香澄はクスクス笑う。


「あの、優一さんを少しの間だけ借りてもいいですか?」


「おう、構わないぜ」


 大地が勝手に返事をする。俺の意思は無視か。

 俺はため息混じりに車から降りると、マンションの門の前まで歩かされる。香澄の車から、それなりに距離があった。


「俺に何か?」


 俺は、後ろ姿の桂木さんに声をかけた。

 すると、桂木さんはくるり、と俺のいる方向に向きを変え、ニコっと笑う。


「あの、香澄さんの連絡先、知りたかったんですよね? アタシ、聞いてきました。香澄さんの連絡先と……住所です!」


 桂木さんは自身のスマホの画面を俺に向ける。


「桂木さん……!」


 俺は驚きを隠せなかった。まさか、桂木さんが香澄の連絡先を聞いていたなんて。しかも住所まで。

 今まで他人を信用できなかった俺にとって、桂木さんは頼もしい存在に見えた。


「実は、ラブホのトイレに行ったとき、香澄さんの後を追って、聞いたんです。『今度遊びに行きたいです』て言ったら住所も快く教えてくれました」


「……ありがとう。助かった」


 俺は桂木さんからスマホを受け取り、香澄の連絡先と住所を自分のスマホに登録する。そして、桂木さんのスマホを彼女に返すと、桂木さんは俺の目を真っ直ぐに見つめる。


「優一さんには感謝してます。アタシ、学校とか色んなところに行くと、いつも浮いちゃって……一緒に遊べる友達もいないし、大学のサークルも問題起こしてばかりみたいで追い出されたり――会社のインターンシップもクビ切られちゃったりで、正直生きるのが辛くなってたんです」


 桂木さんはふと、うつむいた。


「優一さんだけが、アタシの抱えている問題に真剣に向き合ってくれました」


 桂木さんの目に涙が溜まっている。長年、辛い思いをしてきたのだろう。


「だからアタシ、病気と向き合ってみます。そして……いつか優一さんみたいな素敵な人と恋がしたいです。ありがとうございました!」


 俺はしがない医学部生だ。しかし、不思議なことに患者から感謝の言葉を言われたような気持ちになった。


「言っておくが、俺みたいなヤツが素敵な人な訳がない。大地から聞いただろう。変態陰湿ストーカー野郎だって」

「プっ、優一さんったら。こんな時にそれ言うの?」


 桂木さんの笑顔が眩しかった。


――


「お帰り。優一」


 香澄の車に戻った俺に、真っ先に声をかけたのは大地だった。


「ただいま」


 どうして大地に『ただいま』て言わなきゃいけないのか……はあ。


「ゆうちゃん。お昼ご飯どうする? 一緒に食べに行く?」


 香澄は前方に顔を向けたまま、俺に声をかけた。


「行く」


 俺はもう少し2人の様子を観察したかった。俺の中の魔物の呟きが気のせいであって欲しかった。


「邪魔者の優一も一緒かぁ」


 大地が残念そうにため息をつく。それはこっちのセリフだ。


「じゃあ、運転よろしくな! 香澄!」


 大地は香澄の肩をポン、と叩く。

 ――この時、俺は見逃さなかった。香澄がビクっと反応したのを。ハンドルを握っている手が小刻みに震えていたのを。バックミラーから見える香澄の表情が憂鬱になっていたのを。


 やっぱり、2人の間に……何かが起こっている。俺の中の魔物が騒いだ。

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