終わりのカウントダウン
――土曜日、夜――
「じゃあ、今日はお疲れ様でした!」
桂木さんが元気よく挨拶をする。
俺と優一、桂木さんは香澄の車に乗せられて最寄り駅前に到着した。
優一と桂木さんが香澄の車から降りると――
「じゃあ。今日はまあまあ楽しかった」
優一が無表情で言う。何だよ、まあまあって。遊園地に誘ったのはお前だからな!
ちなみに、ミナトと絵梨奈さんは遊園地の近くのホテルに泊まるそうだ。仲が良いこと。
俺は、優一と桂木さんの後ろ姿が小さくなるのを見ると――
「ごめん、香澄。先に帰ってて」
香澄の車から降りようとする。
「どうしたの? 忘れ物?」
「あぁ、その……優一たち、この後どうするのかなぁって気になって……」
「まあ! そっとしておけばいいじゃない」
俺は『ごめん』のポーズを取りながら
「確かにそうなんだけどさ……ほら、このまま優一と桂木さんが結ばれて幸せになって欲しいんだよ! ね! 見守るだけ!」
香澄がふぅ、とため息をつく。
「じゃあ、私もついていくわ。ここから大地のアパートまでまだ距離があるんだから……気が済んだら一緒に帰りましょ」
「香澄! ありがとう!」
俺のアシを気にしてくれるなんて……女神様の気遣いはありがたいぜ!
香澄は車を近くのコインパーキングに駐車すると、優一と桂木さんにばれないように後をつける。
優一と桂木さんは暗い路地を離れて歩いている。会話をしている様子は無い。もっと楽しそうに会話してほしいもんだな。
俺、すっかり忘れていたよ。
最近、優一とはいい感じに打ち解けているように見えるけどさ……俺と香澄の結婚の一番の弊害は優一だということをすっかり忘れていたよ!
ふふふ。だから、優一が桂木さんと結ばれてくれれば……あわよくば果たし状を取り下げてくれるんじゃねーか?
まあ、インターンシップでは無事に桂木さんの猛攻をはね返したし、これから1年間、香澄オンリーを余裕で貫けばアイツも納得するだろ。
「大地。ゆうちゃんたち、どこへ行くつもりかしら?」
「そうだな。この先って確か……」
ラブホテル街、通称ラブホ街がある。……いや、まさかな……ラブホ街とは言うけど、居酒屋もチラホラあるし、2人で飲む、という選択肢もあるだろう。
俺たちは優一たちの尾行を続ける。
「んな!!」
「まあ!!」
俺と香澄は見た! 優一と桂木さんがラブホに入っていく決定的瞬間を!
噓でしょ!? 優一! おま! 桂木さんを……いや、桂木さんから誘った可能性もあるが……
どちらにしろ、お互い抵抗せずラブホに入っていくなんて……クソ! 俺も早く香澄とあんな風になりたい。
「大地……」
俺は香澄を見ると、真っ青な顔をしてワナワナと小さな肩を震わせる香澄がそこにいた。
「どうしましょう! 2人はまだ付き合っていないハズなのに……ゆうちゃんが……ゆうちゃんが……不良に!!」
香澄はそう言うと、フワッと意識を失った。俺は慌てて香澄の体を支える。
香澄の不良の基準は置いておくとして――まだ付き合ってもいない優一と桂木さんがラブホに入っていくシーンは、愛する人とキスすらした事のない香澄にとって刺激が強すぎたようだ。
「香澄! 起きて! 風邪ひくぞ!」
俺は香澄を揺さぶる――が、香澄は起きる気配がない。完全に気を失っている。
「か、香澄ぃ!」
俺はとりあえず香澄をおんぶする。懐かしい感覚を覚えた。そうだ、高校2年のあの時だ……と今は思い出にふけっている場合ではない。
「どうしよ……香澄が起きる気配無いし……公園のベンチで寝かせても、夜はまだ寒いからな……」
俺はある建物を見た。そう、優一と桂木さんが入っていったラブホ。
「…………」
……
お義父さんへ。申し訳ありません。俺、別に魔が差したとか、そういう訳ではないんです。
香澄さんが気を失ってしまったので、香澄さんの寝る場所を確保するために仕方なかったんです。
ちゃんと香澄さんを大事にします!
俺はラブホのフロントで部屋の鍵を受け取った!
……
――
「すまん、香澄。今日はラブホで勘弁してくれ」
気を失った香澄と共にラブホの部屋に入った俺は、香澄を広いベッドに寝かせた。
ベッドの枕のある方には棚があり、そこには、ゴムと……まあ、その……大人が遊ぶようなオモチャが置かれていた。
「……うぅ」
初めて見たオモチャに、俺の心がかき乱される。
香澄を寝かせた後、俺は部屋の探索をしてみた。何せラブホには初めて入ったから、部屋がどうなっているのか興味があった。
「わ! すげぇ!」
お風呂場。浴槽は2人がちょうど入れるくらいの広さがあり、浴槽の壁には謎のパネルがある。俺は適当にボタンを押してみると、浴槽の底が七色に光った。
「おお! 光った!!」
謎の感動が湧きおこる。
「おわ!」
お風呂場を出た俺は、お風呂場の向かえにあるトイレのドアに仰天した。なんと……ドアの向こうに便器が見える。
俺はトイレのドアを開けると、トイレの内側からは何も見えない。ドアの内側にはカーテンがあり、トイレの中を隠せるようになっている。
これは……テレビとかで見た事あるぞ。マジックミラーってヤツだ。トイレで用を足しているシーンを見せつける、てシチュエーションか? さ、さすがラブホだ。エロに関しては抜かりがねぇ!
クっ! ここは誘惑で充満してやがる! 俺の息子が元気になってきた……
俺はベッドの横にあるソファに腰掛け、テレビのリモコンを手に取る。映画とか、バラエティとか、ドラマとか、アニメとか……何でもいい! 気持ちを落ち着けないと……
俺はテレビのスイッチを入れた。
「!」
テレビに真っ先に映ったのは、アダルトチャンネル。しかも、トイレを題材にした番組だった。タイムリーなものを映すな! 息子が暴れる!
俺は大急ぎで普通の番組に変えた。
「マジカルプリリン! 今日も貴方の鼻毛を抜いちゃうぞ♡」
普通のアニメ番組だった。ホッ。
とりあえず『マジカルプリリン』を見て、気持ちを落ち着かせよう。
……
――深夜――
「――うーん、トイレ……」
いつの間にかソファで眠りこけてしまった俺は、寝ぼけ眼で起き上がり。トイレに向かった。
俺は知らなかった。
俺がトイレに向かう時、香澄がベッドからいなくなっている事を。
そして、慌ただしくも平穏な日常の終わりを。
……
――土曜日、夜――
ラブホの部屋に入った優一と桂木さんは2人並んでソファに座り、テレビを見ていた。ちなみに、チャンネルは普通のドラマだ。
桂木さんは俺に体を寄せようとするが、俺はそっと払い除けた。
「あの……優一さん? どうしてここに来たんですか?」
「大地と香澄に後をつけられていたからだ。俺は桂木さんと2人きりで話がしたいだけだし、あいつらに話を聞かれたくない。だからここを選んだ」
俺は桂木さんに顔を向け、話をする。
「……」
桂木さんは無言でうつむいた。
確かにラブホに来たら、期待してしまう。申し訳ない気持ちはある。
「桂木さん。お願いだ。病院へ行ってくれ。今ならまだ間に合う」
「どうしてですか? アタシはどこも悪くない! ……それに、ラブホに誘ったのは優一さんじゃないですか! アタシとあんな事やこんな事したいんですよね!? アタシの事好きなんですよねぇ!? 今……優一さん元気になってますよねぇぇ!」
妄想が始まった。こうなると止めるのは大変だ。
「……俺の、触ってみるか?」
「え?」
桂木さんは動揺する。突発的な提案に、あり得ない妄想を繰り広げた桂木さんもさすがに驚いたか。
桂木さんの手が恐る恐る、俺の……そこに触る。
「……嘘! 元気にならない!」
桂木さんは俺のズボンをおろした後、俺のをあれやこれやといじる。
それにしても……ソファが冷たい。ベッドの方が良かっただろうか。
「どうした? もう終わりか?」
「まだ、まだよ……そうよ……もう少し力を入れて……」
俺は『はあ』とため息をつく。
「そんなに力入れて握られたら――さすがに痛いんだが」
「……どうして? 男は皆アタシを妄想して弄んで……楽しんでいるんじゃ……」
彼女にとって、荒治療になるがしょうがない。異常な妄想に対抗するには異常な現実しかない。
「それは桂木さんの妄想だよ。全部」
「妄想……」
「見ただろ? 俺は桂木さんを弄んでる事を妄想しながら桂木さんに握られているにも関わらず、全く元気にならない。俺の性癖は桂木さんの世界とは別のところにある」
「そんなの……異常だわ!」
桂木さんは涙目になる。
「そ。俺は異常だ。だから桂木さんが普通に頑張っても無理なもんは無理だ」
俺はズボンを穿きなおした。
「……アタシ、両親に説明して、病院へ行きます」
桂木さんは観念した。俺の異常な姿を見て、病院へ行く気になったようだ。
「病院へ行く気になってくれて良かったよ。ちゃんと先生の言う事を聞いて治療してくれ。後で先生の連絡先を教えるよ」
「あの……優一さん。また会えますか?」
桂木さんはうつむきながら、俺に尋ねる。俺は桂木さんから視線を背け、口を開いた。
「いや。もう俺たちに関わらない方がいい。これ以上関わるのは危険だ」
「何故ですか?」
桂木さんは怪訝な表情で俺に詰め寄る。俺は視線を背けたまま、答える。
「俺は異常な家庭環境の中で育った。そして、いつの間にか自分の心に黒い魔物が住みついたんだ。その魔物は綺麗な水が大好物でな、ソイツが俺の欲を突き動かす」
桂木さんは呆気に取られる。俺の言う事が理解できないのだろう。これは俺にしかわからない事だ。
近いところで言うと、なんと言えばいいだろうか。まあ、ストーカーかな。
「黒い魔物……ですか?」
「そうだ。そして俺と同じ――心に魔物を持つヤツがもう一人いる」
「もう一人?」
そいつは、香澄が俺と同じだと言った人物。
俺はバレンタイン前の土曜日に気づいたんだ。そいつの異常さに。
何故、今まで気づかなかったんだろうか。
俺は、今までそいつの言動をバカバカしいと思っていた。そもそもそれが間違いだった。
「そいつはな、俺以上に異常で大きな魔物を抱えている。もはや怪物だ」
「その人は誰なんですか? 知り合いですか?」
桂木さんは怯えた表情で俺を見ると、俺もそれに応えるように視線を桂木さんに向ける。
「そいつは、佐々本 大地だ」




