表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/114

それは愛情フィルター

――土曜日、昼――


 町の中のとあるカフェ。窓際の四角いテーブルにて俺と香澄は向かい合って座る。

 今日は香澄から『手作り』のバレンタインチョコをもらう日である。俺は今日という日を待ち望んでいた!

 実際のバレンタインデーは今日でなく平日なのだが、お互い仕事と大学だからホイホイ会える訳ではない。なので、バレンタインデー直前の土曜日に受け取る事にしている。


「あのね、大地。これ……」


 香澄はモジモジしながら、カバンを漁る。そして、バレンタインチョコが入っていると思われるお洒落な袋を取り出す。


「バレンタインチョコ……といっても、チョコチップクッキーよ」


 香澄は頬を赤く染めつつ、その袋を俺に差し出す。

 うわ! か、可愛い! 恥ずかしそうなその姿、写真に納めたい!


「か、香澄ぃ! これが……香澄の手作りの……」


 袋を受け取った俺は、手をワナワナと震わせる。やべぇ! 興奮しすぎて震えがおさまらねぇぞ!


「前にも言ったけど、味は期待しないでね……」


 香澄は頬を赤くしたまま、うつむく。はあう! 胸がキュンキュンしてきた!


「じゃあ、一つ食べてみるよ」


 俺は袋を縛っているリボンを解き、袋の中を覗いた。


「うわ! すげぇ! 綺麗なまんまるクッキーだな!」


「……え?」


 香澄が驚きの表情でクッキーを見る。どうしたんだ? まあ、いっか。俺は一粒のクッキーを口に放り投げる。


「!」


「ど、どうかしら?」


「うま! 何だよ! あまり美味しくないとか言ってたけど……すっげー美味いよ!!」


「え? そんなハズは……私も一粒もらうね」


 一体どうしたんだろうか? 香澄もクッキーを一粒、口に入れる。


「美味しい……これ……私の作ったクッキーじゃないわ」


 え? 香澄が作ったクッキーじゃなければ、一体誰が……


 その時。窓からコンコン、と音が鳴る。俺と香澄は窓を見ると、窓の外には――変態陰湿ストーカー野郎の優一が笑顔で手を振っていた。


「ゆうちゃん!」

「優一……」


 このストーカーめ! 俺と香澄の2人きりの世界を邪魔しに来やがった。


――


「いやあ、2人きりのところ邪魔して悪いな」


 優一は笑顔で俺と香澄の横に椅子を置き、そこに座る。


「あの……優一。何しに来たんだ?」

「邪魔しに来た」


 お前、さっき邪魔して悪いなって言っただろ!


「ああ、そうだ。香澄」


 優一はトートバッグを漁ると、袋を取り出した。

 それは……香澄が俺にくれたバレンタインチョコチップクッキーの入った袋と同じ袋だった。


「香澄。ダメじゃないか。今大地が食ったのは俺の作ったクッキーだ。間違えて持って帰っただろ?」


 優一は香澄に袋を差し出す。


「え? 嘘! ごめんなさい! 私ったら……」


 優一……お前、すり替えたな!? 優一の笑顔からそれが伝わってくるぞ!


「……ん? そういえば、なんで香澄が優一のクッキー持ってんだ? 逆も然りだが」


 俺は香澄に質問する。


「あのね、実はバレンタインチョコを美味しく作る方法をゆうちゃんに教えてもらったの」


 何だとお! 香澄! よりにもよってコイツに教えてもらったの!?


「そうそう。スーパーで『たまたま』香澄と会ったんだ。そんで、香澄が大量のチョコを買い込んでたのを見て、俺が美味しいチョコの作り方を教えてやろうと思ったんだ。俺ん家で」


 何がたまたまだ! まさかコイツ……香澄の車にGPS発信器でも仕込んでんじゃねぇのか!?


「大地、とりあえず言っておくが……その日、俺ん家には母さんがいたし何も無いから安心しろ。それに、香澄も姉さんに線香をあげたがってたしな」


 あ、そうか……元はと言えば、香澄は優一のお姉さんと友達だったんだ。しかも辛い別れ方をしたんだもんな。昔はよく家に遊びに行ってたんだっけか。


「はい。大地。これが私の作ったクッキーよ」


 香澄は俺に袋を差し出す。これが……正真正銘の……香澄の手作りクッキーか!


「あ、ありがとう」


 俺は香澄から袋を受け取ると、リボンを解いた。


「うわ! 手作り感がある!」


 俺はボコボコしたクッキーを一粒取り出した。


「香澄、下手くそだろ?」


「これでいいんだよ! 一生懸命作った感じがいいの! 優一のは綺麗すぎて気持ち悪いんだよ!」


 俺はボコボコしたクッキーを一粒、口に放り投げた。


「!」


「どうかしら?」


「なんだか粉っぽいし、美味しくないけど……香澄の愛情を感じるよ」


 俺は泣きそうになった。まずいからという理由ではなく、香澄の一生懸命さがクッキーからひしひしと伝わってきたからである。


「良かった! 嬉しい!」


 香澄は嬉しそうに笑う。香澄の笑顔の効果により、何だかクッキーが美味しく感じてきた。

 俺はクッキーを全て食べ尽くした。


「……え。あーっと……要はまずいんだな」


 優一! 香澄が嬉しそうにしているのに水を差すな!


――


 優一の前に注文したコーヒーが置かれると、香澄は何かを思い出したかのように口を開く。


「あ、そうだ。ゆうちゃん」


 優一はコーヒーをズズっと飲みつつ、香澄の呼びかけに反応した。


「可愛い彼女が出来そうだって――大地から聞いたわ」


 優一はコーヒーをブっと吐き出した。


「ぐっ、ゴホ! 違うぞ! 俺は彼女作るとか――そんなつもりは全くない!」


 普段冷静な優一が焦ってる。なんかおもしろ。


「え? でも、昨日ゆうちゃんが女の子と映画見に行ったって大地が言ってたわよ」


「んな!」


 優一は俺を睨むと、俺はクスっと笑う。


「本当の事だろ? 連絡先交換してそのまま映画行っただろ」


「う……」


 優一は黙り込んだ。むしろ落ち込んでいる、と言った方が正しいかもしれない。

 他の女の子とデートしたという事実を香澄に知られるのが、そんなにイヤだったのか。ちょっと悪ふざけがすぎたかな……


「ゆうちゃん、何か理由があるの? ゆうちゃんはモテるけど、自分から積極的に女の子と関わる人じゃないもの」


 香澄、鋭いな。小さい頃から優一を見てきただけあるよな。

 言われてみれば……優一って高校の時、女の子と2人で歩いているところを一度も見た事がないような気がする。大学は、たまに姿見かけても、女の子と歩いているところを見ていない。


「なあ、優一。俺も気になってんだよ。桂木さんの録音を聞いた時のお前の反応とかさ。彼女に何かあるのか?」


 俺も自分の疑問を優一にぶつけると、優一はフウ、と一息つく。


「桂木さんは、妄想性障害の可能性がある」

「もうそうせい、しょうがい?」


 俺は優一の言った事を反復する。


「ああ。精神病の一種だ。うつ病、統合失調症と比較すると、まれにしか見られない病気だ。俺は精神医学専攻ではないから詳しくはわからないが……」


 優一はコーヒーを一口飲んだ後、続ける。


「人間、誰しも妄想する生き物だが、普段であればそれはあくまでも妄想であると認識する。だが――妄想性障害は、明らかにおかしな妄想が現実である、事実であると強く思い込んでしまうんだ。そして、否定もできない。それが1ヶ月以上続くと妄想性障害として認められる」


 香澄は不安そうな表情で優一に質問する。


「ゆうちゃん。桂木さんがそんな病気なら――就職活動させる前に、ご両親が病院へ行かせたりしないかしら?」


「そうだな。妄想性障害の妄想というのは、日常生活に結びつくものばかりだし、妄想を除けば本当に普通の人なんだ。だから、両親や本人ですら気づかない可能性が高いんだ。妄想で特徴的な他の病気といえば、統合失調症があるが……その場合は『宇宙人に殺される』とか妄想が異次元な上に幻覚が見えたり、生活力が低下したりと――明らかにおかしいと両親は気づくはずだ」


 そういえば……インターンシップって、事前に面接するんだが、彼女が面接に受かったのは、普通の人だと思われたからなのか。なるほどな。


「優一。お前が桂木さんと連絡先を交換した理由って何だ?」


「取り返しのつかない事になる前に、彼女には早く病院で治療して欲しいからな。それまで彼女が暴走しないように見張るつもりで連絡先を交換した。『娘さんが妄想性障害です』て赤の他人の俺が彼女の両親に言っても反発されるだけだからな」


「優一が病院に連れて行けばいいんじゃ?」


「出来る事ならそうしたいが……治療費を払うのは彼女の両親だし、初診を受けるには両親の同伴が必要だ。更に言うなら、桂木さん自身が妄想に取り憑かれている事実に気づいて、両親に言うのが一番いいんだけどな」


 香澄が穏やかに笑う。


「ふふ。ゆうちゃんは大地と同じね」


「「は?」」


 俺と優一は声を揃えた。


「全然違うだろ! 俺はこんな変態陰湿ストーカー野郎じゃないぞ!」

「そうだぞ。香澄。俺はこんな単細胞バカではない」


「何だと!?」

「事実だ」


 香澄は変な事を言う。俺と優一が同じって意味わかんねぇぞ!


「あ、そうだ! ゆうちゃん」


 香澄はそう言うと、カバンをゴソゴソと漁る。取り出したのは……俺が香澄からもらったバレンタインクッキーと同じ袋だった。


「あのね、実はゆうちゃんにも作ってきたの。クッキー。私の料理の腕の上達を実感してもらいたいわ」


 香澄はクスクス笑いながら優一に袋を手渡した。優一はというと……


「え?」


 ポツリと呟いた後、固まっていた。

 まさか自分にも作ってくるなんて思わなかったかのような反応だ。


「優一。食べてみろよ。美味しくはないけど、愛情が伝わるかもよ?」


「んま。大地ったら」


 不思議な事に、嫉妬という感情が湧いてこなかった。むしろ優一の反応が面白かった。

 優一は無表情になり、リボンを解くと、ボコボコしたクッキーを一粒、口に入れる。


「!」


「どうかしら?」


「どうした!? 優一!」


 優一は顔を伏せた。そして――


「……クソまっず……」


 一言だけポツリと呟いた。


「え? ごめんね! クッキー返してもいいからね!」


 香澄がそう言うと、優一が握りしめている袋に手を伸ばす――が、優一は香澄の手を払い除ける。


「いい。持って帰る」

「持って帰るならそれでいいけど……捨ててもいいからね?」

「捨てない。全部食べる」


 俺は優一の姿を観察する。優一の耳が真っ赤になっていた。自分の顔を見せまいと必死で隠しているように見える。


 ――もしかして……すごく嬉しいのか?


 中高生みたいな反応して――まるで俺みたいだ。

 俺の記憶の中の優一は、そうだな……――高校では生徒会長やってて冷静で真面目で頭がすごく良くて……あ、つっても、金田たちを使って悟をいじめてた主犯格ではあったが。

 そんでもってルックスの良さとモデルのような長身で目立つから、女の子から言い寄られる事が多くて、いつも澄ました感じで……そんな優一がだよ? 香澄から手作りのバレンタインクッキーもらっただけでこのザマだ。


 俺は優一の姿を見て、香澄がさっき言った事の意味――俺と優一は同じだということが少しだけわかった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ