変態陰湿ストーカー野郎
――2月、インターンシップ9日目――
木曜日の夕方。
桂木さんは彼女の同グループの男子学生と二人で会社近くの喫茶店に入る。俺と譲も同喫茶店に入り、桂木さんたちからは絶対に見つからない席に座る。
「大地。あの二人、どうなるかなぁ? 彼が次の被害者になるか、それとも……」
「そうだなぁ。人の好みってそれぞれあるからな。無事に付き合えたら――それはそれでいいんじゃないかな」
「まあ、そうだね」
俺と譲は小声で話す。
「なんだ、へこたれてるかと思ったら元気そうだな。大地」
この声は……優一だ。優一は笑顔で俺たちに近づき、俺と譲の隣の席に座る。
「大地。この背の高い人、誰?」
「ん? ああ、コイツは柳木優一だ。同じ高校で同じ大学の知り合い」
「初めまして。えと、優一て呼んでいいかな? 僕は相川譲。大地とはインターンシップで知り合ったんだ」
優一は笑顔になる。これほど笑顔が不気味な男はいないな。
「初めまして。相川。俺のことは好きに呼んで構わない」
「あの、優一ってモデルやってんの? 背高いし、カッコいいなぁ。同性ながら、惚れ惚れするよ」
「いや。スカウトされる事はあるけど、全部断ってる。俺、医学部だから勉強で忙しい」
「すげぇ! ますますカッコいい!!」
譲の目が輝く。
「譲。優一の見た目やスペックに騙されるな。優一はな――実は変態陰湿ストーカー野郎だ」
優一は爽やかな笑顔を俺に向ける。
「誰が変態陰湿ストーカー野郎だ」
優一だよ! 優一! 香澄に変態だし、陰湿だし、ストーカーだろうが!
「ええ!? とてもそんな風には見えないけど……」
「ところで大地。ここで何してんだ?」
優一は注文したコーヒーを飲みながら俺に質問する。
「ああ、桂木さんを追ってんだ。どうやら他の男子学生に目をつけてるみたいでさ……その人が次の被害者にならないか心配で……」
優一は『ふーん』と言いながら、桂木さんの席に視線を向けたあと、俺に視線を戻す。
「大地は桂木さんをストーカーしてんのか」
「違うわ! 優一と一緒にすんな!」
――ガタン!
俺たちは音の方向を向く。桂木さんが両手で顔を覆い、喫茶店から走り去るのが見えた。
「ねえ、大地。あれって……」
「ああ、桂木さん、振られたかも」
優一は無表情で、コーヒーを飲みながら――
「次の被害者決定かな」
明日また面倒な事が起こるのか……勘弁して欲しいよ。
「ねえ、大地。どうする?」
「そうだな。こうなったら、明日――桂木さんと話してみるか」
被害が拡大する前に桂木さんの暴走を止めないと。
「大地、僕も協力するよ」
譲の存在がなんとまあ、頼もしい事。
「じゃあ、頑張れよお二人さん」
優一ってば他人事……まあ、優一は全く関係ないしな。
――2月、インターンシップ10日目――
朝。誰よりも早く出社した俺と譲は桂木さんが出社するのを確認する。出社するやいなや、桂木さんは男子学生に声をかける。涙目になりながら。
「ねえねえ、聞いてよ……昨日ね……」
うげ、さっそくかよ! 俺は桂木さんの元へ向かい、声をかける
「あ、あの……桂木さん。ちょっと話があるんだけど……」
俺に声をかけられた桂木さんは――笑顔を俺に向ける。
「うん、いいよ」
譲は桂木さんに声をかけられた男子生徒に声をかけていた。
「ねえねえ、昨日の演習でわかんないとこがあってさ……」
――
「それで、話って何? 佐々本くん」
俺はひと気のいない部屋を探して、桂木さんと二人で入る。
これから話すことは決していい話ではない。そんな話を周囲に聞かされるのは、桂木さんにとっていい気分ではないはずだ。
俺はズボンのポケットに突っ込んだ手を外に出した後、桂木さんの目を見る。
「あのさ、さっき、男子学生に何を話そうとしたんだ?」
桂木さんは急に目を潤ませる。
「うっうっ――Eくんの事よ!」
Eくんとは、昨日桂木さんを振ったであろう男子学生だ。
「Eくんってひどいのよ! 私を弄んだ挙句、昨日私を捨てたんだから!」
……俺や譲と同じだ。
「あのさ、それ嘘だよね? Eくんが桂木さんを弄んだって」
桂木さんは泣き顔で必死に訴える。
「嘘じゃない! 佐々本くんもEくんも――アタシの事、妄想して弄んだでしょ?」
……え? 俺とEくんが、桂木さんを妄想して弄んだぁ!?
俺は驚きのあまりに言葉を失う。Eくんの脳内はどうだったかは知らないけど、俺は桂木さんを妄想した事は一度もない。桂木さんの言ってる事は完全なる思い込み、勝手な妄想である。
「そして佐々本くん。あなたは今もアタシを妄想してる……」
桂木さんは段々と艶めかしい表情になっていく。
「キャアアアアア!」
桂木さんが悲鳴をあげた。マジかよ! この状況で悲鳴をあげられたら……
――ガチャ!
「何事だ!?」
米田さんが部屋に入って来た。
「大地! どうしたの!?」
譲が少し遅れて部屋に入る。
部屋には俺と桂木さんの2人きり。そして、桂木さんは両手顔を覆い、肩を震わせている。
「桂木さんに佐々本くん。これは一体、どういうことなんだ? 説明してくれ」
密室で男女2人っきり。しかも桂木さんが悲鳴をあげた。これってどう考えても……
「米田さん! 佐々本くんが……佐々本くんが……アタシの事を襲おうとして……うっうっ」
桂木さんが顔を両手で覆い、米田さんの近くに寄る。
「何言ってんのさ! 桂木さん! どうせ嘘なんでしょ!? 一体何企んでるんだよ!!」
譲が必死で俺をフォローする。米田さんはと言うと、桂木さんと譲と俺を見回し、しばらく考えている。
「と、とにかく佐々本くん。桂木さんの言ったことは本当かな?」
「嘘です。俺、襲ってないし……弄んですらいません」
「米田さん! 佐々本くんの言ってる事を信じないでください! アタシ、本当に佐々本くんに……」
桂木さん……桂木さんが嘘を言ったと認めて、俺や譲に素直に謝ってくれれば、俺たちはそれで許したのに。本当はこんな事したくなかったんだが……しょうがない。許せ。桂木さん。
「米田さん。少なくとも……桂木さんの言ってる事がメチャクチャだという証拠はあります」
俺はポケットからスマホを取り出し、操作する。そう、俺は今までのやり取りを録音していた。
俺はそれを再生する。
『あのさ、さっき、男子学生に何を話そうとしてたんだ?』
『うっうっ。Eくんの事よ!』
『Eくんってひどいのよ! 私を弄んだ挙句、昨日私を捨てたんだから!』
『あのさ、それ嘘だよね? Eくんが桂木さんを弄んだって』
『嘘じゃない!! 佐々本くんもEくんも――アタシの事、妄想して弄んだんでしょ!?』
『そして佐々本くん。あなたは今もアタシを妄想してる……』
『キャアアアアア!!』
俺は再生を止めた。
「妄想……」
譲と米田さんは呆気に取られている。
「そうよ! 皆、妄想してアタシを……」
証拠を突きつけたというのに――桂木さんは反論しないどころか、妄想を認めている。もうムチャクチャだよ……我に返った米田さんは、コホン、と咳払いをする。
「桂木さん。前回の注意を忘れましたか? プライベートな事で社内をかき乱すのは遠慮して欲しいと」
桂木さんは悲痛な表情で米田さんを見る。
「そんな! ひどい! アタシはこんなに傷ついているのに!!」
「佐々本くん。スマホ貸してもらえるかな?」
俺は米田さんにスマホを手渡す。米田さんはため息をつく。
「桂木さん。本日はお帰りください。桂木さんの今後の事については採用担当の責任者と審議します。結果は来週の月曜日に連絡します」
桂木さんは真っ青になり、うつむいた。
「……はい」
そして、桂木さんは素直に会社を出て行った。
「佐々本くんと相川くん――スマホを返した後、君たちも帰ってくれ」
米田さんはメガネをクイっとあげる。
「また来週からいつも通りに来てくれ」
「……はい!」
――
午後。スマホを返してもらった俺は、譲と会社の近くの喫茶店――4人掛けテーブルにて向かい合って座り、お茶をしていた。
「どうする? なんか今日休みもらったような感じになっちゃったな」
「ねえ、優一も呼ぼうよ。僕、あの人のファンになっちゃったよ」
「譲。まさかお前……男が……」
「違うよ! 僕は女の子が好きだし、彼女いるよ!」
「まあ、優一は大学で講義でも受けてんじゃないのか?」
俺はそう言いつつも、優一にメッセージを送ってみた。
「呼んだか?」
優一がタイミングよく現れた。
「うわ! 優一! 相変わらずカッコいい!!」
「お前、大学どうしたんだよ」
「今日は2限で終わりだ。勉強なら問題ない。それよりも今日の結果を知りたくて来た」
優一はそう言うと、俺の隣に座る。桂木さんよりも、優一の方が怖いんだけど。俺たちは今日の事を優一に話した。
「大地も成長したな。桃園の時とは大違いだ」
「え? 誰なの? 桃園って」
「やめろ! ここでその話するな!」
合コンの悪夢……せっかく忘れたのに。
優一はしばらく考えた後、俺に視線を送る。
「大地。桂木さんとのやり取りを録音したデータを俺のスマホに送信できるか? 確認したい事がある」
「え? いいけど」
俺は優一のスマホに録音データを送った。優一は自分のスマホにイヤホンを装着すると、録音を再生する。
「もしかして……」
優一が何かを呟いた後、スマホからイヤホンを外す。
「優一、何か気になる事が――」
俺がそう言いかけると――
「あ! 佐々本くんに相川くん!」
俺たちは声のする方向を向いた。桂木さんが現れた。桂木さんはいつも通りの振る舞いだ。今日、あんな事があったのに、何故いつも通りに話しかけられるのか……
「お邪魔してごめんね! あと、ごめんなさい! アタシ、反省したの!」
桂木さんは深々とお辞儀をする。何だろう、この違和感。本当に反省してるのだろうか?
「ところで……」
桂木さんは優一に視線を向け、譲の隣に座る。まさか……
「あの、初めまして。アタシ、桂木舞って言います。S女子大学3年です」
今度は優一か!? しかも態度が俺やEくんの時と全然違うぞ。俺は優一を見ると、優一は桂木さんに向かって爽やかニッコリ。
「初めまして。桂木さん。俺は柳木優一だ。大地と同じ大学で医学部3年だ」
「え! 医学部なんですか!? モデルかと思いました!」
はあ、どいつもコイツも。
「あのぉ、優一さんってモテるんですか? モデルみたいなのに――その上、医学部だなんて……」
優一さんって……俺らは苗字だったのに。
「いや。全然だよ」
嘘つけ。高校の時の優一のモテ歴のすごさといったら……ちゃんと覚えてんだからな!
あ……そういえば、最近は面倒なヤツらが寄ってこないとか言ってたよな。今は本当にモテないのか?
「あ、もし良かったら……アタシと連絡先を交換しませんか?」
うわ。いきなりかよ。
「桂木さん。優一はやめた方がいいぞ。コイツはな、実は変態陰湿ストーカー野郎なんだぞ」
俺は桂木さんにそう忠告すると、優一のチョップが俺の後頭部に命中する。
「ってぇ! 何すんだよ!」
「ハハハ。『バカ』の言うことは気にしないでくれたまえ。大地は俺を僻んでるだけだ」
何だとぉ!
「連絡先だね? いいよ」
マジか! 優一! 下手したら、今度はお前が被害者になるんだぞ?
優一は桂木さんと連絡先を交換する。
「あの、優一さん。この後、予定ありますか? アタシ、映画を見に行きたいなって思ってるんですけど……」
な……いきなりデート!? 優一の前だとこんなにも大胆になれるのか!
「いいよ。行こうか」
行くのかよ!!
「じゃあ、大地に相川。俺はここで失礼するよ。コーヒー代置いとくから。じゃあ、また」
「お、おう……」
「優一、またね!」
優一と桂木さんは喫茶店を出て行った。
「なあ、譲。桂木さんの態度、お前の時はどんな感じだった?」
「うーん、大地たちと同じだったよ。優一の前だけあからさまに違うね」
女の子をコロっと変えてしまう優一ってすげぇな。もはや才能だよ。
それにしても――録音を聞いた時の優一の様子が気になった。ひょっとして、桂木さんに連絡先教えたのって、何か理由でもあるのかな……




