未来の俺へ
俺は佐々本大地。大学3年。
大学に復帰した優一は俺に、厳しい現実を突きつけてきた。それは、俺の気持ちをくつがえすものであった。
――10月半ば――
――カランカラン。
俺は大学近くのいつもの喫茶店にやってきた。
優一から突然、連絡があった。優一は家庭が落ち着いたらしく、10月から大学へ通うようになったとのこと。そして、大事な話があると言われた。
「待たせたな。優一。家の事は大丈夫なのか?」
「ああ。母さんと話し合って、お互い誤解が解けた。家の事は母さんが全てやってくれるそうだ。俺はもう大丈夫だ」
優一はコーヒーを一口、ズズっと飲む。優一の表情はすっきりとしているように見えた。優一が元気になったようで良かった。
優一はニッコリ微笑んだ。俺はその笑顔を見てゾッとした。
「それにな、今の俺は落ちぶれているから、面倒臭い奴らは一切寄ってこなくなった。今の静かな生活に満足してるよ」
優一は嬉しそうだ。それにしても落ちぶれてるって……まあ、楽しそうで何より。
「大地。香澄とはうまくやってるか?」
「ん? ああ。毎日電話してるし、時間が合えば遊びに行ってるぜ」
「そうか」
優一は笑顔のままだ。なんだか優一そのものが変わったようで、不気味だ。
「大地は香澄のどこを好きになったんだ?」
「え? どこって――全部!」
「……すまん、質問を変えよう。香澄を好きになったキッカケは何だ?」
「キッカケ……」
優一は何が知りたいんだ?
「そうだなぁ。最初はさ、香澄の事大嫌いだったんだけど……香澄が悟をいじめから守ってる事を知った時から徐々に惹かれていった」
優一は笑顔でうなづく。なんだか気色悪い。
「好きだと気づいたのは、香澄に引っ叩かれた時だな。その時の香澄の表情を見て俺に雷が落ちたんだ。あ、俺香澄が好きなんだと」
「ふーん。年上好きとか先生への憧れとか、見た目がタイプとか……そういうわけではないんだな。少し安心した」
優一はコーヒーを一口飲む。
「じゃあ、次の質問だ。大地は理想の女性像を持ってるか? 香澄を除いて」
「理想の女性像?」
優一の質問の意図がわからないが、俺はただ、優一の質問に答えるしかなかった。
「そうだな。俺の本来の理想は……元気で明るくて一緒にいて楽しい子かな。あとは――俺と趣味や価値観が合えば完璧だな。香澄に惹かれる前はそういう子がタイプだったけど……今は香澄が理想像だけどな!」
優一は一瞬だけ眉をピク、とさせる。笑顔から一転、無表情になった。
「もし、本来の理想の女性が大地の前に現れたらどうする?」
「え? そんな子が俺の前に現れたら……俺は香澄を好きだし、どうもしないよ」
俺には香澄がいるのに、今更そんな子が出てこられてもなぁ。
「もし、その子が大地を好きだと言ったら?」
優一は鋭い目つきで俺を見る。
「優一。お前、何が知りたいんだ? 俺は香澄だけが好きなんだ。俺を好きと言われても、断るよ」
俺はバカバカしい質問だと思った。俺には香澄がいるって何度も言ってるじゃないか。
優一は『ふう』とため息をついた後、頬杖をつき、俺を指差した。
「大地。お前はまだ理想の女性に出会ってない。もしくは出会ったとしても……恋が実らなかった。違うか?」
俺はドキリ、とした。優一の言う通りだ。紗英も桃園さんも俺のタイプではない。俺は今まで完璧にタイプだと思う子に会ったことはない。
「……今まで出会った事はなかったよ」
優一はまた笑顔に戻る。
「俺の両親は最初は愛し合って結婚した。そして、家庭が壊れた」
優一の言葉を聞いた俺は不穏な気持ちが広がる。
「父さんは結婚した直後、勤めていた病院で理想の女性とやらに出会った。そして、姉さんが生まれた。それまでは母さんの事を真面目に一筋に愛していたはずなのに。今の父さんはその理想の女性だけを愛してるんだとさ。自分の愛する子供は姉さんだけだとさ。母さんの子供の俺の事は病院の跡取りの駒くらいにしか考えてないんだよ。父さんにそこまで言われると最早笑えるな」
優一は苦い顔でクスっと笑った。優一はさらりと言ったが、その苦悩はどれほどのものだったのだろうか。一般家庭で育った俺には想像できなかった。
「俺は今、どうしても香澄と母さんが重なって見えてしょうがないんだ。俺は、俺以外の男によって香澄が不幸のどん底に落ちるのは見たくない」
優一はいいのかよ。とツッコミを入れたかったが堪えた。俺は優一の一番言いたい事が何となく見えてきた。
「大地。俺は様々な女を見て来た。明るい女、優しい女、賢い女、アイドルのように可愛い女、モデルのように綺麗な女、ステータスや金に群がる女、わがままな女、ストーカーになる女。俺が好きになった女はいない。俺は理想の女性像も持ち合わせていない。しかし、俺は香澄を愛している」
「だから、これは俺からの果たし状だ」
俺は唾をゴクリ、とのむ。
「俺に証明してくれ。お前が卒業式にした香澄へのプロポーズが本物である事を」
俺は思い出す。卒業式。香澄にプロポーズしたあの瞬間を。
――先生、俺と結婚してください!――
優一の目から強い意志が感じられた。憎しみとか悲しみとか怒りとか、そういうのでなく、何かを決意したような目だ。
優一の香澄に対する気持ちは間違いなく本物だ。優一は壊れた家庭や恵まれない人間関係の中でただ一人、苦しみ足掻いて生きてきた。そして、その中で香澄への愛情が芽生えた。小さい頃からずっとそばにいたであろう、香澄に。
俺は優一に証明しなくてはならない。俺の気持ちも本物であることを!
「……わかった。受けて立つぜ」
しかし、気持ちの照明はとても難しい事だ。俺が香澄を好きだといくら訴えたところで優一への証明にはならない。
「あのさ、それは今すぐに証明しないとダメか?」
優一は含み笑いを浮かべる。
「いや、今すぐは無理だろうな。期限を設けようか。そうだな……大地が大学を卒業するまでだ。それでいいか?」
「ああ、それならいいぜ。ただ、それをどう証明すればいい? どうしたらお前は納得するんだ?」
「それは大地が考えろ。なんでもかんでも人に聞くな」
優一がピシャリと言い放った。まあ、ごもっともだ。俺はもう大学3年だ。就職活動もある。それに香澄との将来を真面目に考えなくてはいけない。
「卒業までに大地がそれを証明できたら、俺はもうお前たちの前に現れるつもりはない。俺は――過去に犯した過ちと向き合って1人で生きていくつもりだ」
優一は穏やかな表情で視線を落とした。過去の過ち――それは4年前の……悟の事、ミナトの事、そして優一のお姉さんをいじめた子たちが行方不明になった事件のことだろうか?
「ちなみに、卒業までに証明できなかったらどうするつもりだ?」
「お前たちの仲を引き裂いてやる」
満面の笑顔で怖い事言うなよ! これは何が何でも証明しなきゃいかん!
優一はコーヒーを一口飲んだあと――
「一つ条件を出させてくれ。もし――お前が少しでも浮ついた事をしたと俺が判断した場合、香澄に報告する。あとは俺の好きにさせてもらうからな」
少しでも浮ついた事……それは、キスとか? それ以上とかか? あとは――万が一もないが……俺が理想の子に出会って、その子を好きになるとか、か。
「わかった。そんな事、有り得ないけどな」
優一は笑顔になる。
「じゃあ、果たし合い開始だ」
「あ! ちょっと待て! 優一! 理想の子を俺に差し向けるとかはやめろよ!!」
「もちろん。俺は何もしないよ。これから先は大地次第だ」
――次の日――
「ねえねえ、大地ぃ! 冬休みにスキー旅行行かない?」
大学の食堂。俺はミナトと向かい合って昼食を食べている。
「はあ? スキー旅行? めんどくさい。パス」
「ちぇー。大地くん、付き合いわるーい!」
「ミナトってすぐどこか行きたがるよな。疲れないの?」
「ぜーんぜん! むしろ家に引きこもる方が疲れる!」
ミナトは明るさと元気の塊だ。恐らく、コイツが女だったら俺の完璧な理想の女性だったに違いない。
「そういばさ、大地は冬のインターン参加するんだっけ?」
「ああ、俺は2月にあるぜ。地元のIT企業」
「そうなんだぁ。俺は1月で県外だし……それに来年は4年生で卒論があるだろ? 今後、こうやって会う事も少なくなるんだろうなぁ」
ミナトは少し寂しそうだった。
「何言ってんだよ。そりゃあ、いつまでも学生という訳にもいかないだろうけど、一生会えない訳じゃないんだからさ」
「まあ、そうだよな。へへ。あ、そうだ! 柊先生との結婚が決まったら、俺や桜田にちゃんと連絡しろよ! お祝いするから! 」
ミナトはいたずらっ子のように笑う。まったく、お祝いって何するつもりなんだか……
「そういえば、桜田……元気かなぁ? 今、どこにいるんだろう?」
「そうだよな。実は俺も最近、連絡取れなくてさ……」
「え! そうなの?」
ミナトは驚きの眼差しで俺を見る。
「そういえばミナト……お前、彼女とはうまくいってるのか?」
ミナトは大学2年の頃に参加した合コンで出会ったふくよかな女性と付き合っている。そして、今も順調に付き合っている。
「大地ぃ、聞いてくれよ……」
ミナトは人生のどん底にいるような顔になる。
「絵梨奈ってば、急にダイエットするなんて言い出して聞かないんだ……俺は全力で止めたんだ。だけどそれがキッカケで大喧嘩したんだ……びえぇぇー!! ダイエットなんか滅べばいいのに!!」
絵梨奈は、ミナトの彼女の名前である。とりあえず、俺はミナトの話をひたすらに聞いた。
長かった大学生活もあと少しだ。そして、俺は香澄にもう一度プロポーズして……結婚するつもりだ。その前に優一の事を解決させないといけないが。




