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空っぽ

◆◆◆


――4年前、4月――


 俺は高校2年になった。

 俺のいる高校に香澄が先生としてやってきた。しかも、俺のクラスの副担任だ。これは全て偶然だ。


――


「ゆうちゃん」


 ある日の放課後、俺は教室で一人居残りしていた。懐かしいあだ名が俺の耳に入る。


「……なんだ、香澄か」


 俺は香澄に視線を移す。


「やっぱり! ゆうちゃんだったのね。その……長い間会ってなかったから、ずっと心配してたの。ゆうちゃん、元気にしてるかなぁ……て」


 何がずっと心配してた、だ。


「ゆうちゃん、逞しくなったね。それにとてもカッコよくなっちゃって。女子の間で人気あるみたいじゃない」


 近所のおばさん感覚でゆうちゃんて呼ぶのやめろ。


「あのさ、気軽に話しかけないでくれる? 俺は香澄を許した訳じゃない」


 俺はにこやかな表情で香澄にそう言ってやった。香澄と対面で話すと、黒い感情が湧いてきて気が狂いそうになる。


「ごめんなさい。ゆうちゃんは私の事、許せないよね……これから気をつけるわ」


 香澄は気まずい表情で答えた。


 その後、俺は文芸部の部室の前を通ると、香澄と同じクラスの桜田が楽しそうに話しているのを見た。俺は――香澄が楽しそうにしているのが面白くなかった。


「香澄を幸せにしてやらないよ」


 俺は桜田をいじめのターゲットにする事に決めた。



――4年前、6月中旬


 ある日、俺は香澄から呼び出された。


「ゆうちゃん! 桜田くんへのいじめを指示してたの、ゆうちゃんでしょ!?」


 文芸部の部室。部室には、俺と香澄の二人だけ。香澄がキツイ顔で俺に怒鳴る。残念ながら香澄は怒っても迫力がないし、ちっとも怖くない。


「……さあ、何の事だか」


 俺はにこやかに返事する。実際は香澄の言う通りだが、証拠がない。香澄は一体どうするつもりなのか。


「シラを切るつもりね……いいわ。私に奥の手があるから」


 香澄はそう言うとスマホを操作する。


 ――ザザっ


『おい、柳木。桜田をいつまで痛めつければいいんだよ? 俺、もう飽きてきたよ』

『俺がいいと言うまでだ』

『アイツ殴っても何も面白くねーもん』

『俺に逆らうのか? 高校ここへの援助打ち切ってもいいんだぞ?』

『……ちっ! わかったよ。殴り続ければいいんだろ?』


 プツっ


「これを教育委員会に提出するわ。お願いよ。昔の素直だったゆうちゃんに戻って! 桜田くんへのいじめをやめて!」


 素直? 素直だった時期なんてあったかな。全く記憶が無いな。それにしても驚いたね。香澄のくせにちゃんと録音してたんだ。


「はは。スマホで録音したんだ。香澄のくせに知恵働いてんじゃん」


 俺は香澄に近づくと、香澄が後退りする。


「来ないで! ……あっ!」


 香澄からスマホを取り上げた。スマホのロックはかかっていない。


「香澄のスマホゲット。録音消しとくよ。ここに来る前にさっさと教育委員会に出せば良かったのに。甘いよ、香澄」


「嘘……そんな……」


「はい。スマホ返しとくよ」


 香澄はスマホを見て青ざめる。

 あのさ、奥の手を簡単に出すなよ。俺と姉さんへの罪滅ぼしのつもりで俺に気を使ってんのか? なんにせよバカだな。


「……ゆうちゃん。私が憎いなら、私を殴ればいいじゃない。桜田くんは関係ないわ」


 そうだな。桜田は関係ない。あえて言うなら、香澄の近くにいるのが悪いとだけ言っておく。それに香澄を殴ってしまえば、うっかり香澄の首絞め殺してしまう。


「嫌だよ。香澄がいなくなったら、俺寂しくて死んじゃう」


 これは俺の素直な気持ちである。香澄がいなくなったら俺は空っぽになってしまう。



――4年前、8月――


 俺は金田たちと海へ遊びに来ていた。金田ん家の別荘があるからだ。


「柳木。あそこにいい女たちがいるから声かけようぜ!」

「俺眠いから、金田たちだけで行け」

「お前……昨日の夜何やってたんだ?」

「読書。毒物パラダイスて本だ」

「……そんなの見て楽しいか?」

「そうだな。色々想像すると楽しいぞ」

「お前の趣味、相変わらず理解できねぇな」


 俺は浜辺で横になりながら、金田たちの向かった先をチラッと見る。

 派手な女性が3人。金田たちはあんなバカそうなのがいいのか。しかし、どこかで見たような……俺はすぐに記憶を呼び戻した。


「あの女たちは……姉さんをいじめてた……」


 俺の心に黒い感情が湧いてきた。


「あー、お姉さん方。この仏頂面な男は柳木優一だ。柳木病院の院長の息子だぜ!」


「え? 柳木? もしかして柳木月子()()の弟さん? 美人のお姉さんに似て、弟さんイケメン!」


「お姉さんの事は気の毒だったわねぇ。ホント、不幸な事故だったわぁ」


 何が不幸な事故だ。姉さんを散々に傷つけておきながら――ヘラヘラしやがって。絶対に許さない。俺は自分を保つのがやっとだった。



――夜――


 俺たちは金田の別荘に向かった。


「さあ! お姉さん方! 俺たちの別荘へようこそー!」


 金田のテンションはバカのように高い。付き合いきれんと思った俺は自分の個室に行く。


「柳木ぃ。お前どこ行くの? お姉さん方と楽しまないの?」

「パス。自分の個室で寝る」

「お前、お堅いよな。まあいいや。おやすみ!」


 はあ、やっと解放された。俺は個室のベッドに座り、窓の外を眺める。空には無数の星が光り輝いている。

 俺はふと、空の下を覗き込むと、金田たちが外で赤ん坊の姿でみっともない事をしていたのが目に入った。


「……おえ」


 俺はすぐに窓の外を見るのをやめた。綺麗な星空が台無しにされたようで気分が悪くなった。



――数時間後。


 いつの間にか熟睡していた俺は突然目が覚めた。寝ぼけ眼で窓の外を見ると、金田たちは外で赤ん坊のような姿で眠っていた。外で寝るとか……もしかして、アルコールでも入ってるのか? 俺は金田たちを起こしに向かう。


「う、なんてひどい姿だ。目が腐る……おい、起きろ金田。お前たちも起きろ」


 俺は金田と他の男子を起こすが、全く目が覚めない様子だ。まったく、風邪ひいても知らないぞ。

 ん? 姉さんをいじめたあの女共が――いない? どこへ行った? まあ、俺には関係ないか。

 俺は寝癖のついた頭をポリポリと掻いたあと、気分転換にその辺を散歩に行く事にした。


――


 俺は崖の近くを通ろうとすると、女性の叫び声が耳に入る。俺は声のする方角へ向かうと、姉さんをいじめた女が1人、崖の先で座り込んでいた。俺はその女に近づくと、声をかけてみる。


「ここで何があった? 何故1人でいる?」


「あ! 優一くん! どうしよう、どうしよう……」


 女は涙目で俺を見る。


「星空を見に、ここに来たんだけど……ミナとユナが、ここから足を滑らせて落ちちゃって……」


 俺は、崖の下を覗き込むと、高さはかなりあるし、海も深そうだ。これは助からないのでは……


「俺にはどうする事もできないな。警察呼んだ方がいいぞ」


 俺がスマホを取り出すと――


「嫌! 警察は……」


 女は、俺のスマホを持つ手を掴む。どう考えても警察呼んだ方がいいのに、何故拒否するのか……この女、何かしらの理由で2人を突き落としたか?


「じゃあ、どうしたらいいんだ? 知らんぷりでもするか?」


「ミナとユナが喧嘩始めちゃって……それで私が止めに入ったら……2人とも足を滑らせてそのまま……」


「じゃあ、それを正直に言え。何も問題ないだろ」


「嫌よ! だって、私たち……クスリやってるのよ! それがバレたら……」


 はあ!? この女……クスリやってるとか……姉さんはこんなゲス女に苦しめられていたのか……

 まさか、2人が落ちたのって、クスリの副作用でおかしくなったからか?

 これまでにない嫌悪感が俺を襲う。


「そういう事なら、見過ごせないな。更生施設で腐った根性叩き直してもらえ。姉さんへ懺悔しながらな」


 女は俺を凝視した。俺の言葉の意図を感じ取ったか。

 俺はその女の手を振り解こうとするが、女は意地でも離すまいとしがみつく。


「いやよ! どうして!? 月子が悪いのよ! アタシがずっと好きだった男子を月子が取ったのよ!! それなのに、月子は『自分は好きじゃない』とか平然と言って……態度がいちいちムカつくのよ!!」


 たったそれだけの事で……呆れた。

 とりあえず、俺はその女の話に付き合ってみる事にした。


「そいつが姉さんを好いてたのは、姉さんの方が魅力的だったからだろう? ならお前も姉さんに負けないぐらい魅力的になれば何も問題ないはずだが?」


「はあ? アンタ、シスコンなの? 気持ち悪い! ……そうだわ! 月子をいじめた子ならあと一人いるわ!」


「……香澄か?」


「そうよ! 香澄の事、知ってたのね。アタシたち、香澄から月子をいじめるように指示されただけよ! アタシたちもある意味被害者よ! ねえ、だからアタシを助けてよぉ……」


 この女、さっき好きな人を姉さんに取られたからと言ったのに……支離滅裂だ。クスリの副作用と動揺で頭をやられてるみたいだな。


「香澄なら小さい頃から知ってるぞ。アイツは昔から臆病だった。とてもそんな風には見えないけどな」


「あのね、女は時と場合によって演技するのよ。香澄だってそうよ。男の前ではビクビクか弱いフリしてるだけなんだからね! アタシたちの前だと本性丸出しなんだから!」


 女は時と場合によって演技するのよ。


 女と一括りにされて、まるで姉さんもそうだったと言っているように感じられた。俺の黒い感情が更に沸き立つ。


「バカバカしい。話は終わりだ。警察に電話するから離せ」


 俺は女の手を振り解くと、女は尻もちをついた。


「嫌! 嫌! イヤァァァァ!」


 俺は奇声を発する女を無視し、崖の端まで歩きながら警察に電話をかけようとすると……


「うあぁぁぁ!」


 女が俺に向かって走ってくる。完全に頭がおかしくなったか? ……まさか、俺を崖から落とす気か!? 女の突進から身をかわすと、女は……


「……あ!」


 女は崖からそのまま――落ちる。


「チッ!」


 俺は彼女を助けようと腕を伸ばしたが――間に合わなかった。


 ダパン、と音がした後……辺りは静寂に包まれた。

 頭の中が空っぽになった俺は、静かな波の音を聞きながら、ただ、海を眺めていた。


 そして、金田の別荘に戻った。



――翌日


「おい! 柳木!! 昨日会ったお姉さん方はどこ行ったか知ってるか!? 目ぇ覚めたらいなくなってんだ!! お姉さん方の服もなくなってるし! どうなってるんだよ!?」


 朝。金田のうるさい声に起こされた俺は寝ぼけた頭をポリポリと掻く。


「知らん。俺はここでずっと寝てたから」


「嘘だろ!?」


 その後、金田たちは警察に連絡をし、事情を説明したが、金田たちは酒を飲んでいた事がバレてこっぴどく怒られた。

 当然ながら、このことは金田たちの親に連絡が行く。俺は飲んでないが、金田たちに注意しなかった、という事で父さんに連絡が行った。


 警察の捜索の結果、崖からクスリの使った跡が発見された。彼女たちはクスリによって気分が良くなり、誤って崖から落ちたとされた。

 しかし、その後彼女の家族たちはせめて遺体だけでも、という事で改めて捜索願いを出した……が、遺体は未だに見つかっていない。


◆◆◆

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