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平穏な日常?

 私は柊香澄、私立の高校で教師をしています。担当教科は国語です。クリスマス以降、何事もなく平穏に過ごしています。


――4月半ば――


「柊先生!さようならぁ!」


「はい、さようなら」


 このやり取りも何回目だろう。私は教師生活4年目になり、すっかり先生らしくなってきたかな。


――


「そういえば、柊先生。昨日のニュース見ましたか?柳木病院の院長……賄賂容疑で逮捕されたって」


 職員室。私の隣に座っていた先生が私に話しかけてきた。


「ええ。私、あそこの病院にお世話になっていたので、何だかショックです」


「僕もですよ。これからどうなるのかなぁ…… それにこの高校(ここ)ってあの病院から財団を通してたくさんの支援金もらってるんですよね……この高校(ここ)もどうなる事やら……」


 柳木病院の院長……月子ちゃんとゆうちゃんのお父さんだ。私は月子ちゃんの家によく遊びに行っていたから、彼女のお父さんと面識があった。家に遊びに行くと月子ちゃんのお父さんがたまに家にいて、私に絵本を読んでくれた。小さい頃の私にとっては、子供思いの優しいお父さんだと思っていた。


◆◆◆


――18年前――


「ねえねえ、月子ちゃんのお父さん、優しいね。いつもわたしの頭をなでてくれるんだよ」


「香澄。()()()は……そんなんじゃないわ」


「……? あ、お母さんはなにしてるの? いつも家にいないけど……『洋子おばちゃん』に聞いたら、遊びに行ってるって言ってたよ」


「優一のお母さんは……」


 この時、月子ちゃんは何も言わなかったけど、悲痛な表情だったのを覚えている。


◆◆◆


 今思えば……月子ちゃんは小さい頃から私たちより一回り以上に大人びていて、しっかりしていて、強い人だった。

 月子ちゃんとお父さんの間に何があったのかは知らないけど、月子ちゃんは自分の親を軽蔑していたように見えた。


 これは中学の頃、月子ちゃんから聞いた話だけど……月子ちゃんとゆうちゃんは異母姉弟だ。ゆうちゃんはお父さんとお母さんの子供だけれど――月子ちゃんは、お父さんと愛人――洋子おばちゃんとの子供だった。


 ゆうちゃんは去年のクリスマスイブの前日以来、会っていない。恐らく、お父さんの件で動けないのかもしれない。ゆうちゃんは今、どうしているのだろうか……私はゆうちゃんを心配していた。


――


 21時。私はアパートに帰り、お湯を沸かす。今日のご飯はカップ麺とコンビニサラダである。


――♩♬♩♬


 スマホの着信音が鳴る。大地だ。


「もしもし?」


「あ、香澄!聞いてくれよ!今日ミナトがさぁ――」


「まあ」


 大地は大学3年生になった。3年生になると、これから就職活動がある。今は毎日電話してるが、今後は電話の回数は減るかも。大地とはクリスマスイブ以降も、キスも体の関係も何も無い。結婚までお預け。私はいつまでも変わらない大地に安心感を覚えた。



――5月半ば、土曜日――


「ねえ、大地。夏休みは忙しいのよね?」


「ああ。就活の準備とかあるし……あと情報処理資格は取っておきたいからなぁ。でも遊ぶ時間なら作れるはず――俺、遊園地に行きたいよ」


「クスっ。あまり無理しないでね。倒れたら元も子もないからね」


 大地()は香澄と喫茶店で、お喋りしながらお茶していた。


 あ、そういえばなんだが……去年のクリスマスイブ。香澄の部屋にあった、桃園さんと俺の合体写真。あれは俺が強制的に持ち帰り、切り刻んだ後に処分した。香澄には何一つ見せていない。あんな忌々しい写真、見せたら終わりだ。


 俺は写真を切り刻みながら、ふと思っていた。香澄は過去に彼氏とかいた事があるんだろうか? と。中学の辛い思い出は聞いたが、それ以降は全く知らない。俺は香澄がゆうちゃんと呼ぶだけで嫌なのに――例えば、俺が紗英と呼んでいても香澄は顔色一つ変えなかったな。改めて考えると香澄は大人なんだな……


「なあ。そういえばさ、香澄の高校生活とか、大学生活はどうだったの?」


 香澄はキョトンとした後、クスッと笑う。


「そういえば、昔の私のことほとんど言ってないわね」


 香澄は語り出す。


「高校はね、S女子校へ行ってたの」


 おお、女子高に行ってたのか。


「お母さん、中学の頃亡くなったって言ったでしょ? 高校生活はね――ご飯作ったり、家事したり、学校の勉強したりで家と学校の往復だったの。本当はバイトもしたかったんだけど、お父さんに反対されたわ」


 苦労したんだな……その時から香澄の親はお義父さん一人だもんな。


「私の高校生活なんてそんなもんよ。たいして面白くないかも」


 十分。とりあえず彼氏を作れる状況じゃなかったのはわかった。


「大学は大地と同じ大学行ってたのよ。文学部行ってたの。ミナトくんと同じ学部ね」


「そうなんだ。じゃ、香澄は大先輩だな」


「ふふ。大学は高校の頃に比べて自由時間ができたから――1年の頃、古本屋でバイトしてたの」


 香澄らしいや。なんだか胸のあたりがくすぐったくなってきた。


「そんで、そこの店長さんと仲良くなって。何回かご飯に行ったの」


 これはもしや……俺の胸がざわつく。


「ある日、店長さんから告白されて付き合ったの。私の初めての彼氏ね。彼はその時29歳で独身と言ってたわ」


 ぬわー! 初めての彼氏が大人!


「あの……それで、その彼とはいつまで続いたのでしょうか?」


 香澄はションボリした顔になる。


「1ヶ月よ。手を繋ぐ事もキスもエッチも出来ないまま、彼から別れを告げられたわ。その時、彼には奥さんと子供がいるってわかったの。奥さんに私の事バレたみたいなの……私、ションボリした後バイトやめたわ」


 なんて奴だ! 純粋な香澄に独身なんて嘘ついて手を出そうとしやがったのか! ろくでもない男だな!


「で、奥さんから何かされた?」


「そうね。奥さんがバイト先に来て、私を罵倒したわ。私は彼が結婚している事知らなかったことや、何も無かった事を言ったら――奥さんは許してくれたの」


 香澄ぃ……初めての彼氏でいきなり壮絶な経験を……


「そんで、大学2、3年の頃はね、勉強に勤しんでたわ。本が好きだから勉強するのは楽しかった。S女子校へ教育実習にも行ったわ」


 うんうん、ここは香澄らしくて微笑ましいエピソードだ。


「そして、大学4年生だけど――同じゼミの男の子と仲良くなったの」


 またもや胸がざわつく。


「ある日、その男の子から告白されたわ」


 げふん! そうですよね。


「それで……その男の子とはいつまで続いたのでしょうか?」


 香澄はまたションボリした顔になる。


「1ヶ月。その人、私と付き合った後、合コン行ったらしくて、そこで出会った女の子な事好きになったみたい。また手を繋ぐ事もキスもエッチも出来ないまま、彼から別れを告げられたわ」


 なんて奴だ! 香澄という彼女がいるのに合コン行った挙句に他の女の子好きになるなんて、ろくでもない男だな! ――ん? なんかそのシチュエーションどこかで…………俺じゃん。

 俺はアッカンベーした優一の顔を思い浮かべた。まさか優一(アイツ)が? いや、まさかな……


「あとはそのまま大学卒業して、高校の先生になったわ。仕事が忙しくて充実して――今に至る……かな」


 香澄の語りは終わった。


「あれ? 香澄。もしかして彼氏彼女らしい経験ないのか?」


 香澄は顔を赤くして、俺から視線を逸らしながらうつむいた。


「ごめんなさい。ドン引きよね……もう26歳なのに……キスすらした事なくて……」


 全然ドン引きはしないけど、正直驚いた。彼氏くらいはいただろうなとは思ってたけど、何も無いまま終わるなんて――こんな事ってあるのか。

 これってもしかして運命の神様が香澄と俺を引き合わせるために画策してくれたのか? 神様は信じないけど、運命の神様は信じるぜ!

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