会いたくない人は突然やってくる
――12月22日――
平日の20時。学校の雑務を終えた香澄は駐車場まで1人歩いていた。
「ふぁー。今日も疲れた。クリスマスまであと少しね」
今年のクリスマスは大地と過ごす事にしている。去年は私が仕事だったから、一緒に過ごせなかった。先週、大地からクリスマスプレゼントを一緒に買いに行こうと誘われた。何を買いに行くのかな……楽しみ。私は両手を合わせて、口元をほころばせた。
「久しぶりだな。香澄」
懐かしい声が聞こえた。そして、私は――戦慄した。
私の車に寄りかかっている背の高い男がいる。背が高く、細身のメガネが似合う端正な顔立ちに清潔感のある黒髪の男だ。私は、その男の名を呼ぶ。
「ゆうちゃん」
その男は――柳木優一。2年前、大地と同じ高校を卒業した元生徒会長。優一こと、ゆうちゃんは笑顔だったが、視線は冷たかった。
「俺が高校卒業して以来か。なーんか、すごく楽しそうだったけど、何かあったの?」
「ゆうちゃんには関係ないわ。それよりも何しに来たの?」
私は体の震えを必死に抑える。
「せっかく俺から会いに来たっていうのに、香澄ってば冷たいね。今日は香澄に渡したい物があるんだ。はい。少し早いけど俺からのクリスマスプレゼント。ここでは開けられない物だから、家に帰ったら開けてみなよ」
ゆうちゃんは私にゆっくりと近づくと、分厚い大きな封筒を差し出した。私は封筒を受け取ると、ゆうちゃんは含み笑いをする。
ゆうちゃんからのプレゼント。……怖い。私の手は震えていた。
「それにしても香澄ってひどいね。大地に何も教えてないの? 彼、何も知らない様子だよ」
私は驚きのあまりにゆうちゃんを見る。ゆうちゃんは氷のような微笑で更に言う。
「男って基本的に弱くて脆い生き物だよ。香澄と違って。傷つけられたら――どうなるかわからないよ?」
ゆうちゃん、大地とそんなに面識は無かったはずなのに。まさか、大地に何かしたの?
「ゆうちゃん! お願いよ! 大地には何もしないで!」
「もう遅いよ。そうそう、卒業式の日……桜の木の影で見てたよ。香澄がアイツにプロポーズされるところ。香澄、よくあんなバカと付き合えるね。俺、バカは苦手だよ」
ゆうちゃんはクスリと笑った。
「悟くんの件で約束したじゃない……『もう、こんな事はやめる』って」
私はゆうちゃんの両腕を掴む。しかし、ゆうちゃんは私の手を簡単に振り解く。
「香澄。何か勘違いしてない?」
◆◆◆
――3年前、6月中旬――
「ゆうちゃん! 桜田くんへのいじめを指示してたの、ゆうちゃんでしょ!?」
「さあ、何の事だか」
「シラを切るつもりね……いいわ。私に奥の手があるから」
――ザザっ
『おい、柳木。桜田をいつまで痛めつければいいんだよ? 俺、もう飽きてきたよ』
『俺がいいと言うまでだ』
『アイツ殴っても何も面白くねーもん』
『俺に逆らうのか? 高校への援助打ち切ってもいいんだぞ?』
『……ちっ! わかったよ。殴り続ければいいんだろ?』
プツっ
「これを教育委員会に提出するわ。お願いよ。昔の素直だったゆうちゃんに戻って! 桜田くんへのいじめをやめて!」
「はは。スマホで録音したんだ。香澄のくせに知恵働いてんじゃん」
「来ないで! ……あっ!」
「香澄のスマホゲット。録音消しとくよ。ここに来る前にさっさと教育委員会に出せば良かったのに。甘いよ、香澄」
「嘘……そんな……」
「はい。スマホ返しとくよ」
「……ゆうちゃん。私が憎いなら、私を殴ればいいじゃない。桜田くんは関係ないわ」
「嫌だよ。香澄がいなくなったら、俺寂しくて死んじゃう」
――3年前、8月――
「ゆうちゃん! どうして青倉くんまで巻き込んだの!?」
「うるさいなぁ。体育館の裏に青倉が来たのは俺も想定外なんだが」
「自分たちが何したかわかってるの!? これは事件なのよ! ゆうちゃんも逮捕されるのよ!!」
「俺がやったっていう証拠はないよ。それに俺、金田たちと違って暴力振るわない真面目ちゃんだから――仮にアイツらが何か言ったところで信用に値しないよ」
「まあ、金田は父親である校長を利用してやりたい放題やってきたんだから、学校も少しは平和になるんじゃない?」
「ゆうちゃん……」
「やれやれ。しょうがないね。青倉の男気に免じて……もう、こんな事はやめてあげるよ。それと青倉の治療費と病室も用意してやる」
「ホントね」
「ホントだよ。あーあ、バットで殴られて苦痛で悶える香澄の顔、見たかったな。はは」
「…………」
◆◆◆
「俺は桜田へのいじめをやめるという意味で言っただけ。別に大地に手を出さないとは言ってないよ」
ゆうちゃんはニッコリ微笑んだ。同時に私の心は恐怖で満ち溢れる。
「大学は高校と環境が違うからね。だから桜田とは違う形で手を出してみたんだ。その封筒の中を見た時の香澄の顔を見れないのが残念」
ゆうちゃんは呆然と立ち尽くす私の頭をポンポンとした後、無言で立ち去った。
――
アパートに戻った私はゆうちゃんからもらった封筒を開けずにただ眺めていた。
「この中に何が……」
私は恐る恐る封を切る。その時――
――♩♬♩♬
スマホの着信音が鳴る。大地からだ。
「……もしもし」
「あ、香澄? 今日は何もなかった?」
最近、大地から毎日電話がくる。まるで私の生存確認をしているような……
「うん。今日もいつも通り、学校で仕事してたわ。あ、その……私しばらく会えそうにないかも。ごめんね」
「え!? やっぱり何かあったんだな? そうだろ?」
大地は何かを感じているのだろうか……声が力強くなっていく。ごめんなさい。大地を巻き込むわけにはいかない。ゆうちゃんが大地に何をするかわからないもの。
これ以上――ゆうちゃんが誰かを傷つけるのをやめるよう説得しないと。
「……あのさ、香澄。明日の金曜日、香澄の家に行くよ」
私は驚いた。私の家に来る――大地から今まで言われた事なかったのに。
「私の家に行くって……そんな事……」
「香澄が心配なんだ。じゃあ、明日な」
「あ、待って。だ……」
電話が切れた。
やっぱり、大地に話すべきなのかしら……私の事。
私はスマホの画面をただひたすらに眺めていた。




