クリスマスプレゼントにやかんは無いわ
――12月中旬――
辺りはすっかり寒くなった。ちらちら舞い降りる雪と澄んだ空気が、本格的な冬の訪れを感じさせる。
「あ、ヤッホー♡ 佐々本せんぱーい。待ったー?」
土曜日の某カフェ。俺は初めて桃園さんをカフェに誘った。
「はい、メニュー。俺が奢るよ。今日は相談があるんだ」
「えー?相談ですかぁ?ナニナニ?」
桃園さんは目を輝かせる。
「あの……女の子が貰って嬉しいクリスマスプレゼントを教えて欲しい」
桃園さんは目をくりっと大きくさせる。初めて出会った頃は可愛いと思ったが――すっかり慣れてしまった。
今年は香澄にクリスマスプレゼントを贈りたいと思ってるんだが、何を送っていいのかわからない。香澄に欲しい物があるか聞いてはみたが、『やかんが欲しい』と言ってきた。いやいや。クリスマスプレゼントにやかんは無いだろ。
さすがにやかんをプレゼントするのは嫌だから、他の女の子に相談する事にした――とは言うものの、気軽に相談できる異性の知り合いは少ない。るりはまだ高校生だし、紗英に至っては……もう相談できない。……となれば、残された選択肢は桃園さんしかいない。
「そうねぇ……あ!ヴィトンの財布かな」
「あの、大学生のバイト代の貯金で買える範囲でお願いしたいんだけど」
「えー! じゃあ、ないわよ」
桃園さんは頬を膨らませる。桃園さんは男を何だと思ってるのか……そもそも桃園さんに相談したのが間違いだったのか。
「ねえねえ、婚約者さんにクリスマスプレゼント贈るの? いいなー! 妬けちゃう」
桃園さんは上目遣いで俺を見る。
「桃園さんにプレゼントは贈らないよ」
俺は桃園さんの上目遣いをものともせず、返した。
「ね。指輪はしてないの?」
桃園さんは俺の手を見つめた後、俺の左手の薬指を指差す。
「指輪? してないけど」
桃園さんは少し考えたあと、何か閃いたような仕草をとる。
「ね。プレゼントは指輪にしなよ。佐々本センパイと婚約者さんのお揃いのゆ・び・わ♡」
俺は桃園さんの提案に即反応する。
「いや、いやいや!指輪は早いよ!」
「何で?婚約してんなら指輪くらいしたら?」
「いくら何でも結婚指輪は……だってアレ、高いんだろ?指輪は俺が就職してからの方が……」
「違うわよ!誰が結婚指輪なんて重いモン贈れって言ったのよ!」
「え?じゃあ、何の指輪?」
桃園さんは深いため息とともにスマホを操作する。
「はーあ。アタシが言ってんのはペアリングよ。ペアリング。ほら、付き合いの長いカップルがよくしてんじゃん」
桃園さんはスマホの画面を俺に向けてきた。
画面に写っていたのは、シルバーのほっそりとした、とてもシンプルな2つの指輪。値段はセットで1万円からと手頃である。
「大学の知り合いで何人か指輪してる奴何人かいるけど、あれって結婚指輪じゃなかったのか……」
「佐々本センパイ、バカなの?学生結婚ならともかく、大学生がそうホイホイ結婚指輪するワケないでしょ」
バカ……なんか、最近言われたような気がする。
「でも、ペアリングで喜ぶのかなぁ?やっぱ結婚指輪の方が……」
桃園さんは、人差し指を立て、チッチッと指を振る。
「ペアリングの効果を舐めてもらっては困るわね。ペアリングはカップルの絆を深めるのと同時に悪い虫が付きにくくするお守りの役目があるんだから」
「ペアリングにそんな効果が……知らなかった」
俺がこうしている間にも、香澄に悪い男が寄ってきたきらと思うと……気が気じゃない。
香澄に悪い虫が付きにくくする効果があるのなら……なるほど。ペアリングは悪くないのかも。
「よし!プレゼントはペアリングで決まりだ!ありがとう。桃園さん!」
俺は桃園さんに素直な気持ちを言った。桃園さんはしばらくキョトンとした後、そっぽを向いた。
「……ふん。別にお礼なんかいらないわよ!」
「あ、そうだ。アタシから佐々本センパイにプレゼントあるのよ」
桃園さんからプレゼント? 一体何を……? 俺がそう考えている間に、桃園さんは一つの紙袋をテーブルに置いた。
「なんだよ、これ?」
「今まで隠し撮りした防犯カメラ全てよ。佐々本センパイにあげる。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい」
え? 今なんて言った? 俺と桃園さんの合体写真の元ネタを俺にくれると?
「あーあ。佐々本センパイって想像以上に手強い。半年くらい、体の関係やってんのに……少しもアタシに振り向いてくれないんだもの」
「当たり前だろ。そりゃあ、桃園さんを最初に見た時は『うわ、可愛い』て思ったけど、それだけだよ」
そうか……もう、香澄にバレるかもしれない恐怖に怯えなくていいんだ! 耐えた甲斐があった!!
桃園さんは突如、不穏な表情を浮かべる。
「ねえ。佐々本センパイの婚約者って、柊先生でしょ? 一つだけ忠告してあげる」
俺は桃園さんの言葉に驚く。俺の婚約者が誰なのか知ってたのか……!? 俺は息をのみ、桃園さんの話を聞く。
「柊先生ね……今、ストーカーされてるかもしれないよ。佐々本センパイも無事では済まないかもよ」
桃園さんの言葉に俺は不安が走る。
「香澄がストーカーされてるってどういう事だよ!?一体誰が――」
「ごめんね。ストーカーが誰かは教えられないんだ。私が教えたってバレたら……アタシ、その人から何されるか……アタシね、佐々本センパイを誘惑しろって、その人から頼まれたの。可能なら佐々本センパイを奪えって。言う事を聞かないと、アタシの過去の写真を家族や大学に送り付けるって……」
桃園さんの告白に俺は動揺した。桃園さんは頬杖をつく。
「青倉センパイから合コン誘われたでしょ? 合コンもね、その人の提案なの。佐々本センパイ、センセイ一筋で頑固だって聞いた。いきなりアタシみたいな女が出てきたって簡単に誘惑できないから合コンがいいと言ったの。そんで佐々本センパイを合コンに引っ張り出すためにその人が色々画策してくれたのよ。正直言って怖いよね」
桃園さんは『ふう』と一呼吸。
「あとね、そのカメラ――その人がずっと持ってたの。先週その人と会った時、防犯カメラとアタシが欲しかった過去の写真を全部渡してくれたの。『お疲れ様。もう用済みだから自由にしていいよ』て」
桃園さんの欲しかった写真が気になるが、彼女にとっては他人に見せたくない写真かもしれないな。
それよりも、そのストーカー――なんか変だな。ストーカーなら直接俺を脅しに来ればいいのに。わざわざ桃園さんを利用して俺を誘惑しろだなんて……どう考えてもめんどくさいだろ。しかも先週――脅しの材料をすんなり返した。一体何がしたいんだ?
香澄はストーカーの存在を知ってるのか?やっぱり、香澄に聞くべきなのかもしれない。全て。




