壊れたものを直すには時間が必要
――
「大地」
香澄が俺を呼ぶ。ここは――俺の生まれ育った浅浦町……唯一の駅だ。田舎にある駅だから無人駅である。
俺と香澄は駅のプラットホームの椅子に腰掛け、帰りの電車を待つ。
香澄は俺の隣で足をパタパタさせている。かわいい。
「あと何分で電車来るかな」
「あと15分じゃない? 電車の本数少ないからな」
……
「あ、まだいた! 佐々本くん!」
7、8人の男女が俺たちに近づいてくる。中学の頃に仲の良かった友人たちだ。
「はあ、はあ、間に合った。良かったあ!」
「お前たち……何しにここへ?」
「皆さん、大地兄さんたちを見送りに来たんです」
るりがヒョイと姿を現す。
「のわ! るり! 見送りって……」
「だって大地、もうここには戻るつもりはないって……」
「ああ、それか。あの……実は……」
俺は少し気まずそうに頭を掻く。
「『実家くらいには帰りなさい!』て香澄に怒られたんだ……だから――俺、今度帰ったら実家にこもるよ」
「当たり前です! 親を心配させるなんて言語道断です!」
辺りに静寂が広まる。
「ぷ。何それー!? 結局帰って来るんじゃん! あー、心配して損した」
「お前、将来の奥さんに尻敷かれてんのかよ!?」
爆笑の渦が沸き起こる。くそ! なんか恥ずかしくなってきた。
「笑うな! こっちは恥ずかしいんだから!」
「大地。昨日さ、大地たちが帰った後、僕たちもすぐ帰ったんだ」
俺がもう町に帰ってこないとか言ってしまったから、空気が悪くなっちゃったかな……なんか申し訳なくなってきた。
「あのね。香澄さんの事、見てられなかったから私たちから紗英ちゃんに言ったの。今の紗英ちゃんは桜田くんをいじめた人たちと変わらないよって……そしたら紗英ちゃん『もう二度とアンタたちを誘わない!』て怒っちゃったの。私たちは、このメンバーだけでつるんでいた方が楽しいから、ちょうど良かったのよ」
「あの、いいのか? それで」
「ああ、別にいいよ。いずれこうなるとは思ってたんだ。価値観が違う人と一緒にいても、疲れる事の方が多いんだよ。表面上の付き合いで精いっぱいさ」
「ねえ、佐々本くん。帰ってきたら、私たちには連絡ちょーだいね。あと香澄さんも、紗英ちゃんの言った事は気にしないで。また来てね」
香澄は複雑な表情を浮かべる。
「……でも」
「香澄さん。まだ昔の事で思い悩んでるんですか?」
るりが香澄の前に立つ。
「悟くんが壊れたのは学校や自分のせい。そして、悟くんの事で紗英さんと私の関係が壊れた根本的原因は自分のせい。そう思ってますよね?」
「そうね……紗英さんに謝罪したあとは、るりちゃんと紗英さんの価値観の違いを説明して仲直りできれば、と思ってたんだけど……」
「今は何をやっても無理です。紗英さんの世界にはいじめで苦しんでる人はいません。だから、今の紗英さんと私は相いれられない存在なんです」
るりの言葉に、香澄はハッとした表情になる。
「そう、紗英さんの周りにはいじめが無かったのね。るりちゃんは、紗英さんにいじめを理解して欲しかっただけなのね」
「はい。まだまだ時間はかかると思いますが、紗英さんがそれを理解できたら、私は紗英さんと仲直りするつもりです」
「あ、それと悟くんの事も終わったんです。少なくとも、私はそう思ってます」
終わった。それはあくまでも表面上の話である。いじめを受けていた悟にとっては、これからもその記憶に縛られ続ける事であろう。香澄は家に帰った後、そう言った。
「でも、るりちゃん……」
「あの、実はですね……私と悟くん、今文通しています。私にとって今の時間が最高に幸せなんです」
るりは両手を頬にあて、夢見る少女のような雰囲気に包まれる。
「香澄さんがいつまでも悟くんを気にしてたら、悟くんも香澄さんの事を気にしてしまいます。いずれ悟くんの心を私でいっぱいにしてやるんですから、香澄さんはこれ以上悟くんに入って来ないでくださいね」
「ちょ! るり!! お前、いつの間にそんな……」
俺はショックを受け、しばらく放心する。
「まあ、文通してたの? ……素敵」
「はい! そういうワケですから、悟くんはこの私にお任せください。香澄さんは大地兄さんとさっさと結婚してください」
香澄は一瞬、驚いた表情になる――が、すぐに微笑む。
「……ありがとう、ありがとう。るりちゃん。るりちゃんから色々教わったわ。私は教師として、まだまだみたいね」




