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――翌日の昼――


「あの、大変お世話になりました! 布団まで出していただいて。ああ、途中で寝ちゃうなんて……恥ずかしい……」


 俺の家の玄関。先生は深々とお辞儀をする。


「いいんですよ。大ちゃんから話は聞きました。昨日は本当に疲れたでしょう」


 母さんが玄関まで見送る。親父と兄貴は漁に出ているため、不在だ。


「先生、よだれ垂らしてたもんな」


「え!?」


 先生の顔が真っ赤に染め、俺を見る。先生いじるの楽しい。


「じー…………」


 母さんの背後からるりの顔が見え隠れしている。何やってんだ、アイツ。先生は笑顔になり、るりに言葉をかける。


「るりちゃん。お兄さんと桜田くんからお話は聞いてるわ。今度、好きな本の話をいっぱい聞かせてね」


 るりは目を輝かせると、先生に近づき、手を握りしめる。


「はい! 喜んで!! あの……悟くんを助けていただき、本当にありがとうございました! この御恩は一生忘れません!!」


 るりにお礼を言われた先生は複雑な表情を浮かべた。何故先生は浮かない顔をするのだろうか? 俺は不思議に思ったが、あまり深く考えないようにした。


――


 駅に隣接する小さな駐車場。先生は車に乗り、エンジンをかける。そして車の窓を開けると……


「佐々本くん。また明日、学校で会いましょうね」


「じゃあ先生、気をつけて。先生が事故ったら俺大泣きするから」


「佐々本くん、縁起でもない事言わないで……じゃあ、さようなら」


「あ、さようなら」


 さようなら。学校では当たり前の挨拶だが、学校以外で言われると、寂しい気持ちになる。先生の車が完全に見えなくなったのを確認した後、俺はポツリと独り言を言う。


「はあ、明日からいつもの生活が始まるんだな……」


「大地」


 満面の笑顔を浮かべた悟がヒョイと姿を現す。悟は斜めがけのバッグを下げている。どこかに出掛けるんだろうか。


「のわ!! 悟!? ビックリした……いるんなら、先生に挨拶してけば良かったのに」


「いや、いいよ。2人の邪魔したくないし」


 は? 悟は何を言っているのか……まさか俺の気持ちバレてる!?


「ああ、そうだ。大地に渡したいものがあるんだ」


「俺に?」


 悟はバッグをゴソゴソすると、一枚の紙を俺に見せる。


「はい。文芸部の勧誘チラシだよ。ただいま部員絶賛募集中だし入部したら?」


「あの……俺、漫画本とラノベしか読まないけど」


「いいんじゃない? 別に。漫画もラノベも同じだよ?」


 悟が俺に微笑みの圧力をかけてくる。確か文芸部の顧問て柊先生だったよな。やっぱり俺の気持ち悟にバレてるんじゃねーのか?



 俺はふと、悟に一つの質問をした。


「なあ、悟。お前、本当は柊先生の事……」


 悟は笑顔で質問に答える。


「大地。僕は先生に憧れていただけだよ。先生の強さに」


 憧れていただけ。悟はそう言い残し、手を振りながら立ち去る。


「じゃあね、大地。柊先生、彼氏いないみたいだから頑張ってね」


「おう! じゃあな! ――て、やっぱりバレてたのか」


 ……


「ふふ。犬、だねぇ」


 悟はポツリと独り言を呟いた。もちろん、俺には聞こえなかった。


◆◆◆


――3年前


「ダイチ! 今日は文化祭の準備があるって言ったでしょ!? 勝手に先に帰んないでよ!」


「はあ? 俺知らないし! しかもなんで俺が紗英と一緒に文化祭実行委員なんだよ!? 俺、立候補してねーよ!」


「うるさい! ほら! 早く学校に戻るわよ!」


「やめて! 引っ張らないで! 助けて! 悟ぅ! るりぃぃ!」


「はは。あの2人本当に仲いいね。クラスじゃお似合い夫婦て呼ばれてるもんね。この調子だと、本当に夫婦になるかもしれないね。るりちゃん」


「……紗英さんは夫婦になりたいのかもしれませんが、大地兄さんは違うんじゃないですか?」


「そうなの?」


「はい。佐々本家の男達は好きな女性の前では犬と化すのです」


「犬? 大地が?」


「はい。大地兄さんは紗英さんに惚れてはいないと思います。犬になっていないので」


「はは、なんか面白いね……」


◆◆◆



――数時間後


「るりぃぃい! 恋の相談にのってくれ!!」


 俺はるりの部屋のドアをノックしながら叫んだ。ガチャ、とドアが少しだけ開くと、その隙間からるりの顔が見える。


「恋の相談? 私は中学生ですよ? 紗英さんに相談したらいいんじゃないんですか? ……ま、まさか大地兄さん……紗英さんの事……そうだとしたら、私は大地兄さんを一生軽蔑します」


 るりは殺人鬼のように鋭い視線を俺に向ける。


「ちょ、違う! 俺が好きなのは先生だ! 先生!! あと軽蔑しないで!」


「先生……?」


 るりは唖然とした表情でドアを開けた。


「まあ、その――俺は柊先生の事が好きになったんだが。紗英と先生は生きてる世界が違うというか……紗英には相談できないだろうし。柊先生は担当は国語だし、文芸部の顧問だし、いつも本読んでるんだよ。それなら、完全なる文学少女のお前に相談するのが1番いいんじゃないかと」


「大地兄さん」


 顔を輝かせたるりが、俺の手をグっと握る。


「そういう事でしたら! この私にお任せください! 同じ文学乙女として、大地兄さんのお力になりましょう!」


「おお! るり! 相談のってくれるのか!? 頼もしいぞ!!」



――翌日、放課後――


 俺は今、文芸部の部室の前に立っている。悟とるりから文芸部に入れと言われたからだ。

 でも、いいんだろうか? 漫画とラノベしか読まない俺が文芸部に入ってもいいんだろうか……俺はそんな不安を抱えながら部室のドアをガラッと開けた。


「だーいーちーくーん! 文芸部へようこそー!!」


 俺を出迎えたのは、発声の良い底抜けに明るい歓迎コールだった。


「……ミナト? お前、何故ここにいるんだ?」


 明るい声の主がミナトだとわかると、俺は動揺を隠せなかった。だって、ミナトは野球部だろ……しかも野球界隈で有名人で更に金の卵と呼ばれてるだろ……


「あれ? 大地に言ってなかったっけ? てか、桜田も何も言ってなかったのか。俺、1年の頃から野球部と文芸部掛け持ちしてんだよ。つっても……今まで野球部の練習で忙しかったから、文芸部は月1回顔出すか出さないかのほぼ幽霊部員だったんだけどな」


 ミナトはいたずらっ子のように笑う。


「そんなの初耳なんだけど! どういう事だよ!?」


「まあまあ。大地。話を聞きたまえよ。実は俺、高校入ったら、野球部じゃなくて文芸部に入部するつもりだったんだよ」


 ミナトから衝撃の発言。


「は? ひょっとして、ミナトはプロ野球選手にならないって事か?」


 ミナトは椅子に座り、足を組んだ。


「その通り。仮にさ、もし俺がプロ野球選手を目指すなら、この高校じゃなくて野球の強豪か名門に入学するだろ。実際、そこからのスカウト結構あったしな。俺は別の道に進むつもりだったから全部断った」


 確かに……ミナトの言う事は最もだ。プロ野球選手になるなら野球の強い学校に行くべきだと思った。


「んで? 何故野球部に入った?」


 ミナトはハア、とため息をつきながら話す。


「当時1年だった俺のクラスに野球部総出で俺を勧誘しにきたんだよ。土下座された日もあったりしてさ……しかも俺が入部するまで毎日くるんだよ? なんか断りづらくなっちゃって……」


 ちなみに1年の頃は、俺とミナトは別のクラスだった。

 そういえば、入学したての頃、朝と昼休みと放課後、野球部員がごっそりいなくなってたな――あれはミナト勧誘のためだったのか……


「金田のクソ野郎たちに足を折られた俺は今までのように野球ができなくなってさ、無事に文芸部オンリーで活動できるようになったってワケ!」


 ミナトの表情に未練は感じられなかった。本当に野球をするつもりなかったんだな。


「……へぇ、そう」


 それにしてもミナト……足折られたっていうのに、この何事も無かったかのような明るさはどこから来てんだ? きっとメンタルが強いんだろうか――なんだかんだ言って、金の卵と呼ばれる人間は普通の人とは何か違うんだな。


「ところでミナト。プロ野球選手にならないなら、何になるつもりなんだよ?」


「おお! よくぞ聞いてくれた! 俺さ、雑誌の編集者やりたいんだよ! できればスポーツ雑誌なんかいいよな! でも俺、スポーツ馬鹿だから文章力とぎ壊滅的でさ……今のうちに文芸部に入って、コツコツ文章力を上げていこうって思ってんだ」


「どっちみちスポーツには携わりたいんだな」


 俺はため息をついた。


「あ、そうそう。大地は副部長な。部長は俺だから。よろしく」


 ミナトが俺の肩をポンと叩く。


「なんでだよ!? 俺入部したばっかりなのに!?」


「桜田の遺言だから」


「ミナト。遺言ってのは、死んだ人の言葉だぞ。悟はまだ生きてる」


「佐々本くん! 文芸部へようこそ!」


 柊先生が部室のドアを開けると同時に歓迎コールを送る。


「佐々本くん! これからよろしくお願いしますね!」


 柊先生は目を輝かせながら、俺に近づく。


「え、はい……よろしくお願いします」


 俺は顔を赤く染めた。


「……おお、なるほど。桜田の言う通りだ」


 ミナトはポツリと呟いた。


◆◆◆


――昨日の夕方


 プルルルルルル――ガチャ


「桜田ぁぁああ! 何で俺が文芸部の部長なんだよぉぉぉ! ヤダよ! 俺、どうしたらいいんだよ!?」


「ミナトくん。大丈夫だよ。柊先生が色々指示してくれるから。それと明日、大地が入部するからね」


「大地が!? それなら心強いぜ! ……でもよく説得できたな。大地、今まで頑なに部活入らなかったのに」


「えーとね。これは内緒なんだけど――大地、柊先生を好きみたいなんだ。だから今の大地なら、文芸部だろうが、副部長だろうが――なんでもやると思うよ」


「何!? マジかよ!! 柊先生とか……大地の浮いた話なんて今まで聞いた事なかったけど――なんだ。柊先生を好きだったのか」


◆◆◆



それから数ヶ月後、悟は遠くへ引っ越して行った――

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