その言葉は自分に返ってくる
◆◆◆
いじめは――5月末から始まった。悟いじめていたのは僕と同じクラスの男子4人。その中に校長先生の息子、金田くんがいて……みんな金田くんの言いなりだった。僕がターゲットにされたのは、たまたまかもしれない。
昼休み、放課後――僕は体育館の裏に呼び出されては殴られたり、蹴られたり、他にもひどい事もされたり……そんな毎日を送っていた。殴る場所は、服で隠れるからという理由で――お腹と背中が多かった。
――6月半ば――
部活が終わった僕は部室の片付けをしていると――柊先生が僕に声をかける。
「桜田くん、2人で話したいんだけどいいかしら?」
「はい。いいですけど……」
僕は柊先生とともに小さな教室へ向かう。教室に着くと、柊先生は電気を点け、僕は教室の奥に入る。そして――
「桜田くん。桜田くんのシャツ、めくってくれるかしら?」
僕は先生の言葉に驚き、胸を高鳴らせた。いきなりシャツをめくれだなんて――先生は一体何を?
「先生!? な、何を言ってるんですか!? もしかして……からかってます?」
「シャツめくってくれる?」
先生は厳しく、強い口調で同じ事を言う。先生は無表情だったが、その瞳はナイフのように鋭かった。
先生に下心が無いと理解した僕は、おそるおそるシャツをめくる。殴られた跡を見た先生は、悲しそうな表情でこう言った――
「勇気を出してくれてありがとう」
僕は柊先生の言葉で心が溢れそうになった。
――1週間後――
「どういう事ですか!? 校長先生! 教育委員会からの報告が、よくあるいたずらって……担任の先生も同じ事を言ってます! 桜田くんには殴られた跡があるんですよ! あれのどこがいたずらなんですか!?」
校長室から女性の怒鳴り声を聞いた僕は、思わず聞き耳を立てる。怒鳴り声の主は柊先生だとすぐにわかったからだ。
「柊先生。報告の通りですが? 何かご不満でも? 先生は教育委員会から配布されているいじめについての資料をご覧になりましたかな?」
「はい。いじめ防止策がしっかりと書かれてました」
「でしょう? 我が校は防止策を徹底しているからいじめなんて起きるはずがないんです」
防止策が徹底しているなら、どうしていじめが起きたのか……柊先生と校長先生のやり取りを聞いた僕は虚しい気持ちになった。
「校長先生。資料に書かれているのは――いじめ防止策だけで、いじめが発覚した時の対処方法が一行もありません。だから私は――カウンセリングをはじめとした、いじめの解決策の資料を教育委員会に提出しました。いじめた子といじめを受けた子の心をケアする必要があるんです」
いつも穏やかな先生が――校長先生に対して臆せず、堂々と意見を述べている。柊先生の言葉に僕の心が洗われるようだった。
「こんな立派ないじめ防止策があるにも関わらず、いじめが社会問題になっているのは何故なんでしょうか。校長先生はそれをどうお考えですか?」
「柊先生」
校長先生が柊先生の言葉を遮るように、話し始めた。
「先生はまだ若い。先生は今後、何百人という生徒と出会うのだよ。たった1人の生徒のために労力を使ってしまうと、先生の体が持ちませんよ。これはいじめではなく、ただのいたずらです。先生、今後も教壇に立ちたかったら……わかりますよね?」
「――――っ!」
話が終わったと知った僕は近くに隠れる。校長室から出てきた先生の表情は――とても悲しそうだった。
――
「こら! いじめはやめなさい!」
「うわ! 香澄ちゃんだ! ヤベぇ!」
校長室の件以来、柊先生は金田くんたちを追い払ってくれるようになった。きっと、これが柊先生の限界なんだと……僕は悟った。
◆◆◆
悟の呼吸が落ち着くのを見計らって、俺はどうしても聞きたかった質問をする。
「悟。どうして……親や、俺に相談しなかったんだ?」
俺の質問を聞いた悟は、笑みを浮かべる。
「そうだね。どうしてだろう。実はね、僕もいじめを受けるまでは――その……いじめで自殺した子たちのニュースを見て、どうして周りに相談しないのかって不思議に思ってたんだ」
悟は言葉を紡ぐごとに、表情を暗くしていく。
「でも、いざ自分がそうなると、その子たちの気持ちが痛いほどわかるんだ。報復が怖かったのはもちろんだけど――心配されるのが目に見えるから……それがなんだか一番嫌だったんだ」
悟の言葉がグサリと、俺の胸に突き刺さった。その余韻がしばらく残る。
「大地。ミナトくんが襲われた事件を覚えてる?」
悟の表情は暗いままだ。
「覚えてるよ。今でも忘れられない」
「金田くんたち、本当は……柊先生をバットで殴るつもりだったんだ」
悟はさらに話を続ける。
◆◆◆
「悟ぅ、これなーんだ?」
夏休みのある日の夕方。場所は学校の体育館の裏。どこから持ってきたのか、金田くんは金属バットで素振りをしていた。
「金属バット……それで一体何を……」
「最近さー、香澄ちゃんがうざったいんだよなー。だから、これで黙らせようかなぁ――て思ってんの」
金田くんたちはゲラゲラ笑い合う。血の気が引いた僕はその場に座り込んだ。
僕のせいで……柊先生が……
僕は金田くんのズボンにしがみついた。
「やめろよ! そんな事したら……先生が死んじゃうよ!」
僕は大声で叫んだ。殴られるのは嫌だけど――僕の前で先生がキズつけられるのはもっと嫌だった。
「ああ? お前は黙ってろよ!」
金田くんが僕の脇腹に蹴りを入れると、僕は『かは!』と叫びながらそのまま倒れた。
「桜田! いつからそんな反抗的になったんだ!? オラ!」
金田くんたちは無抵抗な僕を蹴り続けた。
……
「何してんだ? お前ら」
声が聞こえた。それは柊先生――ではない、男の声。声の方を見ると、そこにいたのは――ミナトくんだった。
「あれ? お前……桜田!」
「ミナト……く……」
「おい、コイツ野球部の青倉だぜ」
「ちっ!」
「自主練終わって体育館の前を通ったら、悲痛な声が聞こえてきたもんで何事かと思って来てみたら――いたずらにしては度が過ぎてね?」
ミナトくんは金田くんを睨んだ。
「お前には関係ないだろうが!」
「いやいや。桜田は俺のダチだから。関係大ありよ。――て、桜田、大丈夫か?」
「うん……」
ミナトくんが僕に近づく。金田くんの仲間の1人が、ミナトくんに殴りかかった――が、運動神経のいいミナトくんはひょいっと難なくかわした。
「そんなん俺がくらうかよ!」
ミナトくんが笑みを浮かべるが、金田くんがミナトくんの前に立ちはだかり――
「うあ!」
金田くんがミナトくんの顔面に一発。ミナトくんが仰向けに倒れる。
「青倉さぁ、お前ちょっと野球上手いからって調子乗んなよ! 今年は県大会の決勝で負けたみたいじゃねぇか! 俺がバットの振り方教えてやるよ!」
金田くんは、金属バットを大きく振り下ろした――ミナトくんの左足めがけて。
「があああああ!」
ミナトくんの悲痛な叫びを聞いた僕は目の前が真っ暗になった。
「はっ! 金の卵か何か知らないが、俺には校長の親父がいるんだ! 親父が全部揉み消してくれるさ!」
アイツはミナトくんの足元にバットを投げつけ、立ち去ろうとした。
「お前ら……俺にこんな事してただで済むと思うなよ」
ミナトくんは痛みを必死で耐えながら、不敵な笑みをこぼしていた。これから起こる事を予言していたかのように――
◆◆◆
――
「ただいま」
俺は自分の家のドアを開けて靴を脱いだ。時間はすでに夜8時を過ぎていた。
「おかえり、大ちゃん。また悟くんの家に行ってたの? ご飯は?」
母さんが姿を現すが、俺は母さんの顔を見ずに横を通り過ぎる。
「いらない」
自分の部屋のベッドでうつ伏せになり、枕に顔を埋める。俺は今日の事――今までの事を思い出していた。
『桜田くん、あなたは何も悪くないわ。佐々本くん、あんな事があったけど……どうか気を落とさないでね』
『ふざけんなよ!! 悟はいじめられて――ミナトは足折られて……アンタ、悟のクラスの副担任だろ!? 担任も学校も今まで何やってたんだよ!?』
俺は悔しさと怒りと虚しさで胸が一杯になり、握りこぶしを枕に思いっきり打ちつけた。
「ホントに……今まで何やってたんだよ。俺は」




