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ずっと一緒なんてことはない

――夜――


 香澄()は、るりちゃんの部屋で一夜を過ごす事になった。るりちゃんは自分のベッド、私は床に敷かれた布団で寝る。

 布団にうつ伏せ状態で上半身を起こした私は、るりちゃんの方に顔を向ける。


「ねえ、るりちゃん。私と大地は明日のバーベキューに参加するつもりだけど、るりちゃんは参加するかしら? もし、参加するならるりちゃんのお友達にも会ってみたいわ」


 パジャマ姿のるりちゃんはベッドに座り、私に笑顔を向ける。


「柊先生や大地兄さんが行くのなら、私も行きます……」


 そう言ったあと、寂しそうに微笑む


「私、この町で友人と呼べる人はいません。この町の人たち――小さい頃から仲が良い事は聞いてますよね。裏の空き地で鬼ごっこ、森の探検、海で釣り、友人の家に集合して色々遊んで――でも私は静かな場所で本を読んでいたいんです」


 るりちゃんは心の底から本が好きなのね。でも、たまに運動もした方がいいと思うけど……


「あ、でも以前は私と同じ趣味の人がいて、その人だけとは仲が良かったんです。その人は――悟くんです。そういえば、悟くんは先生の生徒だったんですよね」

「そうね」

「悟くんは大地兄さんを通して知り合ったんです」


 るりちゃんは自分の幼い頃の話を始めた。


◆◆◆


――12年前


 幼い私はいつも静かな所で絵本を読んでました。私は外で鬼ごっこするよりも、おままごとするよりも、テレビでアニメを見るよりも――絵本を見ることが好きな子供でした。


 ある日曜日の午後――私はいつものように家で絵本を読んでいると、当時小学生だった大地兄さんがこう言いました。


「るり! 今日は空き地行こうぜ!」


「いや! あきち、うるさいからキライでしゅ!」


 私は即答で拒否しました。


「そんな事言うなよ。今日はるりと友達になれそうなヤツがいるんだ。きっと仲良くなれるぜ!」


 おともだち――私は大地兄さんの言った事に胸が踊りました。今まで絵本を1人寂しくで読んでいた私にとって、それは新しい世界への招待状でした。


「にいたんがそこまでいうなら、しかたないでしゅね!」


「決まりな! じゃあ、行こうぜ」


 大地兄さんに手を引かれて空き地に向かうと、空き地の隅のベンチに男の子が1人座っていたんです。


「さとるー! この子が妹のるりだ。さとると同じ本好きだから、仲良くしてくれ」


「初めまして。るりちゃん。桜田(さくらだ) (さとる)です。よろしく」


 悟くんは両親の転勤で転校してきたばかりで、悟くんの趣味が読書だと聞いた兄さんが悟くんに声をかけたんだとか。

 子供っぽい2人の兄さんと違って、大人びて穏やかな雰囲気の悟くんが眩しく見えました。


「ささもとるり、3さいでしゅ。よろしくおねがいします」


「おお、るりちゃん、しっかり挨拶できて偉いね」


 悟くんの落ち着いた笑顔は、いつもうるさかった空き地を穏やかな世界に変えてくれたんです。


「にいたんは、おこちゃまでしゅから。るりがしっかりしないといけないんでしゅ!」


「ええ!? るりぃ! 俺、そんな頼りないか!?」



 しばらくすると、頬を膨らませた紗英さんが空き地に来ました。


「あ、さえ。どうした?」


「どうしたじゃないわよ! 今日、太田くんの家でゲーム大会やるんでしょ!? どうして来ないのよ!」


「俺、今日はさとると遊ぶからパスって他のヤツに言ったんだけどなぁ」


「はぁ!? なにそれ! あたし聞いてないもん!」


「ぐあ! いててて! ちゃんと伝えなくて悪かったって! 今度から気をつけるよ」


 紗英さんは涙目になりながら兄さんの頭をボコボコ叩きました。その後、私と悟くんに笑顔を向け、こう言いました。


「そうだ。悟くんとるりちゃんも一緒に太田くんの家に来ない? 人数は多い方が楽しいよ」


「えーと……じゃあ、言葉に甘えてお邪魔しようかな……」


「いいのか? さとる。騒々しいだけだぞ」


「るりもいきましゅ!」


 私の返事を聞いた大地兄さんは顔を輝かしながら


「るり……お前が他の人の家に行くと言うなんて……お兄ちゃんは嬉しいぞ!」



◆◆◆


 大地とはタイプが違うけど、紗英さんもまた友達思いなのね。


「るりちゃん。るりちゃんが紗英さんを拒否するようになったのはもしかして――悟くん、が関係してるのかな?」


 るりちゃんは目を大きく開かせた私を見つめる。


「ひょっとして正解?」


 私がそう言うと、るりちゃんはまつ毛を伏せた。


「はい。私が紗英さんを拒否するようになったのは、悟くんの不登校がキッカケなんです――」


 やっぱり。

 悟くんの不登校、るりちゃんと紗枝さんの間にある深い溝――元凶は私だ。



――翌日の昼――


「ダイチ! 火弱くなってるじゃない! もっとあおいでよ」

「うるさいなー、ちゃんとやってるってば」


 大地()の実家の裏の空き地。そこはバーベキューで人が賑わう。俺は紗英の仲良しグループのコンロにて団扇をあおいでいた。

 やっぱり香澄とデートすれば良かった――俺は心底後悔していた。だって、俺、ずっと団扇をあおがされてるし、焼きイカしか食べてないし、何より……香澄とグループが離れてしまった。


 俺、昨日紗英に2回も言ったのに! 香澄は俺の将来の奥さんだって。普通さ、ここは気をきかせて俺と香澄が常に一緒にいられるようにするもんじゃないの?


 俺がこうしている間にも他の男が香澄を狙ってんじゃないかと思うと気が気じゃない。3秒毎に香澄の場所を確認する。幸いにも、香澄のそばにはるりがおり、女の子のグループへとうまく誘導してくれているようだ。


「るりちゃん、もう高校生なんだぁ。大きくなったねぇ」

「はい、おかげ様で。皆様もすっかり素敵な大人の女性になられてて驚きました」

「まあ、るりちゃんったら! お世辞が上手なんだから! ところで、そちらの方は? もしかして……佐々本くんの彼女さん?」


「あ、初めまして。柊香澄と言います」


「香澄さんは彼女ではなく、大地兄さんの運命のお相手、すなわち将来の奥さんです」


「「え?」」


「もしかして、聞き逃しましたか? 最も重要な部分なので何回でも言いますね。香澄さんは大地兄さんの運命のお相手、すなわち将来の奥さんです」


「「えええええええ!!」」


「あの……るりちゃん。そこは彼女でもいいのよ?」


 ふふふ。さすが俺の妹だ。俺の言いたいことを完璧に伝えている。しっかり者の妹がいてくれて本当に良かった。そんな事を思っていると、誰かが俺の肩をつつく。


「何? 俺は今忙しい――」


「ダイチ。イカ焼けたよ。アーン」


 紗英が笑顔で俺にイカを向けてきた。またイカかよ。肉をくれよ、肉を。


「1人で食えるわ!」


 俺は紗英からイカ焼きを奪い取る。


「大地。また夫婦喧嘩か?」


 俺たちのやり取りを見ていた紗英の仲良しグループのうちの1人が俺をからかう。


「違う! 誤解を招く表現はやめろ!」


 小中学の頃からこういったからかいは続いてきた。当時は好きな子がいなかったから夫婦喧嘩と言われても何ともなかった。でも今は違う! 香澄に誤解されて嫌われたら……俺は生きていけないと言っても過言ではない。


「あ、ごめんな、大地。今――将来の嫁がいるんだっけ」

「わかればよろしい」


 俺はハアとため息をつきながら、イカ焼きにかぶりつく。


「ねえ、ダイチの将来の嫁て、あの柊先生なんでしょ?」


 突然、紗英が苛立ち混じりで大きな声をあげた。俺を含めた多くの人が紗英のいる方を向く。紗英は苦い顔つきをしていた。


「昨日さ、『柊』て苗字とダイチの通ってた高校の先生と聞いてピンときたんだ。柊先生てさ、悟くんのクラスの副担任だったんでしょ?」


 俺の心臓が高鳴る。紗英、本当にどうしちゃったんだよ?


「紗英! やめろ! これ以上言うな!」


 俺は紗英に負けじと叫ぶが、紗英は続ける。


「悟くん、学校でいじめられて、不登校になって、自殺しようとしたんでしょ? 教え子がそんな悲惨な状況になってたっていうのに――柊先生はさ、何してたの?」


 紗英の主張に辺りはざわつき始める。るりは紗英を鋭く睨む。香澄は――少し寂しそうな表情をしていた。


「紗英……お前……」


 俺の心に黒い何かが――少しずつ、じわじわと侵食してくる。


「紗英さん」


 香澄は微笑みながら、紗英の前に立つ。


「何よ。あたしの頬を引っ叩いちゃう? 言う事を聞かない生徒にも、引っ叩いてるの?」


 違う! 香澄は一度も生徒に手をあげていない! ――いや、少し違う。香澄は、一度だけ手をあげたことがある。それは当時、生徒だった俺に対してだ。


「紗英さん。ちょうど私も悟くんの事で――貴女とお話したいと思ってました」


「何? 言い訳でもするつもり?」


 紗英が冷めた目で香澄を見る。香澄は一体何を……と思った瞬間。俺は信じられない光景を目の当たりにする。


「紗英さん、紗英さんの怒りは最もです。悟くんを追い詰めたのは――学校の不手際です。もちろん、担任の先生、副担任の私も……悟くんを助けられなかった」


 香澄は土下座をしていた。頭を地面にしっかりとつけており、頭を上げる気配すらない。


「私が不甲斐ないばかりに……悟くんを追い詰めただけでなく、紗英さんの大切なものを壊してしまいました。申し訳ありません」


 やめろ。香澄のそんな惨めな姿は見たくない。


「悪かったと思うなら――ダイチと別れて! 二度とこの町に来ないでよ! アンタなんかにダイチを任せられない!! この偽善教師! 生徒に手ぇ出すんじゃないわよ!!」


 その時、香澄の手は震えていた。それを見た俺の心は真っ黒に染まった。


「もういいんだ。香澄。悟の事はもう終わったんだ」


 俺は香澄を起こし、香澄の両肩に手をのせていた。


「大地、まだ終わってないわ。まだ……」


 香澄は空っぽの笑顔を見せる。声が震えていた割に涙の跡が見当たらない。


「香澄、一緒に家に帰ろう」


 香澄は困惑していた。きっと俺は今、怖い顔になっているからなのかもしれない。俺は紗英の顔を見ることができなかった。今、紗英の顔を見ると何するかわからない。


「何言ってんの! ダイチ! その女は――」

「紗英」


 俺は紗英の話を遮る。


「紗英は言ったよな? 香澄にこの町に二度と来るなと。それで許してくれると。俺も二度とここには帰らない」

「なんでそうなるのよ!?」

「俺も同罪だ」


 悟は俺たちが小学生の時に転校して来た。以降、俺は悟とずっと一緒だった。

 俺と悟は同じ高校に進学し、平凡な高校生活を送っていた――が、イジメを受けていた悟は不登校になり、自殺未遂を起こした。


 悲しい事に俺は悟に何もできなかった。

 だが不思議な事もあるもので、俺が香澄に惹かれたのは、悟の不登校がキッカケであった。


 俺はふと、悟の顔を思い出した。

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