俺の妹VS俺の幼馴染
――翌日――
「香澄!」
町に一つだけ存在する錆びた無人駅。俺は電車から降りた香澄を呼ぶ。
俺の生まれ育ったこの町は道路がややこしく、車で行くと道に迷ってしまうため電車で来てもらう事にした。
「荷物俺が持つよ」
「キャリーバッグだし、大丈夫よ」
「いいんだ。女の子に大きい荷物持たせると、俺が母さんや妹に怒られるんだ」
まあ、それ抜きでも遠慮しないで欲しいけどね。
「……じゃあ、お願い」
香澄からキャリーバッグを受け取ると、カラカラと音を立てて歩く。
「空気おいしい」
香澄は鼻をスンスンさせながら海の方向を見る。
「そうかぁ? 港町だから潮の匂いがすごいと思うけど」
「それも含めておいしいのよ」
良く晴れた空に青い海。俺には見慣れたいつもの光景だが、香澄は違うのだろう。
「……ここに来るのは3年ぶりかしら」
香澄は曇った表情で海を眺める。
「ああ、あの時は大変だったな」
実は以前、香澄はこの町に来たことがある。俺が高校生の頃に。何しに来たのかは……まあ後で話す事にする。
しばらく2人で歩いていると、前方に女性が腕を組みながら突っ立っているのが見えた。
「紗英」
俺は女性の名を呼ぶ。彼女は江ノ本 紗枝。
昔はボーイッシュな雰囲気の紗英だったが、今はすっかり大人の女性に変貌していた。胸までフワッと伸びた少し明るい髪に、白いブラウスとブラウンのスカートを身にまとっている。
香澄は困っているような、戸惑っているような……そんな表情で俺に尋ねる。
「大地のお友達?」
「幼馴染だ」
しかし、紗英とここで会うなんて……困ったなあ。
「ダイチ!」
「はいぃぃ!」
俺は紗英の声に反応する。
「帰ってきたんなら、帰って来たってあたしに連絡してよね! 町の皆もダイチが帰ってくるのを待ってたんだから! しかも去年は1度も帰って来なかったじゃないの!」
紗英が鬼の形相で俺たちに近づく。
「……ごめん」
紗英は呼吸を落ち着かせた後、香澄を見る。
「そちらの方は?」
「えと、紗枝さん、はじめまして。柊香澄です」
香澄は紗英に向かってペコリと頭を下げる。
「俺の将来の奥さん」
俺は声高に宣言した。なんたって最も大事な部分だからな。
「は?」
紗枝は切れ長の目を見開きながら、俺を見る。
「だからあ、俺の将来の奥さん」
最も大事な部分だからな。聞き逃していたら大変だ。何回でも言ってやろう。
「はああああ!!?」
紗英はこれ以上ないくらいの大声で叫ぶ。鼓膜が破れそうだ。
「ちょっ! 紗英! 声でかいって!」
俺は紗英の口を封じた。
「…………ちょっと、ダイチ。こっち来て」
紗英は俺の手を振り払った後、俺の手を取り香澄から少し離れる。
「ダイチ! 将来の奥さんてどういうこと!? あたし、聞いてないわよ!」
紗枝は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「話してなかったのは悪かったよ。でも後で時間があったら皆に紹介しようとは思ってるし……」
「バカ! ダイチのバカ! あたし……アンタが帰ってくるのをずっと待ってたんだからね……」
一通り怒鳴った後、紗英は目を潤ませる。
「ちょっ、紗英!?」
俺、なんか変な事言ったか……? 俺はどうしていいかわからず、オロオロしてしまう。
「どうしたの?」
異変を察知したのか、香澄が俺のそばまで走ってくる。今の俺にとって香澄は女神様のように思えた。
「香澄ぃ。俺、何か変なこと言ったみたいで、紗英を泣かせてしまった……」
香澄は俺と紗英を交互に見た後、しばらく考える仕草をする。そして何故かクスクスと笑いだす。
「ね、大地。とりあえず3人で大地の家に行きましょ」
正直いうと香澄と2人きりでこのまま歩いていたかったのだが、この状態の紗英を放置するのも忍びなかった。
「しょうがないか……紗英をこのままにしておけないし」
俺は紗英と並んで歩く。香澄はというと――幼馴染同士の語らいを邪魔したくないのか、俺と紗英から後ろに少し離れて歩く。
「何よ……自分は気遣いできるいい女ですよアピール? なんか腹立つ」
紗英は俺にしか聞こえないような小声で話す。
「何言ってんだよ。泣いてる紗英をこのまま置いていくワケにはいかないだろ」
俺は声のトーンを紗英に合わせる。
「ちなみに、何してる人なの? 大学生にしては落ち着いてるわね」
「高校の先生。俺は元生徒だよ」
「はぁ!? 大丈夫なの? きっとあの女、学校でたくさんの男子生徒の若い蜜とか吸ってんじゃないの!?」
紗英、もしかしてエロ漫画でも見てんのか?
「あのな。俺はちゃんと高校の卒業式にプロポーズしたし、お友達から始めたし、その後は香澄のお義父さんにも会って条件つきだけど結婚の許しもらってるし……それなりに手順踏んでるぜ?」
「ぷ、ププププロポーズ!? 結婚の許し!!?? そこまで話が進んでたの!?」
「だから俺の将来の奥さんて、最初に2回も言ったんだけど」
紗英は俺をキッと睨むと、俺の後頭部にチョップをかます。
「ってぇ! 何すんだよ!」
「知らない! ダイチのバカ!!」
紗英は頬を膨らましながらそっぽむく。
しばらく気まずい雰囲気を醸し出しながら歩いていると、実家が見えてきた。実家のドアの前に人が立っている――るりだ。
「あ」
るりは俺たちを見つけると、タタタ、と音を立てて近づく。
「お帰りなさい。大地お兄さま」
お、お兄さま? お兄さまて初めて呼ばれたんだけど……そして、るりは後ろにいる香澄の方へ向かい、ペコリと頭を下げる。
「お久しぶりです。柊先生、いえ、今は香澄お義姉さまですね。兄がいつもお世話になっております」
……香澄お義姉さま?
「まあ、るりちゃん? 大人っぽくなったのね」
実は俺の家族と香澄は一度だけ面識があった。まあ、この話も後ほど語る事にする。
「嬉しいです。私の事、覚えていてくださったんですね。あの、お義姉さまの事は兄からよく聞いております」
るりは顔を上げると、その表情はとても穏やかだった。昨日の悪態からは想像も出来ない程の豹変ぶりだ。
「あの、るりちゃん。お義姉さまはちょっと……柊先生て呼んでもいいから」
「そうですか? 香澄お義姉さまは兄と結婚するのですから、香澄お義姉さまの方がいいと思ったのですが――お義姉さまが言うのでしたら――柊先生と呼びますね」
俺の将来の奥さんだから、香澄お義姉さんと呼んでもいいんだけどな。
「ところで……」
るりは紗英の方を向いた。
「なんで紗英さんも一緒にいるんですか?」
るりは昨日と同じように辛辣な表情を浮かべる
「なんでって……たまたま道で会ったのよ。悪い?」
紗英も負けじと辛辣な顔になる。
「悪いに決まってるじゃないですか。今日は大地お兄さまの運命のお相手である柊先生を家族全員で祝福する大事な日なんですから。はっきり言って紗英さんは邪魔です」
多分、俺の将来の奥さんと自分の家族との対面と言いたいのだ。ていうか、いつもの辛辣な妹に戻ってしまった――お兄さま悲しいです……
「別にいいじゃないの! あたしはダイチの幼馴染だし、ダイチが得体の知れない変な女に引っかかっていないか、心配なのよ!」
「妹の私からすると、紗英さんも得体の知れない変な女です」
「なんですって!?」
るりと紗英の背景に、燃え上がる炎の柱の幻が見える。
「おい、ここで喧嘩しないでくれよ! もういっそ俺ん家に皆で入れよ!」
「そ、そうね。家の中に入って、皆で仲良くお話しましょ」
俺と香澄は燃え上がる2人をなだめるかのように、家に入った。
――
「………………」
俺の家は、まるでお通夜のように沈黙に包まれていた。
俺と香澄と親父と母さんとるりと紗英は居間に集まっており、大きな食卓を囲って座っている。食卓の上に人数分の緑茶、そして食卓のど真ん中には一つの大きな器があり、そこにはさまざまなお菓子が置かれていた。
まず俺と香澄は隣同士。俺たちの向かいには親父と母さん。母さんの隣にはるり。何故か俺の隣には紗英が座っていた。兄貴は、仕事で家にいない。
俺はるりと紗英を交互に見る。仲良くおしゃべりできる雰囲気になれないんだが。どうしよう……
「お久しぶりです、柊先生。いや、香澄さんと呼んだ方がいいかな。遠い所からよく来てくれたね」
最初に沈黙を破ったのは、親父だ。
「あ、お久しぶりです。大地さんのお父さんとお母さん。これ、お土産です。お口に合うといいのですが」
香澄は紙袋を食卓の上に置く。
「父の経営しているレストランのリンゴジュースです」
「ありがとう。後でいただくわ」
母さんが笑顔で紙袋を受け取る。
「それで香澄さん。俺の息子の事だから、香澄さんにいきなりプロポーズしたと思うんだが……」
「はい、そうですね。本当に驚きました」
「まあ! 大ちゃんたら。本当に父さんそっくりね」
「香澄さんがここに来る、という事は息子との結婚を考えてくれていると考えていいのかな?」
「はい。最初はお友達から始めたんですけど――その、大地さんの……友達思いで優しい性格に惹かれました。私の父も大地さんのことを気に入ってくれていると思います」
「香澄さんのお父さんが?」
母さんが驚いた顔で香澄を見る。
「4月に香澄のお義父さんに会ったんだ。それで俺が大学卒業するまでキス以上の行為をしない条件を守れたら――結婚を認める、て言われたんだ」
俺は頭をかきながら、お義父さんに会った事や話した事を話した。
「それは辛いな。そういや、俺も1年間母さんに手を出さない事を条件に出されたなあ」
親父は腕組みポーズになると、しんみりした表情になる。
「何言ってるんですか! 香澄さんのお父さんは、香澄さんと大ちゃんの将来を考えて条件を出したのではありませんか!? もし、るりちゃんの相手が大ちゃんみたいな人だったら――私も似たような条件つけます!」
「そんな!」
るりが衝撃を受ける。まさか……るりにそんな相手が!?
母さんは、『ふぅ』とため息をついたあと、優しい表情で香澄を見る。
「香澄さん――大ちゃんが高校生の頃、香澄さんには大変ご迷惑をおかけしたと思います。でも大ちゃんが今、心身共に健やかに過ごしているのは香澄さんのおかげです。父さんに似て馬鹿なところが多い息子ですが、今後とも大ちゃんをよろしくお願いしますね」
母さんは香澄のそばに座り、香澄の手を取る。香澄は照れくさそうに、母さんの手をじっと見つめる。
「母さん、俺も馬鹿なの!?」
親父が衝撃を受ける。母さんは笑顔でうなずいた。
「……」
俺は紗英の方を見ると、紗英はずっと黙ったまま苦い顔をしていた。
――
「紗英、今日はごめんな。居心地悪かっただろ」
時間は午後3時。俺は紗英を家に送るため、2人で外を歩いている。紗英はというと――口を尖らせている。せめてるりと仲良くできれば色々お話できたろうに。
「いいよ、別に。あたしが勝手に押しかけたようなもんだし。ダイチが謝る事はないよ。あとさ、いつまでここにいるの?」
「ん? ああ、月曜日の昼までいるよ。香澄は仕事あるし、俺もバイトあるからな」
カレンダーでは月曜日は祝日である。
紗英は無表情で『ふーん』と言う。今日は笑顔を見せる事が少ない。昔はたくさん笑う子だったのに。
「ね、ダイチ。明日は暇かな?」
紗英は一転、笑顔をのぞかせる。
「いや、明日は香澄とこの町をデートし……」
「明日の昼さ、大地の家の裏にある空き地で皆を集めてバーベキューしようよ!」
え、俺デートしたいんだけど。この日のためにプラン練ってきたのに。思い出の場所とか、景色のいい場所とか……しかし無下に断ると、紗英がまた泣き出すかもしれないし……
「わかったよ。じゃあ――明日、香澄と一緒に参加するよ。香澄が良ければだけど」
紗英がまた苦い顔をする。さっきの笑顔はどこ行ったの!?
「そう……あ、家すぐ近くだからここでお別れだね。じゃあ、また明日ね! 時間は後で連絡するから!」
紗英は笑顔で手を振りながら走り去ってしまった。
「お、おう! また明日な」
俺も手を振って、紗英を見送った。
――
時刻は午後3時。
香澄は大地のお父さん、お母さんと居間でお話をしていた。るりちゃんは宿題があるとかで、自分の部屋にこもっている。
「香澄さんが最初にこの家に来た時、ビックリしたなぁ。確か夜遅い時間だったよな。眠っていた香澄さんを大地がおんぶして帰って来たんだっけか」
「はい、あの時はご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
恥ずかしい思い出が蘇る。同時に複雑な思い出も……
「そんな気にしないでくださいな。でも、あの時の大ちゃんの顔……今でも忘れませんよ。寒い時期だというのに、顔から耳まで真っ赤になってたのよ」
「そうだったんですか」
「その時の大地の姿、香澄さんにも見せてやりたかったぞ。ホント面白かったんだから! クックック」
「父さんたら……」
大地のご両親はとても仲がいいのね。私は笑顔になった。
しばらく話し込んだあと、大地のお母さんが少し憂いを含ませた表情になる。
「香澄さんは家の裏の空き地があるのを見たかしら?」
「はい。たくさんの子供たちが遊んでるのを見ました」
「啓ちゃんと、大ちゃんと、紗英ちゃん、るりとか――昔、大勢の子供たちがその空き地で集まって遊んでたの。大ちゃんは紗英ちゃんと――あと、悟くんと特に仲が良かったのよ」
悟くん――私は彼をよく知っている。
悟くんは、私が高校の先生になったばかりの頃、副担任を担っていた時のクラスの生徒だった。当時、彼は高校2年生だった。しかし、高校2年生の冬に遠くへ引っ越した。
空き地での昔話を聞いた私は、気になっている事を訊ねる。
「あの、るりちゃんと紗英さんの事なんですけど……喧嘩でもしたのでしょうか?」
「やっぱり気になりますよね。昔はそれほど仲が悪くなかったんだけど、いつからだったかしら。確か、大ちゃんが香澄さんを初めて家に連れて来たその日以来――急にるりちゃんから紗英ちゃんを拒絶するようになったのよ」
「そうだったんですね。あの、実は……そういった話は学校ではよくあるんです」
「まあ、そうなの?」
大地のお母さんは目を丸くする。
「はい。簡単に言うと、一方が急に拒絶するのは――お互いの価値観の相違が原因である事が多いんです。紗英さんにとっては普通の事、良かれと思ってやった事などは……実はるりちゃんにとっては絶対に許せない事だったりするんです」
「ほえー、なるほどなぁ。さすが先生」
大地のお父さんが久しぶりに口を開く。
「るりちゃんにとって何が絶対許せなかったのか――それがわかればすぐにでも解決できると思うんです。るりちゃんから何か聞いてませんか?」
「聞いたけど、何も話してくれないのよ」
お母さんはため息混じりに答える。
「じゃあ、異性関係かもしれません。親にも言えない事ですから」
異性関係と聞いた大地のお父さんとお母さんは、驚きの表情で私を見る。
「私からるりちゃんに聞いてみます。何かお役に立てればいいんですけど」
「柊先生……じゃなくて、香澄さん。香澄さんには何度も迷惑をかけてしまって申し訳ないわね」
大地のお母さんは私の手を取ると、優しい体温で私の手を包み込んだ。私は、自分のお母さんを思い出した――自殺で亡くなったお母さんを。




