美味しいパスタにはヒヨコ(♀)がいる
――4月中旬、土曜日――
土曜日。わずかな雲と青空が広がり、春の温かさが町を包んでいる。
休日の繁華街はたくさんの人で賑わっている。
そして、繁華街のとある店の前にて。休日用の私服を身にまとっている種元と香澄が向かい合う。
「あの――柊先生」
「はい、なんでしょうか? 種元先生」
香澄を食事に誘った数学教師の種元は、香澄の背後に視線を送っている。
「どうして、柊先生のうしろに4人の生徒たちがいるのですか?」
「おはようございます! 種元先生! 俺は新陳代謝が活発だからパスタが余ったら俺にください!」
「おはようございます! 種元先生! 美味しいパスタと聞いて行かずにはいられません!」
「おはようございます! 種元先生! 茹でる前のパスタの色は生まれたてのヒヨコの色……行かずにはいられません! なあ、『ミヨコ』!」
「ピヨピヨ! ピヨピヨ!」
香澄の背後にいるのは、文芸部部長の青倉、パスタ部部長の板利、そしてペットのヒヨコ(♀)『ミヨコ』を肩に乗せたヒヨコ蔵部部長の日横の3バカ部長が私服姿で並んでいる。そして――
「おはようございます。種元先生。俺たちは柊先生から誘われたんです。部費のために勉強を頑張った3バカ部長への労いと、コイツらの勉強の面倒を見た俺にお礼がしたいって」
――俺、生徒会長の柳木優一も私服で3バカ部長の隣に並ぶ。
そういえば、3バカ部長に付き合ってた文芸部副部長の佐々本は家の用事で来れないらしい。
「種元先生。ごめんなさい……この子達は部費のために本当にお勉強を頑張ってくれました。だから、どうしても労いたくて……この子たちの分は私が払いますので」
「あ、いやいや、いいんですよ……柊先生は本当に生徒思いなんですね。先生の鑑です」
「そんな、恥ずかしいです」
ふん。種元め。心にも無いセリフをウダウダと吐きやがって。
何が生徒思いだ。桜田がいじめられて不登校になった時――桜田を本気で心配していた香澄に何かしたか? 見て見ぬ振りをしていただろう!
――
「わ! ここのパスタ、本当にうまー! 5杯はいける!」
「パスタに絡みつく鮮やかな黄色のクリーム――まるで生まれたてのヒヨコのよう……なあ、ミヨコ」
「ピ!」
イタ飯に入った俺たちは、大きな四角のテーブルで各自が注文したパスタを食べている。
俺、青倉、日横の3人と香澄、種元、板利の3人が向かい合って座っている。
種元はちゃっかり女性に囲まれている。
「柊先生。ここのパスタの味どうですか?」
「本当においしいです。教えてくださってありがとうございます」
「いえいえ。他にも美味しい食べ物のお店知ってるんで一緒に行きましょう」
「まあ! 種元先生は美味しいお店をたくさん知ってるんですね。すごいです」
種元は香澄の気を惹いている。種元め! 食べ物で香澄を釣ろうなんざ100年早いわ!
俺は血のように真っ赤なナポリタンをフォークでグルグルグルグルと巻き付ける。
あれ? そういえば何かが物足りない……なんだろう。
俺は種元の隣に座っている板利に目を向けた。板利はフォークに巻き付いたパスタをジッと眺めている。どうしたのだろうか?
究極のパスタを追い求めているパスタ部部長の板利の事だ。パスタとなれば板利が一番口やかましくしていそうなんだが……
「板利。体の調子悪いのか? パスタ食べないなら、俺にくれよ」
俺と同じように板利のおかしな様子に気づいた青倉が、パスタをよこせと声をかけた。
青倉の言葉にハッと気づいた種元は板利に顔を向け、口を開く。
「本当だ――板利さん! 大丈夫かい?」
「え? あ、ハイ。私は大丈夫です」
板利はパスタの巻き付いたフォークを口に運んだ。
そして、板利は体をワナワナと震わせる。
「おい! 板利! 大丈夫か!?」
明らかに様子のおかしい板利に、青倉がササっと板利のそばに瞬間移動する。
危機を察知した時の青倉の反射速度は異常だな。
「い、板利さん? えーと、どうしたら……」
明らかに様子のおかしい板利に、種元はただオロオロするだけである。
おいおい、種元…… 先生も人間とはいえ、もう少ししっかりしてくれないか?
「板利さん。気分が悪いのなら私と少し外に出ましょう」
香澄はそう言うと、板利を支えながら店の外へ出た。
2人の女性がいなくなり、4人の男たちと1匹のヒヨコ(♀)だけがポツンと残される。
「あ、僕はトイレに行ってくるよ。君たちはパスタを食べてて」
種元はそう言うと、トイレへ向かった。
トイレに向かう種元の姿を確認すると、俺も立ち上がる。
「……青倉。俺もトイレ行ってくる」
「わかった。でも、早く戻って来いよ。でないと、俺、柳木のナポリタン食べちゃうかもしれないぞ」
「そうなったら青倉の一族を末代まで呪ってやるぞ」
青倉め……どんだけ腹が減ってんだ! まったく!!
……
「もちもち、ユキたん? このあとお暇~?」
種元しかいない男子トイレから気色悪い声が漏れている。俺はトイレの入り口で身を隠し、種元の話を聞く。
種元は俺の存在に気づいておらず、誰かに電話をしているようだ。電話の相手は『ユキたん』とやらか。吐き気がするような呼び方をしおって。
「うん、そうそう。柊先生と2人っきりでご飯食べて僕の部屋に連れ込んで先生にお酒飲ませたあと、『3人』で楽しむ予定だったのにぃ……邪魔が入っちゃって今日は無理そうだよ~。しかも、邪魔ばっかりでもうゲンナリしちゃった」
さ、3人でお楽しみだと……! 種元から発せられた衝撃の言葉に俺は嫌悪感が暴発した。
種元おおお! 『ユキたん』とかいう得体の知れない女と共に……まだ男とキスすらしたことのない香澄を3Pに巻き込むつもりだったのかあああ! クワアっ!!
香澄と2人きりのデートを邪魔した俺たちを邪魔者扱いするのは理解できるが……具合の悪い板利を心配しないのはさすがに如何なものか。
種元がこれほどまでにろくでなしクソ野郎だったとはな。
香澄は今年で24歳。人並みに恋愛して結婚を考えてもおかしくない年頃だ。
肝心なのは……香澄の選んだ相手。
香澄と一緒に平凡で幸せな家庭を築いてくれそうな、大人のいい男であれば――俺は大人しく見守るつもりだった。
種元の本性はよーくわかった。ろくでなしクソ野郎の種元には香澄から身を引いてもらうしかないな。
俺はトイレから立ち去った。
それから間もなくして、種元がトイレから戻ってきた。
――
「皆様、お騒がせして申し訳ありません」
香澄と板利が店に戻ってきた。板利の顔色はかなり良くなっている。病気というわけではなさそうだ。
俺は板利さんが元気になって良かったと思った。
「板利。何があったの?」
青倉は2杯目のパスタを食べながら、板利に声をかけた。
「ここのパスタを一口食べた瞬間、究極のパスタのヒントを掴んだような気がしました」
板利の一言に辺りは静まり返った。
「究極のパスタの完成の日が近いのだと思うと――私は! 体の震えが止まらなくなりました! はあああああ!!」
板利は究極のパスタの完成を夢見ている。それがもうすぐ叶うのだと思うと……いてもたってもいられなくなってしまったのだな。
「板利! そうだったんだ! 良かったじゃん! 究極のパスタが完成したら、俺たちにも食べさせてくれよ!」
「板利さん! 僕も……ミヨコと一緒に板利さんの作った究極のパスタを食べたいです!」
「ピー! ピー!」
「みんな……! ありがとう! ありがとう!!」
3バカ部長とヒヨコ(♀)の熱い友情に香澄は穏やかにウンウンとうなづく。
そんな中、種元だけは面白くないと言いたそうな、冷たい視線で俺たちを眺めるのであった。




