No.2-11 「デート(仮)-1」
紅葉には一度裸を見られているといっても、慣れるわけじゃない。
それに、昨日はカエデの血を吸ったせいで意識が変になってたと思う。
俺が男だった時は、下着姿ぐらい人に見られても恥じらいなんて持たなかったが、着ている下着が女物のおかげで羞恥心が生まれてしまう。
だけど、もじもじして紅葉を意識しているように思われたら嫌だから、ちょっとだけ胸を張って、何も気にしてませんけど? 感を全面に出す。
「見られても減るもんじゃないからいいよ。あと、早く扉閉めて」
「うぅ、ごめんなさいぃ。……今回は歯磨きしようとして」
「大丈夫! わざとなんて思ってないってば」
「はいぃ。……って、ヤナちゃん。流石にワンピースの下には何か着ないと、乳首が透けちゃうよ」
じっと俺の胸、というかピンクの点を見つめる紅葉。
凝視されると恥ずかしいを通り越して危機感を覚える。
しかし、最もな指摘を食らい、頭の中で葛藤する。
紅葉が言うんだから、乳首が透けてしまうのは確定でいい。
でも、その対処法はブラジャーをするしかないよな。
超絶かわいい銀髪ロリッ子が乳首をぷっくらさせたまま外を歩いていたら、本物の変態が襲ってくるかも。
それに、俺とカエデが人の視線を集めないわけないし、また勝手に写真を撮られてネットに上げられたら……こわっ!
乳首を晒すのと俺の尊厳を天秤にかけると、ものすごい勢いで尊厳が軽くなった。
名残惜しそうに扉をゆっくりと閉める紅葉の手を握り、ぽつぽつと聞こえないほど小さな声で助けを求める。
「あのさ、紅葉。……俺、ブラジャー付けたことないが、なくて」
「そうだったね。でもね、ヤナちゃん。それを言う相手は私かな?」
「……カエデを、呼んできて、くだ……さい」
そう言うと、紅葉はニッコリと笑って、リビングまで走っていった。
今から俺は、女の子の階段を一段登るのか。
この階段、大人の階段よりも登るのは簡単そうだけど、一度登ってしまえば降りられる気がしない。
だって俺、ものの一夜でピチッとして防御性能が終わっているパンツに慣れてしまったんだもん!
床に項垂れていると、呼ばれて来たカエデが床に両膝をついて、俺の背中に手を添える。
「どーしたん!? お腹でも痛くなった? それともあの日とか?」
「ううん……体が順応するのって早いな」
その考えに至った経緯を知らないカエデは、頭を傾げてクエスチョンマークを浮かべるが、訳を言えない俺は黙って立ち上がる。
カエデの前でパンツ一丁なのはもう慣れた。
一歩後ろに下がり、手を太ももに付けて、最敬礼の角度で頭を下げる。
「ぶ、ブラジャーの付け方を……教えてください」
「えっ、あ、ああ! それで呼んだんやね」
こくんと、頷く。
すると、カエデは下を向く俺を上にあげて、口に人差し指を当てて俺のちっぱいを凝視する。
あまりの真剣さに、恥ずかしいなどと言えず、手を後ろで組んで終わりを待つ。
ちょっ待て! 触るのはちがっ……掴んじゃう? 鷲掴んじゃうの!?
計測するのに触る必要は……あると思うけど、握らなくてもいいよね。
普通に痛いし、このまま爪なんて立てられたら、取れちゃ。っもげる!
「痛いよ! 俺のちっぱいを虐めないで!」
「えへへ、ごめんごめん。めっちゃふわふわやったからつい」
「ついって……はぁ。で、付けてくれないの?」
「うーん、ヤナちゃんのサイズだと、新しいものを買った方がいいかもやね。うちのより小さいし、合わないの付けたら違和感すごいし」
そうは言っても、あるもので問題を解決しなければいけない。
「サイズ合わなくても着てたらいいよ。昨日借りたの、どこかに……あった!」
「ヤナちゃんがいいならいいんやけど……そうや! せっかくショッピングモール行くんやから、下着買いに行こっ」
ショッピングモールへ行く目的も決まってなかった上、すぐに性別が戻るとも思えないから、下着を買うのもありか。
姉のなんて、サイズが違いすぎて胸とブラジャーの間に林檎一個分の間隔は空くだろうし。
ていうか、カエデよりも小さいって……かなり壁ってことだよな。
誰かが俺にぶつかっても、反発せず直に衝撃が伝わるのか。
……可哀想に。
「じゃ、小さく前へならえして」
カエデの言う通りに両手を前に突き出すと、カエデがブラジャーを俺の手に通して、かちゃっとホックを閉めた。
慣れた手つきで、ないようである横乳をブラジャーに収めて、数秒足らずで装着を終えた。
「はやっ! もう終わったの?」
「そーやよ。あっ、付け方教えるん忘れてた。……もう一回する?」
「うーん、家に帰って姉に教えてもらうよ」
「ん。ほんならこれを上から着てね。うちも外出る準備するから、リビングで待っといて」
キャミソールを手渡された後、カエデはヘアアイロンの電源を付け、俺の胸を鷲掴みした方の手を眺めながら洗面所を去っていった。
これがキャミソールか。
見た目からは、他のインナーとの違いがわからないが、物は試し。
うおおぉ! ブラジャーにめちゃくちゃフィットする!
カエデの予想通り、胸を押したら凹むけど、安定感がぱない。
なるほどね。
ブラジャーに柄があっても、Tシャツから柄が透けないのはこういうので守ってるからなんだ。へー、初めて知った。
謎の感動が押し寄せてきた。
さらには、RPGでどんどん装備を強くしていってる感じで、ワンピースを着るのが億劫ではなくなってしまった。……わくわくしている自分がいることに驚いたんだよね。
えっと、まずは頭入れてー、腕入れて……これでいいのかな?
ちょっと足がスースーするけど、気分は悪くない。
尻尾みたいなヒモの使い方はカエデに訊くとしよ。
鏡に映らないのが残念だが、腰をくいっと回すと、それに連動して裾の部分が綺麗に回転する。
バレリーナのようにくるくる回って楽しむが、もしかしたらリビングでカエデが待っているかも、と思い、駆け足でリビングへ向かう。
しかし、リビングにいたのは制服姿の紅葉だけ。
「夏休みじゃないの?」
「部活があるからね。私は今日も1日、竹刀を振らなきゃいけんの」
「剣道部? 大変そう」
「まぁ、疲れるけど楽しいよ。私は歯磨きして学校行くから、鍵閉めだけよろ〜」
いってらっしゃいと、手を振って紅葉を送る。
リビングの扉が閉まり、俺はソファに腰を落としてスマホで漫画アプリを開き、カエデが戻ってくるまでの暇を潰した。
時計の長い針が90度ほど曲がった瞬間、おめかしを完了したカエデが現れた。
ゆるふわウェーブの髪を携え、黒のショルダーバッグでパイスラを作り、明るくなった顔色。
「え、かわいっ」
「ふふん、そうりゃんねそうりゃんね。うち、かわいいやろ」
カエデは自信満々で答え、軽く放心状態になっている俺の背後に周り、腕を首に巻く。ほのかに薫る柑橘系の甘い匂いが、変に体を硬直させる。
「なんか言ってくれんと恥ずかしいんやけど」
「……だって、カエデがかわいいのは本当だもん」
「もんって……ヤナちゃんの方がかわええよぉ!」
カエデは無造作におれのほっぺをもにゅもにゅする。
「こんにゃことひてないで、ひゃっひゃといほ」
上手く言葉を発せない。
それに、カエデももにゅもにゅするのに夢中でどこか上の空だ。
無駄な時間を過ごすのは嫌いじゃないが、オモチャにされるのはあんまり好きくない。……あの変な姉のせいで。
強引に腕を解いて、ソファから飛び降りる。
机の上に置いておいたスマホと財布を手に持つ。
「準備できたならさっさと行こ」
「そうやねぇ。てか、ヤナちゃんはメイクせんでええん?」
「うん、やり方を知らないってものあるけど、今のままでも平気」
「そっか、……また教えてあげるかんね。ああ、ヒモだけ括ろっか……ふふっ、完璧」
お腹あたりが苦しいけど、我慢できないほどじゃない。
外出にあたって、カバンも借りようと思ったけど、荷物は少ないのでカエデに預かってもらうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
女性ものの服を着てから初の外出。
駅までの道のりを進んでいると、やはりというかなんというか、人の視線が集まってしょうがない。
アザクラ内で浴びせられた視線のおかげか、あまり心にダメージはないのが救いだ。
明らかにテンションが下がっている俺を見かねて、カエデが心配そうに耳打ちする。
「体調悪いんやったら、このまま家まで送ろか?」
「体調は……普通。でも……俺のワンピース、変じゃないよな」
「変やないけど……どっか破れとんの?」
下を向いたまま、首を横に振る。
気まずい空気が流れながらも、駅に着いて、ちょうど来ていた電車に乗り込む。
平日の昼近くということもあってか、電車内の人は両手で数えるほどしかいない。
ワンピースの裾が捲れないかが気になって、椅子に座るも、足をピッタリ閉じて裾を掴み、カエデの方にもたれる。
ケモ耳に大きな尻尾を持つカエデも、俺と同じ人の目を集める種類だが、そんなことを気にも留めず、怯える俺の手を握って、安心感を与えてくれた。
「人の目って慣れんと怖いしね」
「慣れたつもりなんだけど……ちょっと、こわい」
「ふふっ、強がらんでええよ。あと2駅の辛抱や。うちが知らせるから目、瞑っとき」
「……そうする」
やっぱしワンピースなんか断って、ズボンを貸してもらうべきだった。
アザクラ内ではワンピースをずっと着てたのに、現実だと感覚が違いすぎる。
ふと、ワンピースを着た姿を男の俺で想像してしまい、人から奇異の目で見られていると感じ、心がぐちゃぐちゃになり、無意識に手の力が強くなる。
早く着いてよ。
もっと人がいる場所に。そしたら誰も、俺なんて見ないから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手を繋いだまま電車を降りて、ショッピングモールまで歩く。
目的地が近づくにつれて、段々と人影が多くなる。
人の目は多くなるけど、あんまし気にならない。
電車内と比べて、ショッピングモール内は母数が違うから平気になったのか。
気分下げたままだと、カエデに申し訳ないし、無理やりにでも気持ちを切り替えなきゃ。
パチン! と、両手で頬を叩き、目をぎゅっと閉じて、背伸びをする。
突然の行動にカエデは呆然と立ち止まった。
俺はカエデの赤く染まった手とは違う方の手を握って、空いている道を駆け出す。
カエデは転けそうになりながらも、俺の引っ張る手を握り返して後を続く。
さっきまでの沈んでいた心を馬鹿にして、カエデを困らした俺を馬鹿にして、青春っぽい行動をする俺を馬鹿にする。
すると、不思議と口角が上がり、公共の場なのをお構いなしに、大きく口を開けて、盛大に笑う。
「あはっ、あはははっ!!! カエデ、ここからがデートだ」
自分でもおかしいと感じるテンションの浮き沈み。
さっきまで塞ぎ込んでいた……人の目を気にしていた俺が、注目を浴びるようなことをわざとする。
それを変だと思わないはずはないが、それでもカエデは俺が笑っていたほうがいいのか、笑顔で応える。
「んふふ、そうやね。デートやねぇ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
無事? 気分上々した俺とカエデは、ゲームセンター内で遊戯に勤しんでいた。
ホッケーだったり、リズムゲームだったり、クレーンゲームだったり。
体を使うホッケーとかは、元々の身体能力の差か、一つも勝つことができなかった。
「カエデって何かスポーツしてた?」
「バレー部やったね。もう辞めたけど」
「なんで辞めたかは聞いていいの?」
「方向性の違い、ってところやな」
売れないバンドみたいなことを言ってはぐらかす。
特段興味のなかった俺は、お昼前ということもあり、お腹が減っているか訊く。
フードコートに行くなら、お昼真っ只中は嫌だ。絶対に人が多いから。
カエデは頷き、ゲームセンターも十分に楽しんだので、フードコートへ向かうことにした。
俺は食べても意味がないので、席に座ってカエデの帰りを待つ。
ものの数分でカエデは帰ってきて、トレーをテーブルに置く。
何頼んだのかなと、トレーを覗くと、ハンバーガー2つにポテト、Lサイズのジュースにナゲットまで。
「大食いなんだ」
「うちにしては少ない方やけど……ヤナちゃんは食べへんの?」
「味はするけど、お金の無駄かなって」
「ふーん、お腹空いたら言ってな。いつでも吸わせてあげるから」
そう言って、カエデはパクリとハンバーガーを口いっぱいに頬張る。
小さな口にどんどんと捕食されるジャングフード、
一連の流れを眺めると、視線に気づいたカエデがハンバーガーをあ〜んしてきた。
「デート、やからね」
「……ずるいよ、もう」
ふふんと、鼻を鳴らすカエデ。
ちらちらと周りを見てから、かじられていない部分に口をつける。
「……おいひーよ」
「やんね。チーズは裏切らへんから」
カエデは満足そうに微笑む。
しくったな、俺も何か買うべきだった。
こんなにあ〜んしたくなるとは……。
アイスでも買うか?
いや、ハンバーガー食べてる途中にアイスはまずい。
でも、今買わないと時間的に混みそうだし。
「えー、何がおいひーのかな、ケ〜ン〜ちゃんっ」
どうやってカエデにあ〜んしようか考えていると、何やら聞き覚えのある声が背後からした。
俺のことをケンちゃんと呼ぶのは一人しかいない。
最悪だ。今、最も会いたくない存在が現れてしまった。
偶然にしてはひどすぎやしませんか、神様よ。
「姉がなんでいる…………デゥアル!?」
後ろを向くと、姉だけでなく、現実にいるはずのないデゥアルがメイド服の姿で俺を見下ろしていた。
「酷い顔ですね」
「――誰のせいでこんな顔になったのかな!?」




